精霊使いのお願い *R15です。ご注意を。
僕にとって、この人生の中で一番と言えるほどの衝撃的な出来事から四年が経過した―――。
『衝撃的な出来事』とは?
そう、僕の目の前で繰り広げられる衝撃的なラブシーンの事だ。
「貴女が私のものになるのなら、私も貴女のものになりましょう。 ……エアリエルの名を、メイさんに捧げましょう」
アイツがその一言を言うや否や噛みつくように始まったキスシーン……。
メイは何か言いたげにもがいていたけれど、アイツの口がメイの小柄な唇を食むように覆っているからそれもできるわけなく……。
あれには本当に参った。……失恋した直後に、自分の好きな相手と憎き恋敵の濃厚なキスシーンを見せられるとは思っていなかった。あの時は居た堪れなくなって、気絶しちゃいたいとまで考えた。
でも気絶する事は出来なかった。
僕が顔を赤くして、もじもじしている姿を目に入れたのか、メイがいきなり「オルガが見てるでしょうがぁっ!! 」と言いながらエアリエルの端正な顏を華麗にアッパーカットで殴り飛ばし、続けざまに一蹴り脇腹に決めた。
何かの武術でも習っていたのか、最後の一蹴りはとてもキレが良かった。もしかしたら……いや、もしかしなくてもメイは僕より強いのかもしれない。
この時の、メイが精霊界で一番強いと言われるエアリエルを殴り飛ばす、というのは僕の人生の中で二番目に衝撃的な出来事になった……。
僕の中で『メイを怒らせるな』と教訓が出来たほどだ。
―――そして、あの出来事から四年が経った。
僕は学校を予定通り卒業して、魔道師になった。
でも、僕がなりたかったのは魔道師ではなく、自分が製作した魔道具を扱う魔道具屋だった。何とか、一国の王である親と初めての喧嘩をしながらも何とか説き伏せ、王城のある王都に店を構える事が出来た。
最初は閑古鳥だった店も、四年も経てばそれなりに客足が出てくるようになった。
そして、メイは結局エアリエルを使役することは出来なかった。
名前を捧げるというアイツの申し出を、メイは断った。
「私はエルを使役したいわけじゃない。 ただ、その名前を呼びたいの。……傍に、居て欲しいだけ」
主人になりたいのではない、ときっぱり言い切ったメイはとても格好よかった。その時にまた惚れ直してしまったのは僕の心の中だけに留めておこう。
メイはアイツが傍に居た為にどの精霊達も遠ざかってしまい、結局使役精霊を一体も得る事が出来なかったから、留年してしまった。一年間学校に通い直し、エアリエルがメイに生涯協力契約というのを結ぶ事を条件に精霊使いを名乗る事を許された。
今は僕の店に呼んで仕事を手伝ってもらっている。隣にいつも好きな子が居る生活って心底嬉しく感じる。
そしてエル、―――クソ精霊は未だ時が流れる事が無いため、まだ一位精霊王のままである。アイツはメイの心を手に入れてもまだ『願い』が叶っていないらしい。……欲張りな奴だな。
クソ精霊は精霊界の王なのに暇を見つける度にメイの傍に来て、よく側近の精霊が迎えに来ている。……この前は延々と愚痴を聞かされ参ってしまった。「エル様が居ないお陰で私が働かなくてはいけない」だの「面倒な重鎮が……」だの。メイが気付いて止めに入ってくれなかったら、一日中愚痴を聞かされるところだった。
この四年、平穏な毎日が続いていた。
でも、クソ精霊の側近が余計な事をしてくれた所為でそんな僕の平穏が崩れ去った―――…。
* * * * *
それは、オルガの店が昼休憩に入った時の事だった。
オルガ製作の『想いを飛ばす紙飛行機』という新製品が、世の女性達に支持され爆発的なヒットを飛ばし、超多忙という言葉が似合うほど忙しい合間に取った貴重な昼休みの時間である。お昼を食べながら、そのヒット商品を触っていた。
エンジュと呼ばれるエルの側近がいきなり現れた。
音も無く、ずっとここに居たとでもいうような感じで私の目の前の革張りのソファに座っていた。片手にはいつの間にお茶を淹れたのか、カップを持ってそれを啜っている。
―――この精霊も、口さえ開かなければ綺麗で目の保養で良いのに……。
ぼぅっと、口に入れた物を咀嚼しながら、一枚の絵画のように洗練された所作で動く目の前の精霊を見ていた。肩口で切り揃えられた髪が、サラサラと揺れている。
それを触りたい欲求と戦いながら、今日は此処にエルは居ないのに何で来てるの?とか、いつも直ぐに愚痴をこぼすその口が何も言わずにカップを啜るのを疑問に思い見ていた。
エンジュはカップから目をこちらへ移すと、彼を凝視する私を見据え、眉を上げながら底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「……何ですか? そんなに熱く見つめられると困りますねぇ。もしかして……私に懸想しました? 」
「ち、違っ!! 」
ガチャンと食器の音を立てながら立ち上がり、首が引きちぎれそうな程ブンブンと横に振る。振り過ぎて頭がガンガンしてきた……。
冗談です、とクスクス笑いながら自身が持っていたカップをソーサーに戻す。
ふ、とエンジュの顔が何かを企む表情に変わった。
「今日こんな所に来たのは、エル様の事を伝えようと思いまして。エル様が今何をなさっているのか、ご存じですか? 」
「えっ? エルなら急用が出来たって言ってたけど……? 」
一週間ほど前、凄く悲しそうな表情をして「暫く会えない」って言ってたっけ。なかなか離れてくれなくて、強硬手段で引き離したら泣きそうに「残念」って。まるで今生の別れみたいな表情をして……。
私が考え込む仕草をしているのを愉しそうに顎に手を当てて、足を組みながらこちらを見るエンジュ。
「―――エル様は、闇の精霊族の住処に行っておいでです。闇の長の妹に会うためにね?ふふふっ。あんなエル様でも、昔から彼女とは仲がよろしくて、一時は婚姻話も出てましたよ。……よほど愉しい時を過ごしているのでしょうか、彼女の許から帰ってきませんね? 」
は?
闇の精霊族の長の妹……?
女の人の所に行くなんて、聞いてない。
盤石に固められた地面が、ガラガラと音を立てながら崩れて行き、黒い物が心を占める感覚がした。一瞬、視界が暗くなりかけた。
いつの間に部屋に入ってきたのか、オルガがエンジュに睨みながら私の背中を支えてくれた。
「―――言っていい事と、悪い事があるだろう? 」
「私は嘘は吐いていませんよ? 」
バチバチと、オルガとエンジュの間に見えない火花が散っているかの様だ。エンジュは余裕の表情をしているけど……。
「愛している」と言ってくれたエル。
信じてるけど……。何だかとても不安だ。いい気がしない。
さっき心の中に生まれた黒い感情が、心を占めていく……。
じわりじわりと心が黒くなり、体が動いた。
エンジュの腕を掴み、立てとばかりに引っ張る。
「私をエルの許に連れてって! 今すぐにっ!! 」
* * * * *
エンジュを引っ張り、連れてきて貰った場所で私の視界に入ったのは、腰まである真っ直ぐに伸びた黒髪が艶々と輝く、スラリとした姿態を持つ女性と談笑するエルの姿だった。周りにもたくさんの精霊が居るが、私の視界に真っ直ぐに入るのは、エル。
私に見せた事がない、笑みを浮かべるエル。
黒髪の女性と、同じく艶めく黒髪を持つエルは一対の絵姿みたいで……。
―――とてもお似合いの二人を見て、後悔した。
いきなり現れた人間の気配と、エアリエルの側近の気配に周囲がざわつく。
空気の動きに気付いたエルがこちらに気付き、私を視界に入れ驚いた表情を浮かべる。なんで此処に、とでも言っている様な顔だ。
エルが一歩こちらへ動いた気がした。しかし、私は踵を返し走り出した。
ここがどこだか知らない。
知らないけれど、立ち止まれない。
止まったらきっと、エルに見られる。
―――見られたくない。こんな、……こんな黒い嫉妬心むき出しの表情なんて!
時折、足がもつれそうになったけれど、母様の異名と言われる『脱兎の姫』の様に走り続けた。迷路のような通路を走り続ける。狭い螺旋階段を見つけ、最上階まで上ると一つの扉が行く手を遮るようにそびえる。バンッと勢いよく開けると、急に視界が広がった。どうやら、屋上に出たらしい。
誰もいないのか、とても静まり返っている。周囲も夜の時間帯なのか、暗い。
さっきまで走っていた足が悲鳴を上げるかの様に重くなり、立っていられない。その場にへたり込むように座り、堪えていた涙を解放する。気を抜いた途端、バタバタと音を立てるかの様に大粒の雫が地面を濡らす。込み上げる嗚咽を隠すために手巾を口に被せようと、ポケットに手を入れた時に乾いた紙の音でアレを持ってきてしまった事に気付いた。
オルガ製作の『想いを飛ばす紙飛行機』。掌に乗る程小さいこの紙飛行機は、持ち主が想いをこめて飛ばすとその想いの先に届くのだそうだ。
実際はどうだかわからない。けれど、今の私のこのぐちゃぐちゃの嫉妬心でどんな想いが届くのか、不明だけど、……腕を振り上げて、エルへ向けて高く飛ばした。私の飛行機は、高く高く飛んで視界から消えた。
飛行機を見届けてから、ごろりと寝ころんだ。肺にいっぱいやや冷たく澄んだ空気を吸い入れ、深く吐きだす。ぼんやりとしながら、呟いた。
「……どんな想いなんだろう……? 」
冷たい空気に吸い込まれるように、私の言葉は霧散した……と思った。
不意に現れた人影が私の腕を取ると、引き上げ、きつく抱きしめた後、目頭に柔らかい物を押しつけられる。
「とても甘くて、切ない想い……。メイさんの、この涙の様な。 ―――とても愛しい、傍に居たい、……離れないで、と」
「私と同じ想いです」と頬を緩めるエルに、胸が温かくなり腕を伸ばし、彼の綺麗な形をした唇に私のそれを重ねた。……初めて、自分からエルに腕を伸ばしキスをした。
「―――好き、愛してる。……エアリエル」
私から伸ばした腕は払われることなく、それが始まりの合図のように抱きしめられた。
啄む様な口づけは次第に深くなり、私の口腔内を味わうかのようにエルの舌が入り込み、絡めとる。長く深い口づけを交わし、いつの間に部屋に移動したのか、私を寝台に横たえてエルは服に手を掛ける。
首筋から吸いつくように口づけが降り注ぎ、いくつもの赤い刻印がエルによって刻まれる。たくさんの口づけは初めての経験で緊張して固まっている私の体を宥めるように解していく。
エルの手は私の身体を撫で、その唇で愛を囁き、熱を帯びた甘い瞳で私を見つめる。そして、思っていたよりも広い胸は私を壊さないように、大切に慎重に抱きとめる。
エルの珠の様な汗が私の肌に滑り落ち、次第に熱を帯びた私の肌に解けた。
彼の声も、熱くて甘い視線の先も、彼の心もとても心地がいい。もっと、と手を伸ばし、彼もその手を握りしめる。
そして、初めてエルと夜を過ごした―――…。
* * * * *
とても甘く、安心する香りに包まれていい夢を見た気がする。
ふわふわとした心地でシーツに体を丸め、その香りの許へすり寄る。すると、髪を梳くかの様に大きい掌が頭を撫でる。その感覚に次第に意識が浮上してくる。
ああ、あれは夢じゃなくて現実だったと。
眩しい朝日に照らされ、白くかすむ視界に入ったのはエルの白くきめ細やかな肌を持つその肢体。頬杖をつきながら、空いている方の手で私の頭を梳いている。
朝日に照らされたエルの瞳は、やや緑掛かっていて『黒緑の精霊王』と呼ばれる由縁が判った。今まで「何で緑がないのに黒緑?」って思っていたけれど、瞳の色だったのね。
ふふっ。と漏れ出た笑い声で私が起きている事を知ったエルは、ギュ、と抱きしめ、囁く。
「おはようございます。 ……その、体が辛くは無いですか? 昨晩は加減が判らなくて、随分痛がって―――」
恥ずかしい事柄を全部言われる前に私の掌でエルの口を覆う。
「―――っ!! そんな恥ずかしい事言わないでっ!! 馬鹿ぁ!! 」
「そんな恥ずかしがらなくても……。私達の仲じゃないですか。昨日受けた私の痛みも心地の良い物でした」
昨日はあまりに辛すぎて、怖くて、エルの背中に爪を立てた……気がする。思いっきり、ぐさりと。
ガバリと起き上がり、エルの背中を見ると無数の掻き傷が赤くなっている。血も滲んだ跡があった。
「やだっ! ごめんね。血が出てる! 痛かったでしょ……って、え? ええええエル?? 」
「なんです? 」
「だって、引っかき傷が残ってる……! 」
上級精霊であるエルは、キズならすぐに治るのは知っている。精霊王でもあるエルは、血の出る傷でも直ぐに治るはずなのに……。何で治ってないの?
そんな疑問に行きついたのか、エルは背中を触る私の手を取り口づけ妖艶に微笑んだ。
「―――メイ、貴女のお陰で重すぎる荷を下せた様です。……ああ、やっぱり私が欲しかったのは貴女自身だったんですね」
再び固く抱きしめられ、エルの持つ甘い香りが私の心を占めていく。私も自然に顔が綻び、言葉が出る。
願いにも近い、愛の言葉……。
「ずっと、傍にいて」
死が二人を別つまで―――。
やっと最終話まで書く事ができ、一安心です。ここまでお付き合いしていただき、感謝でいっぱいです!!
拙い文章なので、もう少ししたら手直しに入るかもしれません。
多分、手直しの前に番外編を書くかもしれませんが……。
後半は初めて性的なR15を書きました。途中から、筆が乗ってしまいムーンさんでお世話になる様な展開になりそうになってしまい焦りました((+_+))
感想、誤字脱字等あれば宜しくお願いします。
それでは、最後までご覧いただきありがとうございました(^^)/~~~