序章
「本当に、よいのだな?」
暗闇から現れたそれは、目の前にいる少女に再度問いかけた。少女は頷く。
「いいよ。私を食べても。その代わり、あたしの願いはきちんと叶えてね」
少女は目の前にいるモノに向かって言った。
吐き気がするほどの匂いをさせたそれは、明らかに人ではなかった。いや、かつては人であったモノだったのかもしれない。人型をしたそれは、腐り、肉が垂れ下がって、所々内蔵が見え隠れしている。普通なら、吐いて気絶しそうになるが、少女は気丈にも気絶しなかった。真っ直ぐ、それを見詰めている。
少女には願いがあった。
とても強い願いーー。
それは、願いという名の『執着』
少女には欲しいものが一つだけあった。
どうしても欲しくて、欲しくて堪らなかったもの。
少女はずっと……その人の側にいたかった。
しかし時が流れ、小学校を卒業して中学生になったら、いつかは自分の位置に違う誰かがいる日がくるかもしれない。それが許せなかった。自分は狂っているのかもしれない。自我自問するが、答えなどはじめからでなかった。でも、この気持ちを止めることなど、どうしても出来ない。そう思っていたその時、それが現れた。
待ち合わせをしていた、大切な人の代わりに。
かつて人であっただろうそれは、少女を見て言った。
「お前の願い、我が叶えてやろうか」
少女は驚きで言葉が出なかった。気絶しそうになるが、その化け物が言った言葉が、少女を現実に戻す。
「……叶えられるの?」
少女は掠れた声で言った。
気絶することなく尋ねてくる少女を見て、化け物はニヤリと笑った。しかし、唇の一部が削げているので、笑っているようには見えない。少女は不思議に思う。どうやって、この化け物は言葉を発しているのかと。そんな余裕がある少女を、化け物はおかしそうに笑う。まだ子供なのに、この少女は、誰よりも心に深い闇と、強い執着心を持ち合わせている。最高の贄だと、化け物は確信した。
「ああ。お前が我の願いを叶えてくれたら、その者をお前の側に縛り付けることが出来る。何十年もな。ただし……お前の意識は沈んでしまい、二度と浮上することはないが、どうする?」
化け物は確信する。少女はこの提案に必ず興味をもつ。そして、のるだろうと。
「…………本当に、叶えられるの? あたしの隣に朔夜ちゃんはずっといるの?」
ほらっ、興味をもった。化け物はほくそえんだ。
「お前が望む限り。ただ……お前の意識は沈んでいるけどな」
「沈んでいるだけで、死んではいないんでしょ」
少女は確認する。
「ああ。死んではいない。死なれては困るからな」
化け物の言葉に、少女は俯き考え込む。そして顔を上げると言った。
「いいよ、分かった。それで、私は何をすればいいの?」
「何もしなくていい。お前を喰らわしてくれるだけで構わない。我の新しい器になるのだ」
化け物は答える。
「分かった」
少女は戸惑うことなく言った。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。
全て書き直していきたいと思います。新生「守護者と鍵」を宜しくお願い致します。