一
人生初小説です。ルールも知らずお見苦しい点が多々あると思います。
徹は少し変わった子どもだった。
いつも素直で大人しいのに、一度イヤだと思ったことは絶対にしない。しない、となるとどんなに怒ろうと優しく宥めようとテコでも動かない。
好きとか嫌いとかいった主張があまり無く、感情が乏しい様にも見える。
反面、興味を持ったことには、周りが見えなくなるほど、のめり込むようなところがあった。
幼稚園のクリスマス発表会でダンスを踊ることになった。徹も他の子ども達と毎日楽しく練習をしている。
家に帰ってから踊って見せるほど楽しみにしていたのに、本番が近くなったある日突然、徹は踊らなくなった。
「徹くん、皆と一緒にやろうよ」
「あれ、先生忘れちゃった。徹くん、どうやるんだっけ?」
「上手なのにどうしたの」
担当の若い女の先生が、最後には泣きそうになりながら促すが、徹は俯いたまま動かない。
「徹くん、来年は一年生になるんでしょ」
年配の先生が見かねて少し声を荒げると、うつぶせに寝転がって耳を塞いでしまった。
「徹、どうしてイヤなの?」
お迎えの時間、先生から話を聞いた母の幸恵が驚いて訳を聞く。やはり徹は俯いて黙り込んでしまった。
「昨日は家で楽しそうに踊って見せたんですけど……」
困惑した幸恵はそう言うのがやっとだった。
甘やかしているからだと思われているだろう、と幸恵は不安になった。何とかしなくては、と思うが、こうなった息子をなんとか出来たことなどない。
「踊ったら何か買ってあげよっか」
無駄だとわかっていながら、使いたくない最終兵器まで持ち出したがやはり駄目だった。
「そのくらい大丈夫だろう。まあ……子供の事はお前に任せるよ」
その夜、困り果てて相談した幸恵の耳に、飽きるほど聞いた夫からの「任せるよ」が判を押したようにいつもと同じ発音で返ってきた。
幸恵が夫である隆と結婚してからそろそろ十年になる。
町の小さな信用金庫に勤めている隆は、声を荒げるようなこととは無縁な性格だった。酒もタバコもギャンブルもやらない。幸恵はそれらが自慢だったが、こんなときには少し寂しいと感じる。
しかし、今まで何度となくそうしてきたように、きっと疲れているのだろう、私は働いていないのだから、と思い納得をした。
本番の日、幸恵の努力もむなしく、徹は他の子供達の踊る輪の中で、最初から最後まで俯いて動かなかった。
卒園式に渡された幼稚園のアルバムには全員が笑顔で手を上げる中、俯いたままの写真が貼られている。
「どうして踊らなかったんだろうね」
幸恵がアルバムを見ながらつぶやくと
「花がいやだったんだってよ」
と三つ上の姉の栞が隣から覗き込み、こともなげに言うので幸恵は驚いて聞き返した。
「花?」
「紙で作ったやつだよー。みんな手につけてるでしょ」
何でわからないの、というように口を尖らせて栞は答える。
そう言われて見ると、子供たちは花紙を畳んで輪ゴムで留めて作る花を手の甲につけている。
「花がどうしたの?」
「だから、徹は男の子だから、花は付けたくなかったんだってさ」
なるほどねえ、といいながら栞を見つめた幸恵は少し違和感を覚えた。
徹はそんなことを気にするかしら…そんな考えがほんの少し胸をざわつかせたが、すぐに通り過ぎていく。
「お夕飯の支度、しなくっちゃね。栞手伝ってくれる?」
「おーっと、宿題、宿題~」
おどけて言って、お菓子の袋を二つ三つ掴み、子ども部屋へと退散する栞を幸恵は苦笑いで見送った。
栞はいわゆる「手のかからない」子どもだった。
外面がよく、先生と近所の大人たちからの評価が高い。
「全く問題ないですよ。しっかりしているので助かってます」
「栞ちゃんはいつも笑顔で挨拶してくれるのよ。本当にいい娘さんねえ」
そう言われるときまって幸恵は
「家では本当にワガママなんですけどねえ」
と謙遜しながら答える。栞を誉められればもちろん悪い気はしない。だが、徹も充分に素直で可愛い自慢の子どもなんです、と言いたいような気分になる。
「栞は心配ないんだけどな……」
とつぶやくと幸恵は立ち上がって家族の夕飯を作るために台所に向かった。