メイさん怒る
「―――どうゆうこと? 」
私がエルの事を知っているだなんて。
さっき聞いた一言が頭の中を巡る。
私がエルと知り合ったのは三年ほど前。ちょうど精霊を捕まえる実習が始まった時だ。それまで入った事の無い裏山に入り、道に迷って困ってる時に知り合ったはず。でもその時に名前なんて聞いてない。その時はからかわれて蔑まされて、あまりにムカついたからエルを殴りつけて学校まで送ってもらったっけ。それ以来、私が裏山に行くと必ず出てくるようになった。―――何故かいつもプロポーズのオマケつきで。
エルの長く綺麗な人差し指が私の眉間を押しながら、少し困ったように、でも蠱惑的に笑む。
「言った通りです。メイさんは私のすべてを知っていますよ。わざわざ友人に道具を借りたり調べなくてもね? あなたが私をこの世界に呼び寄せたんですから」
私が呼び寄せた精霊……、でも覚えてないだなんて。
未だエルの腕の中に居る私はジッとエルの顔を見上げ思いだそうと試みる。
黒く長い睫毛に覆われたとても上質の黒曜石の様な双眸、黒檀の様な艶のある髪、人外だからこその整いすぎた容姿。そして、何とも言えないこの魔力が垂れ流しみたいな気配。絶対に一目見たら忘れるわけない。
……忘れるわけ無いのに、思い出せない。
なんてもったいない!
コイツを使役できる情報を忘れるだなんて、私のど阿呆!!
「フフフ。私が思い出させてあげてもいいんですけどねぇ。そうしたら、メイさんが忘れていたい事もたくさん思い出してしまいますね。それに、自分で私の名前を読まないと賭けはあなたの負けですよ? 」
さあどうします? とでも言いたげな試すような視線をこちらに向けている。
その視線を受けるように私もエルの黒い瞳を見る。……『賭け』私が負けたらコイツの嫁になるというやつか。
思えば、エルの双眸をジッと見ながらこんな至近距離で話した事があっただろうか。―――たぶん無い。私はいつもエルの瞳を見ないようにしていたのだ。見てもすぐに私の方から視線を逸らしていた。黒い双眸からは感情が読めず、何か得体のしれない感じがしていたのだ。
三年前に会った時にもコイツの瞳は私を試す瞳をしていた。今現在も何かを試しているような気がする。いつも柔らかな物腰で接してくれて、三年前からコイツは私を欲しがっているが、恋愛感情で欲しているのではないというのがその瞳から判ってしまった。
―――試されている。
勝手に試されるのは好きではない。だったら私の少ない矜持にかけて受けて立ってやろうじゃない!
私はエルをまっすぐ見て、静かに宣言した。
「忘れてるなら、アンタの力を借りずに思い出すわ。―――エル、賭けは止める。昔、呼び出せた力があったのなら今もあるはず。だったら、残りの学生生活で……いや、留年してでも、アンタを使役してみせるわ! 」
宣言を聞いたエルは、眼を細め妖しく微笑むと自身の腕の中に未だいるメイを少し力強く抱きしめた。
「はぁ? 」
まさか、あの宣言でギュゥとされるとは思わなかったメイは素っ頓狂な声を出してしまった。すると、いきなり少し開いたメイの唇にエルのそれが重なる。いつもされる軽い感じのではなく、今回は深く。
「!!! 」
メイの上の歯列をなぞるようにエルの舌があたり、メイの舌を追うようにエルの舌がメイの口腔内を蹂躙していく。
なんでこんな事に!? さっきの発言のどこにこんな事になる要素が!!?
わけもわからずいきなり深い口づけをされて、力が抜け若干パニックになりながらもメイは自身の拳をあらん限りの力で振り上げた。
―――バキィッ!!!
とてもいい音がしたと思ったら、エルがよろよろと少し距離を置いた。
「!! 痛いですっ! メイさん、いきなり何するんですかっ!! 」
「それはこっちのセリフだっ!! 色ボケ精霊がぁ~~っ!! 」
エルは右目の下に当たったのか、うっすら赤くなった部分をさするように手を当てている。
「色……。それは酷いです! あなた一筋なのに。さっき、あんなに熱烈な告白をしてくれたばかりなのに! 」
「告白?? ―――そんなモノしてないわ!! 」
「さっき言ってくれたじゃないですか? 『人生を掛けて使役してみせる』って。いやあ、あまりに嬉しくって……」
「言ってない! 言ったのは『留年してでも』だ! 勝手に脳内変換するなぁぁっ! 」
「今のメイさんじゃ私を使役する力は一生ないです。言いきってもいいです。だから、一生わたしと一緒に居てくれる=お嫁さんになってくれると思ったんですがね。」
『お嫁さん』、『エルを使役する力は一生ない』この言葉にピクリと反応してしまった。
何かを試していて、恋愛感情もない相手を嫁に口説くとはどんな意味があるのだろう。……何かを企んでるとか? 向かいに立って、少し困った顔で笑むエルは企みがあるようには見えない。
エルの企みよりも後者の言葉は私の心を抉った。
使役してみせると決めた傍から、お前にそんな力は無いと否定されたのだ。傷つかない人間がいるだろうか。静かな湖に波紋を一粒たらしたようにメイの中でエルの発した言葉の波紋が大きくなっていく。
メイはカッと目を見開き少し距離が空いたエルめがけ、足を勢いよく前に出した。―――そう、蹴ったのだ。
足はエルの脛に当たり、先ほど殴られた顔より痛そうだ。今日は固い靴を履いているからなおの事痛いだろう。
「……っ! ああ、また! メイさん、暴力反対です!! 手や足より先に口を「出ていけぇぇぇっ!! 」」
エルの言葉をさえぎり、メイは叫びと共に使えない筈の魔法を使っていた。―――エルを自分の前から消す移動魔法を。
部屋に残されたのは、気付かないうちに魔法を使って気力を使い果たしたメイのみである。