ベルナルディーナ姫の願望
「ベルナルディーナ姫、どうしてこんなことを?」
わたくしを見つめながら、最愛の方がいたましそうに眼を眇めました。
どうして? ──そんなこともわからないんですか? わたくしが、愚かにもなぜこんなことをしでかしたのか、その理由を、他でもない貴方がお尋ねになる?
伝わらない想いが悲しくて、わたくしはうっそりと嗤いました。
「エドアルド様──わたくしは謝りませんわ。こういう結末になるのはわかっておりましたから」
「ベルナルディーナ! お前は、なぜ──」
エドアルド様へ笑ってみせるわたくしへ、焦れたようなお父様の声が降りかかります。見れば憔悴した様子のお父様の姿が目に入ってきますが──ごめんなさいね、お父様。わたくし、後悔しておりません。もとよりうまくいくとは思ってはいなかったんですから。
「ごめんなさい、お父様。それで、わたくしはどうなるのかしら? 斬首? 幽閉? それともどこかへ嫁がされるのかしら? なんでもよろしくてよ」
「お前は──」
強情なわたくしに、お父様はうなだれました。申し訳ないとは思いますが、しでかしてしまったことは取り消せません。
「ねぇ、あの方は亡くなったんですの? あの──栗毛のおとなしそうな方」
「彼女は生きている」
「そう──それはよかったですわね。不幸中の幸いというわけですね」
わたくしは殺そうとした少女の姿を思い出しました。おとなしそうで、地味な印象の少女。あの娘と身分を超えるほど仲のいい、ただそれだけの価値しかない平凡な少女。彼女が死ななくてよかったと胸をなでおろす自分もいるし、反対になぜ死ななかったのかと唾棄する自分もいるのがおかしくて、くすりと笑みを漏らしてしまいます。
「さあ、お話は終わりにいたしましょう。連れて行ってくださいな。わたくし、どこへでも参りますわ。チェツィやお母様、イルデブランドにはお父様からよろしくお伝えくださいまし。こうなってしまってはもう会えませんから」
あの方の目に映る最後の姿がみっともなくてはいけないと、わたくしは背筋を伸ばして、できうる限りの綺麗な笑顔を浮かべました。
「ベル……」
そんなわたくしの姿に、あの方は呼びなれたわたくしの愛称を口にしてくださいました。ベル。幼い頃はそうやってわたくしを呼んでくださいましたね。そして今回この国に来て、今初めて呼んでくださった。あの娘が隣にいるときは、決して呼んでくださらなかったわたくしの愛称。
湧き上がる喜びをそのままに、わたくしは笑顔のまま、あの方を詰ります。できるだけ深く、傷をつけるように。
「すべては貴方のせいです。貴方が、わたくしを選ばなかったから。さようなら──エドアルド様。貴方を心から愛しておりましたわ」
さようなら、最愛の貴方。
わたくしはエドアルド様を振り切ると、やってきた近衛兵に連れられて部屋を後にしました。
「ベル!」
あの方が呼び止める声が聞こえましたが、わたくしは振り向くことをいたしませんでした。
ねぇ、エドアルド様。
なぜ、と貴方は問いましたね。
なぜ──なぜかって? 貴方のもとへ嫁げなかったからに決まっているではないですか。
これは、幼い頃からの思慕を、叶えられる直前で断ち切った貴方やお父様への復讐でもあります。
貴方を奪ったあの娘の、大切なものを奪ってやりたかったためでもあります。
そして──ここまですれば、わたくしという存在は、貴方の中で忘れられないものになるでしょう? 貴方があの娘と結婚しても、単なる婚約者候補のわたくしは忘れられてしまうかもしれません。想いが叶わない上に、貴方に忘れ去られてしまうなんて、わたくしには我慢できませんでした。貴方の中に、一筋の傷としてでも残っていたかった。
すべては貴方のせいです、エドアルド様。貴方が、わたくしを選ばなかったから。
だから貴方がわたくしではなくその娘を選ぶというなら、せめてわたくしという娘もいたのだということを覚えていて。
貴方に恋い焦がれた挙句、叶うかと思っていた婚姻が駄目になって、自棄になって全部を投げ出してしまった愚かなわたくしの存在を。
世界の平和より、国の存続より、わたくしにはその方が大切だったのです。
天晶樹が浄化されなくてもいい。叶うならあの娘──聖女マリアこそ殺してやりたかった。さすがにできなくて、あの娘がべったりとくっついていた少女を狙ったけれど、本当ならこの手であの娘を殺して、貴方に憎まれたかった。
憎しみでもいいから、貴方から強い気持ちを向けられたかった。嫌われてでも、貴方の記憶に残りたかったのです。
そんな浅ましい、わたくしの願い。