1.湖面の妖精
「何だよ、こんな奥まで」
その日、ファルケンは珍しくレックハルドを辺境の森の奥へと連れて行った。レックハルドもいい加減に辺境には慣れてきていたのだが、それでもこんなに奥まで入ったことは初めてだ。ただですら迷いやすい森だが、この様子ではファルケンがいなければ出ることもできないだろう。
レックハルドは、ちょっと不安もあってむっつりしていた。
「この前からおまえちょっとおかしいんじゃないか?」
外で商売がしたいレックハルドには不満がある。辺境の中に商売のあてなどないに決まっているのだ。しかも、どうしてこんな奥まで。一体何があるというのだ。
「そういうなってば。ちょっと中に用があるんだよ」
ファルケンはとりなすように言った。
「用って何だよ?」
不満そうなレックハルドを宥めようと、ファルケンはそっとこういう。
「お金になる薬草を後でとるから。今日の売り上げ分は埋め合わせるよ」
「そういうことは先に言え!」
途端手のひらを返したように表情を和らげ、レックハルドは半ば走ってファルケンのほうまで駆け寄った。
「で、いくらぐらいの儲けを見込んでるんだ?」
「えーと、具体的にはよくわかんないけど、オレが昔やったときは袋一杯で毛織物三枚と交換だった」
「うん、まぁ悪くないな」
レックハルドはぱちんと手を打った。
「よし、今日はお前に付き合ってやろう」
ゲンキンなレックハルドは、途端機嫌を直してにっこりと笑う。
「え! ホントにいいのか? よかった」
ファルケンは少し安堵した表情を浮かべた。
「で、ホントは何の用なんだ」
そうなるとレックハルドは、急に好奇心が湧いてきたらしくそう尋ねた。
「えーとね、今日はオレを育ててくれたおねえさんを紹介しようと思って」
「お姉さん!? お前、家族なんかいたのか?」
驚くレックハルドに、ファルケンはうーんと考えっこむ。
「オレたち狼人とか妖精は、基本的に家族って言うものはないんだ。狼人は群、レックにわかるようにいうと集団というか群れというかに分かれてそれぞれの縄張りで暮らす。妖精は妖精で、単独行動が多いから森の中のどこかにいる。ただ、子どもの時は、妖精が育てるのが普通なんだ」
「つまり、お前がガキのとき、世話してくれたねーちゃんってことか?」
「そういうこと」
ファルケンは笑った。
「ちょっと、この前の事もあるし、辺境の様子を聞いておこうと思ったんだ」
「なるほどな」
レックハルドは上の空だった。本当は、ファルケンのいう育てのねえさんというものがどういう子なのかというほうが気になっていたのである。
「あっちにいると思うんだ」
ファルケンは更に奥を指差す。
「いいけど、戻ってこれるんだろうな」
「オレは狼人だぞ。迷ったりしたら、物笑いじゃないか」
ファルケンが少し憮然として言う。
「まぁ、それはそうだな」
「あ、レックの後ろにベドルーダー!」
ファルケンがいきなりポツリと言ったので、レックハルドは慌てて前に飛んで逃げた。彼の足があった辺りを、巨大食虫植物のベドルーダーのつるがかすめていく。
「あ、あぶねえ!」
後ろをあらためて振り返ると、六メートルはある茎のうえに、赤紫の斑点のある紫色の巨大で毒々しい花が地面を見つめていた。大型動物、例えば人間ですら食べてしまうという噂のベドルーダーは、時々つるを伸ばして積極的に獲物を捕食しようとたくらむ。全く油断もすきもない花だが、こういうのは辺境の奥に行けば行くほど多くなるらしい。
「レックもだいぶ辺境になれたよな~」
ファルケンは、他人事の如くのんきに笑っている。
「馬鹿! 笑い事じゃねえんだよ! これから奥にいくとどんどんこんなのが増えるんだろ!」
ファルケンに言わせると、辺境は奥に行けば奥に行くほど、おかしな者達がわさわさと湧いて出てくるという。それを想像して、レックハルドは思わずげんなりとしてしまった。
「大丈夫。今日はそんなに奥にはいかない」
「あ、そう。なるべく早くな」
「ああ」
といいかけて、ファルケンは前の方に何かを見つけたようだった。彼の顔に喜色が満ちる。
「ミメル!」
ファルケンはレックハルドを半ば置き去りながら、走り出した。
「あ、こら! 待てよ! そんな話した後で、オレを置いてくな!」
用心棒兼案内人とはぐれた後の辺境への侵入者の運命は悲惨だ。慌てて後を追い、木々の林と茂みを抜ける。
いきなり目にキラキラと陽光に輝く、大きな湖が飛び込んできた。
その水面に、一人の少女が立っていた。あのロゥレンという子のように、少し垂れ下がった長い耳に、虹色に輝く翅をもっていた。
年は十六ぐらいに見えるが、果たしてどうだろう。妖精の実年齢はよくわからない。ただ、幼く見えた。
彼女は振り返り、大きな目をもっと大きく見開いた。薄水色とも、薄緑ともとれる瞳に緑がかった金髪は肩の辺りまでで、少しくるりと巻いていた。頭に花が一輪さしてある。
「ファルケンちゃん!」
少女は笑った。なかなか可愛い感じの少女だった。ロゥレンも美少女だが、あっちはなんとなく倹があるのだがこちらの子はおっとりとした感じだ。
「ミメル、こんなところにいるとは思わなかった。もっと、奥かと思ったんだ」
ファルケンは少し照れたように笑った。
「うん、久しぶりに湖の様子を見にきたんよ。ファルケンちゃん、元気そうやね」
ミメルは、優しそうに微笑んだ。
レックハルドから聞いても、どうもシェレスタなまりがあるのがわかる。シェレスタは、カルヴァネスの東、レイベザルクの商業地のなまりだった。この辺りをよくシェレスタ生まれの行商人が往来しているので、その言葉をきいてうつったのだろうなあとレックハルドは予想していた。ファルケンがあの男と聞いたことのない言葉で話していたが、本来の狼人の言葉はカルヴァネス語でもないのだろう。
「ああ。ミメルも元気そうでなによりだ」
ファルケンがやたら滅多ににこにこして、いや、レックハルドからすればデレデレしてるといった方がいいと思ったが、ともあれ、まったく話を進めてくれないので、レックハルドはにゅっと手を出した。
「雰囲気ぶち壊して悪いが、オレの事はほったらかしか?」
「あ。そうだー、レックのこと忘れてたよー」
ファルケンは、まったく悪気のない顔でレックハルドを見た。
「ミメル~、紹介するよ。こっちはレックっていって、オレの友達なんだ」
「お前、本気でオレのこと忘れてたろ」
レックハルドは、あきれた様子で言った。
「へえ、そうなんや。うちは水仙のミメルいいます。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、レックハルドです」
言いながら、レックハルドはファルケンをつっついた。
「おい、おねえさんてこの人か? お前よりだいぶん年下に見えるが……」
先ほどもそう思ったが、こうしてみると下手するとロゥレンよりも下に見える。
「狼人と妖精は成長の仕方が違うから、それは仕方ないよ。ロゥレンよりかなり上なんだよ」
「あぁ、そ、そう」
なんだか頭がこんがらがりそうだ。
辺境の事で一々驚いても仕方がない事を心得ているレックハルドは素直にうなずいておいた。
三人は、湖のふちに腰掛けてしばらく談笑する事にした。
「レックはとってもいい奴なんだ」
ファルケンの「例」の紹介が始まる。いい奴呼ばわりされるのに何となく抵抗がある、レックハルドは、うっとおしそうにそれを見やるが止める事はしない。
「へぇ、じゃあ、ファルケンちゃんはレックはんと当分一緒に旅をするつもりなんや」
「うん」
ファルケンは照れたような顔をしていった。
「オレが狼人でも、一緒に旅してもいいって言ってくれたんだよ」
「ホントにいい人なんやね。レックはんって」
ミメルは、レックハルドに純粋に微笑みかけてきた。引きつった笑みを浮かべつつ、どう応えればよいものやらレックハルドは困った。
「あ、そういえば、喉が乾いたやろ。おいしい水とってきてあげよか?」
ミメルが不意に言って立ち上がった。どうやら、湖の水は飲み水としては使わないらしい。
辺境に住まうものたちは、ある意味では贅沢な考え方をしているので、湧き水でも取りに行くのだろう。ファルケンが、近くに生っている貧弱な果実より、なるべくおいしい果実を遠くまでいって取ってくるのと同じだ。そういうところには労力を惜しまないらしいのだ。
が、かわりに慌てたように立ち上がったのは、レックハルドの横にいたファルケンである。
「あ、そんなことはオレがっ! オレがするよ!」
ファルケンがいつも以上にフットワークが軽いのを横目でみながら、レックハルドは、ほほうとばかりににやついた。こやつ、普段はこんな気のつく男ではない。レックハルドの前ではみせないような甲斐甲斐しさ。その理由を悟るぐらいレックハルドにとっては、簡単な事である。
(意外だな。ファルケンの奴の好みはこーいうタイプだったのか! あのロゥレンって子になつかなくて、マリスさんとうまくいってるのはそういうわけだな。ちょっとおっとりした子がいいのかな)
ファルケンは、すでにそこから遠ざかりながらなんだか浮足立っていた。
「すぐに水汲んでくるから。あ、レックと一緒に話をしてくれてればいいよ!」
「オレはおまけみたいな言いようだな」
言われてファルケンはあわててそれを否定する。
「そんなんじゃないよ。レックは大切な……」
「あぁ、わかった。わかったから、行って来い」
どうも辺境の連中はこうやってからかってやると、本気にとるのでおもしろい。
「じゃあ、行って来る!」
そういいおくと、ファルケンは茂みの向こう側に飛び込んですぐに見えなくなった。
ミメルが不意に笑い出した。
「あの子、いっつもあぁやねん。うちの前やとちょっと慌ててたりして」
「なんか、わかりやすいなあ」
「あの子は素直な子なんや」
どうも、この子も意味がよくわかっていないらしい。辺境の者のそういうところが、レックハルドにはよくわからない。
ともあれ、レックハルドはため息をついた。
彼のあきれたような態度に気づいていないらしいミメルは、レックハルドのほうを見ながら言った。
「あのなあ、ファルケンちゃんが、人間の子を連れてきたんは今回が初めてなんやで」
「え、そうなのか?」
「うん。今まではずっと一人できてたんや。レックはんの事信頼してるんやわ。うちにはちょっとわかるねん」
「そ、そうなのかな。オレにはあんまりよくわかんないんだけどな」
レックハルドは以前も同じような事を言われた事を思い出した。
「うん、間違いないわ」
ミメルは自身満々に言った。それから、打って変わって少し目を伏せて、寂しそうにつづける。
「あの子な、辺境から追放されたとき、すごくショックやったみたいで立ち直れるんかって心配してたんやけど、うちの取り越し苦労やったみたいで」
「つ、追放? ど、どうして?」
いきなり不穏な言葉を聞いて、レックハルドは、びっくりして少し慌てて聞き返した。
「何にもきいてないのん?」
「あ、そ、そういうことは、オレも聞かないから」
ミメルは、そっとうなずいた。
「そうなんや。……うちの口から言うのもなんなんやけど、あの子は、狼人の中ではちょっと特殊やからね」
「特殊?」
「うん、後はファルケンちゃんに直接聞いたほうがええと思うんやけどね」
レックハルドは黙り込み、ミメルの些か幼く見える横顔を見た。そうしている間に沈んだミメルは、瞬時にぱっと笑顔を浮かべた。この重い空気を振り切るためらしい。
「ま、ファルケンちゃんが追放されたのは、もう五十年以上昔の話やけど」
「ご、五十年? て、あ、あいつ、オレより年上なの?」
レックハルドが思わず聞き返す。ミメルは首をちょこんとかしげた。
「あれ? しらへんかったのん? ファルケンちゃんは今年で七十二歳やで」
「え、七十?」
レックハルドは一瞬絶句した。
「……そういう話は、オレ、きいてなかったから。長生きするのは知ってたけど、まさかそんなにも年上とはだな……」
「といっても、狼人の中じゃまだ子どもなんや。狼人には、千歳越えてるのもざらにおるんやからね」
「そ、そんなに長生きなのか?」
レックハルドは、さすがにそこまで知らなかったので思わず大声になっていた。
(人生経験はともかく、アイツの方がそんなにも年上だったんだな~)
驚くレックハルドと裏腹に、ミメルは涼しげな顔だ。
「うちら妖精とはちごうて、狼人は一気に成長してしもうてから徐々に心が大人になっていくんやで。ファルケンちゃんは、それでも狼人の中やったら、随分大人やけどな」
「お、大人ねえ」
レックハルドはどう応えたらよいものやら、困り曖昧に相槌を打った。
「でも、あんたみたいな人がそばにおってくれて、うちは安心やわ」
ミメルはそういって、あどけない顔に、少し大人びた笑みを浮かべてほほえんだ。
そうか。
それなら、この子も本当にファルケンより年上なのだろう。一体、彼女はいくつの歳月を見続けてきたのだろうか。
湧き水を容器に汲みながらファルケンは、ひとりべらべらとしゃべっていた。
「そうなんだな。あちらこちらで、森がかれてるって本当だったんだ」
「はい。そりゃあ、もう、ひどいもんですよ」
茂みの中の影が言う。
「そういえば、兄貴、しばらくこちらに来ていませんでしたね」
「あぁ、最近は、ちょっと足が向いてなかったんだ。日蝕が起こるからなんかあるとは思ってたんだけど」
ファルケンは容器に水を汲み終えてそばにおくと、自分は手で水をすくって一口飲んでみる。
「シャザーンってのは、ホントは何者なんだ? オレは、辺境にあんまり立ち入ったことは知らないんだよ」
がさりと音がして、茂みから影が姿を見せる。
そこにいたのは赤いたてがみの狼だった。辺境狼に似ているが、少し体が小さい。精悍な顔つきをしていて、尻尾の毛がふさりと長めである。おそらくタクシス狼と呼ばれる種類だろう。タクシス狼は賢きものと呼ばれている、辺境固有の狼である。大人しい性格をしているといわれ、辺境狼とは競合しているし、実際に対立関係にあるらしい。
「すいません、兄貴。実のところ、あいつのことは、あっしもよく知らないんで」
まるで、ばくち打ちの弟分のような口のきき方である。驚く事にこの言葉は、彼の前に座ったタクシス狼の口からでていた。
「謝らなくていいよ、ソル」
ファルケンは言う。
「誰に聞いたら一番よく知ってるだろう。司祭の人達はオレを嫌がってるからとても訊けないだろ?」
ソルは少し考え込むような素振りを見せたが、思いついたように顔を上げた。
「それなら、レナルの旦那にきいてみてはいかがでしょうか」
「レナルに?」
ファルケンは失念していたとばかりに顔を上げた。
「そっか! レナルならきっと何か知ってるよな! ありがとう、ソル」
「いいや、あっしは兄貴には色々助けてもらった恩がありますから。兄貴のためなら、いつでもお役に立ちますよ」
「でも、レナルは今どこにいるかわかるか? レナルは、やけに縄張りが広いからさあ」
ファルケンは再び困った顔をする。
「それは困りましたね。確かに、あの群は移動距離がとてつもないですし」
「それが困るんだよな。探すのは時間がかかりすぎるし。……あっ、一ついい手があるかもしれない」
ファルケンは何を思いついたのか、顔を輝かせた。
「知り合いに占い師のシェイザスっていう人がいるんだ。あの人ならわかるんじゃないかな?」
「なるほど、その手はいい手かもしれませんね、兄貴」
「あぁ。今度、レックとちょっと相談してシェイザスを見つけてみる事にするよ。じゃあ、ソル、オレ、ミメルも待ってるし戻るな」
「気をつけてくださいよ。ここんところ、変な空気が漂っています。兄貴は強いですが、気をつけるに越した事は……」
「ああ、気をつけるよ。お前も気をつけろよ、ソル。今日はありがとな」
ファルケンはそういうと容器を抱えて立ち上がり、振り返りざま駆けて行った。
ソルは彼の姿が消えるまでずっと見送っていた。
*
風裂きのシャザーン。辺境古代語では、シャザーン=ロン=フォンリア。
そう呼ばれていた青年は、辺境の森の緑の中をゆっくりと進んでいた。草の匂いが立ち込めていた。
辺境に彼が入るのは、実際は掟破りだ。辺境の狼人は基本的には穏やかではあるが、縄張り意識が非常に強い。ほかの群の縄張りに入る時には、印を掲げていなければ、喧嘩を売ったものと解釈される。群同士の小競り合いが起こるのは、大概そうした原因からだ。
だから、シャザーンのように、どこにも所属していないものが印を掲げずに入り込むのが見つかれば、ただではすまない。
「オレが邪魔だったんじゃないのかぁ~?」
人の声が聞こえ、さっとシャザーンは身を隠す。茂みに身を隠して探ってみると、向こうに人影が見えた。
いつぞやの商人と狼人の二人組みだった。
「なに言ってるんだよ! そんなわけないって! オレ、レックのことはそんな風に扱ってないと思うよ」
ファルケンはレックハルドが本気で気を悪くしていると思っているらしく、必死でなだめようとしていた。
「怪しいなあ、うん怪しいねえ」
レックハルドのほうは、単にからかって遊んでいるだけのようなのだが、ファルケンはまだわかっていないらしく妙に慌てているらしい。
二人は隠れている彼には気付かず、そのま何か言い合いながら通り過ぎてしまった。シャザーンはため息をついて、また奥への道を歩き出した。
そこには美しい湖があった。
そこに妖精が一人座り込んでいる。シャザーンはようやく、安堵したように微笑を浮かべると、穏やかに彼女を呼んだ。
「ミメル。久しぶりだな」
ミメルは慌てて振り返った。
「クレーティス!」
ミメルは驚きのせいもあって叫んで、彼の元に駆け寄った。
「心配してたのよ? 最近、クレイの噂もきかないし、どこでどうしてるのかなって」
ミメルは、辺境古代語で彼にしゃべりかけていた。以前に彼に、あのシェレスタ訛りのカルヴァネス語で話しかけて笑われたのを気にしているらしい。
「それは悪かったな」
シャザーン、クレーティスは、心底反省したような顔をする。
「連絡しようと思ったんだけど、なかなか中にこれなかったんだ」
「別に責めてるんじゃないわ。そんなまじめな顔しないでいいのよ」
にこりと人の良さそうな微笑を浮かべ、ミメルは言った。
「クレイは元気だったの?」
「ああ、おかげさまで」
クレーティスは穏やかに笑った。
「ミメルも元気そうで何よりだな」
「うん」
ミメルは微笑み、クレーティスを見上げる。
「今日は懐かしい人と会う日ね。さっきも昔馴染みと会ったばかりなの。今、見送って帰ってきたところよ」
「そうかぁ」
クレーティスはのんきそうな顔をみせた。
「あ、でも、今日はどうしたの? 何の用事?」
「久しぶりにミメルに会おうと思って帰ってきたんだ。ミメルには、ずいぶん心配かけたと思って」
「そう。じゃあ、しばらくここで色々話聞かせて? 外の世界の事、人間の事。私、外の世界のことは、この変な訛りしか知らないの」
クレーティスはミメルの無邪気な笑顔に、ゆっくりとうなずいた。
「ああ、わかったよ。ミメル」
*
「しーかし、なんか、可愛い子だったな~。返す返すも、ホントにお前よりもあの子、年上なのか?」
帰り道、レックハルドが不意に訊いた。
「あぁ、ミメルはあれで二百歳ちょいだから、オレより百年ぐらい年上だよ?」
「ひゃっ、百年? それって……」
「それでも、人間で言うと、五歳から十歳ぐらい年上ぐらいの感覚だよ? そんなにお姉さんじゃないもん」
人間社会をそれなりに知っているだけ、ファルケンにはその辺の感覚はあるらしいが、イマイチ聞いてもよくわからない。
「お前は七十二歳だってきいたけど、じゃあ、あのロゥレンって子は?」
「あいつはオレより年下だよ。十歳ぐらい下だったかな」
レックハルドは、見かけによらないもんだなとぼそりとつぶやき、感慨深げに言った。
「そうかなるほど。年上好みだな、お前」
「?? 何て?」
ファルケンが聞きのがしたらしく、聞き返す。
「いいんだよ。それよりもな、ファルケン」
レックハルドが突然神妙な声でいったので、ファルケンは少し首をかしげた。
「何だ?」
「お前、あの子に会いに行ったのだけが用じゃなかっただろ?」
「う、うん。ホントはミメルにあった後で、レックと一緒に会いに行こうと思ったんだけど、水汲んでるとちょうど目的の奴に会ったから話をしてきたんだ」
ファルケンは少しばつが悪そうなかおでいうが、レックハルドはそれ以上追及しなかった。
「まぁ、それならいいや。それよりもな」
レックハルドには、ファルケンの行動よりももっと気になる事があったのである。
「お前の好みはよーくわかった。オレが影ながら応援してやるが、あの可愛い子のことも考えてやるんだぞ。ちょっと生意気だけど、からかいやすいイイコじゃねーか」
ファルケンはそもそも言われている内容がわからないらしく、後頭部をかいた。
「へ? 何?」
「しっかし、お前も隅に置けないなあ~」
「スミに……? な、何が?」
ファルケンが要領を得ない返答をするのを見ながら、レックハルドはにやりとしていた。
「さあ、何がだろうなあ」
「教えてくれよ~」
ファルケンは困惑している。
「自分でわかるようになるまで待ちなって」
レックハルドは冷たく言って、ファルケンの背を軽く小突いた。そういうレックハルドの顔は、からかいの色がはっきりと現れていた。
また、太陽が沈んでいく。いつの間にか、夕方になっていたようだ。暗い森の中でも、空の赤い色が木々の間から見えていた。
「そろそろ、腹減ったな。そうだ、今日の夕食は、お前が作れ」
レックハルドは言う。
「やっぱり、辺境の森の野草の料理はいけるよな。タダだし。あ、でも、肉か卵も入れた方がやっぱうまいわ」
ファルケンは、そうだなあ。とのんきに答え、今日の夕食の献立を考え始めていた。




