二
その年の夏は暑かった。
短めの梅雨が明けると一気に本格的な夏になり、それからほとんど雨が降らずに今に至る。朝夕はようやく凌ぎやすくなってきていたものの、昼はまだうだるような暑さだ。
農業を営む人も多い田舎の町では水の心配する声も聞こえており、熱と不安とセミの声に町が埋もれているようだった。
徹の住む町では毎年、八月の十日から十二日までの三日間、夏祭りが開催される。
地域ごとに合わせて12台の神輿が町中を練り歩き、さまざまな露天商が軒を連ねてとてもにぎやかだ。
隆も毎年、勤め先の信用金庫の前でやきそばなどを破格な値段で出している。
6年生になった栞の友達の間では「信金のは安いけどマズイ」ともっぱらの評判だった。
あながち間違ってもいないが、毎年大サービスの大盛りで渡しているのにこの言われようを知ったらさぞがっかりするだろう。
ここで育った大人たちにとっては、多少面倒ではあるものの、愛着のある祭りだった。
都会など、町から出ていった人々もこの日に合わせて帰省することが多く、町は一段とにぎやかになる。もちろん子供たちにとっては何よりも楽しみな行事なのだった。
夏祭りの初日、徹は気の合う友人二人と早々と神社に来ていた。
午前中は学校プールの日だったが水が少ないという理由で中止になっていたから、暇をもてあました小学生達の姿が神社の参道のあちこちにちらほらと見えている。
神社前の道路にも露天が並ぶが、神輿が出るが夜にならないと歩行者天国にはならない。
参道内ではテントを広げている店や、一足先に商売を始めている仕事熱心な店もあり活気付いてきていた。
普段は「5時までには帰りなさい」という母親達もこの日ばかりは多めに見てくれる。お小遣いを早々に使い果たしてしまうわけにはいかない子供たちは慎重に出店をチェックする。
なんといっても祭りは三日間あるのだ。
綿あめ、金魚すくい、お好み焼き・・・見慣れた露天の中にそれはあった。
ブルー・ピンク・グリーン・・・色とりどりの小さなひよこが金魚すくいのような入れ物の中にぎゅうぎゅうづめになってピイピイとやかましい鳴き声を上げていた。
徹たちの目がかわいらしいヒヨコに釘付けになる。
「ねえおじちゃん、これどうやってとるの」
愛想がよく、大人に対しても物怖じしない健介が五十代半ばだろうか、露天商の男に声をかける。
「あー?これはなあ、釣り針でつるんだよ、ミミズつけてなー」
男がにやっと笑うとそこには歯が一本もなかった。
「えええええーーーー!」
健介は素っ頓狂な声を上げる。
「じゃあさ!取った針はどうやって外すの?飲んじゃったらどうするの?」
おどけて人を笑わせるのが好きな真人が眼鏡を上げながら健介の嬌声にのる。
「そん時は釣り針もプレゼントだ。商売あがったりだぞ」
お徳だろう、というように男は下手なウィンクをしてみせる。
「いらねーーーー」
「死んじゃうよーーーー」
二人はケラケラ笑う。
少年時代の男の子は残酷なものや薄気味の悪いものが好きなもので、「死ぬ」は彼らにとっては滑稽で面白い言葉なのだ。
男はそれを知り尽くしてからかっている。
徹はだまってヒヨコを見つめていた。