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 季節は夏になった。

 

 隆は仕事に出かけ、夏休みに入って一週間、毎日部活の栞もとっくに出かけていて、台所で幸恵が洗い物をしている音が聞こえていた。


 徹は小学校の小さな図書室の本はとっくに読んでしまい、最近では市立図書館へ通っている。先週借りてきた本もすべて読んでしまった。今日また借りに行こう、と準備していたが開館まではまだ大分時間がある。手持ち無沙汰にふと窓の外に目をやった。


 アナザーさんが走っていた。


 その時、自分が何故そうしたのか徹には全くわからない。しかし慌てて靴を履くと家を飛び出してアナザーさんの後を追っていた。


「徹、お母さん八時前には出るわね。帰りは夕方になるからおばあちゃんとお昼食べてね」


 幸恵が水の音に負けないように大きな声を上げる。徹の返事がないのを水の音のせいで聞こえないのだ、と思い気にもしなかった。

 

 アナザーさんの足はそんなに速くない。軽いジョギングといった速さだ。

 徹もはじめは余裕で付いていくことができた。しかし、町を抜けるころにはだいぶ離され、田んぼの広がる平地では遠くで右に曲がった姿を確認するのがやっとなほどに離されていた。


 徹は走ったり歩いたり座ったりしながらアナザーさんが曲がったであろうT字路を右に曲がった。山道となった道を上りきると緩やかにカーブして見通しのいい下りになった。遠くまで下っている道が見通せたがアナザーさんの姿はどこにも見えなくなっていた。


 姿は見えないが一本道だ。徹は迷わず歩を進めた。

 下りきると道はまた緩やかにカーブしながら深い森の中へと上っていた。ここでも徹は迷わず上っていったが、とうとう三叉路に出てしまった。

 

 途方にくれて立ち止まり薄暗い木立を心もとなげに見上げると、徹のほぼ真上に太陽があった。

 突然セミの声が大きくなったように感じる。徹はくるりと向きを変えると来た道を戻りだした。


 いくらも歩かないうちに後ろから足音がして、アナザーさんが徹など全く目に入らない様子で追い越していった。

 ハア、と徹はため息をつく。喉がからからだった。足の裏はずきんずきんと脈打っている。

 図書館に行くつもりだったので半ズボンのポケットにはジュース代ほどの小銭は入っているが、見えるところに自販機はないし、来る途中どこにあったか定かではなかった。


 縁石の上に10分ほど座って休み、フウウー息を吐くと徹はまた歩き始めた。

 行きは長い下りだった坂に差し掛かった頃、瞬く間にあたりは暗くなり、ボ・ボ・ボと音を立てて雨が降り始めた。すぐに風も強くなり、激しさを増す雨とともにザアアア、ザアアアと徹に吹き付ける。


 雨風をさえぎるものの何もない道を徹は黙々と歩いた。

 30分にもならないだろうが徹にとっては永遠とも感じたほどの時間が経った頃、雨はあがった。


 雨雲が風に流され、隙間からキラキラと光の帯が舞い降りていた。しばらく立ち止まって輝いていく世界を眺めると、また徹は歩き始める。

 その時、後ろからエンジン音が聞こえ、クラクションが鳴らされた。軽トラックに乗っているのは真人の父だった。


「徹君か?」


驚いたように言うと急いで降りて助手席のドアをあける。


「乗ってけ」


徹は黙り込む。もう乾いているところはどこもないほどに濡れてしまっている。徹の気持ちに気がついた真人の父は「車の方がきたねえから」とこもった声で言うとほぼ無理やり徹を助手席に押し込んだ。


 車はあっという間だった。徹の家まで15分かかっただろうか?

 そのあいだ真人の父は「健ちゃんはレギュラーになったんだろう」とか「徹君は成績がいいんだろう」などということをポツリポツリと話していたが、疲れ果てて痺れたようになっている徹にはなんの返事も出来なかった。


 家に着くと幸恵がいた。お昼をとっくに過ぎても戻らない徹を心配してキヨが職場に電話したのだった。


「すいません、遅くまで……濡れて……」


 謝る真人の父を徹は驚いて見上げる。下手な言い訳で庇ってくれているのがわかった。


「いいえーご迷惑をおかけしてしまって」


 と幸恵は応じているがあきれていることを隠しきれていない。

 何度も何度も頭を下げながら真人の父は車に乗り込み去っていった。



「徹」


 振り返った幸恵の目と声には怒りがこもっている。


「まあまあまあまあ、おばあちゃんが悪かったねえ。慌てて電話したりするから」


 とキヨがとりなすと、幸恵も強くは言えず職場へと戻っていった。

 

 徹はその夜高熱を出した。何が食べたい?と聞く幸恵に徹は答えた。


「唐揚げ」

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