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切ない1人。

「おはようございまーす。」


 麻衣が元気よく,オフィスの入り口で挨拶する。

 続いて諒助も,小さく挨拶した。


 何せ常日頃から周囲に関係を疑われている2人だ。2人で一緒に出勤して,しかも諒助は昨日と同じ服装だ。

 バレないわけがない,という諒助の必死の交渉も虚しく,結局仲よく出勤だ。


 さすがの諒助でさえ,周囲の視線を感じてしまってどうしようもない。


 岡田とは部署が違うため,オフィス内でのデスクも遠い。デスクとデスクの間の通路の途中で別れる。


 諒助が席に座って間もなく,諒助の上司が飛んできた。


「柴木くん,これはどういう事だ?!」


 突きつけられた紙をみて,諒助の眠気と憂鬱が吹っ飛んでしまった。


「こ,これ,杉浦に任せたヤツですよね」


 すぐさまプリントを受け取り,向かいに座る杉浦に「ちょっとこっち来い」と声をかける。

 昨日の事を恥ずかしがっている余裕などない事態なのだとすぐに察した杉浦が,慌てて諒助の前に立つ。


「お前これどうすんだよ。」


 諒助が杉浦に突きつけた紙は,新しく進めようと諒助の部署がはじめとなって行っているプロジェクトに必要なサンプルの発注書だ。


「ココッ!何回も確認させただろ!?

 俺昨日正確に数書いた紙をお前に渡したよな?どうして・・・・!」


 諒助に怒鳴られている杉浦は半泣きだ。

 だが庇う者はいない。


 今日はそのプロジェクトを成功させるにあたって,協力が絶対不可欠である大手企業のお偉いさんが夕方の3時から集まり,諒助をはじめとする部署の数人で,そのプロジェクトの説明会を行う予定だ。


 詳しいことは置いておいて,それにはとにかくトマトケチャップが2万個必要だった。

 しかし,昨日杉浦が発注したケチャップの数は,1万8千個だった。2千個たりない。


「・・・・俺昨日最後の最後まで確認して,合っているから送れ,って言ってから会社出てったよな?後は送るだけだったハズだろ?」


 諒助はジロリと杉浦を上目使いで睨んだ。

 もともと顔の整った男の睨み顔とは,すくみ上るほどの威力があるものだが,諒助は特別目つきが悪い。

 そして極め付けのセリフが,


「俺は最低限の仕事すらまともに出来ねえようなやつが一番イラつくんだよ。男でも女でもな」


 杉浦が泣き出したのが合図のように,オフィス内の社員たちが一斉に事の処理に当たり始めた。

 指揮をとらなくてはならないのは,当然,ミスをした杉浦の教育係である諒助だ。


「河辺!おまえは部下数人連れて余ったケチャップねえか工場に交渉しに行け。俺と若林さんと福島さんと相沢と岡田と杉浦はその辺のスーパーとかコンビニで,とにかく△△社のケチャップを買いあさる。各自お願いします!」


 もともとこのプロジェクトは,優秀な若手を集めて進めていたため,部署はちがえど,瞬と麻衣も一員だった。

 諒助の声を合図に,全員が動き出した。

 まだ泣きやまない杉浦の腕を引っ張って連れ出したのは,瞬だった。


「女性1人だと荷物を多く持てなくて効率が悪くないか?」


 一年先輩である若林にそう言われ,諒助が指示を出しなおす。

「では女性は誰でもいいから男とペアを組んで大き目のスーパーへの交渉役として付いていくこと。おそらく小規模な店なら喜んで売ってくれるでしょうが,大きい店は渋るでしょう。」


 するとすぐさま瞬が杉浦に声をかけて,2人で走ってオフィスを出て行った。

 一歩遅れて,麻衣が諒助に目配せし,2人でオフィスをでた。


 

 

 諒助たちが3件目の店をまわったときにはすでに合計800個集まっていた。

 自分たちが集めた個数は,その都度本社で待機している部長へメールを入れる,というシステムだ。

 河辺一行は,工場への交渉へあたっているものの,なかなか渋られているらしい。


 「あと1千200ね・・・。」

 「リミットは準備の時間を入れても,せめて2時ってとこだな。あと4時間か・・・」


 会社に備え付けられている車4台をフル活用だ。そのうちの一台を使って移動をしている。


「工場の方は,少し高くしてもいいなら千個くらい特別に回してくれる,っていってるんでしょ?」

「それが少しくらいなら喜んで払うがな。残念ながら少しどころじゃない。」

「・・・・倍くらい?」

「そんなもんだ。」


 車移動中は唯一気が抜けると言っていいだろう。


麻衣はハアーと大きくため息をついた。


「それにしても,やってくれちゃったわね,杉浦。」

「・・・・全くだ。」


「でもさ,あんたに怒鳴られた,ってのが一番堪えたでしょうね。」

「何で。」


「杉浦,あんたがオフィスでるタイミング,ずっと気にしてたんでしょうね。昨日の夕方。・・・・でなくちゃあんなアホみたいなポカしないでしょ。だって普通

2万と1万8千間違える?」

「・・・・・だよな・・。でも本人が悪い。考えてみれば,昨日はたしかに1日中変なミスいっぱいしてたな。・・・・俺に発注書のチェック頼んできたときに,2万が1万8千になってるのに気が付いて直させたんだよ。でも多分送るときになって,直す前のデータで送っちまったんだろうな。」

「・・・・馬鹿なコね,ほんと・・・・。」


 諒助は少し驚いた。たしかに杉浦は馬鹿だと思うが,麻衣が人のことをそんなふうに言うことは滅多にない。


「・・・・あぁ,まったく同感だ。」


 麻衣の独り言に対して律儀に返答をしてきた諒助がおかしくて,麻衣はクスッと笑った。

 麻衣が杉浦の事を馬鹿なコだと言ったのは,仕事のポカに対してではない。杉浦の諒助に対しての叶う事なんてありえない恋に,一喜一憂している姿に対してだったからだ。

 でもこんなこと口にだしたら,せっかく手に入れた諒助との関係が崩れてしまうだろうと思い,曖昧に頷いて返事した。


 ・・・・・それでもあたし,幸せだな。


 そんなくだらないことを考えて,1人でクスッと笑った。

 不審そうにこっちを見る,諒助の諒助の姿が,愛おしかった。

 


 


 


 

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