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辺境遊戯・改訂版  作者: 渡来亜輝彦
第十七章:旧い太母(エイダーマーター)
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5.旧き親しき呼び声

***

 紅のギリアバスは、既に翼を広げて上空にあった。

 神聖バイロスカートの竜騎士は、陸にも空にも展開し、ギルファレス帝国の将兵を牽制している。

 紅のギリアバスの瞳は金色に輝き、その瞳は爬虫類のそれのようだった。

 二つ名の通りの紅い軍衣も、いくらかは黒く染められ、普段の彼に比べて落ち着きが感じられる。

 その表情を見てもわかる通り、ギリアバスにはすでに竜王ギレスが憑依し、表に出てきていた。

『さて、どうしたものか』

 ギリアバスの口を通し、竜王ギレスが唸るように呟く。

 包囲されていた都市国家メルシャアドに対し、ギルファレス帝国が攻撃を強行するのは、時間の問題なのはわかっていた。

 都市の包囲に参加してはいた、同盟国であるメソリアと神聖バイロスカートは、攻撃に関しては消極的であり、実際に平和的解決を図るため交渉していた。

 しかし、ギルファレス帝国の部隊が攻撃を強行したのだ。

 理由は、捕虜となっていた宰相レックハルド=ハールシャーを、メルシャアド側が処刑したことに対する報復とされていた。

 ハールシャーは、メルシャアドと神聖バイロスカートの宰相を兼任しており、メルシャアドとバイロスカートもそれを理由に持ち出されると、対応せざるを得ない。

 が、神聖バイロスカートの預言の力を持つ女王サラビリアは、遠見の力により、ギルファレスがハールシャーの殺害をメルシャアドに唆していたことは見通していたし、狼人の部隊を擁するメソリアも、ギルファレス帝国の言い分を鵜呑みにはしていなかった。

 彼等は宰相の死を確認するまでは、攻撃を保留すると宣言したが、その為に接触しているギルファレスの部隊との間で小競り合いが起きている。

『メルシャアドの前線は兵力が少ないが、メソリアと我々の牽制のため、ギルファレスの主力がメルシャアドの街の中心に進むには時間がかかる』

「時間稼ぎだな」

 ギレスの言葉に、ギリアバスが頷いた。

 彼等、竜騎士は、古の竜に選ばれた存在だった。

 はるか昔、竜はすで肉体を失っていた。そのため、なにかに取り憑いた状態で精神と魔力を残してあった。

 竜騎士は、かつての彼らの一部がヒトと交わって生まれたもの子孫であるものが多い。竜たちは彼らの血に含まれたわずかな竜の痕跡をを依代に、彼らに力を与えるのだった。

 その際の竜騎士達は、一時的に皮膚に鱗を持ち、目の色が変わるなどの身体的な変化を伴うことも多い。

 今のギリアバスも、ギレスの影響を受け、金色の爬虫類の瞳を輝かせていた。

 竜の血が強か残っていた紅のギリアバスは、その形質から、最後の竜の王であるギレスを宿すことに成功していた。彼が強い隊長であるのは、彼自身の実力とギレスの協力の得られる稀な存在であることが大きかった。

 上空には、既に彼以外にも竜騎士が飛び上がっている。

 竜騎士達は背中から蝙蝠のような翼を生やしていたが、これは魔力で形作られたものであるらしく、妖精の翅と形質が似ている。ただ、竜達はかつて自らの力で飛翔していたためか、形だけの妖精と違って、羽ばたきなどの動作が多い。

 ただ、このときのギリアバスは、翼を広げたまま静止していた。ギレスは理性的で、あまり無駄な動作はしない。

『しかし、サラビリアもふくめ、お前達はギルファレス帝国に応じるつもりもなかろう?』

「当たり前だ。ここで奴らに応じれば、辺境の狼人とも完全に決裂する。竜と辺境は長年協力関係にあったというのは、あんたから教えてもらったものだ」

『ふふ、一応確認しておきたかったのだ』

 竜王ギレスは勿体ぶって応える。が、不意に、王城の方を見た。

「どうした?」

『呼んでいるものがいる。こちらにこいという強い思念を感じた。これは、あの男か?』

「まさか、レックハルド=ハールシャーが? いや、死んでないとは思ったが」

『強く呼ばれている。だが、あの男はそんな力はなかった。この、魂、精神にも働きかけるような強い赤い光は、琥珀の指輪の力か? 使い方がわかったとみえるが』

 ギレスはそうつぶやいて、ギリアバスに語りかける。

『ともあれ、やたら私たちを呼んでいる。この状況下で何か伝えたがっているのだ。宰相の印を待つあの男の力は無視できぬ。なるべく近づくぞ』

 ふわっと前進しようとした時、ギリアバスのマントを掠めるようにして、矢が飛んできた。

 放たれるそれらを悠々とかわし、ギリアバスはため息をついた。

「やれやれ。誤解されてんのか、それともわざとかわからないが、そう簡単には近づかせてもらえないようだぞ」

『もとよりわかっていたこと。強化はしてやろう。よしなにやれ』

「荒事になったら俺に任せるよな。まったく」

 紅のギリアバスは、自分のうちに宿る竜の王にそう悪態をついて、肩をすくめた。その瞳が金色の光を増し、皮膚が半分黒い鱗に変化する。

「行くぞ!」

 ギリアバスはそう吼えると、飛んできた矢を素手で粉砕する。そんな彼はどこか楽しそうですらあった、


*


 長引く日蝕。

 街にいれば、灯りの元にはいられるので、不安は少し安らぐが。

 人々が不安そうに空を眺めて、何かと話をしている中を、シェイザスはダルシュとともに歩いていた。

 こんな状態でも、鈍いところのある幼なじみは、特に危機感を覚えていない様子だったが、今日は朝から少し変だ。

 なんとなく、街の外れに足を向けている。

「ダルシュ」

 シェイザスは馬を引いて歩いている彼の後を追いながら、ようやく声をかけた。

「ん? なんだよ?」

「どうしたの? どこにいくつもり?」

「えっ?」

 そうきかれて、はじめて我にかえった様子でダルシュは目を瞬かせた。

「いや、どこって、目的地があるつもりはないんだけどな」

 なんとなく足を向けたんだ。と、シェイザスに答える。

 シェイザスは薄暗い中でも、輝くように美しく艶かしいが、ダルシュにとってはいつもの彼女。神秘的で謎めいたシェイザスも、彼にとっては気が強くてちょっと怖いところがあるだけの幼なじみの娘だ。

 だから、別段何かを取り繕うこともないのだが、とはいえ、彼の性格を考えると今の返事は彼にしてはぼんやりしすぎている。

「ダルシュ、なんだか変じゃない? 何に気を取られているの?」

 別に悪いものは感じない。しかし、シェイザスは、それだけに気になっていた。

 勘の鋭いシェイザスがなにも感知していないのに、ダルシュの方が何かに反応しているような行動をしているのだ。

「その、な、実は、ちょっと辺境の森を見に行こうかなって。見えるとこまでいってみるかって気になってよ」

 ダルシュは素直にそう答えた。

「辺境の森? なにをするの?」

「別に目的はないんだよ。ただな」

 ダルシュは苦笑しつつ、

「なんか、呼ばれている気がする。森の中のやつに」

 どきりとした。

 ダルシュに感知できて、シェイザスには感知できない呼び声。

 生まれつき力の強いシェイザスは、人ならざるものの呼び声を聞き取る力にも長けている。それなのに。

(まさか? 彼を何者かが呼んでいるなら、私には確実に聞こえるはず。どうしてダルシュにだけ聞こえているの?)

 シェイザスは慌てて尋ねた。

「呼ばれている? 誰に?」

「だ、誰にって?」

 血相を変えたシェイザスに、やや困惑しつつ、

「わかんねえんだが、昔、遠い昔に聞いたような声で、誰か、俺を呼んでいる気がするんだ」

 怪訝そうなシェイザスに、ダルシュはそう答えた。

「辺境の森に、森の奥に来いって」


 *


 紫、紫、全て紫だ。草も木もすべて紫で埋め尽くされている。

 暗い中で、それだけが発光しているように見える紫色。

 それをずっと見つめているうちに、イェームはめまいを起こすようになった。目の前がぐらりと歪み、紫の渦が自分に向かってのびてくるように見える。それでも後ろのレックハルドに気づかれないように、彼はなるべくまっすぐに歩いていた。

 しかし、先に行くといいながら、イェームは先を歩くのがつらくなってきた。紫の色がさらに彼を追いつめてくる。これがいつもと同じ緑色なら、まだ何とかなったのかもしれないのに。

「しっかし、紫の森とは悪趣味だな」

 後ろでは、レックハルドがのんきな口調で言った。

「何となく落ち着かない色だぜ。狼人のお前は慣れてるのか、こんな色の森? もしや」

 イェームは答えない。レックハルドが何を言っているのか、彼はほとんど聞き取っていなかった。答えないイェームに気がつき、レックハルドはきいた。

「おい、……きいてるのか?」

「あ、あ……ああ」

 イェームははっと我に返り、ちらりと後ろを見た。レックハルドは怪訝そうに首を傾げる。

「どうした? さっきから、何となく無口だな」

「いっ、いや、なんでも。ちょっと……疲れたみたいで……」

 額の汗をぬぐいながら、イェームはため息をつく。これ以上はごまかしきれない。レックハルドの前を進んでいれば、いつか足下がぐらついてばれるかもしれない。

「すまん、ちょっと疲れたみたいだ。前進むの交代してくれないか……。この方向であっているはずだし、なにかあったら呼んでくれ」

「ああ、それはかまわないが……」

 レックハルドは怪訝そうに彼の方を伺った。

「なんか調子悪そうだな? 大丈夫か?」

 イェームは、強がって首を振った。

「あ、ああ。少し疲れただけだ。すぐに治るよ。ちょっと、紫の森を見ていたら、目が……」

「まあ、それにはオレも同意するね」

 レックハルドは周りを見回してため息をついた。見渡す限り紫だというのは、落ち着かない。普通と違う森が、ここまで気持ち悪いものとは思ってもみなかった。

「狼人ってのは、集団を大切にするせいか、どうも無理する奴が多いからな。ホントにやばかったら言えよ」

 レックハルドは気遣うように言って、先に立って歩き始めた。

 レックハルドが先をいくと、やはり一番前を歩くのはなかなか体力がいるので、スピードが落ちる。イェームの負担も少し減っていた。

 レックハルドは短剣を片手に、蔓草をとっぱらったり、切り払ったりしながら進んだ。とげのついた下草を踏みつける。

 木だけでなく、この森に生えているものはみな紫色をしているので、何となく気持ちが悪かった。土のせいなのか、それとも、何か別の理由があるのか、それはレックハルドにはよくわからない。

「ちっ。どういう土地なんだ。ここは」

 旧い太母(エイダーマーター)。偉大なるムーシュエン・グランカラン。一世代前の太母マーターだとイェームは言っていた。

 それは年老いているということだろうか。

 もし、そうだとしたら、もしかして旧い太母(エイダーマーター)は枯れかけているということなのだろうか。レックハルドがこの前に見た現在の太母マーターは、遠くからでもはっきりとわかる常緑をたたえていた筈なのに。

 ざっと上の方で音が鳴る。動物かと思ったが、そうではないらしい。やはり、まだ近衛チィーレ達に見られているのだろう。

 イェームが今のところ何も言っていないし、彼らもおそう気配を見せてこないのでよいが、相変わらず視線は感じることができる。連中は、確かに自分たちを観察しているのだ。


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