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辺境遊戯・改訂版  作者: 渡来亜輝彦
第一章:旅のはじまり
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4.クレティア大橋


 目の前には、絶景が広がっていた。

 整備されたきれいな街並。豊かな水量を持つネレーヌの川の上に大きな橋が架かっている。

 観光地化もされている、この大きな橋。

 これがクレティア大橋である。


  辺境の森の中から流れてくるネレーヌ川は広大で清らかだ。

 ネレーヌ川によって、カルヴァネスは、東カルヴァネスと西カルヴァネスに分かれている。

 川を渡らないで行こうと思えば、辺境を越えなければいけないので、この川にかかるクレティア大橋は交通の要所でもあった。橋の上には関所があって、通行料を払ってようやく行き来ができる。

 橋の西側が西クレティア市。

 東側が東クレティア市。

 カルヴァネス王都、キルファンドに近い西側には、カルヴァネスの特産品が、隣国のサネーファに近い東クレティアには、異国情緒あふれる品物が並んでいる。ここは、商人にとっても重要な拠点となっていた。

 それぞれ建物の雰囲気などが少しずつ違う上、水の街といった印象のクレティアの雰囲気は、乾いた草原出身のレックハルドにとっては、異国情緒さえ覚えるほどで、さすがの彼も年相応にそわそわしている。

「へぇ。なかなか綺麗なもんだなぁ」

 あまり心を動かされないレックハルドも、さすがにこの時ばかりは感心したようだった。

「これがクレティアか」

 当然人も多い。

 しかも、様々な民族が行きかっている。東側草原出身のマゼルダ人やシェレスタ人といった商人たちやカルヴァネス系の商人たち、それから、もっと西側の商人たちも。

 人慣れしているレックハルドも、少し気後れしそうなぐらい人が湧きかえっている。

「思ったより、すごいな」

「うん。いつ来ても、ここはすごいな! わー! すごー!」

 ファルケンは、いつも通り素直に驚く。

「あれ、お前、結構クレティアに来てるんだろ? 今更そんなに驚かなくても」

 レックハルドは尋ねる。

「この前、いつ来たんだ?」

「うーん、そうだな~。たしか、二ヶ月前、くらい?」

「驚くほど、変わってるものないだろが!!」

 レックハルドは鋭く言って、呆れた目をファルケンに向ける。

 自分に付き合って感動していたのかと思うと、それはそれでちょっと腹立つが。

「お前がうらやましいぜ。人類そんなんだったら、みんな幸せだろーになぁ。毎度毎度感動できるんだからさ」

 そんなふうに嫌味を言うが、ファルケンは何やら別のものに気を取られていて、話を聞いていない。

「え? 何か言った?」

「ちっ、また人の話聞いてねえでやんの」

 嫌味が通じない。レックハルドはあきらめのため息をつき、それから、ふっと気がついた。

「商売を始めようと思ったけど、オレたち、余りにもこの町で浮きすぎだな」

「何で?」

「これ見ろ、これ」

 レックハルドは、服をつまんだ。

 貧相な、砂の汚れにまみれた服で、お世辞にも綺麗な服とは言いがたい。今までの田舎とは違って、商業都市のクレティアで商売をするのに、これでは相手にされないかもしれない。

「お前も大概ひどいよな。服装が」

「そうかな」

 ファルケンは言って自分のマントを見た。薄汚れた上に、あちこちびりびりに破れている。ファルケンが自分で繕ったらしい、がびがびの縫いあとも存在する。

「よし! 服を買いましょう」

 決意してレックハルドが、学校の先生のような口調で言った。

「服?」

「そう、まぁ、金もたまってるし。お前のもあるし。何とかなるだろ」

「オレ、別に今のでいいよ」

 遠慮しているのか、ファルケンがそう断ってくる。

「馬鹿。オレと一緒に組むんなら、お前も新調しなきゃおかしいだろ。人買いと奴隷にみえちまう。オレ、奴隷商だけには身を落としたくないのに」

 レックハルドは憤然と言い放った。

 実際、まわりから、何度かそう見られたらしく、ファルケンと道連れになってからの短い期間の間にでも、レックハルドは何度かファルケンを売らないか。と奴隷商の連中から商談を受けたことがある。

 中には、自分の奴隷三人と交換するから、と言われたり、大金を提示されたりもしたが、さすがにレックハルドはそこまで非道でもなかった。

 とはいえ、レックハルドは、そういった黒い商売に手を染めてそうな感じがしないでもなかった。

 今までこつこつやってきた、せこい犯罪が彼に小悪党っぽい立ち振る舞いを覚えさせていたことも事実である。だからといって、レックハルド自身は、奴隷商にだけは身を落とすつもりはなかった。

 自分も奴隷と大して変わらない身の上なので、他人に思えないらしい。

「じゃあ、服、変えてもいいかなあ」

 ファルケンがのんきに言った。本当はどうでもよさそうな口振りである。

「お前、身なり、全然気をつかわないよな。化粧は、毎日変えてるからてっきり、意外に洒落っけがあんのかと思ってたぜ」

「化粧?」

 ファルケンが怪訝な顔をする。

「頬の赤い奴」

「あ、これは違う。これはな、『おまじない』だ」

 ファルケンは、赤い顔料で紋様がかかれた頬を指さした。

「おまじない?なんだそりゃ。そういや、毎日、ちょっと模様がちがうよな」

「そうだぞ。その日の目的と気分によって変えるんだ」

 レックハルドが興味をもったらしく、そう訊いてきたのでファルケンはニッとわらって応えた。

 ファルケンは、毎朝、顔を洗って丁寧に紋様を落とした後、古びた木の入れ物に入った赤い顔料を指先につけて、頬に紋様を施している。

 普段、鏡をみたりはしないが、なかなか丁寧にやっているので、レックハルドは「意外にファルケンも洒落ることもあるんだな」と勝手に思っていたのだが。

 ファルケンにきくと、あの顔料は、辺境に生えているグランカランという高く大きな木になる深紅の実をすりつぶして乾燥させて作るものだという。

「グランカランは神聖な植物だ」

 ファルケンは言う。

「赤い色は、力の印。神聖なグランカランの力が自分の体に宿って、身を守ってくれる」

 時々だが、ファルケンは不意に聖職者のような口をきくことがある。元から浮世離れしたところがあるが、ますます世俗から離れてしまっているような。

 レックハルドには、到底追いつけない境地である。

「それで、いつもああやって?」

「そうだ。レックもやる? これ、組み合わせが千種類ぐらいあるんだ。結構楽しいぞ」

 数字をきいて、レックハルドはぎょっとする。

「千……。お前よく覚えられるな」

「大したことじゃないよ。だって、文字と同じようなもんだし」

「文字ねえ。で、今日のは何のまじないだ?」

「今日は、えーと、大きな街に行くて知ってたから、『なんか良いことがあるように』っていうまじない」

「良い事ね。なんか、棚ぼた的に良いことがねえかなぁ」

「あーそういうのは、あるけど。幸運の降ってくる奴。レックにもやってやるよ」

「オレはいいよ。似合わねえしー」

 レックハルドは手を払って断る。なんとなく、面倒そうだ。

「そうかぁ」

 ファルケンは、少し残念そうな顔をした。そのファルケンを横目で見ながら、レックハルドは重要な事に気がついた。

「そういや、お前に合うような服。その辺で売ってるのかな?」

 へっ? と間抜けな顔をして、ファルケンは首を傾げた。レックハルドは、ううむと腕組みをして、ちらりと彼を横目で見た。

 やはり、でかい。ファルケンは、普通の人間よりかなり大きいのだ。

「こいつぁ~、やっぱり、一から仕立て屋に頼むしかねえかなぁ。いや、ゆったりした大きめの服ならほんのり調整が……」

 当然、仕立てるのは時間がかかるし金もかかるので避けたかったが、ファルケンの体格を考えると、どうにも仕方がない。

 


 ぶらぶらと歩いて、大きな橋を渡り、二人は東クレティア市に入っていく。

 西クレティアには、ファルケンが着られるような服はやはりなさそうだ。それに、レックハルドも好みと予算に合う服を見つけられなかった。

 東クレティアには、異国からの物もたくさんある。

 そうしたら、もしかしたらファルケンに合うものも、とレックハルドは考えたようだった。人が多いとそれだけ色んなものがある。ファルケンほどの体格の人間は少ないが、背の高い人の割合の高い民族もいる。

 それに、誰にも言っていないが、レックハルド自身、東カルヴァネス出身、しかも国境付近の出身なのだった。東クレティアの異国情緒が彼にとっては、懐かしい感じがしたのもあるだろう。

 だが、関所の通行料は、決して安くはない。そのせいで、レックハルドは少しだけ不機嫌だ。

「レック。機嫌直したら?」

「うるせぇな」

 ファルケンの呼びかけをはねつけて、レックハルドは大股で歩く。

 ファルケンと一緒なので、何となく小さな印象を受けるレックハルドだが、ひょろりとしているだけで、実は彼も結構な長身だ。歩幅はそれなりに広いし、足の回転も速い。ファルケンでも、油断をするとおいていかれてしまう位なのだ。

「ちぇっ。関所なんてけちくさいもん建てやがって! あ~ぁ、気にいらねえ!」

「でも、しかたないって言ってたろ? おとなしく払ってたのに、どうして出るなり文句言うんだ?」

「ば~かだなあ、お前は」

 レックハルドは、嘲笑を鼻の先にのせて、ちょっとだけ反っくり返った。

「あんなとこで、役所の文句言って見ろ。つまみ出されるだけじゃすまないぜ」

「へぇ。じゃ、我慢してたんだ」

「当たり前。お前ももうちょっと本音と建て前を使い分けろよな」

 レックハルドとファルケンがそんな問答をかわしているうちに、長い橋も終わりが見えてきた。

 対岸の東クレティアは、西クレティアよりも、なんとなくごちゃごちゃしていて、色彩も豊かだった。いろいろな文化を持つ人間が、そこにたくさん集まってきている証拠なのかもしれない。


 歩いて行く内に、一件の服屋を見つける。その前で、レックハルドは立ち止まった。

 仕立屋というより、ざっくりとした既製品の服も取り扱っているようだが、あまり身体にぴったりしたものでないようで、それなりに調整ができそうなものだ。そんな服だが、色は豊富で、色とりどりで綺麗だ。店先が華やかだった。

 ちらりと見た感じ、値段もお手頃。

「ちょっと、ここに入ってみるか」

 レックハルドは、ファルケンを手招きして店の中に入った。

「ごめんよー。ちょっと見せてもらうよ」

 一言、言ってレックハルドは奥の方に入っていく。ファルケンは、こんな店に来たことがないので、きょろきょろとあたりを興味深げに見回していた。

「すごいなぁ。こんなに服がいっぱい」

 奥から、レックハルドが早速、主人と交渉している声が聞こえてきた。どうやら、自分の持ってきたカルヴァネスの布を渡すので、ちょっと負けて欲しいという交渉らしい。どこまで行ってもしっかりしている。

 ファルケンは、ひたすらきょろきょろして、わくわくと心を躍らせてばかりしていた。

 こういった世界は、ファルケンにとっては未知の世界だった。実は、服を買うということをしたことがない。彼はいままで、物々交換で服を作ってもらっていたのだった。

 奥からレックハルドが上機嫌な声を上げながらこちらに出てきた。

「あ、レック。なんか見つかった?」

 と、ファルケンはそちらを向いて、少しだけ驚いた。

「なんだ、その顔は?」

 レックハルドは、真新しい服を少し払った。彼の姿はすっかり見違えていて、今までの格好とあまりにも違うので、一瞬、違う人と見間違えてしまったのだ。

「そんなにおかしいか? このカッコ」

「そうじゃねえけど……」

 ファルケンは、相変わらず驚いているようだった。

「レック、マゼルダの人だったんだ。知らなかった」

 レックハルドの着ている服は、今までの粗末で貧弱なベージュの上下とは明らかに違った。頭には白のターバンを巻き付けていて、すねの方まである長くて、裾に黄色の糸で縫い取りのある濃紺の外套の下淡い色の上下を着ていた。帯の所には、短剣を一本さしている。

 マゼルダ人は、カルヴァネスの北東に住むマジェンダ草原にすむものたちで、昔から隊商を組んで商売をし、東西の交易を司っていた。マゼルダ人がそういう格好を好むのをファルケンは知っている。だが、レックハルド自身がマゼルダ人だとは、今まで全く気づかなかった。

「まぁな。マジェンダなんて離れてから、もう十年以上たってっからよくわかんなくなってっけどさ。ちょっと、懐かしいし」

 レックハルドはそう言って、濃紺のコートの端を整えた。少し照れているらしい。ファルケンは、レックハルドが照れくさそうにする様子を初めてみた。

「この格好の方が商売やりやすいからな。少なからず、マゼルダ人の商人に相手にするときは、楽だしさ。あ、で、お前は選んだのか?」

「何が?」

 ファルケンがあまりにも普通に首を傾げるので、レックハルドは、ターバンを巻いたばかりの頭を抱えた。

「……悪かったよ。お前には丁寧に口でいうべきだったよな。オレが一緒に選んでやるから、ほら、どんな色がいいんだ?」

「なんでもいいよ~」

「なんでもいいってなぁ。……うーん」

 レックハルドは、とりあえず長めのマントを一着手に取り、それから、適当にサイズに合いそうなものを拾っていった。

「そうだな。こんなものかな。一回試着してみないとわかんないか」

「試着? いいのか?」

「着てみて入らなかったら、仕方がないだろう」

 レックハルドが選んだ服が、彼が着ているのと似通った、どこかしらマジェンダ風の物だったのは、彼の好みだけでなく、ここがマジェンダ地方から運ばれた服を売っていた場所だからということもあるだろう。

 試着してみたところ、サイズは、ちょうどよかったし、まぁ似合わないでもなかったので、それにすることにした。茶色の革製のベストに、風通しの良さそうな布地の服は、少なくとも、彼が今まで着ていた服よりは見かけも良いし、それに旅もしやすそうだ。マントは淡い緑色をしており、少しごつめの生地でそう簡単には破れないだろう。

 自分の着ている服が似合う、似合わないなどということには関係なしに、ファルケンは目を輝かせて喜んでいた。

「これ、ホントに良いのか?」

「気にするな。どうせ、出るのはお前の金だし」

 レックハルドは、自分の金は基本的に商売の資金以外には使わないつもりのようである。ファルケンの札を二、三枚借用して、代金を払うつもりのようだ。気が咎めるのか、それともただの社交辞令か、レックハルドは軽い口調でこう付け足した。

「まぁ、オレが金持ちになったら、倍にして返すからさ」

「返さなくっていいよ~。オレ、お金の使い方わからないんだもん」

 ファルケンは、そんなことどうでもよさげに新しい服を引っ張ったりしている。

「ひとに服選んでもらったのは、初めてだ。ありがとな!」

「そんなに感謝するほどのことでもねえよ。じゃ、これに決めような」

 レックハルドはそう言って、亭主のところに歩いていった。何か、身振りを加えて問答している風にみえる。亭主と彼は手を差し出し、その上から布を掛けていた。値段の交渉はその方法で行うのが一般的だ。

「まぁまぁ、ちょっと勉強してくれよ。ほらっ! これとこれをおまけに買ってるじゃないか。ここで、ちょっとおまけしてくれると、旦那さんの株があがるぜ~~?」

「もう、あんたにはかないまへんわ~。しゃーないなぁ」

 どうやら、相手は同じ草原系の商人である、シェレスタ系商人のようだ。

 そんな声が、外にいるファルケンの方にも聞こえてきた。商売上手だなぁ。とファルケンは、独り言のようにつぶやき、自分はレックハルドみたいにはなれないな。と漠然とながら悟るのだった。

 

 *

 

 すっかりさっぱりした姿になり、いよいよ商人らしくなったつもりのレックハルドと、新しい服を着てとても幸せな気分のファルケンは、先程通った関所を越えずに東側で一日逗留することにした。

 というのは、こちら側の方が商品の仕入れが楽だったからに他ならない。珍しい物もあるのだから、それを利用しない手はないのだ。

 向こうの山に夕日が傾いてきていて、川面も建物も橋も人も区別無く、すべてを赤色に染めていた。もう夕暮れ時なのだ。

 そんな中、川に臨む遊歩道の欄干にもたれかかりながら、レックハルドは感傷に浸っている……ようにみえたが、実際はただ単に凹んでいるだけだった。

「レック、気にすること無いと思うぞ」

「……気休めはよしてくれよ」

 ちゃんとした姿になって、ファルケンにもそれなりの服を着せている。なのに、この姿になって数時間のうちに、奴隷商に声をかけられること五回。

 なぜだか知らないが、余計間違われるようになったのだ。前はまだ、奴隷と区別の付かないような服を着ていたから良かったものの、綺麗な服をきてからは、もう間違いなく同業者だと思われてしまったようだ。

 その服がどこの物かは関係なく、レックハルド自身の雰囲気がいけないのだろう。

 マゼルダ商人だと見られれば、奴隷商だと見られないと踏んでいたのに飛んだ誤算だ。

 そして、意外にも割と真剣にレックハルドはそのことに落ち込んでいるのだった。

(そりゃあ、ファルケンみたいなタイプは、力がありそうだから人買いに欲しがられるだろうとは思う。事情もなんかありそうだし。声をかけられるのはわからなくもない。……でも、オレがどうして、そういう商売している風にみえちまうんだろう。確かに悪いことしてたけど、……してたけど!)

 レックハルドは、そう考えると何だか切ない気分になってきた。

「あ!」

 と、ファルケンが声を上げた。

「なんだ? ボラでもはねたか?」

 無気力に、夕日の川に向けていうには、あまりにもロマンのない言葉をつぶやいて、レックハルドはファルケンの方を向いた。

「あそこに、さっき、女の人が通った」

 興味ないと言う風に、レックハルドは片手をふってかわした。

「なんだ。そんなことかよ」

「紅い、くるくるした髪の毛で、なんだか、レックが言ってた人にそっくりだった」

「あーん? 紅い……!?」

 レックハルドは急に、しゃきんと身を引き締めた。ファルケンのマントを乱暴につかみ、高速で揺する。顔が真剣そのものになっていた。金を数えている時の彼でも、こうはならない。

「ど、どこだどこだ! どこでみたんだ!!」

「え? えっと、あそこ。あ、もうあんな所にいっちゃった」

 ファルケンが指さした先に素早く振り向く。橋を渡る女性の姿が向こうに小さく見えていた。紅く、くるくるとした巻き毛のふわふわの髪の毛が、遠くからでも見受けられた。

「マリスさんだ……」

 遠くを、何人かの着飾った人たちと談笑しながら歩いていく女性の姿をレックハルドは、見つめていた。遠くて小さかったが、その面影は間違いようなく、あの日みたマリスお嬢さんだった。

「すごいきれいな人だったぞ。ずーっと優しそうに笑ってた。すごいいい人なんだろうな」

 と、ファルケンが言うと、レックハルドは自分がほめられたように狂喜した。

「そうだろ! そうだろ! やーっぱさぁ、ああいう人は心も綺麗な・ん・だ・よなっ!」

 レックハルドは、にゃはっと笑うと飛び上がって、ファルケンの首に自分の肘をかけて引き寄せた。正確には、ファルケンの方が背が高すぎて、彼がぶら下がっている状態になったのだったが。

「いつか、絶対に、オレはあの人と話しができる立場になるんだ! そのために、協力してくれよな! もー! お前だけが頼りなんだよ! オレ、他に友達いないし~~!」

 先程まで、悪党扱いされて落ち込んでいた気持ちはどこへやら、レックハルドはファルケンの肩をかなり思い切りたたきながら、しかも、とんでもないことをいいながら笑った。

「そ、それは協力するよ! け、けど……さすがにオレもちょっと痛い」

「大丈夫大丈夫。痛くない!」

「レック……。なんだか、すごいうれしそうだな……」

 狂喜するレックハルドにさすがに少し気圧されつつ、ふっとファルケンは思った。

 ……もしかしたら、もしかしたらの話だが、レックハルドなら自分の秘密を知っても、友達でいてくれるかもしれない。

 だからといって、まだファルケンは、秘密を言い出す気にはなれなかった。自信はあまりなかった。

 ただ、しばらくこうやって旅をしていたいな。とだけ思っていた。


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