3-3 王都到着
王都へとつづく街道は、石畳の道がきちんと整備されていて、僕らの村の近辺の、「草のない所が道! 草があってもあんまり伸びてないのは道!」なんていうのとはわけが違う。
道幅もばしゃが余裕ですれ違えるほどに広くて、この道を歩いているだけで王都がすぐそばにあるような感じがして、僕は自然と足取りが軽くなっていた。
日はちょうど一番高い位置まで来ているころ、僕らは互いに自由なことを話しながら歩いていた。
僕らは今、街道に沿って林の中を歩いていた。周囲に生えている樹木は定期的に切り揃えられているようで、林の中にいてもどんよりとした空気を微塵も感じられない。
「ガーデルまで、ここからどのくらいかかるのですか?」
アスカが形のよい唇を動かしてニールに問いかけた。
「そうだな。このまま順調に街道に沿って、後三日ってところかな」
ニールは肩を竦めてため息をついた。
そのやりとりを横目で眺めてから、僕は言葉少なげに下を向きながらついてくるマリヤに話をふってみる。
「そう言えば、マリヤはガーデスに何の用があるの?」
「世界を救うための準備」
淀みなく僕の瞳をまっすぐ見つめてくるマリヤに、僕は返す言葉を持っていなかった。
ああ……そういうやつね。僕もそういう類の話は好きだけど……。
そういえば、初対面でいきなり、勇者がどうとか言ったやつもいたっけ……。
そんなことを思いながら、少し前を歩いているアスカの横顔に、侮蔑を込めた眼差しを送ってみると、僕の視線に気づいたアスカはこちらを向いて、背筋が冷えてしまいそうなくらい満面の笑みを返してきた。
本能的な部分が、アスカには逆らうなと告げていたので、僕は思わすその視線から目を背けた。
僕とアスカのやりとりを見ていたのか見ていなかったのかは不明だが、マリヤは相変わらず何を映しているのかわからない瞳を僕のほうに向けていた。
「ちなみに、これはユウヤにも関係ある話よ。世界を救う勇者はあなたなのだから」
「勇者?」
あっ……、思わず、勇者って言う単語に反応してしまった。
「それって、どういう――」
しかしその先に続く言葉は乱入者によって遮られた。
「キー!」
超音波のような甲高い声を上げて僕らの行く手を遮ったのは、羽根の生やした魔物だった。全身真っ黒で、コウモリを少し大きくしたような魔物。目の奥にある真っ赤な瞳は鉱石を埋めているかのように無機質で、頭部には日本のツノを生やしている。
今まで直接目にしたことはないが、名前は知っている――ミニデーモン。その数はちょうど僕らと同じ五匹。
「魔物だ! みんな気を引き締めろ!」
林全体に聞こえるような声量でニールの声が響いた。
僕は腰のブロードソードを抜いて構える。
すぐさまニールが一番遠くにいるミニデーモンへと斬りかかった。
しかしそのミニデーモンは僕らに背を向けて、木と木と間にある茂みへと入ってしまった。
一瞬どうするべきか、ためらってニールだが、意を決してその背中を追いかけていく。
「すぐ倒して戻ってくる! それまで持ち堪えていてくれ」
茂みの中に隠れてしまい、ニールの背中はすぐに見えなくなった。
「それじゃあ、こっちも片付けてしまいましょう!」
四対四になった空間で――マリヤを戦力としてカウントしてよいのか微妙なところだが――アスカが一歩前に踏み出した。
値踏みするように舌なめずりをしているミニデーモンにアスカがグローブを突き出したが、羽の生えている実にデーモンは空中に離脱してしまう。視線でそのミニデーモンを追ったアスカの背後で、新たなミニデーモンが奇声を上げながら両手の爪を振り上げて襲いかかった。
「キキーー!」
即座に、僕はアスカを守るためにミニデーモンの胴体をなぎ払ってやった。上半身と下半身に分離してしまったミニデーモンは、黒い灰へと変換され、空気と一体となって消えてしまう。
「ありがとうユウヤ! 後三匹よ」
後ろに飛んで、僕とアスカはミニデーモンから距離を取った。
僕らとミニデーモンの視線が交錯する。
「キキキー!」
その音とも声とも判断しにくい何かを、三匹のミニデーモンが発した瞬間――
ビビビビリリリ!
黄金のように輝いた雷光が僕に向かって跳んできた。
僕はすんでのところでその一撃をかわした。地面に着地した後に、僕が一瞬前まで立っていたところを見てみると、真っ黒に焦げていて煙を立ち上らせている。
肝が冷えたが、怯えている暇なんてない。
前に飛んで雷撃を躱したアスカは、一瞬でミニデーモンと距離を詰めて拳をたたき込んだ。まともに一撃を食らったミニデーモンは灰となって消えていく。
「ナナ! 今だ」
僕らの後ろでタイミングを計っていたナナに声を掛けてやると、ナナは待ってましたとばかりに魔法を放った。
「ファイアランス!」
炎の槍がミニデーモンへと跳んでいく。ミニデーモンは驚いた悲鳴を上げて上空に逃げようとしたが、灼熱の炎がミニデーモンの身体を包み込んだ。
ナナが魔法の炎を消すと、そこには塵一つ残っていなかった。
これで残り一匹。
油断してはいけない、と僕は気合いを入れ直して、ミニデーモンの姿を探すが、その姿がすぐには見当たらなかった。
「ナナ! 後ろ!」
いつの間にかナナの背後に回っていたミニデーモンが、唇の端からよだれを垂らしながら刃物のように鋭利な爪を振り上げている。
「え? キャアアアアアアア!」
ナナが背後のミニデーモンの存在に気付き、あわてて体内で魔力を練り上げて、魔法での反撃を試みるが、間に合いそうもない。
身体強化してスピードを上げても、僕が到達する頃には、ナナの目の前に迫っているミニデーモンの爪がナナの頭部に突き刺さっていることだろう。
――だったらどうすればいい? いや考えている暇なんてない。遠くの敵を攻撃するための手段を僕は持っているはずだ。
僕は咄嗟に懐から、ガウルの町で購入した、変な模様のナイフを取り出した。
その柄を手に取ると同時に、ナイフの切っ先に魔力を込めてやる。
ほぼ思いつきの魔法だったが、自分の手に伝わる手応えからナイフが強化されていることを感じた。
「武器強化!」
思いつくままに、僕は魔法名を呟いて刀身に魔力を伝える。
「あたれええええ!」
僕が無我夢中で投げたナイフは、十メートル近く離れていたミニデーモンへと直撃するような綺麗な奇跡を描いていた。
「キーー!」
爪を振り下ろす直前で、僕のナイフが突き刺さったミニデーモンは大きな悲鳴を残して灰となった。同時に支えの失ったナイフが地面に転がる。
小さな金属音が響き渡ると同時に、ナナは呆然とした表情でその場にへたり込んだ。
「私、助かったの?」
ナナは自分が助かったことが信じられないという表情をしていた。
「ええ。大丈夫よ。みんな無事」
気づけばナナの隣に立っていたマリヤが、ナナを見下ろしながら励ました。
「うん……。よかった……。マリヤちゃんも大丈夫?」
「私は平気」
マリヤの言葉に小さく微笑んだナナ。
「大丈夫か?」
僕がナナへ手を差し伸べると、柔らかくて小さなナナの手が僕の手を掴んで、立ち上がった。
「うん。ありがと」
僕にお礼の言葉を述べて、ナナはお尻についた埃をぽんぽんと払った。
僕は地面に落ちていたナイフを拾って、あたりを見回してみる。
「もうあいつらはいないみたいだね」
一息ついたところで、ミニデーモンの一匹を屠ったナイフの切っ先を眺める。
さっき無我夢中になってたから気づかなかったけど、一歩間違えたらナナにナイフが直撃していたのかもしれないんだ。そう思うと、自分のコントロールの良さに感謝するばかりだった。
懐にナイフをしまいながら僕はとあることを考えていた。
ミニデーモンとは別名悪魔の手下、もしくは使い魔と呼ばれている。ミニデーモンの上位種である悪魔の手によって召喚され、彼らの住んでいる魔界からこの人間界に姿を現すのだ。
ということはつまり、この近くに僕たちを襲ったミニデーモンの親玉がいるのかもしれない。
もしかして、ガーデルで騒がれている悪魔とやらはこのあたりにいるのか?
そう思って、注意を飛ばして気配を探ってみるも、それらしい気配は感じなかった。
それはそれで、連戦にならなかったことを喜ぶべきなのだろう。だけど――なぜだろう。
どうにも胸騒ぎというか、嫌な予感とか、そんなものが頭の中にこびりついて離れてくれない。
腕輪のこともあるし、ひょっとしたら僕が想像してるより、ずっとややこしいことに僕らは巻き込まれているのかもしれない。
そんなことを考えてしまうのは、ミニデーモンと対面したということで、いよいよもって悪魔騒動と直面するという実感が沸いてきて、神経が過敏になっているだけかもしれないけれど。
「そう言えば、ニールさんはどうしたの?」
アスカはニールが走って行ったほうの茂みを見つめている。
「ミニデーモンなんて、僕らでもなんとかなるくらだし、ニールが苦戦するとは思えないんだけどなあ。ちょこまかと逃げられてるとかかな?」
「あら、ニールさんのこと、ずいぶん信頼しているのね」
アスカは目を細めて口元を綻ばせている。
「まあね。だってどう考えてもこのメンバーで腕が一番立つのはニールだからね」
そんなやりとりをしていると、
「安心しろ。もう倒して来た」
「うわっ! ニール」
いつの間にか、僕の背後にはニールが立っていた。
さっきの僕の台詞、もしかして聞かれてたのかな? そう思うと、なんだか少し恥ずかしい気分になった。
「それじゃあ、気を取り直して行くか。ほれさっさと行こうぜ」
僕はニールに背中を押されて再び王都への道を歩き出した。
背中に感じたニールの手は本当に大きくてごつごつとしていて、本当に頼もしい手という感じだった。
ミニデーモンに襲われてから、予定通り三日後に僕らは王都ガーデルの城壁をくぐった。
――王都ガーデル。
僕の村が五つは入るんじゃないかと思うほどの大きな街の中央には、それに相応しい大きな城が燦然と佇んでいる。街の入口は四方に開けており、そこにある門からは常に人が出入りしている。どこを見渡しても建物がひっきりなしに並んでおり、通りには露店は賑わいを見せている。
耳を澄ませなくとも、人々のざわめきが絶え間なく耳に入ってくる。それは子供の声で会ったり、商人たちが売り込みをしている声だったり本当に様々だ。
そのざわめきが、田舎者の僕にとっては落ち着かなくもあり、心地よくもあった。
しかしこれほど大きな街になると、どれだけ警備を厳重にしていても、暗い部分も存在すると言われている。
街の東側から一つ裏側の路地へ入ると、そこには闇市や闇酒場などが存在するらしい。そこでは日々、盗作物や違反物が高値で取引されているという。
僕達のような一般人が行ったら、きっと因縁をつけられて身ぐるみはがされることになるだろう。でも案外そういうところには重要な情報が隠されてたりするらしいんだけれど、できるだけ身が竦むような思いはしたくない。本当に用事がない限りは、東側のほうには寄りつかないようにしようと思う。
僕たち一行はというと、南側の門から街に入り、その先にある大きな通りを歩いていた。
すでに日は傾いており、もう少し時間が経てば、街の中から太陽の光が消え去り、闇が支配するようになるだろう。まあこんな都会まで来れば、至るところに街灯が立っているおかげで、夜になろうとも暗闇なんて追い払ってしまいそうだけれど。
街を歩いていると、僕たちはすれ違う人たちに注目されている感じがした。と言うのも、ニールはハンサムだし、アスカはさらりとした黒髪の美人だ。ナナだって可愛らしい顔立ちをしている。マリヤだって、まだまだ幼いけれど、将来はきっと美人になることを約束されたような整った目鼻立ちをしている。
僕はと言うと――それに関してはノーコメントにしておこう。
男の人は僕たちを通り過ぎた後に、振り返って、アスカやナナのほうに視線を向けていた。
さっきすれ違った三人組なんかは、「俺は黒い髪の子のほうが好みだな」「いやいや赤い髪の子のほうが可愛いだろう」「断然、俺はあの小さい子を推す」なんて言い合っていた。
それを聞いて、なんというか、自分のことじゃないのに少し誇らしい気持ちになった。それと同時になんだか胸の奥がもやもやする感じもした。
「ねえ、お嬢さん」
僕らの正面に立ち止まった男がおもむろに僕らに声を掛けてきた。当然、僕たちは唐突に声を掛けられたことに警戒をして男の顔を窺った。
「おかしあげるからお兄さんと遊ばない」
こちらの警戒を意にも介さずに言葉を続ける男。
年の頃は僕らよりも十歳以上も上に見えるやせ気味の男で、お兄さんというには無理があるような風体をしており、おじさんという表現のほうが相応しいように思えた。肌も不健康そうな色白で、髪も整えていないのかぼっさぼさだった。
長い距離を走ってきたのか、「はあ、はあ」と息を切らしながら、ねちっこい視線をマリヤに向けていた。
周囲を歩いている人間は、関わり合いにならないように遠巻きに僕らを眺めていた。
「ね、ねね、いいでしょ」
さらに呼吸を荒くさせて、マリヤへと一歩踏み出してくる男。僕はたまらずマリヤと男の間に入ろうとしたが、それをするよりも前にマリヤが口を開いた。
「断固として拒否するわ。気持ち悪いのよ。このロリコン童貞野郎」
すべてのものを見下したかのような瞳で、マリヤは鋭利なナイフよりもさらに鋭い声音で、男に向かって言い放った。
その一言に僕らは僕らは時が止まったかのように絶句して固まってしまった。
「いい年して恥ずかしくないの? そんなんだから彼女の一人もできないのよ。いや、その右手が相思相愛の彼女なのよね。んふふ、ねえ、そうなんでしょ。今日も皮を被った情けないものを惨めに扱くのでしょう?」
嘲笑と妖艶さが混ぜ合わさったような笑みを浮かべながら、マリヤは罵倒の言葉を並べた。
その可愛らしい顔つきにはとてもじゃないが似つかわしくない表情なのだけれど、その表情の作り方がこなれている感じがするのは僕の気のせいなのだろうか。というか、気のせいであってほしい。
「同い年の女の子に相手にされないからって、私みたいな小さな子に欲情するようになってしまったのね。でもね、はっきり言って気持ち悪いのよ。さっさとここから消えて」
暴力と呼んでも過言ではないマリヤの言葉が、男の神経を逆撫でしたのか、男は拳を握りしめて身体をぷるぷると震わせている。
さすがに言い過ぎじゃないか。
ひょっとして逆上してくるんじゃないだろうか。そう思った僕は、マリヤの身を守ろうと踏み出すが、それよりも先に男が動いた。
「もっと! もっと、私めを罵ってください」
男は地面に膝と額をこすりつけて、声高らかに懇願した。その様はご褒美をねだっている犬のようで、なんだかいたたまれない気持ちになった。
「さ、行きましょう」
懇願を続けている男を一瞥すらせずに、その横をスタスタと通り過ぎるマリヤ。
僕たちはどうするべきか悩んだで顔を見合わせて、すぐさま結論を出して、男を無視してマリヤの背中についていくことにした。
「ああ、これが放置プレイと言うヤツなのですね。僕は感激しました」
僕らの背後では、マリヤによって新たな性癖に目覚めた男が歓喜の声を上げていたが、僕は全力で聞こえなかったふりをした。
「ねえ、マリヤちゃん。さっきのあの人に言ってた言葉。全然意味がわからなかったんだけどどういう意味だったの? なんかマリヤちゃんかっこよかったし、私にも教えて欲しいな」
不審者を撃退したマリヤに、無邪気な笑顔を向けるナナ。
「ええそれはね――」
僕とアスカとニールは、そんな無邪気なナナを守るために、マリヤの口をふさいで、どうにか話を誤魔化したのだった。
それから僕たちは噴水のある広場を通り過ぎて、また新たな大通りを通って今日の宿屋へと向かった。
そこはニールが以前利用したことがあるという宿屋があった。
さっそく宿をとり、僕たちは久々にふかふかのベッドで一晩過ごすこととなるのであった。




