夕暮れに2人。
「柴木さんっ」
ふいに呼び止められて,柴木諒助は振りかえる。
夕方から夜に移り変わる時間帯のオフィスの廊下は,ほの暗いオレンジの光に包まれている。
「・・・・あ,杉浦か」
呼び止めたのは,部下の杉浦美保だった。柴木が教育係を務めている新入社員だ。
「ん?何,なんか質問か?」
・・・・それとも何かやらかしたか?というのは,さすがに口には出さず押し込める。
「い・・・いえ,その・・・私・・・」
なにやらごにょごにょと言いながら,杉浦が一歩一歩近づいてくる。
「俺このあと人と約束してるから,用があるなら・・・・」
「好きですっ!」
柴木に被せるように,杉浦が叫ぶ。ふいにネクタイを引っ張られ,気が付いたら,柴木の唇にしっかりと杉浦の唇が押し付けられていた。
一瞬の動揺ののち,すぐに柴木の頭は事態を冷静に分析し始める。
突き放すか?それはさすがに傷つけてしまうだろうか。だがすぐに離さないと勘違いさせるか・・・。
そっと柴木の手が杉浦の肩におかれた。そしてそっと体を離す。当然のように唇も解放され,杉浦の表情が確認できるくらいに顔と顔が離れる。
「・・・・嫌でしたか・・・?」
杉浦が呟く。杉浦と柴木ではだいぶ身長差があり,背伸びをしていた杉浦は,体を離されたことでバランスを崩し少しよろける。柴木のネクタイは,掴まれたままだ。
柴木としても,別に嫌な気はしなかった。仕事を覚えるのは少し遅いが,努力している姿はよくみていたし,とてもまじめだと思う。それに柴木は25歳で,杉浦は23歳。当然悪い話ではない。顔も特別美人というわけではないだろうが,ポメラニアンを思わせる可愛い顔立ちをしている。社員のなかにも,割と本気で杉浦に熱を入れている奴らが少なからずいることも,柴木は知っている。
しかし・・・・
「そういう事じゃなくてさ,合わねえよ。お前と俺じゃ。」
「・・・・私じゃだめってことですか・・・・?」
「違うって。もっと他にいるだろ。」
どうして俺はこう面倒くさいことに巻き込まれやすいんだよ。と,心の中でため息をつく。
それは柴木自身が,女性に好まれるスペックを片っ端から持ち合わせているからであるということに,当然柴木は気が付いていない。
「・・・・誰か好きな人でもいるんですね・・・・?」
「あー・・・まあ,そんなところかな・・・・」
「・・・・岡田先輩ですか?」
それにはさすがに柴木も驚いた。そこまで考えた上で告白してきたのか,と。
その「岡田先輩」とは,柴木の同期で岡田麻衣という。岡田は,杉浦が気にするのも仕方ないだろう。
とにかく美人なのだ。・・・顔は,だが。
性格が悪いとかそういうことではないのだが,同期で気心知れている柴木と,もう一人の同期である
相沢俊に対してだけは,まあいうなればぶっちゃけちゃう女なのだ。
今日これから会う約束をしているのも,他でもない,岡田と相沢である。
「んー,いや,岡田はない。」
つい本音がでて,「岡田じゃない」ではなく,「岡田はない」などと言ってしまった。
・・・・まあ,要するに,岡田の本性を知っている柴木としては,岡田を女として見るのは,少し無理があるということだ。
「・・・・そうですか・・・・。」
杉浦があははっと笑う。
「また明日から,お仕事教えてくださいね。よろしくお願いします。」
ペコッと頭を下げて杉浦はオフィスに戻って行った。
柴木はフーッ,とため息をついて頭をガシガシと掻く。
そして,ハッとして腕時計をみると,時刻はすでに7時をまわっていた。
「やっべ」と思わずつぶやく。岡田と相沢との約束は7時丁度だ。ただでさえオフィスを出た時きは6時40分ごろになっていた。その時間から,待ち合わせの居酒屋に急いで行っていたとしても間に合っていたかは定かでないが,そこにきて想定外の杉浦だ。
急がないと岡田がうるさい。
柴木は慌てて本社ビルをでて,タクシーに乗り込んだのだった。
・・・つづく・・・
恋をしている人もしていない人も,みんなが共感して,面白く読める。
・・・・小説が,書きたいんですけどね・・・・(汗)
次回もどうぞよろしくです!