3-5 謁見
翌日、僕ら五人は悪魔騒動について、詳しい話を聞くために街のシンボルともいえる、大きな城へと向かった。
荘厳な入り口の扉の前には、不審な輩は誰一人通さんとばかりに、いかめしい顔の屈強な男が二人構えていた。
僕がその門番の佇まいに怯んでいると、ニールは気にした様子もなく門番の男に声を掛けた。
「ニールだ。今回の悪魔騒動について、王様から詳しい話が聞きたい。王様に取り次いでくれ」
門番は、いきなり王様に面会させろ、という金髪の男に対して、いかめしい顔をさらにキツいものにして睨んでいた。しかし門番はニールの正体に思い至ると、少しばかり表情を緩めた。
「おぬしは、以前にあの悪魔を滅ぼした男だな?」
「ああ、いかにもだ。そういうわけだから、今回の騒動にも首を突っ込もうと思ってな。後ろのヤツらは俺の付き添いだ」
「そういうことならば、少々ここで待っていてくれ。我が王にお伺いを立ててくる」
そう言って場内に入っていく門番。もう一人の門番は唇を固く結んだまま、直立不動の状態で僕らのほうには見向きもしなかった。
しばらくして、門番が戻って来て僕達を城に招き入れてくれた。
「じゃあ、王様のところまで案内するからついてこい」
城に一歩足を踏み入れた瞬間、そこには別世界が広がっていた。
床も壁一面も見るからに高そうなタイルが敷き詰められていて、足下にはナナの髪の毛と同じくらい真っ赤な絨毯が敷かれている。その絨毯は土足で踏んでしまって大丈夫なのか心配してまうほど、高価そうな感じがした。他にも通路の脇には高そうな壺が置いてあったりで、もし割ってしまったりなんかしたらどうなるのだろうか、と考えると身が震えそうになる。
キョロキョロとしているのが田舎者丸出しな感じがしないでもなかったけど、実際僕は田舎者なわけだし、こればっかりは勘弁して欲しい。
真っ直ぐに歩いて廊下を抜けると、そこにはエントランスホールが広がっていた。訓練ができそうなほど広い空間で、ここだけですでに我が家よりも広い感じがする。
ホール内を、全身をものすごく重たそうな鎧で固めた兵士が巡回していた。あの人たちはいざというときにちゃんと動けるのだろうか。なんて、勝手に心配したのだが、まあそういう訓練も積んでいるのだろう。
エントランスホールの先にある大きくて豪華な階段を登り、その先の通路を通って謁見室の前にたどり着いた。
きっと僕らが通ってきたところなんて、この城にしてみれば氷山の一角に過ぎないのだろう。せっかくの機会だったので、もう少し城の内部を見て回りたい気もしたけど、こればっかりは仕方がない。それに城の中に入るという経験だけで、十分貴重なんだから文句を言うつもりは毛頭ない。
仮にこの城の中をずべて散策するとしたら、丸一日かかっってしまうか、ひょっとしたら一日じゃ終わらなさそうなくらい広いような感じがした。
「なんか、緊張するね」
「うん。なんか異世界に迷い込んだみたいだ……」
いよいよ王様とご対面ということで、謁見室の扉の前で緊張を隠せなくなった僕とナナは小声で会話した。別にしゃべったらいけないなんて言われているわけではないのだが、雰囲気に圧倒されて、なんだか口を開いてはいけないような気がしていたのだ。
先頭にはニールと門番が、その後ろにマリヤとアスカが、その後ろに僕とナナが並んで扉を押し開けた。
扉の向こうには年の頃は四十前後、口元には白い髭をたくわえた男性が煌びやかな椅子に腰掛けていた。身体は僕よりも二回りくらい大きくて、いかにも王様というような威厳のある風貌をしていた。
「陛下! ニールとその一行を連れて参りました!」
門番の男が僕らの前に踏み出して、王様の前で跪く。
「うむ。御苦労、下がって良いぞ」
王様が尊厳に満ちた厳かな口調で言うと、門番の男は立ち上がって、もう一度王様に礼をしてから謁見室を後にした。
「おおニール、久しぶりだな。元気にしてたか? 何やら大勢でやってきたようだが、そちらは、おぬしのお仲間かな?」
今度は表情を崩して、親しみやすい温和な感じでニールに問いかける王様。
王様たるもの様々な相手に会わせて、様々な顔を使いこなさないといけないのだろうな。そのやりとりを見て、僕はそんなことを思った。
「はい。その通りです。何やら王都で不穏な空気があるとのことで、俺以外にも腕の立つ者を連れて参りました」
「ほほう。各々の紹介についてはまた後ほど、聞くとして。まずは、最近起こっている悪魔騒動について話しておこう」
王様はニールを一瞥してから、ニールの背後に立っている僕らを一瞥してから語り始める。
「今から半年ほど前からかな。王都周辺でミニデーモンの被害が急激に増加しているのだ。一応は城の兵士を配備して警護に当たっているのだが、現状それだけで手一杯になっている状況なのだ。最近はついに、街中にまでミニデーモンが侵入してくるなどという事態になっておる。正直に言って、ミニデーモンを召還しているであろう大元の悪魔までは手が回らないのだ……」
自分たちのふがいなさを白状するように、目を伏せて申し訳なさそうに語る王様。
「事情はなんとなくわかりました」
ニールに胸に手を当てて、まっすぐに王様を見つめる。
「残念なことに、今この国にニールよりも腕の立つ者はいないのだ。以前も悪魔退治に協力してくれたニールに、どうか力を貸していただきたい……」
なんと王様は玉座から立ち上がって、ニールに頭を下げた。その光景に僕らは本当に唖然とした。だって、一国の王がだよ。この国で一番偉い人がニールに頭を下げたんだ。これに驚かないで、何に驚くっていうのだろうか。
「頭を上げてください。その頭は俺なんかに下げていいほど、安くないはずです」
「ああ、済まないな」
ふうっと息をついて再び玉座へと戻る王様。
「ミニデーモンを召喚している悪魔本人が、いつここを襲撃するかわからない。そう思うと、私を含めた王都の民も気が気じゃないのだ」
王様の声はどんどん小さくなっていく。それに比例して王様の身体もどんどん小さくなっていくような錯覚を覚えた。そうなると、顔に刻まれた皺もなんだか最初に見た時よりも濃くなっている気がする。
「わかりました、王様。この不肖ニール、悪魔退治に協力しましょう。なんといっても悪魔と俺は、因縁の深い、切っても切れない関係ですからね……。それに俺はもともとそのつもりでこの城までやってきたんですから」
「ありがとう。報酬は弾もう。楽しみにしておいてくれ」
王様は心底安心したかのよう口元を綻ばせた。
一国の王様にこれだけ信頼されているニールって何者なんだ? ひょっとしたら、僕はとんでもない人に剣術を教わっていたのかもしれない。
「ところで、その悪魔について目撃情報とかはないのですか?」
「実はな、北にあるギーグ山で目撃情報があるのだ。兵を率いて討伐に行くことも考えたが、そうすると、どうしても王都の警備が手薄になる。そう考えると放置せざるを得なかったのだ。証言はギーグ山を通りかかった冒険者によるものだが、青い体をしていて、へその部分に目玉のような模様が描かれているとのこと。本人はその姿を目で捉えた見た瞬間、一目散に逃げ出したとのことだから、証言の信憑性に関しては曖昧なところだと本人も認めていた」
「そうですか。しかし他に手がかりがない以上、ギーグ山に行ってみるのが賢明でしょう。くくくっ……、つくづく、悪魔は俺と縁が深いな――」
口元を歪めて、歪な笑いを浮かべるニール。
「ところで、お前らはどうするよ? 俺の手伝いをしてくれるか? ここまでついてきてくれただけでも割と助かったんだ。悪魔退治まで強制するつもりはないぞ」
ニールが僕らの方に向き直って問いかけてきた。
僕の返事は決まっている。
「僕は行くよ。ニールに任せてはおけないからね」
もともと悪魔を退治するためにニールについてきたんだ。今さら引くつもりもない。それに、昨夜のマリヤとの出来事のおかげで、その悪魔の存在は僕の中で切れないものになっている気がするんだ。
だってさ、その悪魔を退治することこそが、世界を救うことにつながるかもしれない。そう考えると、なおのこと手を引くわけにはいかない。
「じゃ、じゃあ……私も行くっ! またユウヤが無茶しないか、ちゃんと監視しないといけないからね!」
少し震えた声で、ナナはその震えを誤魔化すかのように言い放った。
「それじゃあ、あたしも行こうかしら。悪魔と言うのにも多少興味あるし」
アスカは対照的に、気軽な調子で言った。
「私も……」
マリヤも遠慮気味ではあるが、静かに答えた。
「ニールの知人を疑うわけではないのだが、そちらの方々の腕はどうなのだ? 今回の悪魔の腕前はわからないが、以前にニールが討伐した悪魔は相当手強かった。それと同様の力を携えているとすると、生半可な腕ではあっさり殺されてしまうぞ」
不安そうな表情を作って僕らを見つめる王様
それはもっともな言い分だと思う。
アスカはともかく僕なんてまだまだひよっこだし、ナナも才能はあるのかもしれないが、その見た目通り実際にまだまだ未熟な少女だ。王様の目にもそう映っていることだろう。
さらにマリヤに至っては、ナナよりも幼い外見をしている。マリヤが本当に戦えるのかは僕も知らないし、今日初めて出会った王様が彼女を見て不安に思う気持ちもよくわかる。
「大丈夫ですよ。王様。こちらの二人は、以前この城で働いていたリンカさんの子供。そのリンカさんに鍛えられてるんですから、心配はしないで下さい」
自信満々に告げるニール。
「おお、なるほど。あのリンカ殿の……。それなら心配いらなそうだな」
母さんの名が出た瞬間、王様は心配が吹き飛んだかのように晴れやかな表情をした。
僕は母さんと血がつながっていないし、アスカやマリヤはそもそも母さんとは関係ない。実際に母さんの訓練を受けたのは、ナナだけなのだが、わざわざ王様の悩みの種をぶり返す必要もないだろうと思って黙っておくことにした。
母さんが以前にこの城で魔法の研究をしていたことは聞いたことがあったけど、それにしても王様に信頼されるほど優秀な魔道士だったと知って少し驚いた。
「それから王様。このユウヤという男は、どんな攻撃も受け付けない防御を得ると言う魔法を使えるのです」
「えっ――?」
ニールの言葉に僕は素っ頓狂な声を上げてしまう。
見ると、ニールは、これから起こることを想像してニヤニヤと笑みを浮かべていた。
ひょっとしてアレをやるの? ここで? どうせ実戦じゃ使えないのに……? かっこわるいっていうのもあるけれど、消耗が激しいからあんまりやりたくないんだよなあ……。
「ユウヤ! 早くしないか! 王様を待たしては、失礼にあたるぞ」
ニールが僕を急かしてくる。
「硬化魔法っていうのは、身体を石で固めたりする、土属性の魔法かね? それとも氷で全身を固めるのか?」
輝いた瞳で王様が聞いてくる。
そんなんだったら応用も効いて格好良さそうなんだけれどね。
「え、いや、ちょっと違うんですけど、とりあえずやってみるので、ご覧ください」
王様に話しかけてもらったことを噛みしめたいところだったけど、そんな暇はなさそうだ。
しょうがない、ここは腹をくくってやるしかない。
「かっちんこっちんになれ!」
「あははははははははは」
僕の呪文の言葉を聞いて、ニールが腹を抱えて笑いだした。その隣ではナナも笑いを堪えているようだった。
この魔法を初めて見るアスカや王様は開いた口が塞がってなかった。
マリヤは無表情のままこちらを見つめている。彼女の視線がどこか冷たく感じた気がしたのはきっと気のせいだろう。いや気のせいに違いない。
もしかしたら僕がこんな魔法を使えるようになったのは、昨夜のことを思い返す限り、マリヤのせいなんじゃ……。まあこの場でそのことに憤りを感じても仕方がない。
「やりましたよ。それでどうするんですか?」
見た目に変化はないけれど、全身が鉛でできたかのように重たくなって、身体の一部分すら動かせなくなる。口も動かせないはずなのに、どうしてか声は出せる。
口も動かないのにどうやって僕の声が外まで伝わっているかはわからないが、そもそもこんな魔法が使えること自体不可思議なのだから、それくらい目を瞑ってほしい。
「そうだな。じゃあ、これで叩いてみるか」
ニールは腰にぶら下げてあったを、鞘に刺さったままの状態で掲げて見せる。いくら抜き身になっていないとはいえ、鞘で殴られるだけでも相当痛い。
ちなみに経験者として語らせてもらうと、涙が出てうずくまってしまうほどに痛かった。
そんな状況を、周囲の人たちは固唾を飲んで見守る。
「いくぜ! せーのっ!」
ニールは合図とともに、僕の腹を目がけて力の限りに剣を振った。
僕の体躯とニールの剣の鞘がぶつかり合った瞬間、ゴンッ! という鈍い音が謁見室に音が響く。
「こんな感じです。王様。痛っ――」
ニールは僕の身体をぶっ叩いた衝撃を手のひらにモロに食らって痺れたみたいで、その痺れを逃がそうと手をひらひらとさせている。
「これはすごい。キミ、あれだけの攻撃を受けてなんともないのかね?」
「はい。平気です」
「ただ……」
王様はどこか気まずそうに視線を泳がせる。
「結局、どんな属性の魔法なのかも気になるのだが、ただ……その……魔法を発動させる時の、間の抜けた呪文はどうにかならんのか?」
「ならないです……」
ホントは僕だってどうにかしたい。まあどうせ実戦じゃ使い道がないから別に構わないんだけども……。
魔法を解くと、少しの間は全力疾走した後のように、息切れの状態になった上に、硬化した体勢のまま動けなくなる。
戦闘において、これだけの隙は間違いなく致命傷となり得るだろう。よって、この魔法の使い道は今のところまったく見出せていない。物珍しいへんてこな魔法にすぎないのだ。
「すごいのね。あたしもちょっと試しにやってみようかな」
アスカが僕の前まで歩み寄ってきて拳を握りしめた。
彼女の覇気を受けて、僕の全身から湧き出る汗が、嫌な予感と生命の危機を告げる。
「ちょっと、待っ――」
「それじゃ、行くわよ!」
勢いを付けて振り抜かれた拳は、僕のみぞおちに強烈な衝撃を与えた。
「うぐっ……」
口から息を漏らしただけの小さなうめき声を上げるのが僕の精一杯。うなだれるようにして僕はその場にうずくまった。
「あら? おーい大丈夫?」
アスカは苦しそうに悶えている僕の心配をする素振りすら見せず、うずくまっている僕の体をツンツンとつついていた。
アスカも一応は手加減してくれたのだろう。僕は無防備な状態だったわけだから、本気で殴られたらきっと意識が飛んでいたはず。
そんな彼女の気遣い? もあって、うずくまったまましばらくすると痛みが引いていった。
って言うかコイツ、僕の魔法が切れているのを知っていて殴ったんじゃないだろうな。
僕には女の子に殴られて喜ぶ趣味はないのに……。いや、ホントに。マジで。
もし目覚めちゃったらどうすんだよ……。
「コホン。とにかくだ」
王様は仕切りなおす様に、玉座から立ち上がり咳ばらいをした。
「ニールには以前の悪魔退治の時に、辛い思いをさせたと言うのに、それをまた蒸し返すような――」
「いいんですよ。これで。仮に前の事件が一段落ついていないとしたら、なおの事、俺がやらないといけない事です」
王様の言葉をさえぎるニール。
「うむ。それでは、せめてもの配慮として、ここに滞在する間の食事と住まいはこちらで面倒を見させていただこう。城の空き部屋を用意するので、滞在中はそこを利用するといい」
「はい。それでは失礼します」
ニールは一礼し踵を返してその場を後にした。その背中に続いて、僕らも謁見室を後にした。




