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辺境遊戯・改訂版  作者: 渡来亜輝彦
第十六章:守護者(シールコルスチェーン)
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1.傲慢の罪を得る


 ――守護者シールコルスチェーンは、とてもとても傲慢な存在だ。

 

 例外なく、オレが知る彼らはすべて傲慢。傲慢が罪悪なら、彼らはとてもじゃないけど司祭スーシャーの風上にもおけないよ。


 守護者シールコルスチェーンっていうのは何かって?

 読んで字のごとく、”守る人”のことだよ。アンタのその手首についているものが守護輪シールクルリークっていうように、守護シールクっていうのが守るっていう意味だ。

 司祭スーシャーと同じく、狼人や妖精にとっても大切な太母マーターけがれから守るために、彼らが作った仕組みのひとつだよ。

 だから、十三番目の司祭スーシャーとも呼ばれる。

 けれど、守るといってもね、司祭スーシャーは純粋な意味で守るけれど、十三番目の司祭スーシャーである守護者シールコルスチェーンは別名狩人(シェアーゼン)。つまり攻撃が最大の防御っていう考えで、”あいつら”をお掃除するのがお仕事さ。

 そんなこともあってか、司祭スーシャーとは、能力的には似て非なるところがあってね。


 でも、守護者シールコルスチェーンほど傲慢な奴もいない。

 なんでかって? 

 だって、守護者シールコルスチェーンは、正直、並みの狼人には務まんないもん。あー、力が強いとか適性とかそういうのもあるかもしれないね。守護者シールコルスチェーンは、”人間”の文化に慣れてる必要もあって、炎や金属に慣れてないといけない。そこで嫌悪する奴は、まずもってなれない。

 そして、一番大切なのは、感覚の問題。

 守護者シールコルスチェーンの最大の能力は、太母マーターの神秘の力を少しだけ利用する。だから、こういっちゃなんだけど、敬虔な司祭スーシャーにはまずもって無理なこと。それは、彼らの感覚では不敬なことでもある。そこに踏み入るのを禁忌だとするものもいるほど。

 でも、実際のところは、彼らが思っているほど不敬なことでもなく、またそんなに禁忌とするものでもないんだけどね。

 彼女マーターの力を暴こうとすることは、禁忌だろう。けれど、本当は彼女の力の一部は、すでに世界に流れているものなんだ。オレ達はその一部が見えるから、それを利用する。

 いわゆる”知覚”。

 そう、”知覚”できるかどうかなんだ。”知覚”さえしてしまえば、その力を拝借することは簡単だし、別に禁忌と恐れるようなけがらわしいことではない。それはそこに存在するけど、知らなければ見えなくて使えないだけのことだ。

 でもねー、それが、普通の狼人の感覚じゃ感じ取れないんだよね。彼らには太母マーターは絶対の存在だから。

 守護者シールコルスチェーンは、彼女も自然の一部として、目の前にあるものとして冷静に観察しなければならない。そうして、その力を”知覚”する。

 でもさ、それってすっごく傲慢なことだよね。

 だって、言ってみれば、創造神と同等の立場でものを見ようっていうものなんだよ。でも、それが、守護者シールコルスチェーンには必要なんだ。


 だから、全員、すっごく傲慢だよ。自分が神になったみたいな態度で、世界を見られる者にしかなれないからさ――


 一通り、オレはそう話して息をついた。


 聞いている相手は、ふむふむと頷きながらオレの説明を聞いてくれる。昔からそうだったな、そういえば。すごく気が短いんだけど、一応、イライラしながら、オレの要領の得ない説明を聞いてくれる。

 だけど、今は、前よりはちょっとちゃんと喋れるようになっただろう?

 そんなことを思っていたら、

 ――だったら、お前も傲慢ってことか?

 ふとそんな風に尋ねられた。

 オレは思わずその質問に笑ってしまった。意外なことを言うものだ。オレの性格なんて、あんた、もう百も承知だって思っていたよ。

 ――ああ、もちろんそうだよ。あんただって知ってるだろう? オレが本当はすごく傲慢で高慢ちきだってことをさ。

 でも、とオレは断りを入れた。

 ――でも、オレはオレよりも、もっと傲慢な人を知っているからなあ。その人に比べると、傲慢じゃないんじゃないかなあ。

 そう、目の前にいるんだよ。オレよりもずっとずっと傲慢な男が。

 けれど、実はオレはその傲慢さに焦がれるほどにあこがれたものなんだ。

 いつでも自信があって、ギラギラと目の前で輝く存在。

 ……オレがそれに対して、どれほどのあこがれを抱いていたかを、あんたはたぶん理解しないだろうね。

 何物も恐れない、その傲慢さが、オレにとっては英雄のようにきらめいてみえたことを。


 だけど、オレはその答えは言わないんだ。本当はこれは、誉め言葉なんだけれど、だって、きっと、率直に言うと怒るだろ?

 だから、オレは、目の前の男の傲慢さについて、語らないよ。

 

 はは、まあ、でも――

 

 ――こんなオレに傲慢だって言われたくないだろうね、さすがのあんたも。


 *


 早朝、その隊商はまっすぐに目的地に向かっていた。

 昨日から続く砂嵐は広範囲に吹き荒れており、周辺を進む隊商の道行きに影響を与えていた。

 遅れた日程を取り戻すために早朝に出発したこの隊商もそうした被害者といえる。

「ちっ、日程が合わなくなったな」

 頭領らしい、それでもまだかなり若い男が頭に巻いた黒い布の砂を払いながら言った。きているものも黒いので、砂を被ると汚れがいっそうよく目立つ。それを嫌そうな顔で払い、結局、綺麗にしきれないのであっさりと諦める。

 日程が合わなくなったとはいっていたが、それでも、彼は絶妙な判断でここ数日遅れを取り戻しつつあった。

 まだ若いがやり手として、彼はそれなりに名の知られた商人だ。今回彼と初めて仕事をする青年は、さすがだと舌を巻いていたが、どうやら当の本人はそれでも気に食わないようだ。

「さっき計測した結果からすれば、近くにレビエという街があるはずでな。昼を過ぎたあたりに到着するはずだから、そこで一度休憩しよう」

「しかし残念ですね。それでも少し遅れてしまいそうです」

 青年がそういうと、

「気に食わねえが仕方がねえ。ヤツには数日待ってもらうぜ。まー、いい子で待ってるだろ」

 頭領はあっさりと予定を決めて、地図を懐になおした。青年は眉根を潜めた。

「しかし、あの男は信用できるのですか? たしか、財産の半分を預けているときいていますが……。合流地点で出会えなかったら……」

 きかれて、頭領はふっとふきだした。持ち逃げされないか、ときかれているのだとわかったので、余計笑いがこみ上げたらしい。

「持ち逃げするなら、今まででもしてるだろ。心配にはあたらねえよ」

 その返答に、青年は意外そうな顔をする。彼と仕事を始めて、そう時間が経たないものの、わかっているのだ。商人気質の頭領は、金についてはかなりうるさく、細かいのである。

「奴がやるとしたら、酒の飲み代をごまかすのに帳簿書き換えるぐらいの事だろ」

 まあ、と青年は言った。

「お前はアイツらを知らないらしい。そんなに付き合い方の難しいモノではないさ。」

 彼はそんななぞかけのようなことをいって、頷いた。

「まあでも、一人にしておくのは正直不安だから、早いところ、合流しねえとな」

 出発、と頭領は、カルヴァネスの東のほうの方言でそう叫ぶ。

 隊商は朝の砂漠をゆるやかに進んでいく。


 *



 目が覚めるとすでに太陽は高くなっていた。

 周囲は砂の海で、そういえば、昨日は酔っぱらってそのまま寝てしまったのだったなと思い出す。

 起き上がって砂を払いながら、レックハルドは軽くあくびをした。思ったより頭も痛くなく、妙にすがすがしい目覚めだった。

「そういや、あれからちょっと飲みすぎたような……」

 レックハルドはそういいながら、目をこすった。少しはなれたところで、同じように毛布を被って、ファルケンがすーすー寝息を立てながらまだ寝ていた。酒瓶を抱えているところを見ると、もしかしたらあれから一人で飲んだのだろうか。

 コイツ、とんでもないウワバミだなと、レックハルドは肩をすくめる。

「今日、町をたつんじゃなかったのか? まったく、考え無しな野郎だな」

 砂を払いながら起き上がり、レックハルドはぼそりといった。

「首領のお前が遅れたら、他の連中が困るだろが」

 どうにかしてたたき起こしてやるべきか。レックハルドは、顎に手をやった。

 そのとき、子供の声が聞こえた。

「助けてーー!」

 平和な町の朝にしては不似合いなその悲鳴に、レックハルドは素早くそちらに目を向けた。みれば、確かファルケンに字を教えてもらった少年のひとりが向こうから必死で走ってきていた。

 なんだとばかりに更に目を凝らすと、後ろから男が一人彼を追いかけてきているのだった。

「お、おい! どうした!」

 レックハルドは、急いで彼のいる方に走っていった。背後ではまだ一大事にも気づかず、ファルケンがまだ寝ているらしいが、今はそっちに声をかける余裕がない。

「あ、お兄ちゃん!」

 少年はレックハルドをみとめると、そのままへたり込んでしまったが、急きこんでいった。

「お兄ちゃん、先生! 先生に早く……」

 少年がなにか言いかけたとき、うしろからやってきていた男が笑い声を上げた。レックハルドほどの背の長身の男だが、どこからどうみても善人には見えない。盗賊崩れに見えるが、それよりも男の手には短剣が握られている。それが、少年に切りかかろうとしたので、レックハルドは慌てて少年の方に走りこんだ。

「くそっ!」

 レックハルドは咄嗟に少年の手を引っ張り、自分の背後に押しやった。そのまま反対の手で腰の帯に引っ掛けてある短刀を抜いた。

「ひゃひゃひゃはははは!」

 相手の男のだらしなく開いた口元からすっとん狂な笑い声が飛び出した。不気味なその様子に、レックハルドは一瞬ひるむ。

「な、なんだ、コイツ!」

 開いた目も何となくとろんとしていて、妙に血走っているようだ。到底正気とは思えない。

 レックハルドは短刀を構えたまま、足にくっついた少年をかばいつつ後退した。こんな正気でない男を相手に、子供をかばいながらやるのは不利だ。レックハルドが後退しているのをみて、男は更に笑みを浮かべる。

 勝てるとでも思ったのか、急に男は奇声をあげて刀を振りかざした。そしてそのままダッダッと突進してくる。レックハルドは、攻撃するべきか、それとも避けて逃げるべきか迷った。足元に少年がいるだけに、下手な動きはできない。

(ヤバイ!)

 そう思ったとき、刀を振り上げていた男の頭の後ろから、突然にゅっと酒瓶が伸びてきた。

 次の瞬間、ガッシャアンといういっそ心地よいほどの音とともに、ガラスと無色の液体が男の頭の上で炸裂した。ぎゃあ、と声をあげて男が倒れふしたのと、割れた瓶を眺めながら背後にいた男が、鬱陶しそうに立ち上がったのが同時だ。

「あーあ、まったく、折角いい夢を見てたのに」

 起きだしてきたファルケンは、寝ぼけ眼をこすりながらそういうと、大あくびをする。

「なんて最悪な目覚めなんだ。ついてないなあ」

 ファルケンはひょっこりと立ち上がると、そんな事をのんきにいいつつ、レックハルドと少年に声をかけた。

「あ、おはようっ、二人とも!」

「お、お前、容赦ねえな。まあ、こんな奴どーなってもいいんだけど」

 レックハルドは、足元でひくひくと痙攣しながら気絶している男を見て、呆れかえったように言った。

「大丈夫大丈夫、そんな怪我させてないし、そのうち目を覚ますって。こういうやつに限って、丈夫いから。あっ!」

 何気にひどいことを言っていたファルケンは、男が酒にまみれているのに気付いて声をあげた。

「うわー、まだ結構残ってたのかっ! てっきり空瓶かと! あああ、勿体ないことしたなあ」

 砂にしみこんでしまった酒をじっと名残惜しそうにみながら、彼は嘆息をついた。

「こんな奴にくれてやることなかったのになあ。あああ、本当今日の目覚め最悪だー」

「おい、こら! いつまで酒にこだわってんだよ!」

 レックハルドがそう突っ込むと、ファルケンは、さくっと切り替える。

「あ、そかそか。そういや、こいつに襲われてたんだっけ? 二人とも、無事だったみたいだなあ。心配してたんだよ」

「何が心配だ。軽いヤツだなー。ほんっと、どうしようもねえヤツだ」

 レックハルドは腹を立てるのをとおりすぎて、あきれ返ってしまった。

「だが、それにしてもこいつ……」

 レックハルドは、倒れている男を見た。こうしてみても、先ほどの男の行動はどうもおかしい。到底正気には思えなかった。

「あぁ、相当やられてんなあ」

 ファルケンは男を一瞥して言った。

「何があったかしらねえが、正気じゃないんだろ。たたき起こして事情きいてやろうと思ったが、どうやら無理そうだ。たぶん起きても話通じないよ?」

「んー、正気じゃねえとすれば……」

 レックハルドを横目でみながら、ファルケンはぽつりと言った。

「こいつの場合は、ちょっとやばい薬でも飲まされてたかも? ただ、突発的に襲ってきたって感じでもないんじゃないかなー。なんか、意図的な感じがしないでもない。ちょっと、そんな”気配”の”残滓”を感じちゃうねー」

「残滓? おい、それは……」

 レックハルドがきこうとした瞬間、レックハルドの足にくっついていた少年が、突然我に返ったようにファルケンの方に飛びついた。

「せんせえーっ!」

「おっと、ええっと、なんだ、お前、ザーラックだな?」

 ファルケンは抱きついてきた少年の頭を見ながら、どうにかこうにかその少年を識別した。黒髪のザーラックは顔を上げながら、怯えたようにこくりと頷く。

「どうした? なんかあったのか?」

「あのね、あのね、皆が……!」

 ザーラックは言葉を詰まらせる。

 そう言われて宿のほうを見る。黒い煙がもくもくと立ち昇っているのが、ここからでもわかった。ザーラックから皆まで聞く必要はなかった。ファルケンはレックハルドと視線を交わし、ザーラックを抱えてそのまま宿のほうに走り出した。



 宿につくまでに街の状況は大体把握できてきた。町の中は煙たく、あちらこちらでまだくずぶっている。いくつかの商店や家が壊され、まだ煙をあげているものもある。騒然とした街の中の空気で、大体何が起こったのかはわかる。

 レックハルドとファルケンは、急いで宿までたどり着いたが、宿もひどく破壊されていた。

 宿の前に何人かあつまって話をしていたが、その中にファルケンの部下がいるようだった。その中の見覚えのある気の弱そうな青年が、ファルケンをみつけて慌てて走ってきた。

首領リャンティール、すみません」

 彼はすっかり悄然としていた。

「なんか、わけわかんねえ連中がやってきて、子供達をさらっていかれちまって! 俺達もがんばったんですが、かなわなくて……」

「ああ、ザーラックにきいたよ」

 少しだけ表情を曇らせたが、ファルケンは次にいささかのんきな声で訊いた。

「けが人は何人だ?」

「え、えと、五人ですが……。全員大した事ないみたいで」

「そうか、じゃあ不幸中の幸いだな。それはよかったー!」

 ファルケンはにっこりと笑って、穏やかに言った。

「後の事はオレがやるから、ゆっくり養生しろっていっておいてよ? それじゃ、オレは行ってくる。あいつ等どこに行ってた?」

 唐突に出発しようとする彼に、青年が慌てて尋ねる。

「え、ええ? 首領リャンティール一人でですか? 一人ではちょっと……。誰かほかにも何人か呼べますよ!」

「いいって! お前達がくるより、オレが一人でやった方が身軽だからさあ」

 優しく部下にそういってはいるが、どうも足手まといだから来るなという思いがあるらしい。

 まあ、それも仕方がないだろう。とはレックハルドは思っている。レックハルドがこの二日間で見た限りでも、この隊商の連中はあまり戦闘向けではないし、狼人の彼の俊敏な動きについていけそうではなかった。

「じゃあ、オレが事情を探ってくるから、しばらくこの辺で待ってろよ」

「はあ、しかし……」

 部下はそう応えながら不安そうにしている。

(ったく、これは厄介なことになったな……)

 レックハルドはそう思いつつ、ため息をつきながら周りを眺めた。

 賊はとうに逃げてしまったらしいが、まだ街にはいくらか残っているかもしれないのだ。不穏な気配がする。

 と、彼は不意に銀色の光を目の端でとらえた気がした。

 反射的にその光をたどる。人の集まりの中から、銀色の光と黒い髪が飛び出していくのが見えた。その先にはファルケンがいる。そして、その銀色の光は間違いなく刃物だ。

「ファルケン!」

 咄嗟にレックハルドは叫ぶ。

 だが、その声とほぼ同時に彼は部下の前からとびずさり、後ろに目をやる。そこにはすでに刃物をもった男が迫っていたが、それでもまだ余裕があった。知れずに笑みが漏れる。

「予想済みよ!」

 飛び掛ってきた男の手首を掴み、ファルケンはうまいぐあいに男の足を自分の足で引っ掛けた。そのまま引き倒しながら、素早く身を翻す。地面に倒れた男の背を足で踏みつけておいて、とりあえず暴れられないようにする。

「うん、お前はマトモみたいだな」

 しゃがみこんで、ファルケンは男の悔しそうな顔を見た。粗暴そうだが、先ほど襲ってきた男のように常軌を失っている感じはしない。

「よかったよかった、話できる人がいて。じゃー、ちょっときくけど、あんた誰? どこの奴に頼まれたんだ?」

「うるせえ! この化け物が!」

 といったのは、おそらくファルケンの正体を見破っての事だ。

「わからねえやつだなー」

 ファルケンは、面倒そうに髪の毛をかきやりつつ、首を横に振った。

「お前なあ、自分の状況がわかってないだろ。お前の言うとおりに、オレがホントに化け物だったとしたら、オレはお前よりもすっごく力が強いはずなんだろ。その辺、ちょっと考えてほしいなあ~」

 と、いつも通りの表情で言いながら、彼は続ける。

「だから、ほんのちょっとこの足に力が入ったら、どうなるのかなーとか、予想しないのかなあ?」

 のんきな口調だったが、言っている内容は大概乱暴である。

「ちょ、ちょっと、待て! てめえ!」

「オレ、あんまし乱暴なことはしたくないんだけど、仕方ねえなあ」

 そういいながら、ファルケンはふとまじめな顔になる。狼人の碧の瞳の、しかし、宝石にしてはやや凶暴な炎を灯したような獣の目に、男は急に恐怖を感じた。

「ま、待ってくれ! オレを踏み殺す気か?」

「そりゃ、お前の回答にかかってるなあ。お前のおかしらさまはどこの誰だ?」

「ビ、ビフェンダルだ! ビフェンダル! こ、ここ一帯を牛耳ってる盗賊団のオヤブンだっていえばわかんだろ!」

「へえ、ビフェンダルねえ。そういや、そんな野盗いたねえ。で、何が目的だ?」

 名前を聞いて、やや眉をひそめたが、ファルケンは畳み掛けるように質問した。

「さ、さあ。オレもよくは……。ただ、その……狼人がいる隊商のガキどもをさらってきて、ついで街を壊すようにいわれてて……! 狼人の首領を殺せば、報酬が倍になるってきいてたし」

「それはいいけど、さらった子供はどこに隠してある?」

「み、皆、町外れのとりで跡につれてって隠してある。オ、オレが知ってるのはそんなもんで……!」

 嘘をついている気配はないので、おそらくそんなところだろう。ファルケンはあごひげをなでた。

「ふーん、それはどうもありがとう。おかげでよくわかったよ」

 ようやくファルケンは、そう応えると足を離し、そのままあっさりと背をそちらに向けて歩き出していく。

「へっ、甘いやつだな!」

 急に自由になって男は手にした短剣を握りなおして立ち上がろうとした。が、笑っていた口元はすぐに引きつった。ちょうど目の前に剣が刺さっていたのである。

「甘いって何の話?」

 いつの間にか抜刀していたファルケンが、男の目の前の砂に剣をつきたてて、それに足をかけてにんまりとしていたのである。

「い、いや、その……」

「一応さ、自分で言っておくけど、オレ、キレると見境ないし、基本的に容赦しない性格だから、あんまり怒らせない方がいいと思うぜ? いますぐあんたを眠らせてもいいんだど、面倒なんでさ。それより大人しくしてくれた方が、お互いにとっていいことだと思うけど? どう?」

 にこりと、ファルケンは不穏な笑みを浮かべた。男は引きつった笑みを返したまま、ぺたんとそこに座り込む。

「取り込み中悪いけどさ」

 レックハルドがそう尋ねると、ファルケンは剣を抜いて腰に戻しながら無邪気な笑顔を向ける。

「あ、取り込み中、もう終わったー。何々?」

 つくづく、軽い奴だなと思いつつ、レックハルドは肩をすくめる。

「いや、で、どうするって?」

「うん、近くのとりで跡に捕まってるらしいから、どうにかしようと思うんだけど。うーん、どうしようかなあ」

 レックハルドにそう応え、ファルケンは少し唸った。

「よりにもよってビフェンダルとはねえ。おかしいなあ、オレはあんまし恨み買った覚えはないのに。もしかしてオレじゃなくって、寧ろ、アイツがなにかやったかなあ……。よく人の恨み買いそうだしなあ……」

「アイツ?」

 小声の独り言だったが、レックハルドは聞き漏らさなかった。はっとしたファルケンは、彼にしては不審なほど慌てた様子で首を振った。

「い、いや、なんでもない。なんでもない!」

 怪しい。怪しすぎる。レックハルドはそのまま追求しようとしたのだが、ふと前方に影が落ちたので、口をつぐんだ。そして、思わずギクリとした。

 前方に、この街の人間らしい十数人が立ちはだかっていた。一様に表情がかたい。少なくとも、彼らに好感情をもっていないのは一見してわかった。

「あれ? なにか、オレ達に用かい?」

 ファルケンは、それでも少し友好的に訊いた。

「今、ちょっと急いでるんで、できたら道を開けてほしいんだけど」

 ファルケンの明るい言葉も、彼らには通じない。むしろそれが火をつけたように、彼らの一人が口を開いた。

「お前のせいだ! 盗賊が街を壊していったんだ!」

 一人の男が感情的に言った。おそらく、彼らに店を壊された商店主かなにかだったのだろう。

「お前みたいな狼人が街に来るからこんな目にあうんだ!」

「疫病神が!」

 恐れていた事が起こった。

 レックハルドは眉をひそめた。狼人に好感情を抱いていない街の場合は、何か事件が起これば大体こういう事になる。

 あのファルケンと旅をしていたときもそうだったのだ。狼人に向ける嫌悪が強い街で、何かあるたびに、ファルケンは矢面に立たされる事になる。だから、なるべくそういう街を避けて通ってきていたのだが。

「盗賊を呼び寄せたのはお前だろ! なにか悪魔の力を使ったんだ!」

 石でも投げそうな勢いで、後ろにいる男がそう怒鳴った。盗賊が街を壊していったことを全部ファルケンのせいにするというのもひどい話だ。さすがにレックハルドも腹を立て、思わず口を開きかけた。が、それは声にする前に止まった。

 ファルケンは、それを黙って聞いていたが、ふとくすりと笑っていた。

「あー、そういう話ね」

 ファルケンはそういって笑うと、にっと笑った。

「でも、それはいくらなんでもちょっとそれは言いすぎだろ。オレでも、そんな器用な真似はできないよ。狼人は全員魔法使いだって、あんたらは思っているかもしれないけど、オレにはその辺のことは全然できないしさあ」

 どこか他人事のようにファルケンは言った。

「盗賊も人攫いもどこにでもいるだろ。たまたま、それがこの街を襲っただけで、オレが来たからとは関係ないね。それとも、オレには厄病神がついてるとでも言いたいのか? だったら、この前、オレが遊びに来たときに何にも起こらなかったわけを訊いてみたいところだな」

 意外に強気だ。というよりは、完全に開き直っているといったほうがいいのか。ざわ、と群集が不安げにどよめいた。

「連中の頭は、ビフェンダルだといったよな。あいつはここ一帯で相当有名な盗賊の名前じゃなかったっけ。むしろ今、困るのは、あいつらがこの街に居座っちゃうことじゃないかな? オレはあいつ等を追い出してあげるつもりだけども、オレがだまーってここを出ていくのは、むしろ困ると思うよ?」

 ファルケンはそういいながら、右手を腰に当てる。それは牽制なのかもしれない。と、いうのも、彼の右手の傍にいつも彼が下げている剣の柄が覗いているからだ。いつでも抜ける体勢なのは、この殺気だった連中を押さえつけて有利に話を進めるためなのだろう。

 その様子にさすがに街の者達は黙った。

 確かに彼の言うとおりだし、逆にここでファルケンと刃傷沙汰になれば、ただですまないのは街の者達の方である。狼人にそう簡単にかなうはずもない。

 だが、それを見て、先に不穏な空気に終止符を打ったのはファルケンの方だった。少しだけにやりとして、彼は一応親しげに声をかけた。

「道を開けてくれればそれでいいって。だって、さらわれた子供の中にはオレの連れがいるからさ。だから、あいつらを追い出すぐらいはしてやるよ。それぐらいなら、文句ないだろう?」

 そういうと、ファルケンは足を進める。街のものたちが思わず後ずさりして道を開けると、彼は悠々とその真ん中をとおっていった。

「お、おいっ……!」

 レックハルドは慌ててそれを追いかける。ファルケンは、容赦なくすたすたと歩き出していた。街の連中は、さすがにそれ以上何もいえず無言で彼を見送っていた。

 誰もいない道に入るころには、すでに大分はずれに来ていた。ようやくレックハルドはファルケンに追いついた。

「いいのか?」

 レックハルドは不安そうに聞いた。

「えっ? なにが~?」

 ファルケンは妙に危機感の足りない返事をする。その妙な生返事に、レックハルドはやや腹を立てながら言った。

「だーから、ああいうこと言っていいのかってきいてるんだよ?」

「だって、どっちにしろ、ザーラックの話じゃあいつら捕まってるみたいだしな。だったら助けに行くしかないだろ」

「そ、そりゃそうだが……。何もあんな奴らの為に……」

 レックハルドは、何となく返事を渋った。その顔に不満がありありと見えるのを見て、ファルケンは苦笑した。

「へへえ、腹立ててくれるんだ」

「い、いや、お前がってわけじゃないが、そのさ」

 レックハルドが珍しくしどろもどろに言い訳するのを見て、ファルケンは楽しそうに笑いつつ、

「まー、そうだね。腹立てるのもわかるけど、ここで喧嘩したってどうにもなんないさ。それより、あんた、なんでついてきてるんだ? 一緒に来るのかい??」

「え、あ、いや……」

 訊かれてレックハルドは一瞬詰まった。街の人間に責められ、おまけにさっさと一人で行ってしまったファルケンが心配で後をつけてはきたものの、一緒にその盗賊の根城にいくかどうかということになると、正直少し気が引けていたのだ。

 どうせ一緒に行っても足手まといになるのが目に見えているのだ。忘れてかけていた苦い思い出が頭の中に戻ってくる。自分が行動して、いい目に転んだことなどなかった。少なくとも、あの時は――余計な事さえしなければ、誰も死なずにすんだのだ。

 だが――

「お前、一人でいったら何かときついんじゃないのかよ? ガキどももいるんだろ。一人で、全員連れて帰るの、大変じゃないのかよ?」

 レックハルドは、苦い思い出を振り切るようにはっきりとした声でそう訊いた。あの状況で彼を一人だけで敵地に飛び込ませるのも、昔の苦い思い出と被った。ここで一人で送り出して、何かあったら、今度こそ本当に見殺した事になってしまう。

 ぱちり、とファルケンは瞬きをした。それから思わずにやりとする。続いて、奇妙な忍び笑いが聞こえた。

「な、なんだ、それは!」

「いやぁ、あんたってそういう奴なんだなあと思ってさあ」

 ひひひ、といった方がよさそうな奇妙な笑いをうかべながら、ファルケンは続ける。

「口悪い割りに、意外といい奴なんだよなぁ」

「な、何言ってんだ! 違うっつーの!」

 からかい混じりに、しかしずばりと言われて、レックハルドは思わず言い返す。

「早く助けに行かなきゃならねえんだろ! なんで、そんなに緊張感ねえんだよ?」

「はは~、緊張したっていい事何もないからなあ。そのときに油断しなきゃいいわけだもん」

 レックハルドは軽く額に手を置いた。

「お前、どういう性格してるんだ。肝が据わってるというか、無神経というか……」

「そうかな? オレは昔からこんな感じだよ? それに、オレからすれば、あんたのが、充分おもしろい性格だけどなあ」

 彼の知らないファルケンはそういって笑うと、少し穏やかな表情で彼のほうを向いた。

「それじゃあ、とっとと行ってしまおうか? どういう状態でも、人数は多い方が有利だし、あんたが来てくれたほうがオレも助かるからな」

「ああ、わかった」

 レックハルドの心を見透かしたようなその言葉に、しかし、彼は少しだけ救われた気分になる。

「それに、実は正直言うと」

 その瞬間、ファルケンは不意打ちのように、ニヤッとしていった。

「オレさ、一緒に冒険できるの、嬉しいよ。レックハルド」

 なんとなくその表情にぎくりとする。その視線が、何故かひどく懐かしい。彼が自分を”レックハルド”と呼ぶように、彼はあのファルケンではないはずなのに。

「それじゃ、行こう。とりで跡はね、あそこにあるよ」

 気づくとファルケンは、彼の知らないファルケンで、砂塵の向こうの廃墟を指さしていた。

「あ、ああ、わかった。行こう」

「ああ」

 ファルケンは歩き出す。レックハルドは彼の背後をついてあるきながら、ふと、先ほどの表情はなんだったのだろうと考えていた。

 ファルケンの背中を見ながら歩く。

 彼の知っているファルケンは、いつだって自分の後ろをついてきていたから、こんな風について歩くことはなかった。彼は、ただ、自分の知らない、彼と似た別人に違いない。

 それだというのに、時々、彼を見ていると何かを思い出してしまうのだ。

 


  *


 彼らがとりで跡に向かった後、門をくぐって隊商が到着した。

 しかし、まだ街は騒然とした雰囲気を残していた。煙は消えていたが、街のものたちがざわめいていたし、周囲に燻ぶった匂いが立ち込めている。

 頭領らしい黒服の若い男が眉根をひそめる。街の中を取り巻く異様な空気に気づいたらしい。

「なんの騒ぎだ?」

「きいてまいりましょうか?」

 部下の一人が気をきかせたが、男は首を振った。

「いや、オレが直接きいてこよう。その方が早そうだしな」

 男は乗っていたラクダからひらりと降りると、そのまま人の中にまぎれていく。黒服の男は、そのまま人込みの中心の方にいく。人の噂を耳にしながら、やがて男は宿屋にたどり着いた。

 その一軒の宿屋では商隊の一員らしい青年が不安そうに町外れの方を見やっていた。どことなくぼうっとした感じの青年をみやりながら、男はずかずかと彼のほうに近づいていった。

「何かあったのか?」

「ああ、いえ…、そのうちの首領リャンティール……、いえ、頭領が少し……」

 いきなり訊かれて、彼は戸惑いがちに言う。

 どうも、狼人のファルケンのことを見知らぬ男にいうのに気が引けたらしいが、男の方が素早く反応する。

首領リャンティールだと?」

 男は反芻して、ふと顎に手を当てる。

「お前、ファルケンの部下だな?」

 えっと青年は驚いた。

「えっと、首領リャンティールをご存知なのですか? あ、あの……どちら様で……」

 だが、青年より少し年上らしい若い男は直接それには答えず、青年や彼の背後にいる仲間達を値踏みするような目で見ていた。その視線があまりにも鋭いので、彼は少しだけ不気味に思う。

 だが、彼は一通りそれを眺めた後、ふうと嘆息をついた。そのままあきれ返ったような目を空に向けてボソリと呟く。

「ったく! あの野郎……だめだっつったのにまたロクでもねえ拾いもんしやがったな!」

「えっ?」

「で、どこに行った?」

 青年の驚きなど気にも留めず、黒服の男は尋ねてきた。思わずその雰囲気に気おされて、青年は答える。

「え、えっと、確か町外れにある今は使われていないとりで跡だとか……。しかし、あなたは……」

「お前ら、その場で待機しとけ」

 黒服の男は命令しなれた口調でそういい、青年の顔も見ずにきびすを返して駆け出した。

「夕方には戻ってくるだろう。問題さえ解決すれば、多少は居心地もよくなるさ」

「はっ、はあ」

 青年はきょとんとした。なぜこの男に指図されなければならないのかわからなかったが、文句を言う気にもなれなかったのだ。それほどに、命令に手馴れていたし、何となく雰囲気に飲まれてしまう感じがする。仕方なく、彼は男を見送った。

 男はぶつぶつと文句らしいことをつぶやきながら、街をだっと走っていた。町外れのとりで跡なら見当がつく。先ほどここに入ってきたときに見かけた場所だ。

「全く、何考えてんだか!」

 男はイライラしたように吐き捨てた。

「ここでは目立った事をするなといっておいたのに! あの馬鹿が!」

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