寒い部屋
精霊学院と魔道学院の生徒達が使う研究棟の一室。ここは南向きで窓の前に植樹された木によって強い太陽光が程良い陰りをもたらし、時折心地よい風が吹き普段はとても居心地の良い場所だ。研究室決めの時にくじ引きをするほど人気のある部屋である。――― 普段は。
今はとてもどす黒いオーラが部屋中に充満しており、思いっきり部屋が暗い。今の季節は真冬?とでも言いたくなるようなブリザードのような風も吹いて、正直言ってとても寒い。今は秋になりかけている季節のはず。
さっきのエルの口づけにより、暑くなった顔の熱もこの部屋の空気と極寒の風に吹き飛んだ。
この部屋をこんな事にしたのはオルガである。彼は先ほどエルに粉砕された眼鏡の残骸を持ち、何やら「おもちゃ、おもちゃ……」などと、ぶつぶつ言っている。表情を見る限りとても怒っているようだ。普段はニコニコして周囲を惹きつける甘めの顔も、今は眼を細めて彼の心を表すが如くブリザードを発生させ、体中からどす黒いオーラをゆらゆらと発生させている。
「さ、寒い……」
歯をがちがち鳴らし、自分を抱くように手で腕を擦る。秋になりかけなので私は薄手の長そで一枚しかきていないのだ。
なんだか部屋の隅っこが凍ってきている気がする。このままでは部屋の中がとんでもない事に!精霊を呼び出す為に書いた魔法陣三年分が!! ……ああ、自分の部屋にコピー取っておけばよかった―――。精霊!! 精霊と言えば……オルガの精霊にとめてもらおう。
部屋中を見回し、精霊を探す。
「……居ない」
―――逃げたな。ちくしょう……。こうなったら……。
「ごめんっ!! オルガ! 明日、何でも言うこと聞くから許してっ!! 」
近くにあったオルガ愛用の木製の魔法杖を握り、振りかぶりながらも、少し力を抜いて―――彼の頭めがけて殴る。
ガッ!!
頭の頭頂部に当たり、バサリとオルガが倒れた。同時にブリザードの様な風も止んで、静かになった。
大丈夫だよね。死んでないよね。力加減したし。
オルガに触りながら息があるのを確認してホッとする。殴ったところに手を当てて確かめると大きいコブができていた。
「うわ~! 痛そう……。ごめんね、私が魔法使えたら殴らなくて済んだんだけど」
コブを撫でていたら赤く長い睫毛が動き、ゆっくりと琥珀色の瞳が開かれた。
「……んっ……。痛いよ」
片手で頭を押さえながら時間を掛けて起き上がると、椅子に座り部屋の惨状をを見回し少しバツが悪そうな顔をして謝る。
「ごめん、ね? 僕って自分の作った魔道具を馬鹿にされるとキレるらしくって……」
さっきの冷酷な表情とは打って変わって、ちょっとウルウルした瞳が可愛らしく上を向いている。
座ったオルガの顔は私を見上げる感じになっている。ウルウルした上質の琥珀のような瞳で上目づかいに謝られると、可愛すぎて怒れない。少しドキッとしてしまう。
なるほど、精霊たちはこのオルガの瞳に魅せられているのかもしれない。
この綺麗な瞳に……。
………。
………。
「……メイ? 」
はっと気付く。
あ、あああああ!見つめてしまった。しかも結構長い時間。恥ずかしいと思ったとたん、体中の熱が顔に集まったかのように熱く赤くなる。
「い、いい良いのよ気にしなくて!! ……部屋がちょっと暑かったし、ちょうどいい感じの室温になったわ。あ~涼しい!!ありがとう。あは、あはははは」
俯きながら両手を前に出し大きく振り『気にしないで』を必死にアピールする。
ダメだ。恥ずかしくてオルガの顔が見れない。……逃げよう!うん。こんな時は逃げるに限る。
「わた、わた、私少し疲れたから寮の部屋に戻るね。へ、部屋はそのままでいいから!うん」
「え? 」
どもりながら後ずさり、ドアノブに手を掛けすばやく開けて研究室から逃げるように飛び出した。
逃げるように研究室から自室に帰り、扉をあけると信じられないものを見た。
「……」
なんでコイツが私の部屋に?間違えた??
部屋を一度出て、ドアの隅にあるネームプレートを見る。『メイ=シェラザード』と書いてある。私の部屋だ、間違いない。
「?? ……呼んでないよね? 」
さっき帰ったばかりだよ。なんで居るの??
一言つぶやき、部屋に入ると女性の様な風貌のエルが満面の笑みで出迎えてくれた。
「おかえりなさい」