4-4 騒がしい夜、まだ何も終わってない
城へと戻ると、夜もかなり更けていた。あてがわれた個室の前でナナと別れ、ベッドに入って寝付こうとしたが、まったく寝付ける気配もなく、僕は廊下をぶらぶらすることにした。
すると、僕と同じように廊下をぶらぶらしていたアスカと遭遇し声を掛けられた。
「あら、まだ起きてたのね?」
「うん、まあね。アスカこそまだ起きてたんだね」
「寝れないなら、あたしの部屋にで少しお話しないかしら? 安心して、もう一緒に寝てあげようかなんて言わないから、そのへんは心配しなくていいわよ」
アスカはおどけたような口調で言う。
アスカと一緒に部屋へ行き、アスカはベッドの縁に、僕はその向かいに椅子を持ってきて腰を掛ける。
「結局、ユウヤはどうするの? こっちに残るの?」
「いや。元の世界に帰るよ」
「そう」
僕の返答にアスカはあまり興味なさそうに視線を横にずらして肩を竦めた。
「もう少し他に感想ないの?」
「ま、うじうじ悩んでいるみたいだったら、頬を引っ張り倒してもとの世界に連れて帰るつもりだったのだけれど……」
アスカが僕のことを値踏みするようにのぞき込んでくる。僕は臆することなくまっすぐ彼女の瞳を見つめ返した。
「優柔不断なユウヤには珍しくきちんと決断できているみたいだから、あたしのほうからこれといって言うことはないわ」
「そんなことないよ。この決断も迷ったんだけどね。ナナに諭されちゃった。向こうの世界に戻ってからまた会おうって……」
「そっか……。ナナちゃんはホントにいい子ね」
アスカにとってもナナは妹のような存在なのだろう。わずか数日の付き合いとはいえ、アスカもきっとナナとの別れは惜しいのだろう。アスカのナナとの別れに寂しさを感じさせるものが含まれていた。
「ところで、どちらか一方の世界の記憶しか残せないという事態だったら、ユウヤはどっちとの思い出をとってくれるのかしらね……?」
どこか憂いを帯びた横顔で呟いたアスカの言葉に、僕は返す術を持たなかった。
「…………」
そして情けなくも沈黙という答えをアスカに投げ返してしまう。
「ふふっ、少し質問が意地悪だったわね。さて、そんな冗談は置いておいて、ユウヤからは何か話題はないの? せっかくこうして本当に再会できたんだから、話題のひとつくらいあるでしょう?」
首を振って無理矢理話題を変えようとするアスカからは、話題転換と同じくらい無理矢理明るい声を出しているような感じがした。
「う~ん……そう言えば、僕たちはいつまでこっちの世界までいられるんだろう……。そのへんのことって、マリヤからなんか聞いてる?」
「いえ、聞いていないわ。帰る時になったら、マリヤの方から言ってくるでしょうから、それまではこの世界を堪能してればいいんじゃない」
アスカが言い終わった瞬間――
どこか遠くから大きな爆発音が鳴り響いた。その衝撃がこの部屋までやってきて、床のあたりが揺れ動いている。
「なんだ!? なんだ!?」
僕が慌ててその場から立ち上がると、アスカも僕に釣られたように立ち上がってとりあえず近くの窓から外を眺める。
「広場の方よ! 行きましょう」
ここから広場は見えないが、その爆発から発生していると思われる煙がうっすらと見えた。
慌てて部屋を飛び出して、駆け足で廊下を抜けて城門へと向かうと、異様な影が夜空を包んでいた。
「こ、これは……」
その影の正体に気づいて、僕は思わず言葉を失った。
「あれは!? ミニデーモンよ!? どうする? ユウヤ!」
アスカも夜空を蠢いているそれに気がついて、切羽詰まったような声を上げた。
「キキーー!」
ミニデーモンの耳障りな声を発すると同時に、僕らの目の前に雷が舞い落ちる。
その威力はすさまじく、無残に地面をえぐり取った。
空に浮いているミニデーモンは、山で見たタイプのミニデーモンではなく、王都に着く前に遭遇した羽の生えたミニデーモンだった。
異変に気づいた兵士たちが城の中から飛び出して来て、空を飛んでいるミニデーモンに対して弓を構える。
兵士たちの間にミニデーモンの激しい攻撃が降り注ぐ。兵士たちはなんとか応戦しているが、圧されている感じがする。
――嫌な予感がする。
街中にミニデーモンが大量に襲来してる時点で大事件なのは間違いないが、これだけでは終わらないような、そんな直感。
「とりあえず、ここにいても仕方ないし、みんなを呼んでこよう。ナナたちが心配だ」
アスカへ目配せすると、アスカも僕の意見に賛成し、来た道を引き返した。
「まずはナナの部屋に行こう」
途中で兵士たちとすれ違いながら一目散にナナの部屋を目指す。
全身に嫌な予感が駆け巡っていたので、一分一秒が惜しく戦闘に入ってもいないのに『クイック』の魔法をかけて走っている。
強化した僕の脚力にアスカは付いてくることができずに、僕はだいぶ先行していた。
「ナナ!」
ノックしても反応がなかったので、僕は蹴破るような勢いでナナの部屋のドアを開けた。
僕の嫌な予感は的中してしまい、ドアの向こうではナナが苦しそうに呻きながらうずくまっていた。
ナナも僕が部屋に入ってきたことに気づくと、ゆっくりと身体を起こそうとするが、その動作がかなり辛そうだった。
「無理して起きなくていいよ。何があったの?」
「うんっ……、ルミナスで会った仮面の人が来て……、それで……」
ナナは喉から絞り出すように、断片的に情報を告げる。
「うん……それで、そいつが私の腕輪を……王様にもらったのも一緒に……」
「ナナちゃん!」
遅れていたアスカが到着し、アスカは入り口のあたりで異変に気づいたのか、声を荒げてナナの名前を呼んだ。
「アスカ。ナナを頼む」
身体の中を鬱屈とした負の感情が支配する。
――誰だ、ナナを傷つけたやつは……?
許さない、絶対に許さない。許してはならない。
「ちょっと行ってくる」
それだけを告げて、僕は部屋を飛び出した。ナナが僕のことを心配する視線や、アスカの静止を促す声も背中に感じていたが、僕はそれらを無視して駆け出した。
無我夢中で城の中を駆け回り、僕は外へと飛び出した。そこでは先ほどと同様に兵士たちがミニデーモンに抵抗していたが、旗色はあまりよろしくなさそうだった。
横目眺めながらでその光景を通り過ぎて、ナナの腕輪から発せられる気配を探っていた。
「北の方だな。急ごう」
僕は月明かりの全くない空の下を全力疾走で、ナナを傷つけた犯人を追いかけた。
気配を辿って犯人を追いかけているうちに、僕はギーグ山のふもとにある森の中へと足を踏み入れていた。
森の中は妙に静かで、この道はついさっきイヴを対峙しに行く時に通ったはずなのに、初めて訪れたかのような、そんな違和感がこの森を包み込んでいた。
そして、木々に囲まれた道の先に、一つの影が山の方へ向けて歩いていた。急出いる様子もなく、悠然とした様子だった。
「待て!」
呼びかけると、律儀にもその影はこちらを振りかえった。
この闇に染まるかのような真っ黒な全身に、顔の部分には奇妙な仮面。闇に溶け込んでいるせいで、仮面だけが空中に浮いているような奇妙な図にも見える。
「ねえ。アンタは何が目的なんだ? ナナの腕輪を使って何を企んでいるんだ?」
僕の言葉に影は答えることなく、じっとこちらに顔を向けている。その仮面の奥で彼がどんな表情をしているかは窺い知れない。
さっきのミニデーモンの襲撃があるまで、僕はこれまで腕輪を目的に襲ってきた首謀者ははイヴだと疑っていなかった。何より、イヴは腕輪のことを知っていたし、何より腕輪を欲してようだったから。
だけどイヴは僕の手で葬ったにもかかわらず腕輪目当てでナナは襲われた。すなわち、僕らに何度も襲いかかってきた真犯人は、イヴとは別に存在するということになる。
ただ、僕は前からその犯人の正体に少しばかり心当たりがあった。
その心当たりを信じたくなくて、腕輪を狙った犯人をイヴであると納得しようとしていただけだったのかもしれない。
ルミナスの近くの洞穴に腕輪を受け取りに来た怪しい人物。
その後、ルミナスの宿で僕たちに襲いかかってきた人物。その際に僕の剣によって、右腕を負傷した人物。
――それらの条件を満たす人間は、きっとこの世にひとりしかないのだ。
「もうやめよう。こんなことは……僕はナナを悲しませたくない。だから、その腕輪を返してもらうよ! ニール!」
思いっきり断言した後も、僕は心のどこかで自分の考えが外れてくれるように祈っていた。だって僕たちの兄貴分であるニールが、何度も僕たちを傷つけようとしていたなんて信じたくなかったから。
だけど僕の儚い祈りはむなしく、目の前の人影は小さく笑って黒いマントを脱ぎ、仮面を外した。




