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5-2 戦いの始まり

「随分早いじゃねか。もう少し時間をおいて来ると思っていたが」

 広場の中を反響して僕の耳に届いた声は、数時間前に嫌というほど聞いた聞き覚えのあるものだった。

 誰の声かなんて考える必要なんてない。

「おや? 今回は一人じゃないんだな。まあ別に構わねえけどね。それよりも――おお! わざわざ腕輪を持って来てくれたのか。もしかして、こちら側に寝返えろうってか? 俺は来る物拒まずの姿勢だから歓迎するぜ」

 仰々しく手を広げて叫ぶサマンサの言葉を無視して、僕はサマンサへと近づいてゆく。

「死んだはずの人間が動きまわってるっていう噂を聞いたんだ。それで噂の真偽を確かめるために来たんだけれどうやら噂は本当だったみたいだね。だってリリィさんはもう死んだはずなんだから」

 実際、僕はリリィさんの姿を見たことがないわけだから目の前の人間がリリィさんの姿をしているかどうかなんてわからないんだけれど。

「待ってて。僕たちが体を取り返しすから」

 僕の言葉にサマンサはつまらなそうに、形のよい眉をしかめていた。

 目の前に佇んでいる女性は、ニールと同い年くらいで大人の雰囲気を漂わせている女性だった。

 髪は腰にかかるくらいの長さの黒髪で目鼻立ちがくっきりとして整っている。綺麗とか美しいとかいう表現が似合いそうな女性だけれど、僕が最初に抱いた印象は格好いいだった。

 女性に対してその形容はあまり相応しいものではないのかもしれないが、身に纏うオーラは歴戦の戦士のものだった。

「言っておくが、さっきみたいに誰かが手助けすることを期待するなよ。今やこの体は完全に俺のものだ。死人に自我なんてもんは存在しない」

 彼女のふっくらとした唇から発せられるのは、その容姿に不釣り合いなだみがかった声。

 その不均衡さとサマンサの発言に不快感がこみ上げてくる。

 ニールの身体を乗っ取っていたことを知る由もないアスカとナナには、サマンサの言っている内容が理解できていないことだろう。

 だけどその真実を背負っていくと決めた僕は、二人に聞かれたってそれを説明するつもりはない。

「さて、うだうだ長話をするような仲でもねえだろうし、さっさと始めようぜ」

 不敵に口元を歪めたサマンサが天井に手を掲げる。

「暗黒に呑まれちまいな。ダークフィールド」

 紡がれた呪文とともに、サマンサを中心に僕らの身体が闇に覆い尽くした。咄嗟のことだったので防御態勢に入ったが、この闇には視界を覆う以外の機能は備わっていないようだ。

 それでも黒に包まれた世界の中では視界が一切利かないため脅威であることには変わらない。

 暗黒の世界の中で、一つの足音が響いている。

「暗闇に乗じて襲撃をかけてくる! 闇の届かない所まで逃げて!」

 おそらくはサマンサはこの暗闇下でも僕らの姿は認識できているだろう。向こうが僕らの姿が見えて、こちらからは見えないなんてのはサイアクの状況だ。とりあえずは一刻も早くこの状況を脱することを考えないといけない。

 咄嗟に辺りを見回してみるとうっすらと広場の壁が窺えた。どうやら広場全体を闇が覆っているわけではようで、サマンサに攻撃を仕掛けられる前に明かりを目指して走る。

 光を目指してがむしゃらに走っていると、なんとか闇の外に逃げ出すことができた。

 振り返って闇の世界を外から見てみると、さっきまで僕らがいた空間を黒い靄みたいな物が包み込んでいた。

 少し遅れてナナも闇の世界から飛び出してくる。

「大丈夫?」

「うん。なんとか」

 息を切らしながら答えてくるナナだが、サマンサの襲撃を受けてはいないようで少し安心した。

 ――アスカは?

 幼なじみの安否を心配しているとゆっくりと霧が薄くなり、やがて闇の世界が完全に消え去ると、その中心にはサマンサが立っていた。

「今のは様子見のつもりだったのだがな」

 つまらなそうに言うサマンサのすぐそばに、僕の幼なじみの姿があった。

「――――――っ!!」

 声にならない声を上げて叫んだアスカの左肩のあたりを、サマンサの右腕が貫いていた。

 サマンサの右腕が支えとなり、宙に浮いた状態となっているアスカ。

 アスカは全身の力が抜け落ちてしまったかのように、四肢が垂れ下がっていた。

「まさかあんな状況でこっちに向かってくるとは計算外だった。だけどな一つ忠告してやる。勇気と無謀は違うんだよ。おまえのはただの無謀だ」

 サマンサはアスカの肩から右手を抜きアスカの体を投げ飛ばした。

 地面を転げ回ったアスカは、息はあるものの傷はかなり深いようで、その場にうずくまって動けない。

「そいつはもう当分動けねえよ。しかしまあ、俺を傷つけたのは及第点ってところかな」

 よく見ると、サマンサの肘のあたりに切り込まれたようなっちいさな痕ができていた。

「とにかくこれでひとり脱落だな。残りは三人だが、そのうち一人は傍から見てるだけで俺には干渉できない役立たずだから、数に入れる必要はねえな。というわけで後二人だな」

 サマンサは余裕の表情で首をコキコキとならす。

「よくも! よくも、アスカを!」

 地面にうずくまって苦しそうに呻くアスカを見ると身体の内側から怒りが沸いてくる。それはアスカを傷つけたサマンサに対する怒り、そしてアスカを守るだけの力がなかったボク自身に対する怒り。

 ――力を解放しろ。

「さあて、もう一丁いくぜ! ダークフィールド!」

 サマンサは僕の準備が整う前に攻撃を仕掛けてくる。

 闇が僕らの周りを包み込もうとしたその瞬間――

 闇が払われ、突如現れた黄金の輝きが広場を支配した。

「なにが起きた……」

 自分が生み出したはずの闇があっさりと払われていき、サマンサは呆然と虚空を眺めていた。

 僕自身も心中はサマンサと同じ気持ちだったが、あれこれと考えている場合ではないし、この一瞬のチャンスを逃すわけにはいかない。

身体強化トランス!」

 呪文を呟いて魔法を発動させると、体重という概念が消え去ったかのように身体が軽くなる。

 この機を逃すまいと大地を蹴りあげ、サマンサへと突撃する。

 完全に僕から注意を逸らしていたサマンサは、僕の接近に驚いた顔をした。

 サマンサの身体に向けて突きを繰り出すと、サマンサは身を翻して僕の攻撃を躱そうとするが、すでに完全に間合いに入っていた僕の攻撃を躱すことができずに直撃を受けた。

 僕の手にサマンサの身体を傷つけた手応えが伝わってくる。狙いが上手くいかなかったせいで仕留め損なったものの、完璧に近い手応えがあった。

「――ぐっ」

 くぐもったような声を漏らして、サマンサは僕に傷つけられた肩口を抑えながら後退すると、目の前のサマンサは膝をがっくりと落とした。

 ――効いてる!

 手応えを確信へと変えて、さらなる追撃を仕掛けにいく。

 そのとき、身体全体が警鐘を鳴らした。

 ――違う。早まっちゃダメだ!

 ブレーキをかけようと全力で脳が命令を出すが、それを身体が受け入れるまでにタイムラグが生じる。

「なんてな、そんなしょぼい攻撃、俺に効くわけねえだろうが」

 ペロリと唇を舐めて、サマンサは飛び込んでくる僕を迎え撃つためにしっかりと大地を踏みしめている。やがて僕が間合いに入ると同時に、僕のみぞおち目がけて拳を振り抜いた。

 その速度に僕の剣捌きが追いつかず、僕の腹部が抉られ身体が折れ曲がる。

「――っ!!」

 空気を求めて喘ぐが、呼吸がうまくできない。

「まさか一発で終わりだと思ってねえよな。もういっちょ――」

「ユウヤー フレアボム!」

 横からナナの声が割り込んできた来たかと思うと、ナナが生み出した火の玉がサマンサへと目がけて飛んでゆく。

「ちっ――」

 サマンサは舌打ちをして、横に飛んでナナの攻撃をかわす。

 行き場のなくなった火の玉は僕の目の前に着地し、大きな爆発を引き起こし、周囲に砂塵が巻き上がる。

 爆風に煽られた僕はその場に立っていられることもできずに吹き飛ばされてしまった。

「ユウヤ! 大丈夫!」

 心配そうに眉を下げながらナナが駆け寄ってくる。

 正直な話をすると、ナナの魔法によって僕は死の恐怖に直面したわけだけど、その結果サマンサの追撃から逃れることができたわけだから、そのあたりは黙っておくことにした。

「また私の腕輪が光ったの。そしたら闇も全部打ち払ってくれて」

 若干興奮気味で語るナナ。その腕に巻かれている二つの腕輪のうち、母さんからもらったほうだけが燦然と輝いていた。

「やるじゃねえか。ただますますその腕輪が欲しくなったぜ」

 爆発によって舞い上がった砂煙が消えると、その中にはサマンサが燦然と佇んでいた。僕が傷つけた肩口のあたりは大きな傷跡として残っているものの、そこからは一滴の血液も流れていなかった。

「そんな方法で闇をかき消されるとは予想外だったな。その隙を突いた攻撃も中々だったが、詰めが甘かったな。残念ながら俺は人間じゃねえんだ。おまえらの尺度俺を計るなよ。心臓なんて貫いても、俺は死なないんだ」

 余裕をアピールするかのように、サマンサは仰々しく両手を広げてふんぞり返っている。

「それじゃあ、今度は悪魔らしく、おまえらに本物の悪夢ってヤツを見せてやるよ」

 サマンサはそう言うと、僕らに向かって手を掲げる。

「ナイトメア!」

 どんな攻撃が来るかと身構えていたが、目に見えるような変化は起きなかった。

 ――えっ。

 変化が起きたのは僕の身体の方だった。

 急に立っているのが辛くなり、ふらふらと地面を彷徨ってしまう。

 睡魔が沸き上がってきて、視界が虚ろになっていく。

 ナナの方を見ると、ナナも僕と同じ状態に陥っているらしくその場でふらふらとしている。

「ぐっすり寝ろよ。くくっ、いい夢が見れるといいな」

 ぼんやりとした視界で見たサマンサは、綺麗な顔を愉悦に歪めていた。

 やがて、いつの間にか地面に伏していた僕の意識はぷつりと途切れてしまった。


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