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辺境遊戯・改訂版  作者: 渡来亜輝彦
第四章:契約
19/98

4.決別

「ザメデュケ草、っていったっけ」

 レックハルドは、決してファルケンに顔をあわせないように訊いた。

「あれって、お前はあれをほかの薬草と一緒に売ったりするか?」

「え?」

 レックハルドは、先程からずっと無言だった。何か話しかけても返事が上の空で、ファルケンも黙り込んでしまっていた。そんな彼からいきなり尋ねられた質問の意味を、ファルケンは図り損ねていた。

「あぁ、あれは、特別だから、あまり外には出さないんだ。一つ間違えたら、命に関わるような劇薬系の薬草は、どうしても必要な人がいない限りは、持ち出さないってきまりだからな。他にも、あまりよくない草とか、毒薬とかも、持ち出してはいけないんだ。だから、オレは売ったことがないよ」

「そ、そうか」

 レックハルドが、やけに肩を落とすので、ファルケンは首をかしげた。

「どうしても、あれがいるのか? あれは少しならいい効果がでるから、病気の人にはいいんだよ。もし、どうしてもっていう事情があるなら、持ってきてあげてもいいけど。他の薬草とうまく調合して使えば問題はないからな」

 ファルケンがそう気をつかって優しく言うのが、レックハルドにはたえがたい苦痛だった。ああ、やはり、コイツは何もわかっていない。オレが一体何の目的でそう尋ねたのかも。

「”きまり”っていったよな? それを破ったらどうなるんだ?」

「あぁ、えっと」

 ファルケンは、少し言いよどむ。

「むやみやたらに人に教えたら、そりゃあ、その、……ちょっとだけひどい目にあうかも」

「ちょっとだけってどういうことだ?」

「軽い罰なら、しばらく、辺境に入れなくなったりとかするかな。精霊の怒りを買うかもしれないから、そうなると、ちょっとややこしいことになるけど……」

 ファルケンは言いづらそうにあいまいに言ったが、それでも意味はわかる。

 ファルケンの言う罰というのはよくわからなかったが、とにかく、森にはそこのルールがあることを、レックハルドはもうすでに理解している。

 彼が彼の世界のルールに未だに束縛されるのと同じで、ファルケンにはファルケンのいた世界のルールがある。ファルケンがはっきりと明言をさけたのが、その罰とやらがかなり過酷であることの裏返しだった。

「でも、レックは理由があって欲しいんだろう? 誰か、困っている人でもいるんだろ? それなら……」

 優しく笑いながら、彼は言った。

「いや、なんでもない。そ、そんなんじゃないんだ」

 レックハルドは、目を閉じた。ファルケンは怪訝な顔をしたが、まぁいいかとばかりに気に留めずに明るく続けた。

「それならいいんだけど。でも、必要ならいつでもいってくれればいいよ」

 オレが取ってきてあげるからな。と付け加えるファルケンの言葉を、レックハルドは、もうほとんど聴いていなかった。

(どうしたらいい?)

 レックハルドは、自問自答を繰り返す。

(ファルケンにあんな事をさせて、しかも、あいつがひどい目にあっても、オレは、それでいいのか?)

 命は惜しかった。

 だが、辺境をあんなに好きだと言っているようなファルケンに、そんな汚い真似をさせるなどと考えると、レックハルドの心も激しく揺らいだ。真実を知ったとき、ファルケンはどんな顔をするだろう。軽蔑するだろうか。それとも……。

 それに、仮にレックハルドが助かったとしても、どうやら今度はファルケンのほうがひどい目にあうらしい。そこまでして逃げ延びたとして、その後、マリスに近づいて幸せになどなれるものだろうか。

(だとしたら、どうしたらいい?)

 頼りになるのは、自分だけしかいない。常にそうだった。彼はそれでいつも、切り抜けてきたはずだった。それだというのに、どうも自分は相棒なんてもってしまったものだから、こんな風に弱くなってしまったのか。いつもなら迷うこともなかったのに。

(二人とも、無事に逃げ延びるには、どうしたらいい?)

 本当は、考えなくても良かった。レックハルドには一つの結論が出ていたのだ。ただ、それに気づくのが嫌だった。わざとそれを避けていたのだ。

 その方法は一種の賭けだった。上手くいっても一つを失い、下手をすると全部を失う。

(下手をすると、マリスさんとももう会えないし)

 一筋の恐怖が、レックハルドの背筋を走り抜けていく。

(それに、もう、こいつとも……)

 レックハルドの後ろには、ファルケンが心配そうな顔をしながらついてきていた。

(せっかく……)

 そう思うと、寂しかった。

(せっかく、いい奴だと思ったのに……)

 選択の余地はない。

 わかっている。わかってはいるのだ。だから、レックハルドは、ファルケンの顔をまともに見られなかった。

 ファルケンを利用したとしても、しなかったとしても、どちらにしろ彼は深く後悔しなければならない。仕方がなかったのだ。

 

 ファルケンの方は、やけにレックハルドが無口になったので、正直どうしたものかと彼の様子をうかがっていた。

 あれ以降も話しかけるが、ろくに返事も返ってこない。本当にどうしたのか、と心配して、どこか気分が悪いのか? ときくが、それすら返事をしてくれない。

 ファルケンは、妙な不安を感じた。というのも、彼はレックハルドの心が、不安と悲しみと恐怖で満ちているのを感じ取ったからだった。彼には、他人の心の動きがわかる。それは、彼らの種族の多くのものが持ち合わせる能力でもあった。

「なぁ、なんで黙ってるんだよ?」

 ファルケンは、優しく尋ねた。

「なにか、心配な事があるなら、オレも相談に乗るよ?」

 レックハルドの反応はない。どんどん先に歩いて行ってしまう。人はほとんど居なかった。人間の多い大路から外れた場所を、わざわざ選んでいるという感じだった。商売人として、景気などを見るためもあって、いつもにぎやかな場所を歩くのが好きなレックハルドにしては珍しいと思った。

「それとも、何か、あったのか? なぁ、……レック?」

 ファルケンが訊いたとき、いきなりレックハルドは彼のほうにすばやく振り返った。その顔には、苛立ちのようなものが浮かんでいた。 

「うるせえな! いつまでオレについてきてるんだよ、この馬鹿野郎が!」

 突然、レックハルドに罵声を浴びせられて、ファルケンは驚いて立ち止まる。レックハルドは、振り返って更に激しく彼をののしり始めた。

「大体な、そもそもオレはお前みたいなヤツは一番嫌いなんだ! それをのこのこのこのこ着いてきやがって!」

「い、いきなり、どうしたんだよ?」

 ファルケンは、レックハルドの剣幕に困惑した。

 しかも、この剣幕には違和感があった。何ともいえぬ、違和感のようなものだ。だが、それに気を取られる暇はファルケンにはなかった。彼にとって、レックハルドの態度の豹変は、ある一定の可能性を指し示していたのであるから。

「いきなり? お前、自分のやった事に覚えがないって言うのかよ! へえ! お前、案外、ずうずうしいんだな!」

 ぎくり、としたようにファルケンが一歩、後退した。

「レック、もしかして、オレのこと」

「オレに正体を隠してたんだろ! お前は! ……わざと!」

「レック、知ってたんだ……」

 ファルケンは、少しうつむいた。

「あぁ、さっきわかったんだよ! オレをずっと騙してたくせに! それに、嫌いなんだよ、辺境なんて! あんな気持ち悪い土地なんて! 無理やり連れてきやがってさ! お前なんかと関わるんじゃなかった!」

「そんな、だ、だって今までは……」

(レックだって、辺境が好きだといったじゃないか。)

 あの言葉に、嘘はなかった。怖がりながらも、レックハルドは辺境にも適応していたし、素直に驚いてもいた。その反応を見たレックハルドは、慌ててこう付け加えた。

「何だよ! 気持ち悪いんだよ、いい加減ついてくるなよ! お前みたいな、……ッ、化け物とな、一緒にいると思うだけで鳥肌が立つんだよ! 人間でもないくせに、人間のフリしやがって街中なんかに出てくるな!」

 何度も昔から彼に浴びせかけられてきた言葉が、同じようにかけられる。ファルケンの心に、昔、彼と旅をした仲間達が順々に浮かんでは消えていった。みんなそうだった。自分の正体を知るたびに、恐れおののき罵りながら去っていった。

 結局、レックハルドも彼らと変わりなかったのかもしれない。今まで、一番、彼に優しくしてくれたのに……。

 ファルケンは、どうしたらいいのかわからなくなり、視線をそらした。それでも、はじめに正体を明かさなかった自分も悪いと思った。だから、彼は謝った。目があわせられなくて、彼はうつむいたまま静かに言った。

「ごめん……、レック」

「あ、謝ってすむ問題じゃないだろ!」

 レックハルドは声を荒げたが、それはどこかわざとらしかった。

「出て行けよ! この化け物! 辺境に帰っちまえ! ……に、二度と……」

 レックハルドは不意に声を詰まらせた。だが、彼は最後まで、その言葉を言い切った。

「二度と、オレの前に現れるな!」

 ファルケンは、黙ってレックハルドを見た。決して、彼は涙を浮かべなかった。ただ、無理に表情を作って、顔をあげて笑って見せた。

「……い……」

「?」

 ファルケンはなんとか微笑むと、わずかに頭を下げた。 

「今までありがとう、レック……。『大地の女神と黄金の祝福があなたにありますように』。どうか、元気でな……」

 レックハルドは、はっきりとおどろいた顔をした。

 ファルケンの態度にではない。ファルケンの言った言葉に対してだった。ファルケンの言った『大地の女神と黄金の祝福』という言葉は、レックハルドの故郷の人間の使う、彼らの別れの挨拶の言葉であり、明らかにカルヴァネス語ではなくマジェンダ草原の古い言葉だった。

「じゃあ、……オレは……行くから」

 ファルケンは、そういうと、もう一秒もここに居られないような顔をして、慌てたように振り返った。そして、そのまま、風のように走り去る。向こうの方に、どんどんと彼の姿は小さくなっていく。埃っぽい道の向こうをひたすら走っていく。

「……あ、おい……」

 レックハルドは思わず呼び止めそうになったが、慌てて手を引っ込める。レックハルドは、少しうつむき、そしてこぶしを握り締めた。かすかにこぶしが震えていた。

 ファルケンの姿が、町の向こうに消えていく。レックハルドは、それを見ないようにして向き直ると、俯いて足を進めた。

 わざと人通りの少ない道を選んだのもあって、彼らの『喧嘩』に目を留めるものはいなかった。全て、計算どおりだった。道にはやはり誰も居ないのだった。

 この場所なら、彼の正体がばれたところで騒ぎにならない。

 これでよかったのだ。そう思ったとき、不意に上の方から、声が聞こえた。

 それは、少女の甲高い怒りの声だった。

「なによ! 今まであんなに持ち上げてたくせに!」

 はっとして、上を見上げる。レックハルドは、細い目を少し大きく見開いた。

「え? な、なんだ?」

 そこにいたのは、かわいらしい少女だった。

 陽光で虹色にハーレションを起こす羽と不思議な素材で作られた衣服。

 大きな目に、敵意が見て取れた。緑色のかかった金髪をなびかせて、少女は空の上で止まっていた。空に浮かんでいたのだ。

 信じられない状況に、レックハルドはしばらく意識をとられた。

「結局捨てるのね? あいつに助けられておきながら、恩知らず!」

 少女は厳しく彼を責めた。その意味を知って、レックハルドはハッとする。

「ちょ、ちょっと、何を言って。あいつって、まさか、あんた、ファルケンの……」

 少女は黙って、彼を睨んでいる。

 レックハルドは不穏な雰囲気に気付いて怯えた。

 宙から響く声に気づいたのか、道の向こうを歩いていた数人がこちらの方に向かって歩いてきた。それにも、少女は気づいていないようだった。

「あんたなんか、大嫌い!」

 少女の体がかっと閃光に包まれた。途端、空中に火花が飛び散った。

 レックハルドは慌てて、地面に伏せた。バチバチバチという激しく火花が飛びちる音が響き渡った。

「わああ!」

 レックハルドは思わず頭を抱えた。が、彼の体に電撃は走らなかった。代わりに、周りにいた男達が、意識を失って倒れている。レックハルドは顔を上げた。

 彼だけが、無傷で取り残されていた。驚いて、レックハルドは周りを見てから、少女の方を見上げた。

「しまった。守りを持っていたのね。守護輪シールクルリークのことを忘れてたわ」

 ちっと舌打ちし、少女はふわっと上昇したが、きっと彼に憎悪の目を向けてこう一言言い残した。

「あんたのこと、許さないからね!」

「あ、おい! 待て!」

 レックハルドは、手を伸ばした。少女は、ふっと消えてしまった。空気の中に溶け込むように。

「だ、誰だ。あの子……、飛んでたし、羽根が……」

 羽があるから、もしかしたらあれが辺境の妖精かもしれない。

 ファルケンのことを言っていたようだし、彼の知り合いだろうか。

 レックハルドは、冷静になって周りを見回した。地上を走る電撃に当てられたのか、あちらこちらで人々が倒れていた。命に別状のあるようなものではなかったらしく、皆、そろそろと起き上がっては、何事が起こったのか、とばかり不審そうな目を誰も居ない空中にむける。

 注目されては困ると思い、レックハルドは、すばやくそこから抜け出して、近くの路地裏に潜んだ。

 しかし、どうして、自分だけが無事だったのか。あの少女は、確かに自分を狙っていたのに。

「な、なんなんだ」

 手を上げた拍子に右手がじゃらりと響いた。それに目を落とす。ファルケンのお守りがそこにかかっていた。銀色の金属板が、太陽の光をうけて光った。レックハルドは、はっとしてそれを手からはずした。

「まさか、ホントにこれが……?」

 そういえば、先程の少女も『守り』と言っていた。ファルケンが彼にこれを渡したのは、単なるゲン担ぎでも贈り物でもなかったのかもしれない。そういえば、この前に辺境の中で謎の男に襲われたとき、突風の中、自分だけが平気だった。

 レックハルドは、その場に座り込んだ。泣きたいような気分だった。右手にそれをはめなおし、レックハルドはうつむいた。

「結局、また、お前に助けられちまったなあ」

 レックハルドは、近くにいない相棒に呟いた。

「オレだってよ……」

 レックハルドは、頭を抱えた。

「オレだって、……あんな事言いたくなかった……」

 レックハルドの声は、ひどく小さかった。

「ちっとひどく言い過ぎたよ。……許してくれなくていいぜ」

 レックハルドは立ち上がり、ひどく寂しそうな顔を、ファルケンの去っていった方に向けた。

(あばよ、ファルケン。お前にも、大地の女神と黄金の祝福のあらんことを)

 レックハルドの心は決まっていた。

 もう、これ以上、この街には居られない。顔を上げ、彼は走り出した。

 この街から一人そっと逃げ出す。奴らに気づかれないように、すばやく。それが自分たちを救う唯一の手立てだ。

 

 *


 ファルケンは、落ち込んだまま歩いていた。

 レックハルドとの旅は、とても楽しかった。こんな日々がずっと続けばいいのだと思っていた。

 だが、結局、今までの皆と同じだ。それはある日突然壊れてしまう。

 けれど、今日は何かすっきりしない。いつもと明らかに違った。

「なんで、レック……。あんなに悲しそうだったんだ」

 彼は、他人の心の動きがわかる。

 今まで去っていった人間は、怒りや憎悪、軽蔑を彼に向けた。それなのにレックハルドは、本当は怒ってなどいなかったのだ。彼の心には、いっぱいに悲しみだけがあふれ返っていた。

 それなのに、彼はひどく辛辣にファルケンを罵った。一番彼を信頼してくれたレックハルドにそんな風に言われたのが衝撃的で、とても悲しくて、ファルケンはその場にいられなくなっていたが、――レックハルドは何故あんなに悲しそうに彼をひどく罵ったのだ。

「どうして……?」

 ファルケンはつぶやいた。考えてもファルケンには、その矛盾が解決できなかった。

「ミメル、オレにはわからないよ」

 ファルケンは、奥歯をかみしめた。

 悲しみと戸惑いで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 だが、決して涙を浮かべなかった。泣けば負けだと思った。本来は幼い彼は、表面上だけでも大人になろうと思った。その為にけして泣かないと誓ったのだ。何があっても――。

「お! どうした?」

 いきなり、声をかけられ、ファルケンは少し顔を上げた。そこには、ダルシュの日に焼けた顔がある。どうやらダルシュは、空いた時間街の中をぶらぶらして遊んでいたらしい。手に食べかけの果物が握られていた。

「よう、また、あったな?」

 ファルケンは、こくりとうなずいた。ダルシュは、怪訝な顔をする。先程とは随分と様子が変わっているのでおかしいと思ったのだ。

「どうした? ずいぶん元気ないな」

「あ、ああ」

 ダルシュは、あたりを見回した。

「一緒にいる、あの性格悪そうな商人はどこ行ったんだ?」

 ファルケンは応えない。

「……オレが、悪いんだ」

 ぼそりと彼は言った。

「何だって?」

 ダルシュは、瞬きをした。

「意味がわからなかったぞ。もう一度言ってみな」

「オレが、レックに全部話さなかったのが悪いんだ。それだけ……」

 悄然とつぶやく彼に、ダルシュは首をかしげた。

「なんだあ? お前、もしかして、狼人ってえのがばれたのか?」

 びくりとして、ファルケンは顔を上げた。警戒に満ちた視線に気づいて、ダルシュは、少し愛想笑いを浮かべて首を振った。

「あぁ、オレは、別に他の連中に話したりなんかしないぜ。落ち着けよ。誰もきいてねえし」

「そうか。みんな知ってるんだな」

「まぁ、知ってる奴はな」

 ダルシュは曖昧に答えて、それから話を戻す。

「でも、あいつ、お前の正体知ってから逃げちまったんじゃないだろうな?」

「レックは悪くないよ」

 ファルケンは首を振るので、ダルシュは、いらだったような表情をした。

「何言ってるんだ! あのなぁ、お前とあいつならどっからどうみても、あいつの方が悪い事してるんだよ! どう考えても、あいつのがお前をだましてたんだぞ」

「オレが自分のこと黙ってたのが、悪いんだ。だから……」

 ファルケンが、冷静に説明しようという素振りをみせたが、気の短いダルシュは話など聞かない。

「あーっ! じれったいな!」

 ダルシュは、持ち前の正義感を爆発させる。

「こういうときは、確実に逃げた奴の方が悪いんだよ! ちょっとあの辺で待ってろ! オレがとっ捕まえて、話させてやる!」

 考えるよりも行動のほうが早いダルシュは、言いながらもう駆け出してしまっていた。

「あ! ダルシュ! 待って!」

 ファルケンは、止めにかかるが、ダルシュはすでにかなり走っていってしまっている。振り向きながら大声で呼びかける。

「いいか! しばらく、そこで待ってるんだぞ! いいな!」

 そういうと、ダルシュの姿はすぐに向こうの方に消えてしまった。

「そんなこと、……レックに悪いよ。レックだって……」

(もしかしたら、何か事情があったかもしれないのに……)

 といいかけて、少しうつむいた。ファルケンには、まだ彼の心と言葉の違いの理由がわからない。

「オレも、人間のみんなと同じように、体と心がいっぺんに大人になればよかったのに。そうだったら、レックの言葉もわかったかなあ」

 ファルケンは、小声で呟いた。

 きっと、わからないのは自分が『子供』なせいだ、とファルケンは思った。周りを楽しそうに歩く人間達がとてもうらやましく思えた。

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