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辺境遊戯・改訂版  作者: 渡来亜輝彦
第五章:伝説と伝承
23/98

3.放浪する狼人

『結局、狼人というのは何者なのだろう。

 

 カルヴァネスでは不吉の兆し、マジェンダでは幸福の使者……


 彼らは一体何者なのか……

 

 知りたければ、自ら辺境に飛び込んでみることである。

 答えは、彼ら自身が教えてくれるだろう。

 

『辺境に入るものに寄せて』


 サライ=マキシーン』


 *


 レックハルドは、反射的に後ずさった。

「てめぇ、この前の……」

 顔は一瞬しか見えなかったが、それでも彼はその男の顔を覚えていた。客商売のレックハルドは、人の顔を覚えやすい素質を持っていたが、あの雨の日にファルケンを弾き飛ばした不穏な男だ。忘れるわけがない。

「な、何だよ!」

 自然に後ろの少女をかばうように立ちはだかり、レックハルドは腰の短剣に手を伸ばす。相手は随分ほっそりとした男だったが、それでもレックハルドは戦って勝てる自信はない。実際に衝突することになったら逃げなければ。

 しかし、青年は、意外とおとなしい様子だった。

「珍しいところで出会ったのだと思っただけだ」

 青年は言った。

「……まだ、あの連れと旅をしているのか?」

「まぁな」

 言いながらレックハルドは相手を観察する。容貌だけを見るなら全くファルケンとは似ても似つかなかった。ファルケンはどちらかというと男性的な顔立ちだが、青年は中性的な、柔和な美青年だった。しかし、どこかに共通する印象がある。色素の薄い金色の髪の毛も、日に透かせば微かに緑色を映し出す。

 そして、レックハルドは何となく噂を思い出した。辺境の狼人というものは、大体にして女性と見まがうような美形の男が多いという噂だ。レックハルドが、ファルケンに一瞬、気づかなかったのは、彼がそれとは違う類の顔立ちだったからという事もあった。

「……あんた、もしや狼人だな?」

 そう聞いてみると少しだけ、青年はびくりとしたような気がした。

「なるほど。それを知っているという事は、やつは仔細を話したということか?」

「仔細ってほどでもないけどな」

 レックハルドは曖昧に答えた。

「何者よ! あんた!」

 悲鳴に近い声で、少女が言った。

司祭スーシャーなら、こんなところにいないはずでしょ! なのに、今、あんた何か魔法をつかったわね? ここまで飛んできたじゃない!?」

「すーしゃー?」

 話についていけないレックハルドが思わず聞きなおすが、答えは得られない。

「……私は司祭スーシャーではない」

 青年はそれだけ応え、少女をすっかり無視して再びレックハルドに話を振る。

「それよりも、どうしてまだ一緒に旅をしているんだ?」

「うるせえな。あんたに応える義理はないぜ」

 ふいっと、レックハルドは顔を背ける。

「義理はない?」

 それもそうか。と独り言を言って、青年は言った。それから言い方を変えてこう尋ねる。

「恐くないのか? 狼人は、血を招く不吉なものだと、他の人間達は言うのに」

「オレは少なくともそういうのは知らないぜ」

 確かにヒュルカの街で、そういう者はいた。しかし、彼の故郷では、狼人は幸運の使者として扱われていた。それも迷信だとは思っていたが、悪感情を抱かないのは、幼い頃に刷り込まれたほうが強いからかもしれない。ファルケンの正体がわかったところで、レックハルドには彼を忌み嫌う理由も土台もなかったのだ。

「知らない?」

 青年は怪訝な顔をした。珍しい事があるものだと思ったのだ。

「あぁ。その話の詳細、あんまり聞いた事がねえんだよ。知ってんなら教えてもらいたいもんだぜ」

 青年は、少し考え込むようにしてから、口をゆっくり開いた。

「私は知っている。じゃあ、私が話してもいいのだが……」

 レックハルドが黙って睨みつけてくるのを、肯定と受け取ったのか、彼はまたゆっくりと話し始める。

「……昔、カルヴァネスの西に、ある都があった」

 青年は、ゆっくりと話しはじめた。

 レックハルドはそれでも、まだ油断無く構えながら、先程、少女と青年が口にした「スーシャー」ということが何なのかと考え始めていた。




 ファルケンの刃からするりと逃れ、ダルシュがあっけにとられて一瞬行動をとるのに遅れた隙に、それはマリスの方に進んでいった。

 マリスの手の辺りに、もやがぬるぬると這いずり回る。

「マリスさ……!」

 ダルシュが慌てて剣で振り払おうとする。ファルケンが慌てて止めた。

「ダルシュ! 今、剣を使っちゃダメだ!」

 マリスごと切ってしまう! と、ファルケンは制止の声を上げる。マリスはきょとんとして、こちらを見ていたが、何かに気づいたのか悲鳴を上げた。

「きゃあ!! 気持ち悪い!」

 そのまま、右手を思いっきり振るう。手についていたもやのようなものが、飛ばされて地面に何度か叩きつけられるのをダルシュは見た。実体が無いように見えるのに、意外とそういう打撃はきいているようだった。

(うわ、見えてないだけに容赦ねえな)

 この際はいい気味なのであるが、それにしても、マリスは見た目に寄らずに意外とやるんだなと思ったものだった。

 マリスの無意識の攻撃がかなりきいたのか、もやのようなモノは、蛇のように蠕動 しながらマリスの手から離れた。ファルケンが、その隙を見逃さず、素早く剣をそれに突き立てた。

 地面と剣に突き刺されたそれは何度か暴れたが、やがて黒っぽく沈んで土の上に消えてしまった。ぼんやりと、ダルシュにはそれが見えていた。

「……や、やったのか?」

「とりあえずは。消えたから大丈夫だよ」

 マリスは、きょとんとして、まだ何度か手を振っている。

「マリスさん、もうだいじょうぶだよ?」

 ファルケンがのぞき込むと、マリスはファルケンの方を見た。

「ファルケンさん、さっき何か手にぬるぬるしたものがついてたような気がしたんですけど、……気のせいかしら。思わず悲鳴をあげちゃって……すみません」

「仕方ないよ。えっと、何かいたのは、もう退治したから大丈夫だよ。でもマリスさんって強いんだなあ」

 ファルケンが尊敬の眼差しを向ける。ダルシュも遠慮がちに言った。

「せ、戦士の素質ありですね。マリスさん」

 マリスはそうですか、と首を少し傾げてみる。

「でも、あいつを振り払ったのはマリスさんだもの」

 あぁ! とマリスはぽんと手を叩いた。

「護身術だけは習ってましたから、きっとそのせいだとおもいます!」

(い、いや、今の動きは、護身術とかそういうもんじゃなかったような)

 専門職のダルシュは、思い返して少し冷や汗をかく。先程の動きは、かなり修練を積んでいるように見えたのだ。意外と本気で戦うと、とんでもなく強いのではないだろうか。この娘。

 ダルシュがそんなことを考えていると、横からトントンとファルケンが肩を叩いてきた。少し小声で彼は言う。

「でも、ダルシュは見えてたんだな。あれ」

「あ、ああ。何とかうっすらだけどな。何なんだ。あれは?」

 ファルケンは自信なさそうにいった。

「オレも始めてみたんだけど、多分、邪気の塊だと思う。ダルシュはちゃんと見えてないと思うんだけど、オレには黒っぽい、蛇みたいな虫みたいな奴に見えたんだ。そういうのは、多分…………」

「じゃき……って何だよ?」

「なんていうかな~、人間とか他の動物とか、あるいは植物とか、色んなものの心の残骸みたいなもんだよ。特に憎しみとか恨みとか、それから怒りとか悲しみとか、行き場のなくした思いが、外にたまる事があるんだ。辺境は何でも吸い込んじゃうところがあって、それで一つ一つならたいした事ないけど、それが固まるとああいう風に凶暴になるんだって話を昔、聞いた事がある」

 ファルケンの説明は要領を得ないので、聞いたダルシュもよくわからないが、何となくイメージは伝わった。

「へぇ。で、でも、なんでオレに見えてマリスさんには……」

「ダルシュって、本当に人間だよな?」

 ファルケンは不思議そうな顔をした。

「当たり前だ。オレが別の何かに見えるか?」

「そういうわけじゃないんだけど」

 ファルケンは、少し腕組みをしてダルシュを横目に見る。

「なんか、”混じってる”ような気がして」

「は? どういう意味だ?」

 ダルシュが睨むので、ファルケンは慌てて首を振った。

「あ、いや、多分、オレの勘違いだよ。オレは、あんまり、そういうところの才能がないから」

 何となくひっかかりを覚えながらも、ダルシュはそれで済ます事にした。それよりも、彼は別のことに気づいていた。

「そういえば、オレたちがこんな目にあってるつうのに、あいつはほっといて大丈夫だったのか?」

「あ!」

 レックハルドだ。ファルケンは、はっと顔を上げた。そうだ、さっきから誰か足りないと思ったら、レックハルドがいないのである。

「レックは? ……レックはどこにいるんだ?」

「辺境に入るのが嫌だって言って、辺境近くの野原に寝転がってたみたいだけどな」

 ファルケンは途端心配そうな顔をした。

「レックだけ別のところにいるのか?」

「あ、あいつが残りたいっていったんだぞ」

 ダルシュは、困ってそう言った。別にファルケンは彼を責めてはいなかったが、ダルシュとしては、言い訳の一つでも言いたくなる状態だった。

「じゃ、じゃあ、早く戻ろう?」

 落ち着かない様子を見せてファルケンが、言った。

「そうですね。レックハルドさんも心配ですものね」

 マリスが同調する。ダルシュもおいてきた手前、少々責任を感じるのでほうっておけとは言えなかった。

「よし、じゃあ、早く戻ろう。……だから、一緒にこいっていったのに!」

 あいつと一緒に行動するのは嫌だが!と心の中で付け足して、ダルシュは言った。後ろの二人が、似たような表情をしながらそわそわしていた。何となく責任を感じて、ダルシュは落ち着かない気分だった。

 

 

「その時は、狼人も人間もどうやら平和に暮らしていたらしい。狼人は森に、人はまちに。住むところをわけていた」

 青年は続ける。

「だが、ある時、狼人の方が、都市に一方的に攻め込んできたという。まちを壊し、人と戦った。狼人は、その都市を破壊し、虐殺した。……狼人が侵略をしたと人はいう」

「侵略?」

 レックハルドは変な顔をした。

「理由があるんだろ? まさか、理由もなしに攻め込んでくるなんて考えられないぜ」

「理由というのは、伝わっていない」

 青年は表情を変えないまま言った。

「カルヴァネスの人は、狼人が住み易い街を自分の物にしようとしたためだというが」

「オレは連中のことは良く知らないが、奴らは街は苦手そうな気がするけどな」

 レックハルドは、街で戸惑うファルケンの様子を良く知っている。狼人がどういうものなのかはしらないが、果たして森で生活して外には出てこない彼らが、にわかに街を欲しがるものなのだろうか。

「しかし、狼人の顔には紋様メルヤーが描かれていなかった」

「メルヤー?」

「私はしないが、奴はしているだろう? 顔に赤い染料で描く模様のことだ」

「ああ、あれか」

 ファルケンは、おまじないだと言っていた。

「なるほどな。で、それをしないのが、どういう意味だって?」

 レックハルドは、なかなか進行しない彼の話にそろそろイライラしてきていた。短気なレックハルドに、このゆったりとした話はついていけないのである。だから、話をせかしたのだった。

紋様メルヤーというのは、純粋な狼人にとっては守りのまじないの意味がある。それをとって、本物の自分の血、つまり、自分の指を歯で噛み、血を流して顔に水平に線を描くことがある。それは、戦の時だけにするもので……」

「つまり、そこに攻め込んできた狼人は、みんなその何とかをとって顔に血を塗りつけてたって訳だ」

「ああ、そうだ。それは、命がけで戦をするときだけにつけるもので、彼らから仕掛けられた戦である証拠だといわれている。逆に仕掛けられたモノなら、紋様メルヤーを落とす暇がないからな」

「それが、連中のいう『侵略』か? まさか、それがカルヴァネスの連中が、奴らを怖がる理由じゃねえだろうな?」

「そういうことになっている」

「なんだそれは」

 あまりにもあっけなくて、レックハルドは拍子抜けした。思わず苦笑が漏れる。

「それだけか」

「そう、それだけのことだが……」

 青年はまた話し始めた。

「カルヴァネスの人々が、狼人をおそれるのは、ここからだという。昔、そこで人が大量に殺された。今でも、もしかしたら……と、怖がっている。それは、見ればすぐに分かる」

「はっ、バカバカしいね」

 レックハルドは肩をすくめた。

「そんな伝説になるほど昔の事で恨んでりゃあ、世の中敵だらけだぜ。それに、相手は狼人、いわば人間じゃねえしな。突然襲ってきたってのは、人間側に非があったんだろ。奴らすべてがどうかはオレは知らないが、奴らはオレ達よりはよほど無欲なんだろうとアイツみてたら思うぜ。おまけに証拠はそれだけだろ? あとでいくらでも話が捏造できるんじゃねえか」

「珍しいことを言う」

 青年は驚いたような顔をした。

「悪いが、オレはカルヴァネス本国の生まれじゃないんでね」

 レックハルドは言った。

「だけど、カルヴァネスの連中が異様にあいつを怖がる理由はわかった。礼ぐらいはいうぜ」

 青年は黙っていた。

「やつが……」

 口を開いてぼそりとつぶやく。レックハルドは怪訝な顔をした。青年の目は、少しうらやましそうに遠くに向けられていた。

「やつが、お前とずっといる理由が分かったような気がする」

「は?」

 レックハルドは意味が把握できなかったが、その間に青年は、くるりと背を返していた。

「おい! まちな!」

 レックハルドは呼び止める。青年はゆっくりと振り返る。そのゆったりした動作に少し苛立ちながら、レックハルドは早口にきいた。

「まだ、伝説の最後をきいてないぞ! ……侵略したなら、どうしてその街に狼人は住まなかったんだ!?」

「それは……」

 青年は言った。

「……狼人も人間も、そこで死んでいたからだ」

「……?」

 レックハルドは、ぎょっとして言葉に詰まった。

「な、なんでだ?」

「狼人は人を殺したが、人に殺された。都市にはどちらの生き残りも居なかった。……その都市はやがて砂漠に飲まれて消えた……そうだ」

「真実が見えてこないぞ!」

 レックハルドはむっとして叫んだ。何か釈然としない。

「それ以上は知らない。ただ、それ以来、狼人と人間が交流することはなかったという話だ」

 青年はそれだけ言うと、歩き出した。

「こら! ちょっと、待……!」

レックハルドが呼び止めようとしたが、彼の歩みは早くなり、そして飛び上がる。その途端、姿がふっと消えた。対象を失ってレックハルドは閉口する。

「何だッてんだよ! 一方的に言って消えやがって! ……意味がわからねえ!」

「……風裂きのシャザーン だわ……」

 おびえたように少女がぼそりとつぶやいた。今まで忘れていたが、少女が彼の後ろにいたのだ。思い出して、レックハルドは彼女の方を向いた。

「シャ、シャザーン?」

 少女はぼうっと彼が去っていった方を見つめている。

「それがさっきの奴の名前か?」

「そうよ。シャザーン=ロン=フォンリア。狼人の中でも、一番危険な奴……」

 いいかけてレックハルドが側に来ているのをみて、少女は叫びをあげた。慌てて身を話す。

「近づかないでよ!」

「な、何だよ。人を危険人物みたいに」

「うるさいわね! あたしは人間なんか、大きらいなの!」

 少女が怒鳴りつけるが、レックハルドは肩をすくめて笑っている。

「ホント、突っ張るな」

「何よ! その言い方は」

 少女がふいと顔を背けたが、不意に何かを見つけたのかふわりと飛び上がる。

「おい! どこ行くんだよ!!」

「あんたとなんか、遊んでいられないの!」

 少女はそういうと、そのまま光を放って消えた。

「何考えてんだ?」

 レックハルドは半ばあきれながら、それを見送った。

 一テンポ遅れて、後ろからのんきな呼び声が聞こえた。

「レック~?」

 振り返るとファルケンが走ってきていた。どうやら、一足先に走ってきていたようである。

「あ。あいつ……。一足遅いんだよなあ。いっつも」

 ファルケンは走ってくると、軽く息を整えてから訪ねた。 

「レック。大丈夫だったか?」

 ファルケンが心配そうな顔できいた。

「それは、まぁ何とか。そうそう、さっきまで、お前を知ってるかわいい妖精の女の子がいたぜ」

「妖精の女の子? も、もしかして、ロゥレンのことかな?」

 ファルケンは軽く首を傾げた。少し申し訳なさそうな顔をした。

「……ごめんな。あいつ、悪い奴じゃないんだけど、レックに何か言ったろ? ちょっと口が悪いんだ、あいつ。オレの小さい頃からの知り合いなんだけど、すぐ悪口いうし」

「あぁ、別にそんなことないけどな。口が悪いのは、まぁ、お互い様だし」

 口では負けているつもりもない。レックハルドは余裕だった。あれぐらいなら、むしろカワイイぐらいだ。

「あ、それより、さっき、お前をこの前吹っ飛ばしたあのむかつく美形がだな……」

 ファルケンの表情がさっと暗くなる。

「あいつが? ……何かされなかったか?」

「別に。ただな、さっきのロゥレンとかいうそのかわいい女の子が、あいつのことを『シャザーン』とかよんでた」

「シャザーン……?」

 ファルケンはつぶやいてはっとする。

「シャザーン=ロン=フォンリアか?」

「あ、ああ、確かそんなことを。なにか、問題のある奴なのか?」

 ファルケンは、少し黙ったあと困ったようなそぶりを見せた。

「なんて説明したらいいのかわからないけど、……ちょっと悪い噂のある奴なんだ。オレも他人のことは言えないけど」

「他人のこと?」

 ファルケンが付け足した言葉にレックハルドは引っかかったが、そのことに触れる暇はなかった。後ろに、マリスとダルシュの姿が見えたのである。

「まぁいい! 後で説明しろ! あいつ~~!!」

 許すまじ! とばかり、レックハルドは向こうにかけてゆく。マリスと二人で並ばれていること自体が許せないらしいのだ。

「あ、ちょっと! 待ってくれよ!」

 呼び止めながら、ファルケンは、慌てて後を追った。シャザーンのことなど、いろいろと気になる事が重なっていたが、こうしてレックハルド達が普段と変わらない様子を見せてくれるのは、彼にとっては少し救いだった。

(まぁいいや。考えるのは後にしよう)

 ファルケンは、後でレックハルドに色々な事を話しておかなければいけないなと思いだした。


*

 しばらく彼らは睨み合っていた。

 冷徹なロゥザリエの視線に対し、彼はどちらかというとニヤニヤしながら余裕の表情を見せていた。鼻先には、熱を感じる火球が浮かんでいるが、彼は特段それを気にする様子もなかった。

 やがて、ロゥザリエが、ふっと冷たく笑った。

「いい度胸ね、貴方。ツァイザーの守護輪シールクルリークを持つ貴方を傷つけるのは、私にとっても徒労だわ。そんな無駄をやるつもりはないのよ」

 そういってロゥザリエが手を下ろすと、空中の炎はかき消えた。

「なるほど、今のは俺の反応を見ただけなんだな?」

「ええ、貴方がどういう人間か、確かめる必要があったからよ」

「んじゃ、俺を消すつもりはねえということかい?」

 そういうと、彼女はクスリと笑った。

「貴方は勘違いしてるんじゃないかしら? 私は、貴方のような人間はキライだけれど、むやみに人間たちを嫌う司祭スーシャーとも意見は異なるわ。……私は、ツァイザーと同意見なの。貴方たちと同盟を結んだ方が、私たちにも得策だとは思っているわ」

 ロゥザリエはつづける。

「けれど、そんな話を持ってきた使者が三下でなくて、一国の宰相だというから、どんな馬鹿かと思って興味を持ってきたのよ。メソリアのメアリーズシェイルも貴方の話をしていたからね」

「へえ、メアリズと友達なのか?」

 彼は、意外そうに声を上げたあとにんまりとした。

「それじゃ、わざわざ俺に会いに来てくれたってことかい? 意外とカワイイところもあるんだな」

「からかわないで」

 むっとしたようにロゥザリエは、彼を睨みつけた。強力な力を持つことを彼は十分に理解しているのに、彼はいまだにニヤニヤしている。

「そいじゃ、どうして俺を助けてくれんのか、ちゃんと説明してほしいね」

「貴方と組むことは、辺境にとって良いことだからよ」

 ロゥザリエは、腕を組んだ。

「貴方は知らないでしょうけれど、今は辺境の中でも異変が起こっているわ。ツァイザーもそれにずいぶん振り回されているの。辺境の大精霊『大いなる太母マーター』を守るのが私たち司祭スーシャーの役割だけれど、辺境は邪悪なモノを集めやすい性質もあるわ。司祭スーシャーの中にも、そうしたものに影響されている人物がいるのも否定できないのよ」

「そうなのか。ツァイザーも、確かにああ見えて苦労してるみたいだったが」

「彼等を抑え込み、辺境の異変を解決するためにも、貴方たちと争わない方がこちらの身の為でもあるの。だから、貴方が持ち込んだ同盟交渉は歓迎すべきではあるわ」

「そうか、それはうれしいね」

 彼は立ち上がってにやりとした。

「それじゃ、俺とアンタはすでに盟友じゃないか。んじゃ、お近づきのシルシに握手ってことで」

「ふざけないで」

 ロゥザリエは、彼を睨みつけた。同時に彼が差し出した手に見えない熱が走り、思わずあちっと彼は声を上げて手をひっこめた。

「私は、貴方となれ合うつもりはないの。メアリズとかかわりのない男なら、今頃死んでいると思いなさい」

 そう声をかけると、ロゥザリエは身をひるがえした。そして、虹のように輝く六枚の翅をひらりとひらめかせると、彼女の姿はすでに窓の外にあった。彼は慌てて窓際に駆け寄った。 

「おいおい、忘れものだぜ」

 そう声をかけると、空中のロゥザリエは彼を睨みつけた。彼はにやりと笑って言った。

「俺の名前さ。まだ聞いてなかったろ。ギルファレス宰相”レックハルド=ハールシャー”だ。まあ、頭の隅にでも覚えておいてくれよ」

 ロゥザリエはふんと顔を背けると、そのまま森の中に消えてしまう。

 それをみやりながら、彼は、レックハルド=ハールシャーは、満足げに笑うのだった。

「同じ年増でもサラビリア陛下はちょいとニガテな女だったが、どうもアンタのことは俺の倍以上生きてるんだと知ってても、なぜかコムスメに見えるんだぜ。よろしくな、ロゥザリエちゃんよ」

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