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辺境遊戯・改訂版  作者: 渡来亜輝彦
第十一章:休息の街
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4.森の長達と潜むもの

 

 深く、辺境の森の深くである。

 そこは辺境の森の内郭といわれる場所だ。外郭、つまり比較的人の入り込みやすい場所から、かなり入った場所であり、そこに人間が入り込むことはまずもってない。木々が茂り、滅多に普通の動物ですら入り込まない特殊な場所。そこに入ることができるのは、数少ない狼人と妖精だけだ。

 そこには十二人の男女が集まっていた。六人は狼人、残りの六人は妖精である。お互い、森の暗がりで顔もはっきりと見えないが、彼らはそれでもお互いの姿を認識できているようだった。

 彼らは、森の外郭でよく見かける狼人や妖精とは雰囲気が違っていたが、それも当然のことだ。彼らこそ、司祭スーシャーと呼ばれる辺境に住む者たちの長である。

『シャザーンは本格的に活動を始めたようです』

 どこからか、木のざわめきのように反響する声が響いた。それは辺境の古い言葉、辺境古代語クーティスだった。

『それに、日蝕の様子も……。あれでは、外郭の連中や人間もそろそろ気づき始めたでしょう。大騒ぎになるのでは?』

 続けて別の声が聞こえた。

『まずはシャザーンが問題だが、同時に辺境に侵入する人間の数も増えています。おそらくは、ザメデュケ草などの薬草を中心に狙っているようです。太母ムーシュエンの力が弱まれば、ああいう輩も増えてしまう』

『もし、そうした人間たちと彼が手を組めば、あと六番目と七番目の封印を解いてしまいかねません』

『特に七番目には、炎とつるぎ、が必要なのですから』

『人ならば、容易にそれを扱えるはずでしょう』

『そうはいえども、我々はどうすればよいのでしょうか』

 ざわざわと、風のような声で、彼らは話し合う。

『やはり、人間を締め出さねばならないのではないでしょうか』

『いいえ、強硬に彼らを締め出すことは、彼らを刺激してしまいます。無用に彼らを敵に回すことにはなりはしないでしょうか。この前のような強引な手法には、私は賛成しません』

 女性らしい高い声が響いた。

『私も同意します。無用な流血を見るのは、賢明ではありません』

 何が何でも封印を守ろうとする強硬派と、そして、もっと平和的手段で解決しようとする穏健派。そして、多くの中立がこの中にはいる。もう随分昔から話し合われてきたことだったが、実際に危機を目の前にして彼らの議論は白熱していた。

『だとすれば、一体どうやって止めればよいものか。力ずくで、といっても、シャザーンの力は我々以上です。誰か、彼を倒すための適任者はいないものか?』

 ふと、一人の声があがる。

『あの”魔幻灯”はどうでしょうか? 炎を怖がらず、そして、鉄を平気で扱う。シャザーンに対抗するには、我々のように人を恐れるものではいけない』

『だが、あれは、この前、彼に大敗を喫しているし、魔力も弱い。力が弱すぎる』

『確かに、あの時は負けた。しかし、あれは本来能力が、大変高かったはずです。本人も気づいていないだけだ』

『十一番目の……。そのあたりはどうなのです?』

 話を振られ、十一番目の司祭スーシャーアヴィト 、つまりファルケンに魔術をかけていた司祭スーシャーが進み出る。

『そなたは、確かあの魔幻灯に術をかけたそうですね。ならば、その力の程もわかるでしょう』

『はい』

 十一番目の司祭スーシャーは、ゆっくりとうなずいた。

『確かに、魔幻灯は魔力は弱く、戦い方を知りません。ですが、あれは自身の心の問題でしょう』

『というと?』

『理性のない状態では、とても強いということです。ただ戦い方を知らず、自分の力を引き出す事を知らないのです。力自体は、もとより備わっています。それも、シャザーンに迫るほどの力を……。ただ、本人がそれを使用することも、解放することも、望んでいないというだけのこと……、彼は戦いを好まない』

『操り、無理やりに引き出す、ということですか?』

 問われて、十一番目は頷く。

『そうすれば、我々よりもあれは強くなるかもしれません』

 あたりが一瞬、どよめいた。

『そうか、ならば、魔幻灯に』

『十一番目にお任せしよう』

 ざわざわと葉の擦れる音のようなささやきが交わされる。彼らがやがて判断を、長にゆだねようという雰囲気を持ち始めたとき、凛とした声が響いた。

『お待ちを!』

 それは、コールンという名を持つ五番目の司祭スーシャーだった。

『一言、注意していただきたいことがある。魔幻灯が、われわれの言葉にすべて服従する保証はないのではないだろうか』

 彼は、一歩前に進み出た。普段は穏やかな眼差しを少し鋭くさせ、彼は言った。

『彼は、元より辺境を出た者。そして、人と関わりながら生きているものです。この境界の内に住まうものとは、事情が違います。必ず我々の言うことを聞くとも限りません』

 言ってから五番目の司祭スーシャーは、嫌悪感を滲ませながら十一番目の司祭スーシャーをにらみつけた。

『それに十一番目の。この前、あの魔幻灯本人に、その友人を殺させようとしたそうですな。酷いことを』

『それは、あの友人が、辺境に入り込みすぎていたからだ』

『それだけの理由かな。十一番目の。もとより、魔幻灯のファルケンは、彼を辺境から追い出した我々に対して、よい感情を抱いていない。なのに貴方の行動はどうなのだ? そんなことをした我々の頼みなど、果たして聞いてくれると思うのか?』

 五番目の言葉に、十一番目は明らかに顔をしかめた。

『五番目の。私の先走りだといいたいのか?』

 険悪な雰囲気がその場に流れ、慌てた司祭スーシャーたちがどうしたものかとささやき合う。戦えば、間違いなく五番目の司祭スーシャーの方が勝つが、司祭スーシャー同士の争いはただの喧嘩ではすまないのだ。

 不意に、声が割って入った。

『こんなところで互いに争うのは賢明ではない』

 はっと両者は声のするほうを見た。今度は響きを伴わない肉声で、その声は続けた。

「確かに、あの魔幻灯は、われわれに対して好感情を抱いていないかもしれない。だが、まだそれでも、あれは辺境とのつながりを捨ててはいない」

 そういったのは、一番前にいた黒く長い髪の青年である。一際、整った顔立ちだが、黒い髪をしているのが特徴的だった。緑がかった金髪が圧倒的に多い狼人と妖精の間ではかえって目立つほどだ。その男が、よく通るはっきりとした肉声で言った。

「それは、あれが辺境の風習を捨て切れていないことからもわかる。最後には、必ずこちらに戻ってくる。ということは、最終的には、我々の支配下にあるということだ」

『一番目の……』

 五番目の司祭スーシャーは、驚いたような口調でいった。一番目、つまり司祭スーシャーのうちでも一番の権力をもつ筆頭司祭ディルイー・スーシャーが、彼らの中で直接意見を口にするのは珍しいことだ。大体、一番目は採択の決定を下すだけで、具体的にあれこれと意見することは少ない。

『やはりそれがよいかもしれません。一度、術にかかったということは、それ以後もかかりやすいということです』

 十一番目が、安堵した様子で告げる。

『影響下に入れば、思いのとおりに従えさせられるはずです』

 ざわ、と、場がゆれる。一番目の司祭スーシャーが十一番目の意見に同調したということは、五番目の意見は拒絶されたということだ。流石に一番目とでは分が悪い。五番目の司祭スーシャーが素直に引き下がろうとしたとき、不意にもうひとつの声が入ってきた。

『一番目、いいえ、ギルベイス』

 二番目の司祭(スーシャー9である美しい妖精が姿を見せ、ふわりと宙でとまった。五番目が思わず上をを見上げると、彼女をまとっていた柔らかな金色の光が、すっと消えていった。

 一番目と二番目の司祭スーシャーは、ほぼ同等の力を持つ。それでお互いを牽制し、均衡を崩さないようにしているという。そして、どちらかが狼人、つまり男であった場合、必ず片方は妖精、つまり女性が就任する。

 その対等の立場をもつ二番目の司祭スーシャーは、いさめるような口調でいった。

『わたしは、あなたには反対です。魔幻灯に無理に命令をきかせたのはよいでしょう。しかし、それにより、もし、彼が我々に敵意を抱いたら、いいえ、もう抱いているかもしれませんが、そうすれば、彼が第二の敵になるかもしれないとは、あなたは考えないのですか?』

「ほう、二番目の司祭スーシャーエアギアよ。そなたは、あれが我々を裏切るといいたいのか?」

 エアギアという諱を持ち出して、彼はやや挑発するような口調で言った。だが、二番目の司祭は、相変わらず穏やかな口調で言った。

『私はそこまでいってはおりません。あの子は、やさしい子ですから。ただ、いつかそれが我々に牙をむくことがあるかもしれない、と言ったのです。』

「だが、炎と鉄が平気で、あれに匹敵するのは、魔幻灯しかいないではないか。そういえば、この前、人間を辺境から締め出そうといった時も反対したのは、そなただったな?」

 ふ、とあざ笑う様な笑みを見せた筆頭司祭ディルイー・スーシャーギルベイスに、彼女は顔を伏せるようにしながら首を横に振った。

『あなたは、どうして人間にこだわれるのですか? なにも、炎が平気なのは人だけでも、あの魔幻灯だけでもないはずですよ。あなたもです。一番目、人の血を遠く引くあなたも平気ではありませんか? あなたが手ずからあのシャザーン、梨輪冠りりんかんのクレーティスをどうして止めないのです?』

 その言葉に司祭スーシャーの長が、あからさまに顔をしかめたのがわかった。

「エアギア」

 ギルベイスの目は、ある種の憎悪を含んで、二番目の司祭に向けられていた。いつの間にか彼は肉声のままになっている。それは、彼の感情が高ぶっていることを示していた。

「私の出自をここで口にするなど、いったい、どういうつもり……」

 たずねようとして、ギルベイスの口が止まった。不意にすばやく瞳が横の茂みに向けられる。

「誰だ!」

 一番目の司祭スーシャー、ギルベイスの手から、銀色の塊が飛んだ。それは金属製の短剣だった。そして、同時に何者かが身を翻す。しろい布が翻り、背負ったつるぎの柄に細工してある宝石が、魔性を感じさせる紅い光を反射する。

「ちっ!」

 そこから飛び出したのは、覆面をした男だった。短剣は、彼の肩をかすめたようだが、その服を軽く裂いただけで身に傷をつけてはいないようだ。

「あれは!」

 十一番目が慌てて声をあげた。

「あれが、この前、私の邪魔をした覆面の狼人です!」

「あれが? 盗み聞きとはいい趣味だが……」

 ギルベイスは、不審そうな目を向ける。すでに、覆面の男の姿は、深い茂みに消えている。まだ近くにいることは間違いないが、なかなかの手練れらしく、司祭スーシャーの彼らの力をもってでもその居場所をやすやすと突き止められなかった。

「少し事情を聞きたい。近衛チィーレの者たちに追わせろ」

 ギルベイスが命じると、どの司祭スーシャーかがふと後ろに向かって何か言ったような気配がした。間もなく、背後から黒い影がいくつか飛ぶ。彼らの守護をする近衛チィーレの狼人達だった。

 司祭スーシャーたちがまた何事かささやきあい始める。あの不審な乱入者は、彼らにとっても好奇と不安の的だった。この場所には、限られた者たちしか入ることができない。十二人がそろった今日は、結界を張っていた筈なのにあの不審者はそれをものともせずに侵入したのだから。

 ギルベイスは、怪訝そうに首を傾げた。先ほどの男を思い出して、彼は小さな声でつぶやく。

「何処かであったか? 何故か、初対面とは思えんな」

 後ろで二番目の司祭スーシャーが、黙ったまま目を伏せるようにしているのを、筆頭司祭ディルイー・スーシャーギルベイスは気づいてはいない。


 

「ちっ、勘のいい奴だ!」

 ざざざ、と茂みを分けながら彼は走る。

 司祭スーシャー達が自ら追ってくることはないだろうと、イェームは踏んでいた。おそらく追いかけてくるとしたら、近衛チィーレの狼人達だが、普通に走っていさえすれば、彼らに追いつかれることはないはずだ。ちらりと振り返っても、案の定、追っ手の姿は見えない。

「このまま、森の外まで逃げてしまうか」

 そうすれば、自分が誰であるか探られることもないだろう。司祭スーシャー近衛チィーレは、外郭にいる兵隊ビーティアの狼人達ですらためらう森の外には絶対に追いかけてこないのだ。

「そうしよう」

 イェームは呟き、さらに速度をあげる。枝をつかんで木の上に飛び上がり、そのまま枝を渡っていく。

 しかし、何度か枝を飛び渡った直後、突然、がくんと、ひざが折れた。下から引きずり込まれるような衝撃と共に、めまいがし、イェームは思わず呻いて立ち止まる。

 危うくバランスを崩しそうになるのをおさえ、イェームは近くの丈夫な枝に軽くひざをついた。突然、息が上がり、急に足が思うように動かなくなったのだ。

 倒れこむように木の幹に手をつきながら、真っ青な顔をしたイェームは軽く深呼吸した。

「ちっ、忘れてた……。あいつの影響下じゃ、まだ自由に動けないんだったか……」

 イェームは軽くつぶやく。背後から近衛チィーレの狼人が迫る気配がする。イェームは敢えて足を踏み外して地上に降りると、そのまますいっと木の間に体を滑り込ませ、木の幹に身を預けた。古い苔むした木々と、周りの葉が彼の姿を隠してくれる。あとは、気配を消せば、相手にはわかるまい。

 自由には動けない体を木の幹に預け、軽く目を閉じる。耳を澄ませると、近づいてきた足音、というよりは、風の音のようだったが、その音と気配は一度最大まで近づいた後、遠くへと消えていった。

 同時に、ふっと体を縛めていた力のようなものが、緩むのがわかった。イェームは目を開け、地面に足を下ろす。先ほどまで、真っ青になっていた顔色は、ようやく元に戻りつつあった。

「行ったな」

 滲んだ汗をぬぐい、イェームは深くため息をつく。あの息苦しさも、何もかも、嘘のようにすべて治っていた。その原因はわかっている。

筆頭司祭ディルイー・スーシャーギルベイス、相変わらずだな。できる限り、潜んだつもりだったんだけどなぁ」

 うまくいかないものだ。少しの反省をしながら、それでも彼は得た情報は、思わぬ収穫だったと思った。

「そうか、あれにはああいう事情があったんだな。今更になってようやくわかった」

 つぶやきながら、イェームは森の緑にまぎれながら歩き出した。ぱきん、と足元で枯れ木の砕ける音がする。

「事情がわかったからには、今度は、……あんたたちの好きにはさせないぜ」

 思わずもれた独り言は、何か執念めいたものを含んで、静けさを取り戻した森に暗く響いた。



  *

 

「わあ、素敵ね!」

 シレッキの町には、大きめのバザールが開かれていて、所せましと品物が置かれていた。

 市場を歩きながら、三人はいろいろなものを物色しながら歩いていた。マリスが楽しそうに声をあげて笑うと、レックハルドやファルケンも何となく明るい気分になるものだった。

「意外と、色んなものがあるんだよな、この街」

「そうだねえ。でも、見てて飽きないよ」

 レックハルドにファルケンはそう答えて、マリスの方をみた。その視線を受けてか、先ほどからランプを目を輝かせてみていた彼女が振り返り、ふと思い出したように尋ねた。

「そういえば、ファルケンさん。最近、ロゥレンちゃんを見かけないのだけれど元気かしらね」

 マリスに話し掛けられて、ファルケンは軽くあごに手を当てる。

「ロゥレン? そういえば、オレも会ってないな。あいつのことだから、多分大丈夫だよ」

「そうですね。ロゥレンちゃん、意外とこういうキラキラしたもの好きみたいなのよね。今日も一緒に来られたらよかったのに」

 マリスが残念そうにつぶやく。どうやら、マリスはいつの間にやら勝手にロゥレンを親友扱いしているようだ。ロゥレン本人が面と向かって言われると、困惑して怒り出すかもしれない。それを想像して、レックハルドは思わず失笑する。

(まぁ、あのコムスメじゃ、マリスさんに勝ち目ないよなー。振り回されて当然だぜ)

「オレはこの前会いましたよ。元気そうでしたし、あちらも会いたいっていってましたよ」

 にやにやしながら、レックハルドは無責任にそんなことを言う。

「そうですか! じゃあ、今度また辺境のほうに寄ってみますね! お二人も一緒に行きませんか?」

「辺境、そ、その、オ、オレは、森には……」

 にっこりと笑ってマリスがそういったとき、ファルケンが不意に暗い顔をした。司祭スーシャーに操られていたことを自覚している彼は、しばらく辺境には近づけないことを自分でわかっていた。一度影響下に置かれたということは、次もそうなるということだ。

 その表情の微妙な変化を見逃さなかったレックハルドは、慌てたように明るい声で言った。

「あ! これ、なかなかの品物だな! どうですか? マリスさん!」

 露天の一角にある綺麗な首飾りを指し示し、レックハルドはさらに続ける。

「きっと、マリスさんに似合うと思いますよ。ほら、宝石の色も綺麗だし」

「まあ、本当ね。とても綺麗!」

 素直に感嘆の声をあげるマリスに、早速露天商が声をかけてきている。その様子をみて、レックハルドは、少し小声でファルケンにいきなり呼びかけた。

「そうそう、そういえば、ファルケン、お前案外手先が器用なんだよな! なんか、今、装飾品とか持ってないのかよ?」

「え、ああ、そういえばちょっとだけあるかも。寝てる間、暇だから、作ったのがあるけど……」

 いきなり、訊かれたのもあり、ファルケンの顔からは先ほどの表情は消えていた。

「ちょっと見せてみろって」

「うん」

 ファルケンはポケットから布にくるまれたものを取り出した。布を開くと木で作った三つの髪飾りがあらわれる。

「この前から削ってたのは、これか? 木屑ばかり出しやがってと思ったが、へえ、なかなかじゃねえか。結構上物だな」

 レックハルドは、その中でも一番綺麗に石で飾り立てたものをつかみ、太陽にかざして見る。色は塗られていないが、蝶をかたどった細工に、魔術的な文字が描かれている。どちらにしろ、ファルケンの手から作られたとは思えないような上等のシロモノだった。にっと満足そうに笑うと、彼は突然いった。

「ファルケン、これをオレにくれ」

「え? レックがつけるのか?」

「そんなわけないだろうが! マリスさんにあげるんだ!」

 何を訳のわからねえことをいいやがる。と、レックハルドは、声に出さずに態度で示し、上着の裏にある隠しポケットに手を入れた。

「まあ、でも、病み上がりのお前から分捕るってのも、ちょっと非道だよなあ」

 そんなことをいいながら、彼は古い小さな袋を取り出し、手のひらに中身を出した。手のひらに転がったのは、三枚の小さな金貨だった。三枚の金貨のうち、レックハルドは一枚を選び、裏表を確かめると、こともなげにファルケンに投げてよこした。

「じゃあ、代わりにそれやるわ。それをこの報酬に当てろ」

「これ?」

 ファルケンは、少し驚いた様子で金貨を見た。

 どこかで見たことのあるようなそれには、表に狼、裏に剣が描かれている。どうもメッキではなく純金製のようで、ケチなレックハルドがくれるにしてはあまりにも高価なものだった。慌ててファルケンは、レックハルドにそれを返そうとした。

「報酬なんていらないよ。それ、たいしたもんじゃないんだし。こんな金貨なんて……。せいぜい銅貨三枚ってところだよ」

「これは特別だからいいんだよ。マリスさんにやるんだから、ケチなこと言わねえってば」

 レックハルドはそういいながら、悪戯っぽく笑った。それから、より小さな声で、レックハルドはファルケンの襟をつかみながら言った。

「それにだな、金貨の一枚、二枚、そんなもん惜しんでたら、いつまでたっても大物になれんだろうが!」

「え? えええ?」

 ケチなレックハルドがいきなりそんなことを言ったので、ファルケンは少なからず驚いた。

(レック、頭でも打ったかな?)

 そんな怪訝な視線を送る相棒に目もくれず、レックハルドは髪飾りを弄びながらマリスの方に歩いていく。

「ま、オレがやるってんだから、素直にもらっとけばいいんじゃねえの」

 そっけなく言いながら、レックハルドは歩いて行ってしまった。

(うーん、レックがなんでこんな行動を……。普通じゃないぞ)

 しばらく考えてみたが、どうも答えは出ない。自分に気を遣ってくれているのかもしれないが、それにしたって急に気前が良くなりすぎじゃないか。

 ファルケンは、ため息をついて金貨を見た。

「ま、いーや。後で返そう……」

 マリスといる時のレックハルドは、少し気が大きくなるきらいがあるのだ。今まででもそういうことは多々あった。こんな大盤振る舞いをして、あとで後悔することも何度もあったのだし、多分そういうことなのだろう。

「おい! 何ぼさーっとしてるんだ! 次行くぞ!」

「え? あ、うん!」

 結局、首飾りをお買い上げのマリスとレックハルドが、ファルケンを呼ぶのが聞こえた。

 そちら側には、ちょうど仕立て屋がある。そういえば、今日は自分の服を仕立てに来たのだった。それを思い出し、ファルケンは金貨を直しこむと、慌ててそちらのほうに向かった。




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