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精霊使いのお願い  作者: まるあ
本編
29/34

最後の賭け

 大樹の生い茂る木々の中に、目を開けて居られない程赤く光る魔法陣が一つ。

 魔法陣の中には、膨大な魔力を帯びた上級精霊が呼び出されている。

 陣に帯びる光が終息していくにつれ、その中に居る精霊の姿が徐々に現れる。


 

 

 呼び出された精霊は、自身を呼び出したオルガではなく、オルガの隣に居るメイを見つめる。そして、ゆっくりとした足取りで陣から、メイの方へと歩を進める。

 精霊の表情は口角を上げながらとても妖艶に笑み、呼び出された時の魔法の残滓が彼に付き幻想的に光っている。


「……メイさん」







 今、私の周りには目の前に居る精霊から発せられているだろう、甘い香りが漂っている。

 この精霊が現れると必ず漂ってくる香り。


 魔法陣から出た彼は、真っ直ぐに私を見て、一位精霊王にふさわしい容貌で妖艶に笑みながら、私の名を呼んだ。そして、彼の手がこちらへ伸び、私を引き寄せる。


 私も自然と手が伸び、彼の服を掴む。

 お互いに引き寄せ会い、抱きあう形になった。

 

「―――エル……。会いたかった、とても」


 エルの胸に額を当て、彼の匂いを吸いながら不意に溢れ出る涙を袖で拭う。

 何度袖で拭っても次々と溢れ出てくる涙を止めたのは、エルの柔らかい唇だった。

 

 「私も、会いたかったですよ」と言いながらエルの唇が目元から流れる雫を次々と吸い取って行く。涙の筋をその舌がなぞる。


「―――!!!! 」


 彼の人外に整った容貌が至近距離にきて、羞恥心から顔が真っ赤になりつつ傍にオルガの存在がある事を思い出し、エルの唇と舌が触れた場所に手を当てながら即座に彼から一歩、跳び退き離れる。

 

「……っ! な、な、何で舐めるのっ!! 」

「勿体ないじゃないですか? 今の涙は、私を想ってメイさんが流してくれたものでしょう? だったら、その涙は私のものです。舐めようが、飲もうが私の勝手ですよ? 」

「の、の、……飲むっ!? 」

 慌てた表情の私を見ながらエルの笑みが深まり、すっと伸びた手が私の広めた距離を超え、未だ残っている涙の残滓を(から)めとる。

 その指を口元に持って行き、「もったいない」と先ほどまで私の頬をなぞっていた舌で妖艶に舐めとる。

 エルは自身が舐めた指に視線を移し、切なげに口を開く。


「……昔、この指でメイさんの涙を掬い取ったのですがその時も、とても温かい雫でした……」

 

 その切なげな表情が、その黒く切なげに輝く瞳が、幼い頃に初めて呼び出した時に見た彼の表情と重なる。


 昔、呼び声に応えてくれた精霊は、とても大きい存在で威圧的だった。でも、その瞳はとても傷ついた色を帯びていた。きっと亡くなった両親を少なからず偲んでくれていたのだろう。



 優しかった両親。

 いつも精霊の話をしてくれた。特に四精霊王の話を……。

 

 水の、蒼い精霊王。

 土の、白金の精霊王。

 火の、紅い精霊王。

 そして―――、


 二人は、今私の前に居る彼の事を「不器用な精霊」とよく言っていた。両親が望んだけれど、使役する事ができなかった唯一の精霊。


 風の、黒緑(こくりょく)の精霊王と呼ばれる、エアリエル。


 「彼を使役するには、まっさらな状態じゃないとダメね」と言っていた母様(かあさま)

 「そうだね。彼は他と同列を認めない。―――俺と同じで、嫉妬深いみたいだし? 」と母様(かあさま)に返していた父様(とうさま)

  私はまだ、エルの事をよく知らない。しかし両親は、エルがどんな精霊か少なからず判っていたんだろう。

 

 幸か不幸か、今の私の状態は今目の前に居るエル―――エアリエルによって使役できる精霊が一体も居ない。精霊使いを目指す者としては、とても痛い『まっさらな状態』だ。

 その状態を作り出したのは、おそらく彼の掛けた『精霊を寄せ付けない呪い』に違いない。

 

 そうだ、私はエルに言いたい事があったんだ。

 一つだけじゃない。とてもたくさんある。


 切ない表情をしているエルを、キッと睨むように見上げた。

 

 「―――私ね、アンタに言いたい事があるの。何で『呪い』なんて掛けたの? 私が精霊使いになりたいって、勿論知ってるでしょ? 」

  

 こちらは睨んでいるのに、エルは何かを含んだ笑みを返してくる。

「ええ。知っていますよ? だからこそなんです。……まぁ、誰かに解いてもらったようですが? 」

「『ご褒美』だそうよ? 母様の蒼い精霊から」


 「―――へぇ? 思い出したんですね」とエルの表情が若干、黒い笑みに変わる。


 何で忘れていたのか不明だけれども、この数週間で昔の事を徐々に思い出す様になった。


 母様が使役していた精霊王達。


 遠目でしか見たことがなかったけれど、よく日に焼けた肌色の地の精霊や、真っ赤な髪を持つ火の精霊と共にあの蒼い水の精霊は居た。

 母様に聞いていた色合いが、母様を囲むように揃っていたから、彼らは精霊王達で間違いない筈だ。

 そして蒼い精霊は、母様が一番初めに使役した水の精霊王だと聞いた事があった。



 その蒼い精霊王と同じ顔立ちをしたエルを覗きこみながら、口を開く。


「エル。何で私は昔の事を覚えていないの? 思い出した事と、忘れてる事が混じって記憶が虫食いみたいで気持ち悪いんだけど……? 」

「ああ、私が消しましたよ? まぁ、消した記憶を虫食い状態でも取り戻したメイさんには脱帽ですね。 ―――あ、消しちゃったものは自力で取り戻す以外、手立てはありませんから」

「―――くぅっ!! ……殴っていい? 」


 「痛いので嫌です」とにっこり、と音が聞こえてきそうなほど爽快に黒い笑みを浮かべるエルを、拳をわなわなと震わせながら見る。


 そこへ、おずおずといった感じでオルガが割って入った。


「……あのさ、僕の存在忘れてない……よね? 」

 オルガは、若干影を背負いながら哀愁を漂わせている。

「も、もちろんよ? 」

 エルに会えた嬉しさで、少し前まで忘れていた事は伏せておこう。そして、心の中で謝ります「オルガ、忘れててゴメン! 感謝してます」と。

 

 私の力じゃ、エルを呼びだすことは出来なかった。オルガの強制召喚の魔法があったから、今日この場所でエルと再び会う事ができた。

 オルガに笑みを作り、未だ哀愁漂わせている彼を慰めようと口を開いた。

「ね、エルもわす「ああ、すっかり忘れてましたよ」」

 自分の声を消すかの如く、被ってきた声がなおも続く。

 先ほどまでの飄々とした雰囲気をかき消し、精霊王としての威厳をまとった声で。

「彼女に会わせる事が目的で、王族が火急の用件時にのみ使う事が許されている禁術を使い、この俺を呼び出した大馬鹿者の事などな。―――精霊王を使う事の出来る王族の特権の乱用。……通常なら、お前が現王の実子であれ、死に値するが? 」

 オルガを見るエルの表情が、次第に冷酷な物へと変わり、精霊界の王城で見た威圧的なエルの容貌とかぶる。

 私の前に居るエルは、私が好きな彼だ。なのに、ふとした拍子に覗かせる傍にいる存在を怯えさせる事のできる一位精霊王の表情(かお)を今は浮かべている。

 オルガは、若干顔色が悪くなりながらも『エアリエル』の表情を浮かべるエルを、負けじとその視線を受け止めている。

「……火急の用じゃないか。好きな子(メイ)が陰で泣いてるのを、無理やり笑うのを、僕は見ていられなかった!僕にとっては早急に解決したい、火急の用件だよっ! ―――でも、それが乱用なら……」

 「いいよ」と挑むような視線を送るオルガに、エルの腕が伸びる。

 オルガとエルの間に居る私の事など、眼中に入っていないかのように……。


 ―――ダメ、このままじゃオルガがっ!


 考えるより先に、体が動いた。

 オルガに向かって延ばされたその腕を掴む。

 

 エルの瞳が私を(とら)えると、その黒い双眸が迷いを生むかの様に揺れ動き、掴まれた腕が止まる。


 「退け」とその秀麗な口から出た言葉に、頭を横に振り否定をする。

 そして、エルに会えなかった時に考えた事と、先ほど気付いたエルへの想いを混ぜ、口を開いた。


「―――エル、賭けをしましょう? 私から出す、最初で最後の賭けを」

「賭け? それがこの小僧とどんな関係がある? 」


 不機嫌に私をその視線に捉え、言葉を吐き捨てるエルに少しの恐怖心を感じながらも、それを隠し余裕があるように私も視線を返す。

 

「オルガには、賭けの見届け人になって欲しいの。だから、死なれると困る」


 エルを掴んでいた腕を持ち替え、秀麗に整った指を私の首に掛ける。

「「―――っ! 何を……」」

 エルとオルガが同時に、口を開く。エルは私の首に掛かった指を取ろうとするが、私は腕に力を込めてそれを制する。

「最後の賭けっていったでしょ? ……エル、私はアンタの本当の名前を呼びたい。私がその名前を呼んで、嫌だと感じたらこの首を絞めても構わないわ。どの精霊使いも、そうやって命を賭けて来たはずでしょう? 」


 二人の息をのむ音が聞こえた気がした。

 エルは私の知る上級精霊エルの表情になり「わかりました」と肯定した。

 

 ―――これは賭けだ。私が、エルを得るための。 

 そう思い、両の瞳を閉じながら深く深呼吸する。

 

「ここ最近、すごく寂しくて悲しくてエルの事を考えると何故だか涙が出てくるの。それを慰めようとしてくれた精霊達が傍にたくさん居てくれた。……それでも、涙は止まらないの。だって、私が傍に居て欲しいのは、エルだから」


 両の瞳を閉じているから、エルがどんな表情をしているか判らない。

 彼の心情を現すかの様に、首に掛かっている指が震えている。……まるで、その先を、名を呼ばないでくれと怖がるかのように。


「精霊の玉座の前にいたエルを見て、アンタが誰なのかを知ったわ。それで、前に言われた『貴女には私を使役できない』の意味が判った。……そうよね。私はそんな力は無いもの。この気持ちを自覚する前なら、命を賭けてまで一位精霊王を使役しようと考えないわ。でも、私は自覚しちゃったから。アンタが二重人格でも好きだって。 ―――ずっと私の傍に居て、エアリエル! 」


 彼の名を呼ぶのと同時に、首にかかった指に力が加わるのを感じて死を覚悟した。

 力の無い私が、エアリエルと呼べば今まで彼を使役しようとした人たちと同じ運命を辿る、と。今まで使役された事の無い彼の事だ。答えは明白だ。


 けれど、首に加わった力は一瞬だけで終わり、代わりに私の唇が柔らかい物で覆われた。

 驚き、目を見開くと視界いっぱいに広がるエルの整った顔があった。黒く、長い睫毛(まつげ)に覆われた双眸がゆっくりと開き、黒曜石の様な瞳が現れその容貌が離れる。そして、首にかけられていた指はメイの頬を包むように当てられた。


「二度目、ですね。メイさんにその名を呼ばれるのは。……それに、私は二重人格じゃないですよ。貴女の前だけです。こんな風になるのはね。―――貴女を、愛しています」

 嬉しさ全開で妖艶に微笑みながら再び顔が近づく。何をされるのかわかり、慌ててギュっと目を閉じる。そして、ゆっくりとエルの整った唇に吸い寄せられるように、メイのそれが重なり合う。口角を変えながら、何度も交わるように二人の唇が重なり合う。

 

 お互いの唇が銀糸を伝いながら離れると、メイの口端に付いた口づけの名残をエルの指が絡め取った。熱く甘い色を湛えたその黒い瞳は妖艶に笑むと、メイの首筋にその口を寄せ囁いた。


「貴女が私のものになるのなら、私も貴女のものになりましょう。 ……エアリエルの名を、メイさんに捧げましょう」


 

 




 


 

今回も、長くなってしまってスミマセン。次回で最終話の予定です!最後まで読んでいただけると嬉しいです☆

誤字脱字、感想等ありましたらよろしくお願いします!(^^)!

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