4.炎霧
***
狼人に囲まれるのは慣れている。
敵地で一人でいるのだって慣れているし、こうして命のかかったやり取りをするのも慣れている。
「でも、あんまり気分よくないもんだな」
と、彼はふいに口にした。
対峙していた相手は、その言葉にきょとんとした。案外あどけないような印象を残すのは、彼が意外にまだ若い狼人であることを示している。いや、狼人は、皆そんな風な印象を残すものかもしれない。実際に何年生きているのかわからないあの筆頭司祭ツァイザーも、時折そんな顔をする。
レックハルド=ハールシャーは、そんな顔をする狼人が嫌いではなかった。
「何がだ」
「ん? いやぁ、お前等狼人とな、こういう命のやり取りの話をするのは楽しくねえなと思ったのさ」
ハールシャーは、敢えてくだけた口調でしゃべっている。
メルシャアド市の将軍であり、狼人の首領である、炎を恐れない黄炎石のザナファルは、眉根を寄せた。
反乱したメルシャアド市を降伏させるべく遣わされたギルファレス帝国宰相レックハルド=ハールシャー。彼がやり手であるが、相当曲者であることは有名な話である。おまけにまさか筆頭司祭酔葉のツァイザーとの親交を示す守護輪を手首に巻いて現れたのだから、ザナファル自身も随分と警戒しているようだった。
彼はまず自分の下でハールシャーが本物であるかどうかを確かめようとし、カルナマク王につながずに自分の陣幕で面会することにした。
宰相である彼が伴の一人も連れずに一人でやってきたのには理由があるだろう。
「ギルファレスの宰相殿が、これほど口の悪い男だとは思わなかった」
「態度も悪いだろう? 俺は生まれが悪いのさ。おっと、アンタ、火が平気だったよな。ちょいと一服失礼するぜ」
ハールシャーは、平気で煙管に火をつけて煙草を吸い始めていた。
「俺が本物かどうか疑っているようだが、それならメルシャアド市の秘書官をよこせばいいさ。俺が本物かどうかすぐにわかるよ」
「そうする必要はない。俺も狼人、あんたが嘘をつけばすぐにわかる」
「はは、そうだったな。狼人に嘘はつけない」
にやっとハールシャーは笑った。
「だからいやだってんだ。狼人には嘘は通用しねえ。俺の二枚舌も大して役にたたねえというわけよ。こうして命のかかったやり取りをするのに、それが使えないとは俺には不利な状況だぜ」
「メルシャアド市に降伏を進めに来たといったが、我が王はそんなことを聞き入れない。ギルファレスのやり方は知っている。たとえ受け入れたところで、無事にはすまない」
「全面戦争になったら、こんな小国あっという間に全滅だぜ。お互い痛い目見るのはよしたほうがいいって俺は説得しにきたのさ。金にもならねえ争いなんざあ、やる意味がねえよ」
ハールシャーは、そういいながら立ち上る紫煙を見ていた。
「俺自身も立場がヤバイんで説得力はないかもしれねえが、どうにかカルナマク王やアンタの命を保証するようにする。このまま戦い続けると、アンタたちには相当不利なのはわかっているな。それがわからないような男じゃないだろう?」
「それはわかっている。しかし、もう決まったことだ」
「だが、アンタ自身は迷っているだろう? そうでなきゃ、俺をすぐに殺したはずさ」
そういうとザナファルは、唇を引き締めて黙り込んでしまった。
「なあ」
ハールシャーは、煙管を口から外していった。
「俺をカルナマク王に会わせてくれないか。アンタですらそうなのだとしたら、王の周囲はもっとかたくなだろう。俺が正攻法でカルナマクに会いたいといっても、殺されるのがオチだ。だからこそ、俺はアンタに会いに来た」
ハールシャーは、強い口調で言った。
「これ以上、血を見たくないなら俺をカルナマクに会わせてくれ。アンタなら、できるはずだ!」
***
やってくるはずの衝撃はいつまでたってもやってこなかった。
代わりに、声が聞こえた。聞き慣れた声によく似た、どことなく穏やかな声だった。
「大丈夫か?」
最初、レックハルドはその声がファルケンだと思ったが、続いた言葉はそれを否定していた。
「チッ、思ったより力が強いじゃないか!」
レックハルドはハッと顔をあげた。
ファルケンの手はそこで止まっている。そして、ファルケンの手首を力任せに掴んでいる男がそこにいた。
顔から頭にかけ、布でまいているので顔つきは分からない。背はファルケンと大体同じぐらいで、肩には刀の鞘だけが覗いていた。
中身は? と、レックハルドがうかがうと中身の方は、すでに刀身は彼の右手にあった。男は、左手でファルケンの右手首を押さえていた。
身動きのとれないファルケンはかすかに狼のような唸り声をあげ、凶暴な目を男の方にうつす。ファルケンのつま先が、ふいに宙に浮いた。
「ととっ! 危なっ!」
慌てて、男はファルケンの手を離して飛び下がった。避けなければ、ファルケンのひざ蹴りが、ちょうど鳩尾に入るところであった。
「あ! あんたも、後ろに下がっててくれよ! 危ないから!」
思いだしたように男は、後ろに叫ぶ。まだ呆然としていたレックハルドは、反射的に言われたとおり後ずさった。それを目の端で確認し、男は満足そうにうなずく。
「さて」
大きな三日月刀の切っ先に地面を指させたまま、男は挑発するように左手を腰にあてる。
「これで、心おきなく相手ができるぜ」
「ううっ……」
ファルケンの口から、うめきとも唸りともとれる声が漏れた。一瞬、ためらうような怯えるような気配を見せたが、ファルケンは突然奇声をあげて地面を蹴った。
「仕方ないな」
イェームは、静かにいい、右手の刀をわずかに引きつける。その動きでレックハルドは我に返った。
「おい !やめろ! そいつを殺すな!」
レックハルドは血相を変えて叫んだが、イェームはためらわなかった。彼は、右手に下げていた刀をそのまま左上まで斜めに切り上げる。
血の予感に、レックハルドは息をのんだが、ファルケンの胸から血が噴き出すようなことはなかった。代わりに飛んだのは、ファルケンの手に握られていた剣である。それが、飛ばされて、近くの木の根本に突き刺さる。
武器を飛ばされたファルケンは、キッと相手を睨むとそのまま男に飛びかかってきた。だが、それも、あっさりと男に止められる。同じように右手首をつかまれ、ァルケンはまたしても押さえ込まれていた
レックハルドの目に、男の右手の刀がギラリと危なげな光を放ったのが見えた。
「ま、待ってくれ! そいつを殺さないでくれ! こいつは悪くないんだよ!」
レックハルドはあわてて叫んだ。
「ただ、操られてるだけなんだ! なぁ、助けてやってくれよぉ!」
「わかってるよ」
男の答えは、簡潔だった。その声がひどく穏やかなのは、あまりにも意外だった。
「別に、俺はこいつを殺しに来た訳じゃない。安心してくれ」
男はそう言うと、暴れるファルケンの目の前に軽く右手をつきだして開いた。
「『 眠れ !』」
男の言葉が辺境古代語であることはレックハルドにもすぐに知れた。
その言葉が響いた瞬間、糸がふっつり切れた操り人形のように。、ファルケンは足から崩れて膝をついた。男がファルケンの胸ぐらを軽く掴んでいるので、いきなり倒れることはない。彼はファルケンをそのまま地面にふわりと倒れさせた。
「ファルケン!」
レックハルドが駆け寄る。彼が心配そうな顔をしているのを見て、男はいった。
「大丈夫だ。ただ、寝ているだけだから」
「本当か!」
レックハルドは、疑いと期待の入り交じった目を男に向けた。男は、軽くうなずいた。それで、ようやくレックハルドは胸をなで下ろした。
「そうか。どうにかなっちまったのかと心配したぜ」
男がファルケンに危害を加えないのを確認し、そうっとレックハルドは尋ねる。
「それより、あんた、一体誰だ? 助けてくれたのには、礼をいうが」
男の目の下に、赤い染料で線がかかれていた。紋様と言われる模様に違いない。背も高いし、この男は狼人なのだろう。レックハルドは、そう目星をつけた。
男は名を尋ねられるのをわかっていたようにうなずいた。
「俺はレナルの知り合いで、名前はイェームだ。辺境の人間達が、襲われているって話をきいて、頼まれて助けに来たんだ」
レックハルドは、レナルに心底感謝しながら頭を下げる。
「そうか、じゃあ、安心だな。ありがとうよ」
「実は、でも、まだ、安心はできないんだ。ファルケンは強制的に眠らせているが、術が解けた訳じゃない。司祭が魔術を解いたら、また同じようにあんたを襲うかも知れない」
「そ、そんな!」
レックハルドは、安堵から一転、青ざめた。
「あいつ、一生、あのままなのか!?」
「い、いや、そうじゃない。司祭がどこにいるか突き止めて、術を解かせるのが一番手っ取り早い。俺が無理矢理解くってのもあるんだが、それをやっても下手すると魔力が残ってしまうかも知れないし」
レックハルドの剣幕にイェームが慌てていう。その言葉に、レックハルドはほっと一息つく。
「よかった。ずっと、あのままかと思ったぜ」
「うーん」
イェームは、その様子を見て軽く唸った。
「そうなんだ。あんた、結構優しいんだな」
イェームが不意に言った言葉で、レックハルドはハッと我に返り、照れ隠しのようにふっとそっぽを向いた。
「べ、別に! オ、オレは、ただ……」
それをみて、イェームは軽く覆面の中で笑ったらしかった。その眼差しは、どこか懐かしいものでも見るような視線であったが、レックハルドはその事には気づかない。笑われているのに腹をたて、キッとにらみつけると、慌ててイェームは視線を外す。
「ソル」
イェームは、誤魔化す為か、咳払い混じりにいった。だが、ソルの方は呼ばれて少なからず、驚いたようである。
「ど、どうして、俺の名前を?」
「あぁ、レナルからきいていたんだ。俺は、司祭を追いかけて行くんだが、その間に二人を……」
「おい、ちょっと待て!」
イェームが言い出したとき、いきなり、レックハルドが割り込んできた。
「オレも行くぜ! あんなにやられっぱなしで、引き下がれるか! 相手の顔ぐらい見てやる!」
イェームが覆面の奥で困った顔をしたのは分かっていた。だが、彼は思いの外あっさりとレックハルドの主張を聞き届けたようである。
「う、うん、そうだな、あんた、言い出すときかなさそうだし。それによく考えたら、あんたとファルケンを一緒にしておくのは、今は危険だな」
イェームはそう言うと、布をまいた頭をばりばりとかきながらソルに言った。
「それじゃ、ソル、そういうわけで、しばらくファルケンの様子を見てやってくれないか?」
「あ、ああ、それは、もちろん」
「じゃ、任せたぜ」
イェームはそういい、マントを翻して歩き出した。レックハルドの方に顔を向ける。
「こっちだ。俺が誘導するから、後をついてくるといい」
「ああ、わかった!」
レックハルドは後を追いかけながら、ふとソルと倒れているファルケンの方をちらりと見た。
「ソル。頼んだぜ」
「ええ、お任せ下さい」
ソルは応え、再び背を向けるレックハルドとイェームを見た。
実のところ、ソルは先ほどから妙な感覚に襲われていた。初対面の筈なのだが、このイェームという狼人。なにか、どこかで会ったような気がするのだ。タクシス狼の寿命は、他の獣たちよりずいぶん長い。たくさんの狼人に会っていたから、どこかでみかけたのかもしれないが。
そんなことを考えながら、見上げるとイェームがこちらを向いた。
(あなたは……)
その目は何も言うなと言っているようでもある。ソルは、口を閉ざした。それから、地面で眠ったままのファルケンをちらりと見やる。
彼にこの状況が示す意味は分からない。だが、先ほどの男に任せておけば大丈夫だろう。
ソルは、静かにそこに座った。すでに、二人の姿は緑の葉の向こう側に消え去りつつあった。
速いペースで歩く二人の頭上で熱い火花が散る。まだ火柱が立っているのが見えたが、まだ熱風を感じるほどではなかった。
「あの火柱は、封印が解けた証拠だ。一つ解けるたびに、その場所にああやって火柱が立つんだよ」
レックハルドが、空をみているのに気づいたらしく、イェームは言った。
「封印ってなんだ?」
「ああ、そうだな。知らないか。この辺境の森には、七つの封印がなされているんだ」
イェームがそう説明にかかる。
「昔、とある、そうだな、あんたにわかるように言ったら、『悪魔』みたいなもんかな。それが、大昔に暴れ出して、必死で封じ込めた時期があったんだ。その扉を開くための七つの封印だよ」
「悪魔だと?」
レックハルドは、軽く腕組みをする。
「そう、名前ぐらいは知ってるだろうけど、ゼンクなんてのもその一人として数えられてるんだな」
イェームは、いくらかくだけた口調で喋りだした。その声としゃべり方は、何となく聞き覚えがあったが、レックハルドはそれが誰に似ているのか、妙に思い出せなかった。
「ゼンクの名前は知ってるぜ。で、封印ってのが解けたら、そいつらがあふれ出してくるのか?」
「まぁ、そう言うことかな。今は七つの封印の内の五つまでが解かれてしまった。辺境の森にあるのは、あと二つ。それを解いて初めて、太母、ええっと、あんたには、太母と言った方がわかりやすいかな。そのグランカランの木の根本にある『扉』を解放することができる。他の七つは、言ってみれば予備の鍵みたいな役割を果たしてるんだ」
レックハルドは、ふむと唸った。そう言う話は初めて聞く。いや、正確には、今まで辺境の異変に積極的に関わろうとしなかった彼には、それをきく機会もあまりなかったわけであるが。
「あんたは見てないかもしれないが、ファルケンは見てるはずだけどな。四つ目の封印が解けた直後、草が魔法陣の形を描いて丸く燃え尽きてたのをね」
「そりゃあ、そういう話はアイツからきいてたが……」
「火柱はな、一度封印が解けるたびに、どんどん大きくなる。四つ目までは、一瞬だけ立ち上って消えるから、あまり気づかないんだが。今回は五つ目だからな。五つ目からは、突然大きくなり、燃焼時間も長くなる。そうすることで、危険を周りに知らせるんだ。そういう仕掛けがされていたんだよ」
「なるほどねえ、でもよ、封印を解くってのは、相当力もいるんだろ? それに悪魔なんてのが出てきたら、当然やばいだろうし」
レックハルドは、疑問に駆られた。
「誰がそんな事をしてるんだ? 司祭って奴か?」
「まさか!」
イェームは、肩をすくめた。
「逆だよ。あいつらはそれを止めようとしてるんだ。ちょっとやりすぎの感はあるけどな」
「なんだって?」
「今言った七つの封印の内、最後の封印が解けるのは人間だけだからな。最後の封印が破られる前に辺境の領域から、人間を駆逐してしまえばいいってのが、あいつらの考え方でね。特に、あんたは辺境に関わりすぎている。他の人間には、ザメデュケ草を食事に混ぜ込まれておかしくなった狼人が襲っているが、それは主に追い払うだけ。殺すには至らない。だけど、あんたは危険だと思ったんだろうな。ファルケンを使ったのは、確実にあんたを殺すためだよ」
レックハルドは、顎を撫でた。
「でも、辺境の封印なんて、狼人や妖精が作ったんじゃねえのか?どうして人間が?」
「一つは」
イェームは指を立てて数え立てながら言った。
「辺境の者達の力だけ、あるいは人間の力だけで、封印を解くことがないようにするための保険だよ。両方の協力がいる場合、どちらかが間違いに気づくかもしれないって事」
「なるほど、まだあるのか?」
「ああ。二つ目は、封印を作るにあたって、人間が積極的に力を貸してたってことさ。最後の封印には、人間達が作った『武器』が使われたんだそうだ。もちろん、それは金属でできていた」
「何? そんな大事なもんを作るのにか?」
驚くレックハルドに、イェームはうなずいて続けた。
「昔は、人間も辺境の連中もみんな一緒に暮らしてた頃があるんだって。大昔のことだけどな。狼人ってのは、そういう技術はないから、人間と協力しあって初めてそれが達成できたんだっていうぜ」
「なるほど、それで人間が必要なのか」
レックハルドが、ぽつりといった。
「正確には、人間だけ、というより……」
イェームの顔は少しだけ険しくなった。
「炎と武器を怖がらないものだけが、と言った方がいいかもしれない」
レックハルドはハッと息をのんだ。
「ちょ、ちょっと待て! じゃあ、あいつらが異様にファルケンを辺境の外に出したがったのは、それか!?」
「理由の一端はそうかもしれないな」
イェームは軽く目を閉じた。レックハルドは、黙って地面を見ながら考えた。
「それじゃ、誰が、封印をとこうだなんて言い出したんだよ?」
「シャザーン=ロン=フォンリア、つまり、風裂きのシャザーンと言われている狼人だ」
イェームは、す、と目を細めた。
「ええ? あいつが?」
レックハルドは、いつぞや通りがかった美形の狼人を思いだした。
「あいつが? でも、何をするためだって言うんだよ?」
「目的はオレもまだわからないんだが。ただ、あいつが封印を解こうとしていることだけはわかる。実際、五つまでの封印を順々に解いていったのは、あいつの仕業だ」
「だが、狼人にとっちゃ、辺境の森は命よりも大切なんだろ? 確か、そうきいたぜ?」
イェームは首を振った。
「それは、辺境に属している者の話だ。シャザーンてのは、狼人と人間の混血児で、自分から辺境を捨てたらしい」
「混血児だって? どういう事情だよ?」
レックハルドは、興味津々と言ったように話に食いついてくる。イェームは、頭をかるくかきやった。彼も十分事情はわからないようだ。
「それについてはオレも詳しいことは知らないんだが、元々はクレーティスって名前だったって聞いている。成長するまでは、人間界の世界で暮らしてきたが、ある年頃になり、辺境で生活するようになった。だが、結局なじめなかったのか、途中で辺境のどこにも属さなくなって自ら辺境を捨てた……らしい」
「捨てた? って、追放のほうじゃなく?」
「あぁ、自分から辺境を捨てた狼人や妖精っていうのは名前が変わるんだよ。元々、辺境の者の名前、特に印なんかはそうだけど、司祭 が占って与えるもの。だから、自分から辺境の掟に従わないことを決めた者は、名前を変えるんだ。「風裂き 」ってのは、印というよりは、自称するあだ名なんだ」
「だけど、そんなやつ、司祭って連中が、一気につぶしちまえばいいじゃないか。だって、魔力の差が……」
レックハルドは、やや憮然として言う。
「それが無理なんだよ」
イェームは困ったような口調で言った。
「いわゆる、辺境のものと人間の混血児ってのは、普通の狼人や妖精より、魔力が高くなる傾向にある。しかも、あんまり炎とかも怖がらないし、武器も平気で持つだろう?」
「強いって事か?」
「そう、特に、シャザーンは天才的に強いらしいんで、司祭の連中も手が出せないんだ」
「なるほど、要するに、勝てねえからこそ、強硬手段に出るわけだ」
レックハルドは、ようやく納得して腕を頭の後ろに回す。それを見ていたイェームが、少し笑っていった。
「さて、しゃべるのはここまでかな。そろそろ、司祭のとこについたみたいだ」
ぴたりと、イェームは歩くのをやめた。レックハルドも、そこで止まる。
ずいぶんと辺境の深いところに来たのがわかった。
ファルケンにあちこち連れ回されていたが、こういう場所まではこなかった。生えている植物の種類が少し違っている。巨大なシダのぐるぐる巻いているのが見える。
「一つだけ、頼みがあるんだが……」
イェームは言いづらそうに、そうっとレックハルドにきいてきた。大体、その様子をみれば、レックハルドには何を言われるか見当が付いている。
「あぁ、邪魔するな、ってことだろ? それは十分分かってるぜ。あんたの邪魔にならないようにはしてるよ」
案外、レックハルドがあっさりと聞き分けてくれたので、イェームは、ほっとしたようである。
「ありがとな。じゃあ、オレが合図をしたらその場にとどまっててくれ」
「わかった。気を付けろよ」
すでに歩きかけていたイェームは、レックハルドにそう声を掛けられてふっと振り返った。最初は少し驚いたように、それから何故か嬉しそうに。そして、彼は懐かしそうにこちらを見て言った。
「あぁ。わかってるよ」
それからイェームは、肩の刀を一気に抜いた。
何となく誰かに似ているような気がした目は、急に鋭くなり、精悍さを帯びてくる。それは戦士としての表情だった。




