5-7 一時の別れ
僕ら四人が共同墓地へとたどりついたころには、日が完全に沈んでおり、ちょうど前にこの共同墓地に来た時と同じような時間帯になっていた。
「三人はここで、ちょっと待っててくれない?」
僕はリリィさんの身体を抱えた言うと、三人は僕の心情を察してくれたのか、小さく頷いて同意してくれた。
僕は墓地の入り口に三人を残し、ひとりで墓石の間を進んでいく。
墓地の奥には昨日とまったく同じ様子でニールが眠っていた。
その安らかな顔で眠っているだけのように見えた。
その隣にそっとリリィさんを寝かしてあげる。
「ニール。全部終わったよ。リリィさんもちゃんと取り返して来た。これでさ、二人で仲良く眠ってくれるといいな」
口元が震える。おかしいな、別に寒いわけじゃないのに。
「一つだけニールに謝らないといけないことがあるんだ。僕はこれからナナを守ってあげられない。だけど、ナナは強いから大丈夫だと思う。だってさ、僕たちが手も足も出なかったサマンサを倒したのは、ナナなんだよ。僕なんて、時間稼ぎくらいしか出来なくてさ……。僕たちがナナに守られたんだ……」
僕の目から溢れた液体が、ニールの頬にこぼれ落ちる。
目を拭いて、無理矢理な笑顔を使って締めに入る。
「僕からの報告はこれでおしまい。今度いつ来れるか分からないけど、僕が死ぬまでにはまた来るよ。約束だ」
穏やかな寝顔を浮かべているニールが、僕に微笑みかけてくれたような気がした。
「それじゃあまた」
シンプルな別れを言葉を述べて、僕は入口で待っているナナたちのところへと戻った。
「お待たせ。みんなもニールたちに何か言いたいうことがあるなら行ってくるといいよ。一通りみんなの報告が終わったら、二人を土に還そう」
「じゃあ、次は私が行ってきてもいい?」
小さく手を上げるナナ。
「うん。じゃあ、僕達はここで待ってるよ」
ナナが墓地の奥へと入っていき、ナナの姿が他の墓石の陰になって見えなくなったところで、アスカが口を開いた。
「本当にいいの? 元の世界に帰ってしまって」
心配そうな顔をしながら、アスカが僕の顔をのぞき込んでいる。
「そうだね。本当はこっちに残りたい気持ちもあるよ。でももう決めたんだ。もう記憶をなくすなんてことはしたくはないからね。でも、一つだけ心残りがあるかな」
「心残り?」
「そう。ところで、マリヤ。こっちの世界の僕のモノって、向こうに持って帰れたりするの?」
「無理よ」
きっぱりととりつく島もないくらいに否定される。
「そっか……、そんな気はしてたんだ……」
「なにか持って帰りたい物でもあったわけ?」
「まあね……。僕とお揃いのナイフをナナにあげたんだ。少し恥ずかしいけれど、絆の証、みたいな感じで、そのナイフを持って帰れたらなあって思ってさ……」
自嘲気味に口元を歪めて天を仰ぐ。
満天の星々と、綺麗な満月が僕らを照らしていた。おかげで人工的な明かりはないにもかかわらず、墓地周辺はかなり明るい。
「ナイフを少し見せて」
珍しく興味を示したマリヤに従って、僕は懐からナイフを取りだしてみせる。
「これだよ」
マリヤは僕から受け取ったナイフをしげしげと眺めると、
「それなら、多分大丈夫だから、安心して」
「どういうこと? さっきは無理だって」
さっきとは真逆の言葉に聞き返す。
「そのままの意味。そのナイフの話なら、心配はいらない。私を信じて。心残りはそれだけ?」
「うん……、そうだけど……」
「そう。ならよかった」
それっきりマリヤは黙ってしまった。追求することはできるんだろうけど、きっと肝心なことはしゃべってくれなさそうなので、それ以上追求するのはやめておいた。
「ま、マリヤがああ言ってるんだし、信用していいんじゃない。無口で必要以上のことはしゃべらない子だけれど、あたしたちに嘘をつくような真似はしないでしょ」
アスカの言葉に対して、マリヤはツンとした表情を貫いている。
まあきっとその顔は肯定ということなのだろうと、僕は勝手に納得する。
「そうだね」
これで一安心だ。
「話題は変わるんだけれど、アスカはこっちの世界で僕と初めて会ったときに、元の世界の話をしないようにしてたでしょ。それってすごいことだよね。僕だったら、知り合いが記憶喪失になったら、自分の思い出とか言っちゃうタイプだもん」
言うと、アスカは腕を組んで少し照れくさそうに顔を逸らした。
「記憶喪失の人に以前の記憶のことを話したら混乱するかと思ったのよ。でも、あたし自身も自制できる自信はなかったわけだから、ユウヤの記憶が戻るまでユウヤを名前で呼ばないようにしてたの。でも、あたしも途中で我慢出来ずに『ユウヤは本当に記憶がないのかな?』って思って、カマをかけしてみたりはしてたんだけどね」
いたずらがばれた子どものようにぺろりと舌を出す。
「とにかく心配かけてゴメン。それと心配してくれてありがとう。ところで僕の記憶が戻る前に、僕のことを一度だけ名前で呼んだことがあったんだけれど覚えてない?」
思案するように唇をなぞるアスカ。
「記憶にないわね。あたし、そんな初歩的なミスは犯さないから」
「そう、ならいいんだけど。寝惚けて、勝手に人のベッドに侵入して、『ゆうやあ、やっと会えた』って言うのも覚えてないんならいいんだよ」
僕の言葉に、アスカに思い当たる節があったのか、アスカはトマトのように顔を真っ赤に染め上げて身体をぷるぷると震わせた。
そんなアスカの様子を眺めて、僕はいつも主導権を握られているアスカに一矢報いたことに愉悦を感じていると、
「だってえ、さびしかったんですもの。ユウヤだってえ、ほんとうはうれしかったんでしょお」
アスカは急に砂糖菓子よりも甘ったるい声を出しながら僕の右腕に絡みついてきた。
アスカの大きくて柔らかい何かが右腕に接触している。
「わ、わかったから、僕が悪かったから」
慌てて取り繕うに言うと、アスカは満足したように鼻を鳴らして僕から離れた。
「ふんっ! わかればいいのよ」
やっぱり僕はアスカには逆らえない僕だった。きっとこんなふうな関係がこれからも続くんだろうと思う。
もしアスカが異世界に飛ばされるようなことがあったら、僕は危険を顧みずアスカを助けに異世界に行くだろう。
ま、そんな可能性は限りなく低いだろうけど。
「でも、ちょっとさびしかったのは本心よ。だって、あたしの近所で遊びに行けそうなのってユウヤの家しかないの。学校から近いから、授業ない時は休憩するのに便利なのよ」
唇を尖らせながら言うアスカの表情には照れが浮かんでいた。ただそれを指摘すると、数秒前と同じようにカウンターを食らうこと必至なのでそれに関しては口を噤むことにした。
「そうですか……、まあなんだっていいさ。アスカのおかげで僕はこうして元の世界に戻れるんだから。そういうわけだからいろいろありがとう」
お互いによく知った仲といえど、面と向かってお礼を言うのはこそばゆくて少し恥ずかしい。むしろお互いのことをよく知っているからこそ恥ずかしいのかもしれない。
そのむず痒さを誤魔化すために早々に話題を転換する。
「ところで、僕がこっちに来てから、僕達の世界ってどれくらいの時間が過ぎてんの? ひょっとして学校始まってる?」
アスカが首を傾げると、二つの視線は自然とマリヤへと向けられる。
「アスカがこっちの世界に来てから三日。ユウヤが来てから一週間といったところ。こっちの世界との時間の流れに比べてあなたの世界は時間の流れが若干遅いの」
そういうことならひと安心だ。あまりに時間が経ちすぎていたら、向こうに戻っても僕の居場所がなくなっているかもしれないから。一週間程度なら大丈夫だろう。ちょうど春休みだったはずだし。
安堵の息を漏らしていると、ナナが僕らに手を振りながら帰ってきた。見ると、目の付近が腫れぼったく、目が充血していた。
「終わったよー、次はアスカさん行く?」
ナナが少し掠れた声で言うと、
「ええ、そうさせてもらうわ」
「それじゃあ、私も行く」
アスカのうしろをついてマリヤも墓地の奥へと向かった。
アスカはともかく、マリヤはニールに対してあまり関心がなさそうだったけど、少しは気に掛けていたのかな。
「マリヤちゃん。あんまりこういうのに感心ないのかと思ってたよ」
どうやらナナも同じ感想を抱いていたようだ。
「ナナはさ、これからどうするの?」
僕もアスカも元の世界に戻り、そうすればマリヤだってこの世界には留まっていないだろう。そうすると必然的にナナは独りぼっちになってしまう。
「どうしようかな? 自分の目的を見つけるためにこのまま旅を続けるのもたのしそうだけど……。まずは家に帰ろうかな? ユウヤのことをお母さんに報告しないといけないしね」
「母さん怒るかな……? 目的って言うのは、どこか行く当てはあるの?」
ナナをおいて元の世界に返ろうとする僕が、ナナのことを心配するのは無責任なのかもしれない。だけど僕の大事な人として、たとえ会えなくてもいつまでも元気でいてほしい。
「全然なしっ! でも、今度は私がユウヤの世界に行くからっ! ユウヤが来てくれるのを待つのもいいけど、ただ待ってるのなんて、私は好きじゃないから」
ナナは鼻息を荒くして力強く拳を握りしめる。
その姿を見ていると、本当に向こうの世界にまでやってこられるのではないかと思ってしまう。
「僕らの世界に来た時はちゃんと歓迎する。僕の部屋はすごい狭いから大したもてなしはできないかもしれないけれど、アスカの部屋はすごい広いんだ。二人で荒らしに行こう!」
「うん! すごい楽しみ!」
そんなやり取りをしている間に、アスカとマリヤが二人並んで帰ってきた。
「それじゃあ。二人を土に還してあげようか」
僕は入口の壁に立てかけられていたスコップを手に持って、ニールとリリィさん墓の前に歩いて行く。
「じゃあ始めようか」
リリィさんの墓石の前の土を掘り進める。土が軟らかいおかげで、それほど苦労せずに掘ることができた。
スコップが一つしかなかったので、女の子三人は後ろで僕が土を掘っている姿を眺めていた。
しばらく土を掘り続け、人間が二人並んで入るくらいの大きさの穴が完成した。
「これくらいで大丈夫よ。ユウヤ。ごくろうさま」
上からその穴を見つめて、アスカが僕の肩をぽんと叩く。
「うん。でも二人を埋める前にちょっともうひと仕事やらないと」
「なにするの?」
ナナが首を傾げる。
「この墓にはさ『悪魔討伐の偉大なる勇者リリィの魂ここに眠る』って書いてあるでしょ。ここにはニールも眠るんだから、リリィさんの名前の横にニールの名前も書いておこうかなと思ってさ」
懐からナイフを取りだし、リリィの名前の横に、ニールの名前を刻みこんだ。
「これでよしっと」
額に沸いた粒のような汗をぬぐい去る。
「それじゃあ、二人の体を土の中に還そう」
二人の体を隣同士に掘った穴の中に寝かせ、その上に土をかぶせる。地面と同じ高さまで土を被せたところで、土の表面をぽんぽんと叩き土を固めた。
「この剣は返すよ。残念ながらサマンサに致命的な一撃を与えることはできなかったけれど、この剣がなかったらきっと僕らは負けていたよ」
僕は懐に刺していたニールの愛剣を外し、墓の前に置いた。
「ばいばい。ニール、リリィさん」
「ニールさん、リリィさん。失礼します」
「…………」
僕らは思い思いの言葉を残し、その場を後にした。マリヤだって口には出さなかったけど、神妙な表情をしていたので、きっと思うところはあったのだろう。
それから僕たちは王都へ戻るために、月明かりが届かない薄暗い森の中を進んだ。
道中は今までの旅の思い出話に花を咲かせたり、この世界と元の世界での僕の生活態度の違いについて、アスカとナナが話していたり様々だった。ちなみにどっちの世界でも、記憶を失っていても僕の生活態度に大きな違いはなかったという結論になった。
話で盛り上がっているうちにあっという間に王都の入り口までたどり着いた。
すでに日付が変わっているせいか、周囲に人の気配はほとんどない。
そういえば、僕が王都を飛び出したときはミニデーモンの襲来でかなり騒がしかったけれど、サマンサがいなくなったことで、それも沈静化したのだろう。
「このへんにする……」
呟くような小さなマリヤの声。
その言葉の意味するところは四人全員が理解していた。
「そっか。もう行っちゃうんだね」
目を伏せて、力ない声でナナが言う。
別れのときが来たのだ。
「うん」
僕は自分の耳にすら届かないような声で首肯した。
「あたしとマリヤは向こうに行っているから、二人で最後に話したいことがあったら、いまのうちに話しておくといいわ」
そう言い残してアスカはマリヤの腕を引っ張りながら、僕らの姿が見えない近くの茂みへと入っていく。
「えへへ、アスカさんになんか気を使わせちゃったね」
ナナが申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
その表情は思わず抱きしめたくなるほど愛らしいと思った。
「うん。そうだね」
僕も精一杯の笑みを浮かべようとしたのだが、表情が思うように作れない。
「私ね。もう一人でも、大丈夫。だから――」
言葉を詰まらせたナナは、その表情がどんどん崩れていく。
「ありがとう」
僕はたまらずナナの言葉を遮ってナナの体を抱きしめた。
僕の腕にすっぽりと収まったナナは、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。
僕も鼻の奥がツンとして、目頭がぼんやりと熱くなってきたけど、どうにかこらえる。
「私ね……、ほんとは……、うっ……、すごいさびしいっ……、ユウヤにどこにも行って欲しくない……、うっ……」
「ゴメン……」
「だけど、それは私のワガママだから……。ユウヤは元の世界に帰らないといけないから……。ぐすっ――」
自分の思いを吐き出すと、ナナは僕から身体を離して涙を拭った。
「ゴメンね、こんなことを言われても困っちゃうよね。でももう大丈夫だよ。一回弱音を吐いたらすっきりしちゃった」
白い歯を見せて、ニッコリと笑うナナ。
「今度、私の方から遊びに行く! 絶対に行く! 行くったら行く!」
自分に言い聞かせるように、ナナは同じセリフを呟く。
「ナナ、僕がプレゼントしたナイフは持ってる?」
「もちろんっ」
僕とナナは懐からナイフを取りだして、その刃を交錯させる。
「僕はこのナイフに誓おう。何時の日か、またこの場所に帰ってくることを」
「うん! 約束だよ」
ナイフに誓い合ったところで、懐にしまい込む。
「ね、ねえ、絶対に叶うおまじないを知っているんだけれど、た、試してみない?」
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて、ナナは目を伏せている。
「うん、それじゃあお願いしようかな」
その表情の意味はわからなかったものの、とりあえず頷いておいた。願掛けはできるだけたくさんしておきたいからね。
「そ、それじゃあ行くねっ」
意を決したように告げると、ナナは僕に顔を近づけきた。
唐突な事態に面を食らったが、ナナのやろうとしている気づいた僕はそのままナナを受け入れた。
やがて視界全体がナナの可愛らしい顔で覆われ、唇に軟らかい感触が触れた。
その状態が数秒間――もしかしたら数分間だったかもしれない――続いた後に、ナナはゆっくりと顔を離した。
唇にはまだナナの柔らかい感触が残っていた。初めての口づけ。僕はきっとその感触と思い出を永遠に忘れないだろう。
たとえ記憶を失ったって忘れるもんか、そう心に強く刻みつけた。
「ぜったいにまた会えるよね」
ナナはいつものような晴れやかな笑顔を向けてくる。
「うん。絶対。今度は二人でいろんな所に出かけよう!」
僕も精一杯のいつも通りを作ってナナに返した。
「楽しみにしてるよっ! 早く帰って来てね!」
改めて、ナナとがっちりと握手を交わす。柔らかくて力強い手が僕の手を握り返してきた。
「さて。そろそろいいかしら?」
タイミングを見計らったように、手を上げながらアスカが近付いて来ていた。
タイミングのよすぎる登場に、もしかして僕たちのやりとりが見られていたのかと思うと顔から火が出るほど恥ずかしくなってくる。だけどアスカに限ってそんな無粋な真似はしないだろう――しないと信じたい。
「アスカさんもお元気で」
「ええ。ナナちゃんもね」
ひとりずつナナへのお別れの言葉を述べていく。
「マリヤちゃんも元気でね」
「わかった。あなたのほうこそ、元気で」
素っ気ない言い方だけど、それはマリヤにとって最大限の激励なのだろう。
「それじゃあ、出発する。巻き込まれるといけないから、ナナは私から離れていて」
ナナは「わかった」と頷いてその場から二歩、三歩と退き、僕らから距離を取る。
「ナナ。それじゃあ元気でね。またそのうち会いに来るから。それと寂しくなって泣かないようにね」
「もう、大丈夫だよ! 私だって強くなったんだから」
ナナが頬を膨らませながら答える。
ああその通りだ。ナナは強い。きっと僕らなんていなくてもこれから羽ばたいていくのだろう。その成長が見られないのは少し寂しい。
「それじゃあ、魔方陣起動」
マリヤが呟くと、僕ら三人の身体を光が包み込んだ。
闇に輝く光はまさしくこの世界の異物のようだった。異物は一刻も早く取り除かないといけない。
「ユウヤの世界がピンチになることがあったら、今度は私が助けに行くから! なんて言っても私は悪魔を倒した女なんだよ」
ナナがえっへんと胸を張る。
「うん。そのときは任せたよ。頼りにしてる」
目の端から涙を零しながら、僕らはお互いに手を振って別れを告げた。
いや、別れじゃない。僕らはまたどこかで会える。きっと……。
――目の前の視界が突然に切り替わり、ナナの姿が見えなくなってしまった。




