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3-9 決着

 あれからどれだけ経っただろうか。すでに時間の感覚はなくなっている。それどころか、五感もすでにその機能を満足に果たせていない。

「はっ……はっ……」

「最初はびびったけど、動きが単調すぎるな。それじゃあ、俺は捉えられない」

 僕は再び歯を食いしばってイヴの脳天目がけて剣を振り下ろす。イヴは巧みには僕の攻撃を受け流し、剣のような右腕で反撃を加えてきた。

 単調な攻撃に単調な反撃で返される。このやり取りは何度目だろうか。

 今の僕の脳みそにそれを数えるだけの余裕なんてない。わかっているのだけれど、対策なんて思い浮かばない。

 大地に二本の足を下ろし、憎い敵を見やる。

 痛みはない。しかし、全身は痣だらけで、身体中から血が流れていた。口の中も液体で満たされているが、味覚なんてものもなくなっているので、それが血なのかどうかはわからない。

 ただ口から吐き出した唾が真っ赤な色をしていたので、きっとそれは僕の血なのだろう。

「そろそろ、終わりだな。俺もいい加減飽きてきたんだ。来いよ! 次で終わりにしてやる!」

 くいくいと手招きして僕を挑発してくるイヴ。最初のうちは焦っていたあの悪魔も、ヒットアンドアウェイという単純な先方を繰り返しているうちに余裕の表情に戻っていた。

 あのにやけた笑みを一刻も速くけしさりたい。僕はそんな思いから、地面を踏みしめる足に力を込めた瞬間――。

「やめて!」

 唐突な背後からの衝撃。僕の腰に回されていた柔らかい手の感触、そして背後から感じる息づかい。

 一瞬、何が起こったのかわからなかったのは目の前のイヴも同様だったようで、呆けた顔をして立ちすくんでいた。

「ナナ――」

 小さく呟いて振り返ると、ナナが僕の背中に顔を埋めるようにしていた。唇を一文字に堅く結んでいて、僕の腰を締め付けるように両腕に力が込められている。

「ダメ! なんか今のユウヤ、別人みたい恐いよ……」

 ナナは僕の身体をぎゅっと握りしめる。

「ねえ、ユウヤ。このナイフ覚えてる? このナイフは、腕輪がなくなって悲しんでた時に、ユウヤが私にくれたんだよ。あの時言ったよね。命が一番大事だって。でも、ユウヤはまた無茶してる」

 そう言うと、ナナはポケットからナイフを取りだして、僕にナイフの柄を握らせる。

「前の時は、私、何もできなかった……。だから、今度は私も力になる!」

 ナナは僕の手の上からナイフの柄を掴んだ。その時に触れたナナの手は少し汗ばんでいて、だけどすごく暖かくて。

「一人じゃないよ! だから無茶しちゃダメ!」

「――――――うっ!」

身体中を取り巻いていた悪しき感情が引いていき、頭の中が晴れやかになる。

 そうして冷静になった僕は相変わらずズタボロの身体をしているけれど、なんでだろう――さっきよりも力が沸いてくる感じがする。

「ありがとう。もう大丈夫」

 イヴには届かないように、小声でナナに告げた。

 振り返った僕は、さっきまでと同じように狂気を携えた瞳をイヴへと向けた。

「じゃあ、二人で行くよ! ファイアランス!」

ナナの魔法がイヴへと向かっていくが、イヴはこの魔法を難なく避けた。

その逃げ道に先回りして、僕は一瞬でイヴへと詰め寄った。

「コロス!!!!」

 喉を枯らすほどの大声を上げて、イヴへと斬りかかる。

「もう一回! ファイアランス!」

「チッ」

 僕の剣撃とナナの魔法、両方の攻撃に対して、イヴは冷静だった。まずナナの魔法には身体を捻って何とか躱して、僕の剣撃を両腕で受け止めた。

 完全に一撃が決まったと思っていた僕は、イヴの対処にぎょっとしてしまい、剣の柄から手を離してしまった。

「しま――」

「カハハハ。知ってるか? 戦いで一番大事なことはどんなことがあっても冷静でいることなんだぜ!」

 剣を失って無防備になって僕に対して、それを好機と見たイヴは腕を思い切り振りかぶった。

 僕はさっきまで正気を失って、力任せに何度も単調な攻撃を繰り返していた。僕の攻撃パターンは目を瞑っても躱せるくらいに何度も繰り返してきた。だからこの時、イヴは油断していたんだ。

 ――僕が剣から手を離したのが罠だと知らずにね。

 おそらくいつものように冷静だったこいつならこんな単調な罠に引っかかったりはしないだろう。

 これまで何度も頭を使うことなく単調な攻撃を繰り返した僕に対して、イヴは完全に油断していたから成功した罠だった。

 イヴは自分が必殺の一撃をたたき込むことを信じて疑わっていないようで、口元を歪めていた。

 それに対して相手の出方を確認して僕は相手に見えないように、小さく口元を緩めて、懐からナイフを取り出した。

 憎い敵に向けて僕は一歩踏み出して、その懐に潜り込んだ。

 咄嗟に攻撃に転じた僕の行動に少し面食らったイヴだったが、その顔はすぐに冷静なものに戻る。

「それは前にやっただろ。学習しねえヤツだな」

 呆れた声と主に、腹部の目玉からトゲが飛び出してくる。

 もちろんこれも考慮済みだ。目の前まで迫ってきたおびただしいトゲを、なんとか体をずらしてかわした。完全に交わすことは敵わなかったようで、トゲが掠ったところから血が溢れた。しかしすでに散々傷を負わされているので、今さら傷が一つ増えたところで気にするつもりはない。

 ――進め。僕。迷うな。

 言い聞かせてさらに前進する。

 頭上からはイヴが刃を振り下ろしているが、その一撃を打ち込まれるよりも先に、僕はナイフを――ナナとおそろいのナイフを、全身の力を手のひらに込めてイヴに突き刺した。

「うおおおおおおおおおお! ストレングス!」

 ナイフにありったけの魔力を込める。

 僕の願いどおりナイフに魔力が込められ、それは殺傷力と衝撃をともなってイヴへと伝っていく。

「うぎゃああああああああああ」

 イヴは空気を切り裂くような甲高い悲鳴を上げるとよろめきながら数歩後ろに後退り、力を失い仰向けに倒れ込んだ。

「はあ……はあ……負けたよ。冷静さを欠いたのは、俺のほうだったわけか……?」

 喘ぎながら天を仰ぐ呟くイヴの声には、もうすぐ命の灯火が消えるというのに、恨みがましさというのを微塵も感じなかった。

「それよりも答えろ! お前は僕の何を知っている!?」

 地面に落ちていたブロードソードを拾い上げて、その切っ先をイヴに向ける。

「くくっ、心配するな。俺が死ねば……お前の記憶は戻る……お前は自分の記憶と向きあわないと……いけない……せいぜい頑張れよ……世の中知らない方がいい事もあるんだぜ……」

「おいっ――」

 その言葉を最期にイヴの身体は黒い灰となって消えてしまった。彼は最期の瞬間まで、口元を歪めて、不敵な笑みを浮かべていた。

 ――僕の記憶。

 心の中で呟くと同時に、

「ぐっ――」

 急に世界が反転した。

 立っていられなくなり、地面に膝をついて頭を抱える。

「ユウヤ大丈夫――」

 ナナがすごい勢いで駆け寄ってきて、その暖かい手が僕の肩にかけられる。その暖かい手はものすごい安心できるのだけれど、ナナの声はどこか遠くから聞こえてくる感じがする。

 ついに、僕は身体中の力が抜けて、自分の意志とは無関係にその場に倒れ込んでしまった。

 疲れもあったけど、それ以上に、頭がぐちゃぐちゃになっていた。

 僕の世界からすべての音という音が消失する。

 身体の底から何かよくわからなくて、もやもやとしたものが頭の中に沸き上がってくる。吐き気とか余計なものまで沸いてきたけど、それはすぐに収まった。

 そして僕はいつしか目を閉じて、意識を別のところに飛ばしていた。

 ――それは僕の記憶。遠い過去にどこかに置いてきてしまった僕の記憶。


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