怒る彼女
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「メイさん、許してください!! 」
「―――許しませんっ! あっちへ行け~~っ!! 」
いつも平和な魔法国家ブルーメ。
その王都にある魔道具屋の店内では、元精霊王のエアリエルと彼が想いを寄せるメイとの、一つの戦いが繰り広げられていた。
エアリエルが謝罪しながらメイを抱きしめようと伸ばす手を、メイが長い物差しでビシィと音が出るようにはたく。手を引っ込めると同時にメイはエアリエルから距離を取る。
エアリエルはあまり痛くないのか、はたかれた指を気にせず、さらに謝り続ける。
この一連の行動の繰り返しは、朝出勤前から始まっているようだ。―――そして、今は昼過ぎである。
「……メイ、許してあげたら? 見ていて面白いけど、何だか可哀そうになってきたよ」
「そうですよ? 大人げない。エル様がアナタごときに謝罪しているんです。何を憤慨されているのかは不明ですが、アナタはそれを平伏して受け取ればよろしいでしょう? 」
昼食後の一服を済ませ、苦笑気味にエアリエルを庇うオルガと、いつの間に現れたのか優雅に寛ぎながらカップを啜っている元精霊王の側近だった現精霊王のエンジュ。
二人はメイが怒っている理由は見当すらつかないが、いつも不遜なエアリエルが、深く項垂れる様に些か同情した。
「―――なっ! 大人げないですって?! ……じゃあ、子供でいいわよっ! だから絶対に許してあげないんだからっ!! 大体っ、私が怒ってる理由も知らないのに、許してやれって何なのよッ!! 」
メイは眉を釣り上げながら顔を真っ赤にして怒鳴るように言葉を投げ捨てると、勢いよく扉を開け部屋を出て行った。
大きく足音を立てて歩いて出て行った様子から、本気で怒っているのだと窺える。
部屋に残されたのは、深く項垂れているエアリエルと、面白そうにカップを啜っているエンジュと、―――何故怒られたのか判らないオルガ。
メイが出て行ってから、居たたまれない程の沈黙が場を制している。
沈黙を破ったのはエアリエルが吐いた、長い長いため息だった。
「……何故だ、何故こんな事に? 」
心底意味が判らないとでも言いたげに呟かれた言葉に、思わず笑いが零れたのはエンジュだった。
「フッフフッ……! やはり、あの娘の傍に来ると面白い物を見れますね。……エル様、ここはひとまず、赤髪王子に場を任せてみたらいかがでしょうか? 私にとってもっと面白い物が見―――いえ、状況が改善されるかと思われます」
「何で僕がっ?! っていうかさ、赤髪王子って何?! 」
「そのままじゃないですか。アナタは言葉の意味も判らないのですか? ……はぁ、人間とは低能なのですねぇ」
「判ってるよっ!! 一言多いんだよっ! あ~~~もうっ!! ……………なんかムカつく……」
エアリエルは二人のやり取りを耳にし、「……お前達、居たのか」とやや驚いた様は今まさにこの部屋にメイと自分以外の者が居たのに気がついた様子だった。
オルガはそんな反応に思いっきり脱力して、とりあえず仕事に戻ろうと二人を残し部屋を後にした。
店内に戻ると、陳列棚の前で商品を手に取り、しかめっ面をしているメイを発見した。
彼女は一つの商品を穴が開くんじゃないかと思うほど凝視している。オルガが店内でその姿を見ているのにも気がつかない程だ。
オルガは窓から洩れ入る陽に照らされた、少女から一人の女性へと美しく成長したメイの横顔に暫し見とれた後、その必死な様子から声をかけるか逡巡した後、思い切って口を開いた。
「そんなに必死に何を見てるの? 欲しいんなら、割引しとくよ」
いきなり聞こえた声に、驚きで身体をビクリと揺らすと商品を慌てて棚に戻し、声の主の方に振り向いた。
声から、誰が来たのか判ったのだろう。メイはいかにも不機嫌という表情をしていた。
「―――要らないわよっ!! 」
噛みつくように言い捨てると、再びオルガから視線を逸らした。オルガは、ヤレヤレと苦笑すると、メイの隣に行き、棚から先ほどまでメイが凝視していた商品を手に取った。
薄茶色く輝く瓶に、なみなみと入った液体。日に透かすと、薄茶色い瓶の中身が琥珀色にも見える。
この店の顧客から希望があり、オルガ自身がつい最近作り出したその商品を見て蜂蜜色の瞳を瞬いた。
「……コレ……。 もしかして君が怒ってたのって……」
「その先は言わないでっ! …………絶対にコレは使わないからっ」
オルガにメイが怒ってい理由が知られてしまい、みるみる間に彼女の顔が羞恥で真っ赤に染まった。
耳まで赤くなるメイを見て可愛いと思いながら、オルガはあくまで視線を逸らし続けるメイに笑顔を浮かべ、手に取った商品をそっと棚に戻した。
「うん。君にコレは必要ないよ。……そんな、ダイエットするほど太っては無いと―――…ぅぅんむっ!! 」
オルガが全部言いきる前にメイがオルガの口を両手で覆う。
メイの瞳には、涙がうっすらと溜まりだした。
―――ああ、そんな顔も可愛い。
オルガがそんな事を思いながら口を塞がれていると、メイが怒鳴った。
「オルガの馬鹿っ!! ダイエットするほど太っては無いと? 要はオルガも私が丸くなったって言いたいんでしょ?! 確かに最近服が窮屈になったとは思ってたわよ。でも口に出して言う事ないでしょうがぁ~~!! 乙女心は複雑なんだからねっ!! 」
「……乙女じゃ無いけど」と最後に付け加えつつ、一気に捲し立てたメイは、息を切らせて肩を上下に動かしている。
―――乙女じゃないとか、そんなリアルな事言わないで欲しい。
オルガは心の中で寂しくそう思い、あのエアリエルがメイに「太った」に近い事を言ったに違いないと確信した。
オルガは自分の好きな子という観点を捨てて、メイを見た。
もともと可愛らしい顔立ちだったが、うっすらと化粧を施している顔は幼さが抜け、大人の女性としての魅力を大いに感じさせる。
少女から大人になったメイは身体のラインも丸みを帯びて、腰もくびれが出てきたのか細くなった。着ている服から身体のラインは見えにくいが、胸元はふくよかな線を描きだしている。
ウエストラインは服に余裕がありそうだ。だったら服がきついのは胸……。
オルガは自分が無意識に観察しながらメイの胸を凝視していたのにハッと気がつき、慌てて目を逸らした。
「……いや、なんかごめん」
「―――はぁっ?! 」
いきなり目元に手を当てて、顔を逸らしながら謝罪するオルガを、訳が判らない風でメイが問いかける。
「何よ?! ―――そんなに見ていられない程太ったって事? 」
「いや、違うんだっ! ……その、むっ胸が……」
「胸……? 」
察してくれとばかりに、手では覆えなかった耳が真っ赤になっている。
メイは自分の胸を見下ろし、「??? 」と疑問な表情をしている。
「……服がきついのは、太ったんじゃなくて胸が大きくなったんじゃないのっ?! ―――って、ああ~~恥ずかしい!! 何言わせるんだよっ!! 」
メイはその言葉を聞くと、自身の胸を抱きしめるように腕をまわした。
オルガが半ばやけくそで言った言葉は思ったよりも大きな声だったらしく、店内に響き渡った。
その声は隣の部屋にも聞こえたらしく、急に禍々しく冷えた空気が場に現れた。
オルガがその空気の根源の方を恐る恐る振り向くと、先ほどよりも至極愉快だと言いたげな表情のエンジュと、無表情だが禍々しい空気が黒い渦となっているのが見えるほど不機嫌だと現しているメイの恋人のエアリエルが立っていた。
「―――ほぅ? 貴様、……死にたいらしいな? 」
「ふふふっ……。エル様、赤髪王子は精霊王の加護のある者ですよ? 精霊では弑する事は叶いません」
メイが傍に居る時にはいつもエンジュの様に話すエアリエルが、その事も頭に無いほど怒っているのか、一位精霊王だった頃の口調に戻っている。
猛禽類が獲物を視界に入れたかの様に、黒い瞳を細めるエアリエルをオルガが必死な様子で「違うからっ!! 」と弁解を続け、あまりのオルガの焦りように事態を察したメイがエアリエルを止めたのは言うまでも無い。
そして、エンジュはその三人の様子を瞳を細め、顎に手を当てながら愉快顔で眺めていた。
「ふふ。人間の世界に来るのは面倒ですが、それをも凌ぐ面白さがありますね。 ……暫くは、楽しめそうです」
オルガ好きな方々……なんか色々スミマセン(~_~;)
彼にもいつか春が来る……かな?
次回はエルが嫉妬に狂う様な感じの話を構想中です。……ダメでしょうか?