三
「あっちも見に行こうぜえ」
という健介の言葉につられて歩き出し、もう一回り神社を回るともうお昼近くになっていた。
すっかりお腹のすいていた三人は「お昼を食べてもう一度4時に集合~!」と解散していった。
徹が4時に神社に着くと既に健介と真人が待っている。
4時とはいえ真夏の太陽はまだ高くかなり暑い。二人の髪は汗で額にへばりついていた。
「まずなにやるー?」
歌うように節をつけて言うと、健介はリュックを振り回すようにして背負い歩き出す。
「あっついなあ、ねえ、カキ氷食べない?」
真人がカキ氷の屋台の前で徹を振り返った。
「うん」
徹は頷く。
「いいねえ」
先を歩いていた健介は戻ってくるとどれがいいかなあ・・・と屋台に貼ってあるメニューを見つめる。
何か提案するとき、真人はまず徹に声をかける。徹の答えは必ず「うん」だから2対1になり要求が通りやすいのだ。
もちろん健介が反対すれば通らないこともあるのだが・・・力関係と言うほどのものではない暗黙の序列のようなものは子どもの世界にもある。
神社の奥では神輿が準備されていた。ハッピ姿の大人たちが少しづつ増えている。
屋根と黒く塗られた側面に飾られた装飾の金色が、真夏の太陽を反射してキラキラ・・・というよりはギラギラしていて、熱まで反射していそうだった。
今年は祭りが金・土・日だったので例年より人手が多い。
5時を回われば仕事から帰った大人たちがどんどん増えて7時に神輿が神社を出発する頃にはかなりの人数になっているだろう。
カキ氷を食べながら歩いていると昼間見たヒヨコの屋台まできていた。
屋台には子どもを中心に人だかりが出来ている。
既に四角い小さな厚紙の箱を持っている子が数人居て、換気用なのだろう側面に開けられた小さな穴からじっと中をのぞいていた。
「見ていこうぜ」
健介が声をかけるとしゃがんでいる小さな女の子の後ろから覗き込んだ。
気がついた女の子は場所を譲ると恨めしそうに横に立っている母親を見上げる。
「いけません、うちでは飼えないのよ・・・だいいちうちには・・・」
そんな声が喧騒の中途切れ途切れに聞こえて消えていった。
「釣り針で釣るんじゃなかったのぉ」
と健介が声を上げる。
そんな健介の声を何も聞こえなかったようにしている露天商の男の手には透明なタッパーがあり、こういった露天でよく見る三角クジが沢山入っている。
一回 五00円
000~010 三匹
011~099 二匹
100~999 一匹
と書かれた紙が目に留まった。
「五百円かあ・・・よし!」
両親が共働きでお昼を一人で食べたりすることの多い健介は、いつでも徹や真人より沢山の小遣いを持ってる。徹がお祭り用に貰った小遣いは二千円で、三日間とすると一日七百円程度だ。五百円のヒヨコのクジを引く気にはなれない。
「045!!やった二匹だ!!」
健介は睨むようにして青いヒヨコと紫色のヒヨコを選ぶと嬉しそうに箱に入れてもらった。
初めこそ、そっと箱を開けて眺めてみたり、耳を近づけてピイピイという鳴き声を楽しんでいた健介だったが、だんだん飽きてきたらしい。
射的をするにもヨーヨーを釣るにも生き物の入った箱は厄介だったし、他のくじ引きで当たった大きな風船や銀玉鉄砲、食べかけのりんご飴などが増えてくるといよいよピイピイ鳴る箱は邪魔になってきた。
そもそも、健介の家は公営住宅だ。ヒヨコのうちはいいだろうが、ヒヨコはいずれニワトリになる。
「真人、ヒヨコ欲しい~?」
健介が真人に聞くと真人は困ったような顔をした。
真人の父親は工場を経営している。経営といっても社員は真人のお母さんだけの小さな工場だ。
気難しく、徹や健介が遊びに行って少し声を立てれば「うるせえぞ」と怒鳴られる。
歓迎はしていなくても一応「いらっしゃい」と声をかける徹の父とはだいぶちがう。
「おお!また来たなああ」なんて声をかけ、隙あらば遊びに入ってこようとする健介の父とは大違いだ。
健介は父の許しが出るか悩んでいる真人の気持ちを察すると
「徹、ヒヨコ欲しい?」
と聞いてきた。
「うん」
こっくりと頷きながら徹は答える。
こうして二匹のヒヨコは徹のものとなり、以降、箱を持つのも徹の役目になった。
それから約束の門限に間に合うように家に着くまで、徹はヒヨコの入った箱をそっとそっと大切に運んだ。