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辺境遊戯・改訂版  作者: 渡来亜輝彦
第八章:狼人レナル
30/98

1.森の送り狼

 レックハルドはひたすら逃げていた。

 命がけで逃げていた。足元に横たわる朽ちた木を飛びこえ、とげのある草をさけ、全身全霊をかけて逃げていた。

「ファルケェーン! 頼むから助けてくれええ!」

 レックハルドは必死で走ったが、足の速い彼をもってしても逃げ切れないほど、相手の集団は速かった。後ろから来るのは、黒っぽい毛皮を持つ獣達である。狼の集団だ。

「へ、辺境で一人にすんなって、だから、あれほど! 何がお守りがあるから大丈夫、だ!! 全然きいてねえじゃねえか!」

 レックハルドは、ファルケンに対しての不満を大声で叫んだ。

「馬鹿野郎! 役立たず!! 二度とお前なんか、信用しねえからな!!」

 彼がこういう事態に陥った原因は、話してみれば単純な事からである。



 辺境の森を歩きながら、レックハルドは驚きの声を上げた。

「ちょっと、探してくるだぁ?」

「道に迷ったわけじゃないんだけどさ。なんというか、その、レナルがどこにいるかってのをちょっと探って来たいんだよ。やっぱり、大雑把な感覚じゃ無理みたいだし。延々と探し回るのも疲れるだろ?」

 ファルケンは、何やら軽い調子だ。

「先に探ってから、オレを案内しろよ!」

 ファルケンの手際の悪さを責めてみるが、ファルケンはあまり堪えた風はなかった。そろそろレックハルドの怒鳴り声にも慣れてきているらしい。いや、正確には、レックハルドという人物の性格を把握しきってしまった感じだった。

「でも、ちゃんとレナルに何かもらえるように頼んでみるから。そうすれば、レックにだっておいしい話もあるよ?」

 レックハルドは、ううむとうなった。ファルケンが何か重要な事をレナルという狼人に聞きにいくらしいという事はわかっている。それだけなら、ファルケン一人を行かせればよかったのだが、そのほかにレナルから狼人にしか作れない様々な装飾品などを、譲ってくれるように頼んでみるというから、レックハルドは来る気になったのだ。

 確かに狼人の装飾品は、他の場所では手に入らないし、商人として実に魅力的だ。

 だが、そのために命を懸けるとなると、レックハルドは多少迷うのだった。レックハルドの金の優先順位は命の次。生きてさえいれば、金を何倍にもする自信はある。だから、命が最優先事項なのであるが……。

「一人でオレをおいていってもホントに大丈夫だろうな、この辺?」

 びくびくとレックハルドは、辺りを見回した。いくら最近は辺境の森の中にも慣れっこだといっても、今回はかなり深いところまで来ている。獣達や植物に万一襲われたら、一人では助かりようがない。

「大丈夫大丈夫」

 ファルケンは軽い調子で言った。

「レックはオレがあげたお守りをしてるだろ、それにさ、この辺、あまり狼とか通りがからないもん」

 ファルケンはレックハルドの右手を指さした。

 彼の右手には、キラキラ光る金属の板のある守護輪がはまっている。確かにコレは何度もレックハルドを助けてくれた、が……。

「なんか、お前、最近ちょっと性格変わったよな?」

 レックハルドは恨めしげにファルケンを見上げた。

「えー?」

 ファルケンは言っている意味がわからない、というような顔をした。

「そうかなあ」

「無茶苦茶、無神経になったよな。いい性格してるぜ」

 皮肉交じりにレックハルドが言うと、ファルケンは首を軽くかしげた。

「オレは最初からこんなんだよ?」

「いーや、ますますひどくなった」

 実際、ファルケンは徐々に要領がよくなってきている。

 レックハルドが要領よく世間を渡る方法を教えたのもあるので、当然といえば当然なのではあったが。師匠としてファルケンが世渡り上手になったのを喜ぶべきか、それとも予想外に自分にも被害が及んできた事を嘆くべきなのか、レックハルドは迷うところであった。精神的に成長しているといえば、聞こえはいいのだが。

「大丈夫だよ。辺境の連中はキラキラしているものが嫌いだからさ」

「本当だな!」

 レックハルドは強い口調で念を押す。ファルケンはふかぶかと頷いて、自信満々に言い切った。

「絶対に大丈夫だって!」

 ――などといっていたくせに。

 レックハルドが、そこで彼を座って待っていてそれほど経たない間に、突然一匹の狼が現れた。必死で守護輪をかざしたにも関わらず、彼らは徐々に数を増やして一気に襲ってきたのであった。

 それから今の状況にいたるのである。

「くそお! あの大嘘つきが! オレよりひどいじゃねえかよ!」

 後ろの狼達は早い。レックハルドの脳裏にマリスの笑顔がふらっと浮かぶ。

「ええい! マリスさんの手も繋いでねえのに死ねるか、こん畜生!」

 ヤケになりながらそう吐くと、レックハルドは木の前で振り返った。このまま走っていたら飛びつかれる。それよりは、まだ背後を守って戦う方が望みがある。

「よ、寄るんじゃねえ!」

 レックハルドは、反射的に帯に挟んだ短剣を握った。

「これ以上、来るって言うなら、辺境に火をつけるぞ!」

 相手に話が通じるかどうか判断はできるのだが、口は勝手に人間を相手にしているかのような言葉を連ねてしまう。おまけに実際に火をつける道具だって、まだ道具袋の中にあるのだ。

 その時、狼の群れから一匹の狼が現れた。

 狼の中でも最も赤い毛をしていて、静かな目をしていた。その目に、野生の獣の凶暴さが見えないのを見て取りレックハルドは、おやっと、ちょっと怪訝に思った。狼は、落ち着いた様子で彼のほうによってくる。群れの頭領なのか、他のものは、微動だにせず、彼の行動を見守っている。

「な、なんだよ?」

 狼は、レックハルドをしばらく観察した後、おもむろに彼を見上げた。

 そして、信じられないことに、言葉を発したのである。

「旦那、ファルケンの兄貴のお知り合いですね?」

「お、狼が口を!」

 レックハルドが驚いてその狼を凝視すると、彼は得意げな風に鼻を振って見せた。

「我々は、タクシス狼ですよ。辺境狼とは違いますんでね。旦那が、こちらに悪意をもっていないということがわかればいいんですよ」

 言われて見れば、辺境狼よりも体が一回り小さい。レックハルドはホッとため息をついた。タクシス狼は、通常、人を襲わないという話だ。

 べらべらしゃべる狼というのも十分あやしいのだが、辺境には何があってもおかしくない。レックハルドはその辺を追及する気がなかった。

「そ、それじゃ、どうしてオレを追いかけてきたりしたんだ」

 タクシス狼の人語を解する頭領は答える。

「近頃、辺境の森に不穏な輩が侵入してきたりするんです。それで、我々が見張りをしているわけです。身なりがちょっと怪しかったものですから。だが、ファルケンの兄貴の認めた方ならいいでしょう」

(そんなに悪役面してたのか、オレは……)

 レックハルドはこっそりと傷ついたが、おおっぴらに不平を漏らすわけにもいかないので黙った。彼らの縄張りを知らずに踏み込んだ自分が悪いのである。その辺の心得はきちんとわかっているつもりだった。

「し、しかし、よくわかったな。オレがあいつの知りあいだなんて。匂いとかか?」

「それもそうですが、第一、その右手の守護輪は、ファルケンの兄貴しか作れませんからね。一番の目印です」

 レックハルドは、不意に右手に目をやった。確かに、金属の板を混ぜ込んであるのは、彼にしか作れないらしい。

「なるほどな。誤解が解けてよかったぜ」

 レックハルドはのんきに答えたが、不意に不安そうな顔をした。

「し、しかしだな、お前らに追いかけられたから、帰り道がわかんなくなっちまった」

 周りは黒くて深い森である。とっくに方角も分からなくなっていた。上を見上げても、空はあまり見えない。方角の知りようもないのである。

「ファルケンの奴が迎えに来るまで待つかなあ」

 近づいてくる狼達の前に座り込み、レックハルドは自分の膝に頬杖をついた。狼は、それを見て笑うような声で言った。

「その点ならご心配なく、あっしよりも、もう少し案内に長けた方がござんして、あの人にお願いしましょう」

「案内に長けた人?」

 レックハルドは顔を上げた。

「あの人のところにいけば、その内に兄貴もやってくるはずですよ」

 レックハルドは何故かちょっと嫌な予感がしたのだが、それが何故だっただろう。

「それじゃあ、行きましょうか」

 といって、他のものをその場に残し、頭領の狼はさっそくレックハルドを先導して歩き始めた。

「お、おう」

 レックハルドは、なんだか化かされているような気分になりながら、狼の後を追った。

 狼は、あくまで彼がついてこられるような速度と場所を選んで歩いてくれていた。ゆっくりと歩きながらレックハルドは、周囲を落ち着いて観察してみた。

 一面、薄暗い緑だが、良く見ると華やかな紅い花や、可憐な花がそっと咲いていたりする。ファルケンがよく辺境は綺麗な場所だとか言っているのは、こうした光景を見ての事だろう。もちろん、余裕を持ってじっくりと見ない限り、そのすばらしさに気づくことはないのだから、レックハルドのように気付ける人間はごく少数に違いない。

「あっしはソルといいます」

 狼は、冷静な声で言った。

「ソルか。へぇ、狼も名前とかあるんだな」

 レックハルドは、感心したように言った。

「いえ、あっしは特別ですがね」

「そうか。しっかし、兄貴って、ファルケンのことだよな」

 レックハルドは不審そうな顔をする。あのファルケンの奴が、兄貴呼ばわりされることがあるとは思えなかった。

 ソルはそれを悟ったのか、少し苦笑したようである。狼も苦笑いするのだから、本当に辺境は侮れないとレックハルドは思う。

「兄貴には命を助けてもらった恩がござんして……」

「恩?」

「あたしが喋れるのは、昔やくざな人間に飼われてたせいでして、逃げ出す際、兄貴に助けてもらいました。首に首輪の後があるでしょう」

「あぁ、確かにな。ああ、それで、そんな言葉づかいなわけかい」

 レックハルドは同時に、ソルの喋り方がやけに伝法な理由も理解した。恐らく飼い主の言葉を真似たのだろう。

「タクシス狼は頭がいいとは聞いていたが、人の言葉も話せるんだな」

「もともと、狼人の方々とは言葉を交わせる狼も多いんですよ。我々も辺境の大精霊によってつくられた者。人間の中には狼人のなりそこないというものもいますが」

「へえ。で、ファルケンのことを兄貴ってか?」

「狼人の中では、年少ですが、兄貴はもう百年近く生きてますし。他の呼びようがないでしょう?」

「な、成る程な」

 言われると妙に納得してしまう。ファルケンはいわゆる「兄貴」という感じはしないが、長く生きてはいるので、たまにだが妙に悟ったような事を言う。それに、正確な年齢は聞いていないが、レックハルドよりもかなり年上なのは確かなのだ。

「で、オレが旦那なわけだ。ちょっとは気を遣ってくれてるんだな」

 旦那呼ばわりされる年ではないのだが、今まで自分が呼ぶ方だったので、少し気分はいい。

「気にくわないなら、呼び方を変えますよ?」

「あ、いいんだいいんだ」

 気分がいいレックハルドは、それは困るとばかりに首を振った。折角、いい気分なのでしばらく旦那気分でいたい。

 しばらくいくと、茂みの向こうの方から人の気配がした。どうやら、目的の場所はそちらにあるらしい。はっきりと人の声が聞こえる。

「あぁ、そちらですよ。その方がいるのは」

「ああ、ありがとうな。ここからなら、オレでもいけそうだ。帰ってもいいぜ」

 レックハルドは、ソルの群れの者達を思い出した。あそこに置いていっているので、彼も心配だろうと思ったのだ。どうも、ソルと話していると彼を人間扱いしてしまう。

 ソルがくすり、と笑ったような気がした。

「見かけによらず意外といい方ですね、旦那」

「ちぇっ、お前こそ、狼のくせに、きっついこというな」

 レックハルドは、少しだけ狼を睨む。

「それはお互い様だと思いますがね」

 ソルはそういうと、さっと彼から離れた。

「では、お言葉に甘えさせていただきやしょう。旦那もどうか、気をつけて」

「ああ」

 レックハルドが答えると、ソルはそのままたっと駆け出し、森の茂みに消えていった。

「まったく、喋る狼までいるんだから。……辺境ってのは奥が深すぎるぜ」

 レックハルドは、ため息交じりに感嘆した。

 向こうでは、確かに人の気配がした。よし、と、意を決して茂みに近づく。

 敵と間違えられないように、どう友好的に声をかければいいだろう。やはり、人間挨拶が大切だし、ここは挨拶から……。

「あ!!」

 声を掛けようとしたとき、向こうから驚きの声が聞こえた。レックハルドは自分の姿が見られたのだと悟り、愛想良く声をかけた。

「あ、ご心配なく。怪しいものじゃありません。ただ、道に迷っただけで。ファルケンという奴がくるまでここに……」

 そこまで言って、レックハルドは絶句した。

 はじめは人間だと思ったのだ。

 だが、それが違うと分かったのは、彼らが皆、体に毛皮を巻いていたのと、そして、髪の色がファルケンと同じく、緑まじりだったことである。頬に赤い染料で模様が描かれていた。

 狼人だ!

 彼らは十人ほどいた。ファルケンよりも線の細い感じの顔立ちであるが、雰囲気は大体同じである。

「あ、えっと、その……」

 レックハルドが、どう言葉をつごうかと考える前に、目の前の男たちは大口を開いて豪快に叫んだ。

「人間だーーーーー!」

「ぎゃああ!!」

 反射的にレックハルドは叫んで、そのまま一目散に逃げ出した。

「人間だ、人間だ!」

 狼人と思しき十名ほどの一団は、必死で彼を追いかけてくる。その声には喜びがあふれていたが、かえってレックハルドを恐がらせるだけだった。

「なんだ、なんだよお!」

 追いかけられるので、レックハルドは染み付いた習性どおりに必死に逃げる。わけがわからないが、レックハルドは辺境にとっては侵入者である。狼人が皆、好意的とは限らない。もしかしたら、招かれざる客を排斥しようとしているのかもしれない。狼人に追いかけられたとかいう話は、いくらか聞いたことがある。

「人間だ、人間だ!」

 彼らはそう叫びながら、追いかけてくる。

「おもてなしをしなければ!」

 狼人の一人が、使い慣れない言葉でも使うような口調でいった。

「おもてなしだ! おもてなしだ!」

 他の連中が連呼する。レックハルドには、その「おもてなし」という言葉は聞こえない。後ろで何か獣が吼えたような声がしたな、と思っただけである。

「なんで、今日はこんなに追われっぱなしなんだよお!! 助けてくれー、ファルケン!! もう二度と、役立たずっていわねえからあ!」

 レックハルドは、森に叫んだが、そこで飛んでくるほどファルケンは超人でもなかった。



  *


 一通り周囲を回って、ファルケンは大体の場所を把握してきたらしく、途中で取って来た木の実をかじりながら独り言を呟いていた。

「そうか、あの辺にいるんだな、あいつら」

 なるほど。シェイザスの占いというのも大したものだ、と彼は勝手に感心していた。

 狼人のチューレーンは、絶えず縄張りの中を移動しているのだが、探しているレナルは、縄張りが東西に広いのでよくわからない。人間に慣れているレナルならではの縄張りの取り方とはいえる。

 周りは緑の匂いで満たされていた。案外強いにおいがするものである、森というものは。しかし、その香りが強いということは、辺境の奥まで入ってきた証拠でもあるのだった。

「レック~?」

 レックハルドが待っているはずの場所に歩いていきながら、ファルケンは軽くレックハルドを呼んだ。

「レック~。甘い木の実をとってきたけど、いる?」

 レックハルドの返事はない。そのまま進み、ファルケンは、レックハルドが指定の場所にいないのをみて、首をかしげた。

「あれれ? どこいっちゃったかなあ?」

 昔、コレと似た状況の事があった事を思い出し、ファルケンは苦笑した。だが、今では、レックハルドは彼の正体を知っているので、正体がばれるばれないの心配は無用だ。それに、今では彼を信用しているし、その性格もわかっている。

「ってことは、何かあったのかなあ?」

 とのんきにつぶやきつつ、さっそく動物が通った気配を見つけた。

「えー、なんだろ。今度は、何に追いかけられたんだろ?」

 ファルケンは言いながら、しゃがみこむ。獣の足跡と気配が感じられた。

「ああ、狼だな」

 ファルケンは言いながら、あまり心配そうでもなかった。足跡はタクシス狼の足跡に違いなかったからだ。

 辺境狼と違って、タクシス狼は、体も小さいし、人間を襲うほど獰猛な動物ではない。レックハルドが、辺境狼と間違えて逃げたのだろう。

「まあ、あいつらなら大丈夫か。それに相手はレックだし」

 ファルケンは、どちらに対しても些か安易すぎる信頼の言葉を吐き、のんびりと進む事にした。

「ソルにきけばわかるよなあ」

 さてと、と呟き、手の木の実を一気に口に入れると、ファルケンは魔幻灯片手にふらりと歩き出した。

 が、レックハルドをつれていない彼の移動方法は、普段のそれではない。ざっと足を踏み出すと、まずは木の枝の上に足をかけ、そのまま枝を飛び移りながら移動する。彼としては軽く走っているだけだが、きっとそれを見た人間がいれば恐ろしく感じるほどの速さだった。

 ほどなくして、ファルケンは、探していたものを見つけていた。

「あ、ソル! 見っけ!」

 落ち葉を巻き込みながら、木の上の枝から飛び降りる。目の前には赤毛の狼がいた。

「兄貴」

 葉を払いながら、ファルケンはソルに笑いかけた。群れに戻る途中だったソルは、ファルケンを見上げて挨拶する。

「ああ、兄貴。この間お尋ねのレナルのだんなの事ですが……」

「あ、うん。オレも大体、居場所はつかめたよ」

「そうですか。一足違いでしたね」

「ううん、おかげで助かったよ。ありがとうな」

 ソルは足を揃えて座り、ファルケンはしゃがみこんでその頭を撫でやり、もふもふした毛皮の感触を楽しんでいたが、はっと何かを思い出して尋ねた。

「そうだ、こんなことをしてる場合じゃなかった。あのさー、オレ、お前にききたいことがあるんだけど」

 ソルは怪訝そうに首を傾げる。

「なんですか?」

「この辺で人間見なかった? レックハルドっていう人がいたと思うんだよ?」

「レックハルド?」

 ソルは聞き直す。

「そう。どうやら、お前達の一団か何かに追いかけられて道に迷ったみたいなんだ、見かけなかったか? それとも、追いかけなかったか?」

「もしかして、黒髪で目の細い、ちょっと小悪党顔の若い男ですか?」

「小悪党か大悪党かどうかはわからないけど、多分そういう感じ」

 ファルケンが答えると、ソルは頷いた。

「それなら追いかけたのはうちの群れですね。でも、誤解が解けたのでお送りしたんですが」

「ああ、よかった。うっかり辺境狼に食べられてたら洒落にならないなあって思ってたんだよなあ」

 ははは、と明るく笑いながらファルケンは言う。

(相変わらず、不意にとんでもない事言い出すなあ。兄貴は。)

 ソルは思ったが、口に出すのはやめておいた。

「その方なら、さっきレナルの旦那の縄張りにご案内しておきましたよ。レナルの旦那のところなら安全でしょう?」

「レナルのとこ、直接か? えっと、それはまずいかな」

 ファルケンはレナルときいて、不意に不安そうな顔をする。

「どうしてですか、兄貴」

「うーん、ほら、……レナルのとこのチューレーンは人間大好きだから」

「それが?」

 友好的だから大丈夫ですよ、と言いたげなソルに聞かれてファルケンは腕を組んだまま言った。

「もしかして、すさまじい歓迎ぶりにレックが怯えるかもしれない、とか思って」

「そういえば、そうですね。あの旦那のとこの若い連中は加減ということを知りませんしねえ」

 あいつのチューレーンはやりすぎなんだよなあ。などと、ぼそっと呟き、ファルケンはうーんと考え込むような仕草をしていたが、

「ま、大丈夫だろうな。レックだし」

 あっさりそう頷いた。

 信頼しているのか、諦めているのか、分からない言葉だが、どうやら安心したファルケンはソルを引き連れてレナルの元へと急ぐのだった。

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