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辺境遊戯・改訂版  作者: 渡来亜輝彦
第五章:伝説と伝承
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2.枯草の魔法陣


『草原に伝わる民話はこう伝える。

 

 大昔、マジェンダの草原で、大干ばつが起きた。

 井戸という井戸が枯れ、草も枯れた。人々は水を求めてさまよったが、彼らが水を求めるためには、随分と南にいかなければならなかった。

 あるものは倒れ、あるものは絶望した。

 しかし、彼らが絶望していたとき、マジェンダに接する、『辺境』の砂漠地域、死の砂漠を超えて男達がやってきた。

 彼らは皆、背が高く、頬に赤い模様を描いており、狼の毛皮と不思議な布でできた服を着ていて、大変恐ろしく見えたが、一方で非常に美しい容貌をしていた。 彼らは苦しむ人々に、辺境のかなたから運んできた水とそして、食べ物を充分に与えて帰っていった。彼らは一切、名前も何も名乗る事もなく、人々の礼も受け取らなかったという。


 後に旅の賢者に尋ねたところ、彼らは辺境の狼人に相違ないという話だった。


 以来、マジェンダの草原の民は、狼人の影を辺境で見かけると感謝の言葉を送るようになったという。

『森の守り人よ。祖先の代わりに感謝します。あなたに大地の女神と黄金の祝福がありますように。』

 

 彼らは、狼人を大地の女神の使者と信じ、彼らに願いを託しもするという』

 

  *


 辺境の者たちは、なぜか若葉の香りがする。

 獣のような生活をし、毛皮を被っている狼人ですらそうだ。さわやかな緑の葉の香りを纏い、彼らは人の前に現れていた。だから、てっきり彼は例の一番目の司祭スーシャーである酔葉のツァイザーが現れたのだと思い込んでいた。

 この間の秘密の会談後、ツァイザーはどうやら彼に一定の信頼を置いてくれたようである。司祭スーシャー達の意見をまとめたいので、しばらく時間をくれといったツァイザーは、この数日彼の目の前に現れていなかった。そろそろ、返答があってもいいころだったのだ。

 だから、振り返ったそこに、まだ年端もいかない少女。しかし、どこか大人びた妖艶さをたたえたものがたたずんでいるのは、彼にとっては意外なことではあったのだ。

 緑がかった金色の髪に碧の瞳、抜けるように白い肌。少し釣り目をしていたが、あどけなく見える、しかし、冷たい顔。長く毛におおわれた耳。そして、何より少女が背中に背負っている魔力で作られた透明な六枚の大きなはね

 妖精のはねは、魔力を固めて作られた見せかけものだといわれる。しかし、通常は二枚から四枚。常時六枚の翅、しかも、玉虫色にキラキラと変色するようなものを常時具現していられるということは、彼女の素質の高さを示しているのだった。その気になれば、彼女はもっと枚数を増やすことも、翼のようにすることも、なんでもできるはずだ。

「ツァイザーと会っていたのは貴方ね」

 と、彼女は言った。彼は、思わず苦笑した。

「妖精だな、お嬢さん」

「見ての通りだわ。私は暁のロゥザリエ。五番目の司祭スーシャー辺境古代語クーティスでは、ロゥザリエ=エレス=シュエネアーともいうわ」

「五番目?」

 彼は、きょとんとした。ツァイザーによれば、司祭スーシャーの序列は力によるものだという。彼は、何人かの司祭スーシャーにすでに出会っていたが、ツァイザー本人はともあれ、ほかの二番目や三番目の連中よりも、彼女の方が強そうな気がした。いや、彼には、魔力を感じるような力はないから、ただの勘ではあるのだが。

「高い地位に就くということは、それなりに面倒なことも多いものよ。私にはそういうのが向いていないのよ」

 そういって少女は、うっすらと笑う。

「ツァイザーもそうでしょうけれど。彼は『一番目』を務めるには、ちょっと自由すぎるの」

「それは言えているね。でも、自由なのはアンタも一緒そうじゃあないか」

「私はツァイザーとは違うわよ。貴方を信用しているわけでも、人間が好きなわけでもない。ツァイザーは、どうやら貴方のことを気に入ったみたいで、ほかの司祭スーシャー達の説得に回ったようだけれどね」

「それじゃあ、お嬢ちゃんは反対ってことか。……俺は別に喧嘩しにきたわけじゃない。友好を結ぶのは、俺たちにもアンタ達にも悪い話じゃねえと思うんだがな」

「私は人間は嫌いよ」

 すっとロゥザリエは、右手を掲げた。不意に彼の眼前に火の玉が浮かび上がっていた。燃え盛るそれは幻術などではないらしく、確かに熱を感じる。

「人間なんてただ森を荒らしていくだけの存在だもの。別に私は貴方たちと共存することに何の利益もないと思っているわ」

「へええ、手厳しいな。そんなこともないと思うけどね、俺は」

「貴方は口先のうまい男のようだもの。信用できないわ」

 ロゥザリエは目を細めるが、彼は揺れる炎を眺めながらにやりとした。

「そりゃあそうさ。俺は舌先三寸で世間を渡るつもりでここまで来た男だからな。狼人のような力も、アンタのような魔力も、騎士のような統率力も、王のような魅力も持ち合わせていねえのさ。残念だが、持っているのはこの二枚舌だけよ」

「意外と正直なのね。でも、貴方のような邪魔者は、すぐに干からびさせて消すことだってできるってことを覚えて話をしてほしいわ」

 ロゥザリエがにやりとすると、急に火球が膨れ上がり炎が激しく燃え盛るように見えた。だが、音がしない。静かに、ただ熱さが感じられるだけだ。彼は、熱を振り払うように、顔を守るようにしていた手を払った。

「ふうん、珍しいな。アンタ、辺境の者でありながら、炎を使うのかい? アンタ達は全員火が嫌いだと聞いたけれどな?」

 彼が苦笑しながら尋ねると、ロゥザリエはふっと笑う。

「私の炎は見せかけだわ。操るのは高温であって火ではない。……けれど、私の力の強さはわかるでしょう? 私を止められるのは、司祭スーシャーの中でもツァイザーだけよ」

「それはなんとなくわかるね」

 彼はにやりと笑ってため息をつくと、椅子に腰かけながら足を組んだ。

「で、俺をどうするって? 殺すってことか?」

「貴方が辺境にとって危険な人物であれば、そういうこともあるわね」

 ロゥザリエは、幼い顔立ちにどこかしら冷たく知的な色をのせていた。狼人や妖精は、人間の何倍も生きることができると言われている。彼ら自身も自分の年齢がわからなくなることがあるほどだ。特に司祭スーシャーとなるような者たちは、けして若造ではないという。

「ふぅん、そうかい」

 しかし、彼はこんな危険な状況だというのに、なぜか妙に気持ちの余裕があった。

「それじゃ、俺が生き残るためには、ロゥザリエちゃんに俺のことを気に入ってもらわなきゃあならねってコトだな?」

 彼はからかうようにそういって、にんまりと笑った。


 *

 

「ちっくしょう。ダルシュの野郎ォ! 辺境の獣にでも植物にでも、勝手に行って食われて来い!」

 そうはき捨てて、レックハルドは草原にごろんと横になっていた。

 結局、ダルシュとはその後、意見が分かれて口論した末ばらばらになっている。ダルシュはどうしても、ファルケンとマリスを探しに行くといって辺境に入ってしまった。レックハルドが、ファルケンなら大丈夫だし、下手に入ると危ないぞ! と、彼としてはものすごく親切に止めてやったのにも関わらずである。

(まぁ、あの男なら、辺境狼にとって食われることはねえな。向こうもいやだろうけどさ)

 レックハルドは悪態をついて、今回の諸悪の根源ともいえるファルケンを思い出した。

「ちt、ファルケンの奴~~! オレが油断している隙にマリスさんとどっか行きやがって! 何てうらやましい真似を、裏切り者~~!!」

 ダルシュと二人っきりになられるよりましだが、それでもファルケンに出し抜かれたような気がして、妙にいらつくレックハルドだった。

 もっとも、ファルケンがマリスに好意を抱いている気配もないし、ファルケンと一緒なら、絶対にマリスの安全は保証されている。ただ、『出し抜きやがって』という思いはどうしてもあるのだ。ファルケンも悪気はないのだから、別にこれがレックハルドとファルケンにヒビを入れる原因にはならないだろうし、当然、レックハルドもとがめだてする気はない。後ろから帳面で頭を一発、はりとばす位はするかもしれないが。

 それよりも、問題はダルシュの方だった。

 王国騎士の身分のある彼は、マリスにも身分的には吊り合っているのである。悪い奴ではないのは知っている。だから、余計嫌な相手なのだ。強敵だと思った。口で勝てるのが唯一の強みだが、力では負ける。

「ダルシュの奴なんて、あの恐い美人の占い師とヨロシクやってりゃいいのに! わざわざマリスさんのところにきやがって!」

 どうせファルケンのやつと辺境に入ったのなら、マリスは無事戻ってくるので心配ない。不貞寝もいいが、時間がもったいない。と彼は起き上がって、帳簿の整理でもしようかとペンとインクを取り出して、そこに広げてみた。最近結構忙しいので、きちんとつけられていないのだ。

 何やら書き出して、数分経ったころだろうか。急に隣に気配を感じた。

 レックハルドは、少し警戒して真横を見る。何かとんでもない動物かと思って怯えたのだったが、そこにいたのは意外なものだった。

「あれ? あ、あんた……」

 横に少女が立っていた。

 緑がかった金色の髪を肩ぐらいまでまっすぐに伸ばした、少し釣り目でちょっと小悪魔的な雰囲気もあるが、まず美少女といっていい可愛らしい子だ。そして、彼女の背にはトンボのように透き通る二枚のはねが伸びていた。

「あんた、まだファルケンといたの。この前、逃げたと思ったのに」

 かわいらしい声だがつんとした感じでとげがあった。

 レックハルドは、そんな事お構いなしに笑いかけた。

「あんた、この前会ったよな? ヒュルカで」

「ええ、そうよ」

 ふいっと顔を背けながら、少女は言った。

「ファルケンの知り合いか? オレは妖精さんがどうだか知らないが、アイツと同じ髪の色だし、辺境の妖精さんだよな?」

 少女は応えない。レックハルドは愛想笑いを浮かべた。

「あぁ、あの時は、色々諸事情があったんだ。あ、でも、ファルケンとはその話はつけたし、べ、別に今度はあいつを利用しようだなんて、……思ってないぜ」

 詰まったのは、そこに(そんなに)という言葉が入っているからだが、ちょっと迷ったのがレックハルドの良心の表れのようである。

「そうだ、ファルケン、呼んでやろうか? 会いに来たんだろ? 大声だしゃああいつは飛んでくるだろうし」

「いらないわよ!」

 少女がきっぱりと突っぱねる。その様子が妙にいらだっているので、レックハルドは怪訝そうに首をかしげた。

「何だよ、そんなにつんつんしちゃって」

「あたしは、人間の助けなんて借りないもの!」

「その言い草は何だよ、あ……!」

 レックハルドは、何となくピンと来るものがあって、にやりとした。

「あぁ、そうか~。なるほどね」

 レックハルドは再び草原に寝転びながら、ペンの軸を口にくわえた。そして、横目で少女を楽しそうに眺める。

「お嬢さんよ、妬けるんなら相手が違うんじゃないか~? オレじゃなくて、ほら、ほかに色々あるだろ? だいったいオレは男だからなあ~。ファルケンの好みって~のは良く知らないが、なんとなく、いそうだよなあ? そういう相手……」

 レックハルドは、横目で少女を見た。ペンをくわえ、左手で頬を支えながら、彼はからかい口調で続けた。

「ファルケンも隅におけねぇなぁ。こんな可愛い子とねぇ」

「な、何よ! その言い方は!」

 少女は、むっとしたようだった。

「気に障ったら謝るけど、だってホントの事だろ?」

 レックハルドは、別にこたえない。にやり笑いを続ける。

「どういう意味?」

「つまりだな、あんたが、ファルケンの事好きだから、オレとつるんでるのも妬けるんだろ?

「違うわよ!」

 少女は激しく否定した。

「あんな、とろい奴、大っきらいよ!」

「だーったら、どうして、ヒュルカまで追っかけてきたんだよ? あんな都会までやってきたら、人に姿を見られちまうかもしれねえのに」

 レックハルドはにんまりとした。

「心配だったんじゃないのか?」

「何言ってるのよ!」

 少女は、顔を赤くしながら怒った。それがまたレックハルドの思惑通りなのだが。

「ファルケンのやつ、意外ともてるんだネェ。まあ、顔はいいからな。アイツに恋がわかるとは思えないが……、お嬢ちゃんもアイツが初恋なのかい?」

「コイ? 何それ?」

 少女は、初めて敵意以外の表情を見せた。本当に意味がわかっていないらしく、純粋に首をかしげているのだ。

 レックハルドは、思わずあっけに取られた。

「え、な、なんだ、知らないのか?」

「何よ? ……知らなかったら悪いの!?」

「ん、い、いや。別にそんなわけじゃないが……」

 レックハルドは漠然とファルケンがわけのわからない恋愛観を語っていたのを思い出した。それは、別に彼が特殊だからではないのかもしれない。辺境の者達は、もしかして皆このようなのだろうか。

 そう考えている間にも少女は、怒りをふつふつとわきあがらせていった。

「やっぱり、大嫌い! あんたなんかどっかいっちゃえばいいんだわ!」

「あぁ、行っちゃっても良いけど~」

 一反弱点さえつかめば、レックハルドは強気である。大体、彼はこういう素直ではない子がなんとなく得意だ。自分も割とひねくれているので、ある意味相手にして楽なのだ。

「ファルケンは、もっとおとなしい子が好みだと思うぜ? おしとやかに振舞ってればもっとカワイイと思ってもらえるんじゃねえ?」

「その目は何よ! やめなさいよ!」

 少女は、怒るがレックハルドは平気でにやにやしている。

「怒ると余計可愛いねえ~。ファルケンとの馴れ初めでも聞かせてよ」

 少女が何か怒鳴ろうとしたとき、ふと、彼女が怯えた素振りを見せた。その様子に何事だと、レックハルドも視線を追う。そこには、何か見覚えのある人影が立っていた。

 金色の髪をして、背が高い男だった。

 

 

 レックハルドが妖精の少女をからかっていたころ、ダルシュもまたふてくされていた。

「くー! あの商人野郎!」

 がっと地面の土を荒々しく蹴り上げながら、ダルシュは吐き捨てる。

「やっぱり助けてやるんじゃなかった! 見直してしまったオレがあまりにも馬鹿だ! ちきしょう、不覚だ~~!」

 この前の事を思い出し、ダルシュはぶつぶつと文句を言う。

「しっかし、あの狼野郎とマリスさんは何処へ行ったんだ? いくら、狼人が一緒って言っても、森の中は危険だってーのに!」

 ぶつくさ言いながら、危険な棘のついた植物の葉を半分無意識に剣でばさりと払いのけ、足元に絡んでくる食虫植物のつるを踏みつけて蹴散らす。ダルシュは確かに強かった。普通の人間と比べても、強すぎるほど強い。本人がどれほど自覚しているかはわからないが、その強さはある意味では異常だった。

 だからこそ、彼にこの役目がまわってきたとも言えるのであるが。とにかく、彼がたやすいと思いながら、かわしているこの危険は、普通の人間にとっては命取りになるものばかりなのだった。辺境を普通の人間が歩き回ることは、それこそ命にかかわることなのだ。

「ん?」

 ダルシュは不意に足を止めた。そこに、ほかならぬマリスとファルケンが立っていたからである。

「あ、いたいた! なんだ! こんな所にいたのか!?」

 ダルシュは声をかけて、二人の方に駆け寄った。気づいて、ファルケンがダルシュの方を振り向く。妙に元気がない。ダルシュは怪訝に思って首を傾げた。

「おい、どうした?」

「ダルシュさん」

 マリスが声をかけた。

「これ、何だと思います?」

「え?」

 マリスが地面を指差すので、ダルシュは目を落とす。そして、小さく口を開けた。

 半径五メートルほどのサークル状に草がすっかり枯れ、土がむき出しになっていた。他のところは、辺境の生命力の強い草が恐ろしく生い茂っているのにもかかわらず、その場所だけ草が枯れてしまって、もはやほとんど前の姿をなしていない。その差は歴然としていて、異常だった。

「な、なんだ、これは?」

 ファルケンはさっとしゃがみこみ、土に走る線のようなものを指でなぞった。そして、少し眉をひそめる。

「魔法陣だ……。多分、何かここだけに草を枯らせる、何かをしたんだと思う」

「ま、魔法陣?」

 ダルシュが、素っ頓狂な声を上げる。

「魔法陣って、魔法使いとかそういうのが使うとかいうあれか?」

 ダルシュが尋ねると、ファルケンはゆっくりとうなずいた。

「そんな感じのものだけど、厳密にいうとちょっと違う。でも、……これは狼人がやったものだ」

「おいおい、魔法なんて存在しないって言ってたじゃないか?」

 シェイザスにそんな事を聞かされた事のあるダルシュが声を上げた。

「狼人の中には、そういうことをやれる奴らがいる。オレは無理だけど」

 といって、ファルケンは立ち上がった。

「なんていえばいいのかな、えっと、狼人にも色々あるんだ。例えば、スーシャー……、えーと、みんなの言葉でいうと司祭っていう人達とか。オレたちみたいなのは、兵隊ビーティアっていって、下っ端だからともかくなんだけど。司祭スーシャーっていう人達は、自然を操る力を持ってるものなんだ。狼人と妖精で全部で十二人しかいないんだけれど、人間から見ると魔法としか言いようのない力を使えるんだよ」

「じゃあ、その十二人の人達の誰かがやったんですか?」

「それが……」

 ファルケンは顔を曇らせる。

「何だよ?」

「……普通、司祭 (スーシャー)は、こんな辺境の外側に接する場所なんかに来ないはずだし、それに辺境を壊すような事はしない……はずなんだ。こんな草を無理に枯らせるみたいなこと……」

「じゃあ、誰がやったんだ?」

 ダルシュが訊くが、ファルケンは首を横に振る。

「わからない。けど、オレが思うには……」

 ふと、ぎくりとしたような顔をしてファルケンは剣を抜き、抜き打ちに宙を払った。

「な、何するんだ!」

 ダルシュが慌てて、マリスを後ろに反身の剣を抜きかける。ファルケンの行動は、いきなり二人に斬りかかったものだと誤解されても仕方のない行動だった。

「お前、どっかおかしくなったのか?」

「違う!」

 ファルケンが今までに無い厳しい声で言ったので、ダルシュは思わず言葉をのむ。ファルケンは続けて周りを探るように目を走らせた。それは、明らかに狩人の目つきだった。

「何かいる! 気をつけろ!」

 そういったとき、地面が少したわんだような気がした。悪寒を感じてダルシュが思わず飛びのいた。

「な、なんだこれは!」

「ここから離れた方がいい!」

 ファルケンは、マリスの手をとって彼女を枯れた草のサークルから下がらせる。

「!?」

 ダルシュの目に、微かに何かもやのようなものが、ぐわりと頭を地面からもたげるのが見えたような気がした。先程ファルケンが剣で払おうとしていたのも、どうやらそれのようである。

「な、なんなんだよ! これは!?」

 やがて、それが何かの形を成しているらしいことがわかってくる。微かに見える程度の形が、あまりにも異様なので、ダルシュは顔をしかめた。それは、辺境のおかしな獣達よりも、草木たちよりも、どれよりも化け物じみていた。

「ど、どうしたんですか?何が見えてるんですか?」

 何も見えていないらしいマリスが、おろおろしながら訊いた。二人の男には、彼女の問いに答える余裕はなかった。

 

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