【中国】人を喰らう虎①
旅立ちを決心した私は、スーツケース1つを持って成田空港に向かった。
空港のエントランスで、
「今からすぐに搭乗できる国際線はありますか?」
と、尋ねたところ、上海浦東国際空港行きの便ならすぐに乗れるとのことだったので、その場でチケットを買った。
飛行機が離陸し、日本の大地から離れるとき、なんとも言えない安心感が私をつつんだ。
上海に着いた。私は、現地で原付バイクをレンタルし、思うままに3千年の歴史を持つ中国を旅した。
気づいたら、日が沈み、原付バイクのガソリンも切れ掛かっていたので、最寄の村で一泊することにした。
小さな村だった。おそらく人口100人程度で、コンビニやホテルもなさそうだ。
私はその村で一番大きな家を訪ねてみた。インターフォンもないのでノックしてみる。
「ごめんくださーい!」
すると、ドアが少し開き、中から恰幅のいい初老の男性が顔を出した。
「やあ、旅人かい?」
私は、中国語で答える。
「はい、日本の東京からやってきました。世界を巡る旅をしています」
「そうかい、そうかい。はるばるよく来たね。今日はうちに泊まっていきなさい。この村にはホテルはないからね。私はこの村の長の烈だ」
村長は、にこやかに私を招きいれてくれた。
その晩、村長の奥さんが作ってくれた中華料理をたくさんご馳走になり、大きな露天風呂に村長と一緒に入り、村の歴史や文化を話してもらった。
「この村は上海から南に54キロメートルほど離れた場所にあってね、古くから東南アジアと上海を結ぶ重要な交易地だったんだ。」
村長は、夜空に浮かぶ満月を見ながら語った。
「あなたは、そんな重要な交易地の割りに全然栄えてないじゃんって思ったかい?」
「ええ。少しだけ。何か理由があるのですか?たとえば政府から開発を規制されているとか」
私が遠慮がちに尋ねたところ、村長の顔からほほえみが消えた。
「…出るんだよ」
「出る?」
「人喰い虎が」
この村の周囲は密林に囲まれており、ここに人喰い虎が住んでいるというのだ。毎年、30人から40人ほどの人間がこの人喰い虎の餌食になっているという。
そして、村長は私の両手をがっしりと握り、顔をまっすぐに見つめ、こう続けた。
「旅人よ、村には古くからこんな言い伝えがあるんだ」
満月の夜、日出づる国より旅人来たる
その旅人丁重にもてなすべし
その者、人喰い虎を退治する救い主なり
3行の言い伝えにより、私は、村長に丁重にもてなされ、翌朝、村人の期待を一心に背負い、スーツケースを片手に、密林へ向かった。




