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3-4 キミが勇者だ

 久しぶりにふかふかベッドに横になれたというのに、僕はなかなか寝付けなかった。

 いくらベッドで目を瞑っていても、一向に眠れる気配がなかったのだ。野宿が続いたせいで、それに慣れてしまって、快適な環境だと逆に落ち着かなくなってしまったのかもしれない。

 このまま寝っ転がっていても仕方がないか。

 そう思った僕はベッドから下りて、外の空気を吸いに行くことにした。ガーデルは一部治安が悪い区画はあるが、僕らが利用している南区画は、ガーデルでも治安がいいところとされている。まあだからこそニールは南区画の宿に寝泊まりすることにしたのだけれど。

 周囲の家の窓から漏れる明かりがほとんどなくなっているような時間帯にも関わらず、通りには人の姿があった。それは酔っ払いであったり、巡回中の兵士であったり、様々である。

 通りを少し歩き、大きな噴水のある広場までやってきた。この時間には噴水が打ち上げられていないが、僕はその池の正面に位置するベンチに腰掛けて天を仰いだ。

 雲ひとつなくて、満天の星空。月は満月から少し欠けたような形をしている。

 都会の空は汚い、みたいなことを誰かが言っていた気がするけれど、僕らの村と変わらないくらいに十分に綺麗名夜空が浮かんでいた。

「ユウヤ……、なにか考えごと?」

 不意に背後から話しかけられて、顔をだけで振り返ると、そこにはマリヤが夜空を背景に佇んでいた。

 白いローブに、闇に溶けているかのような真っ黒の髪。丸みを帯びた輪郭に、十歳くらいの幼い顔つき。

 もし背中に羽でも生えていたら、天使と見間違えてしまうかもしれない。

「ちょっと寝られなくてさ……」

「あなたは今何を考えているの?」

 マリヤは僕の隣に腰掛けてしたからのぞき込んでくる。彼女の眼はすごく澄んでいて、僕の考えだって、なんでも見通せてしまうような、そんな印象を受けた。

「そうだね……。いろいろと……かな。この間、ミニデーモンと遭遇したでしょ。悪魔騒動っていまいちピンと来ていなかったけどさ、あれから改めて意識するようになったんだよね。自分が今やろうとしていることとかさ」

「…………」

「別に今さら怖じ気づいたわけじゃないよ。戦う覚悟はとっくにできている」

「そう……」

 小さく呟いたマリヤは、僕の話にあんまり関心がなさそうだった。話題を変えるべきかなと思っていると、マリヤのほうから話を振ってきた。

「ところで、あなたはあれから何か思い出した?」

「あれって……、どれのこと?」

 少し考えてみたけれど思い当たる節がなく、僕は目の前の少女に問い返した。

「とぼけてはダメよ。腕輪を取り返した時にあなたは記憶の断片を覗いたはず。そのときにその欠片をつかみ取ったはずよ」

「……?」

 マリヤは明らかに断言している様子だけれど、記憶の断片なんか覗いたっけ?

 腕輪を取り返したときは、僕はフォロスという男にぼこぼこにされていたけれど、マリヤがやってくると同時に、なんだかよくわからない力がわいてきてフォロスをやっつけた。それから意識を失って、変な夢を見て――

「もしかして、それってあのときに見た夢のこと?」

「それ以外になにがあるの?」

 さも当然とばかりに言ってのけるマリヤ。

「いや、まあ……。言われてみれば、それっぽいイベントはほかにないけどさ。でも、あれが僕の記憶の欠片とは思えないんだけど……」

「あら、どうして? ユウヤは記憶をなくしているのでしょう? だったら、あれが自分の記憶にないものだって断言できないんじゃないの?」

「いや、まあそうだけどさ……」

 言いたいことはわかるけど、腑に落ちない点がいくつかある。

「だってあの夢には――」

「それで、あれから似たような経験は起きていないの?」

 抗議の言葉を並べようとしたところを遮られてしまう。

 ここで意地を張って納得するまで、記憶の欠片かどうかを問い返すというのはちょっと大人げない気がする。だから僕は素直にマリヤの言葉に答えることにした。

「う~ん、そうだね。今のところはないかな」

 それどころか、最近は夢すら見ていない気がする。いや見ているのかもしれないけれど、最近は夢を見ているのかどうかをまったく覚えていないのだ。

「そう。まあいいわ。多少強引にはなるけども、もう時間が惜しいの。これからあなたの使命がどういうものだったかを見せてあげる」

 マリヤは目を伏せて嘆息する。

「それって、どういう……」

「こうなってしまったのは、少なからず私の責任もあるわけだし仕方ない……」

 僕はマリヤの言葉の意図を一つとして理解できなかった。

 マリヤから答えを引き出すための疑問の言葉を探していると、おもむろにマリヤが手を伸ばしてきて、頭の上に手のひらをぽんっと乗せてきた。。

「――っ!」

 マリヤの手が触れた瞬間、僕の頭の中に、電流が走ったような激しい痛みを覚えた。ぐるぐると頭の中が直接かき回されたような気持ち悪い感じ。

 腹からのど元まで何かが逆流して、こみ上げてくる。

 ――僕の使命? そんな大層なものが僕に与えられているというのだろうか? それならば誰かの使命?

 いろいろ思考が脳内を駆け巡る。やがて僕の意識はこことは違う世界に飛ばされた。


 そこは無の世界。周りには何も見えない世界。全てが真っ白の世界。そんな中に僕は佇んでいた。

 しばらくすると、その空間に二つの影が浮かび上がる。一つはマリヤ。そしてもう一つは――僕と同じ姿形をしたモノだった。

「な! なんで僕がもう一人!」

 思わず僕は大声を上げて叫んだが、二つの影には僕の声が届いていないようだった。それどころか、僕の存在すら認識していないように思える。

「これは以前、私とユウヤが会った時の私の記憶。それをあなたに見せているの。これを見れば少しは思い出せるはず」

 後ろからマリヤの声が聞こえてきたので、振り返るとそこにはマリヤがもう一人いた。

 ただ彼女の目は明らかに僕の視線と重なっていたので、こちらのマリヤは僕のことを認識してくれているらしい。

 種々の疑問を問いかけるようとしたところ、マリヤが機先を制するかのように口を開いた。

「とりあえず言いたいことは色々あるでしょうけど、今は少し黙って流れに身を任せていて」

「わかった……」

 僕の本能がここは彼女に従うべきだと告げていたので、言われた通り口を噤んで、もう一人の自分ともう一人のマリヤのやりとりを眺めることにした。

 自分と同じ姿をした人間を観察するのはなんだかむず痒い気分だったけど、目の前の二人はとても真剣な様子だったので、目を逸らすことなく彼らのやりとりをじっと見つめていた。

「…………」

 僕と同じ姿の男が、なにやらしゃべっている様子だったが音がここまで聞こえてこない。

 そうこうしているうちに、今度はもう一人のマリヤがもう一人の僕に向かって話し出した。どうやらもう一人のマリヤの声は聞こえるらしい。

「あなたは勇者として世界を救って、自分の願いを叶えなさい」

 ――――っ!

 その言葉が僕の耳を通って、脳内に響いた瞬間、身体の奥底から何かが沸き上がってくるような感覚があった。身体が熱くなって、頭がぼうっとしてきているのに、なんだか冴え渡っているような矛盾した感覚。

 僕はどうして、英雄――勇者に関連した話にずっと興味を抱いていたのか。

 僕は無意識のうちに世界を救う存在を求めていたとしたら? そして僕は本能に近い部分でそれにならないといけないという義務感を抱えていたとしたら?

 頭の中に沸いてくる疑問には、すべて肯定の答えが投げかけられる。何かが、かちりとはまったような感覚を覚えた時、もう一人のマリヤが言葉を続ける。

「力も僅かばかりだけどあげる。この力は特殊な力。特殊な力が蔓延している、あの世界でもさらに特殊な力」

 特殊な力? もしかして、僕の魔法のことだろうか?

 ああそうか。だから僕が使う魔法はナナやニールとは本質的に異なっていたのか。

 すごく荒唐無稽で突飛な話だという自覚はもちろんある。だけど僕の中の記憶の残滓というか、そんなものが目の前で繰り広げられていたやりとりを、実際に起こった出来事として認識したのだった。

 そうか。僕は以前にこの場所でマリヤと会っているんだ。

 ――それは間違いなく僕が失った記憶のひと欠片だった。


 納得がいく、という表現は適切ではないけれど、自分の中でいくつかの結論を見出せた時に、場面が切り替わって、僕は広場のベンチに腰掛けていた。

 ようやくはっきりとした記憶がよみがえってきた。僕はこの少女とどこか遠い場所で出会い、約束、いや契約を僕は交わたのだった。それは勇者として世界を救うということだった。

「とりあえず、思い出したよ。ホントに僕は、勇者だったんだね」

 まだまだ半信半疑、というのが正直なところだけれど、自分が勇者だって告げられて心を躍らせない少年はこの世にいない。

 しかし、色々と疑問に思うところもあった。

 僕が世界を救う事と引き換えに願った事とはなんなのかということ。

 そして、あの空間にいたもう一人の僕は、現在の僕と同じような姿形をしていた。

 ここに矛盾を感じずにはいられない。

 だってさ、僕の記憶がないのは五年前くらいからなんだ。記憶喪失といっても最近の記憶をなくしているわけではない。

 だからさっきの空間の僕が、僕の失った記憶を持っている僕だとすると、そこに矛盾が生じることになる。僕はこの五年という成長期を乗り越えて、随分と背が伸びたのだ。五年前、ナナの家に拾われた時なんか、ナナと同じくらいの身長だったのだから。

 遠くに聞こえる街の喧騒を耳に入らないくらいに、僕は思考に耽っていた。

「ユウヤには頑張って世界を救ってほしい。今はそれだけを考えて。もしそれが達成できた暁には、あなたが今抱いている疑問もすべて解消するはず……」

 マリヤの言葉に思考を中断して、意識を彼女のほうに向ける。

「それでも、僕には分からないことだらけだよ。そもそも、世界を救えって言われても、この世界は今危機に面しているわけ? もしかして、今起こっている悪魔騒動が世界に危機をもたらしているとでもいうの?」

 矢継ぎ早に投げかけた質問に関して、マリヤはただ顔を背ける、という答えを返した。

 ベンチから立ち上がって、闇に消えていこうとする少女に対して、僕は――

「ちょっと待って! 君はいったい何者なんだ?」

「それは内緒」

 そういって振り返った彼女の表情は整いすぎるほど整っていて、背筋が震えるほど――芸術的なくらい美しいものに思えた。

「この世界のどこかに、ユウヤの記憶を封印した存在がいるの。そいつを倒せば、ユウヤは完全に記憶を取り戻せるはず」

「ちょっと! 僕の記憶って!」

 僕の声はマリヤに届かない。そして、今度こそマリヤは暗闇へ紛れてしまった。

 閉ざされた自分の記憶の一部を垣間見ることができたが、改めて考えてみると、進展らしい進展はなかったような気がする。

 漠然と、あなたは勇者よ、なんて言われたところで、実感が沸かないというのが正直なところだった。それどころか、自分が知らない自分を見てしまった気がして、なんだか僕という存在に少し恐怖すら覚えた。

 それでも、できることならば僕は勇者として世界を救いたいと思う。

 今王都を騒がせている悪魔騒動と世界を救うということ。そして、僕の記憶を封印した存在。

 もしかしたらこれらには、なんらかの関係があるのだろうか。


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