告白の行方
オルガはここ最近、ずっと魔道具製作に取り掛かっていた。
部屋中に薬品棚が所狭しと並び、窓が一つしかない為に薬品の匂いが部屋中に漂っている。最初の内は気になっていた匂いも、今では全く気にならない程、熱中して製作している。
そんなオルガの傍らには何体かの精霊が居る。オルガを労うかの様に。
学校の図書館の奥底に眠っていた禁断書を、総学院長である祖父の元へ持って行きこの道具を作る許可を貰うのに苦労した。
けれど、苦労の甲斐があって目的の物は満足のいく出来になりそうだ。
今回の物は、誰かに頼まれたものではなく自分が欲しいと思った物。
自分では絶対に呼び出す事の出来ない、高位の精霊を呼び出す為の道具である。
魔道師のオルガには精霊を呼びだす必要はないが、この道具はメイの為に自分が欲しくなった道具だ。
精霊の涙、魔力の結晶石を液体化したもの、聖獣の血など様々な物を混ぜ合わせ、最後に精霊王の加護のある王族の血を入れると、目的の物は完成した。
透明な小瓶に移し、窓辺に移動した後にその液体を日に当て透かし見る。
ユラユラと揺れるそれは、二種類の血を混ぜてあるだけに毒々しい位に赤黒い。
「メイ、君が暗い表情をしているのは見たくないんだ。これを使って、君の前でクソ精霊を呼び出せば、……笑ってくれるかな? 」
毒々しい液体を透かし見ながら、やや自嘲気味の笑みがこぼれる。
僕はメイが好きだ。
でも、メイの気持ちは僕に向いていない。彼女がいつも求めているのは、悔しいけれどクソ精霊だ。
こんな道具を作って、メイをクソ精霊に渡したいわけじゃない。けれど、彼女が僕の見ていない所で泣いているから。
好きだからこそ、メイには幸せになってもらいたい。陰で泣かれるなんて、もっての外だ。―――だから、この道具を作った。
どんな高位精霊をも強制的に召喚させてしまう道具を……。
小瓶から目を離し、精霊達にいつも浮かべている柔らかい笑みを見せる。
「君達、メイは今どこに居るかわかる? 」
精霊達が口々に話すメイの場所を聞き、礼を言うとオルガは小瓶を服にしまい、メイの許へ精霊達を連れて歩きだした。
オルガがメイを見つけたのは、大樹が生い茂る森の中である。
大樹に寄り添うように、眠っている。
熟睡しているのか、近づいても起きる気配がない。
オルガはメイの隣に座り、その顔を覗き見る。
メイの頬にはまだ乾ききっていない涙の跡があり、眉間にしわが寄っている。泣きながら眠ってしまったのだろう。
彼女の傍に居た精霊達は、なぜメイがこんな場所で眠ってるのか説明してくれた。その説明を聞き、今度はオルガの眉間にしわが寄る。
メイの涙を拭いつつ、一人ごちる。
「『会いたい』だなんて……。あ~あ、やっぱり君はクソ精霊の事が好きじゃないか。……何で気付かないわけ? 」
眠っているメイから答えは返ってくるわけも無く、その言葉は空気に溶けた。
暫くメイの寝顔をみていたオルガは、彼女の眉間に唇を寄せ、口づけた。
優しく、触れるだけの口づけ。
メイの眉間から唇を離すと、彼女の瞳がゆっくりと開いた。
寝起きの為、焦点の定まらない瞳は目の前に居る人影に、驚きで一度見開く。オルガだと認めるとその瞳は安心気に優しく細められた。
オルガも釣られて笑みをこぼす。
「おはよう……かな? よく寝てたね。でもさ、泣きながら眠るのはおススメしないかな。―――ほら、目が真っ赤になってるよ。何だか腫れぼったいし」
「ええっ!? そんな腫れるほど泣いてないけど……」
メイの目はそんなに赤くなってないし、腫れぼったいのはウソだ。
僕がメイを好きだと告げてあるのに、他の男を想って涙を流すメイを少しからかいたくなった。
メイは「えっ! うそっ」と言いながら目元を押さえて、真っ赤な顔になりながら慌てている。メイは普段の肌の色が白いから、赤くなるとよく判る。最初は頬だけだったけれど、今は首元まで真っ赤に染まっている。
そんな彼女を見ていて、表情が緩んだんだろう。メイがやや据わった目でこちらを見ている。
「オ~ル~ガ~ッ! からかったでしょ?! 絶対にそうよねっ? 」
「っふ! ははっ! わかっちゃった? 」
メイは機嫌を損ねたらしく、頬をリスのように膨らませてそっぽを向いている。
そんなメイの頬に掌をあて、こちらを向くように促す。
「ごめん。 メイがクソ精霊を想って泣くのが面白くなくてさ。……ねえ、メイは自分の想いに気付いた? 」
「え? 」
何の事? と気の抜けた表情をした。
メイの頬に触れている掌にやや力がこもる。そして、もう乾ききってしまった、涙の筋のあった場所を指でなぞる。
まさかとは思うけれど、メイ自身が誰を想って泣いているか判ってないなんて言わないで欲しい。―――いや、言わせないとばかりに僕の口から言葉が出てくる。
「判らないなんて言わないでよ? さっきの涙は、誰を想って流したの? 君に好きだと告げた僕? ……違うよね」
メイの瞳が揺らぐ。
気の抜けた表情はさっきと打って変わって、張りつめた表情に変わっている。
「僕は急いで君の返事を貰おうとは思ってなかった。でもさ、今は違うんだ。メイが誰かを想って陰で泣いている姿を見たくない。……正直に言ってよ。君がずっと会いたいと思ってたのは、誰? 」
顔を逸らすのは許さないと、自分の顔を見るように固定する。
* * *
オルガから伸びた両の掌が私の頬を包み、彼の顔を見るように固定したから目が逸らせない。
さっきまで笑っていたオルガは泣きそうな表情をしながら、私に答えを求めてくる。
オルガの事は好きだ。苦手だったのに、大好きになった。―――友達として。
オルガの好きは、私がオルガ感じている好きとは違う。
オルガに会えなくて、寂しかった。でも、涙を流す程寂しいとも会いたいとも思わなかった。
私が心の底でいつも想っていたのは……。
私が涙を流す程、会いたいのは……。
ずっと、傍に居て欲しいのは……。
過度なスキンシップをしてくるアイツ。
いつも会う度に求婚してくるアイツ。
時折、仄暗い瞳になる精霊。
幼い自分の呼びかけに答えてくれた精霊。
初めて会った時に、とても悲しい瞳をしていた精霊。
エアリエルという、一位精霊王の称号を持つ ―――エル。
ああ―――私は、彼が好きなんだ。
ただの『好き』じゃない。もっと大切な想いで彼を好きなんだ。
自分の想いを確認すると何故か、視界が揺らぐ。
「……ごめんね。オルガ。」
揺らぐ視界を瞼を閉じて遮り、オルガに聞こえたのか判らない程小さい声で囁いた。
息をのむ声が聞こえ、オルガにさっきの言葉が聞こえたのを認知した。
ちゃんとオルガに言わなきゃいけない。
私の事を「好きだ」と言ってくれたオルガに自分の想いを。
意を決して、視界を遮っていた瞼を押し上げオルガの顔を見る。
オルガは泣きそうな顔のまま、私の言葉の続きを待っている。
「私はオルガが好きだよ。でも、友達としてなの。……ごめん。私が涙が出るほど会いたいのは、いつも想うのは、ずっと傍に居たいと思うのは―――エルなの」
オルガは少し私から視線をずらすと、「わかってた」と哀愁漂う笑顔を見せた。そして私から手を離すと、服の中から赤黒い液体の入った小瓶を取り出した。
「メイとクソ精霊を応援するわけじゃないけど、……君の気持は判ってたから作ってみたんだ。無条件でどんな精霊も強制的に召喚する物を」
小瓶の蓋をひねり、中の液体で地面に精霊を呼びだす陣を描く。
陣は赤と琥珀の色が混じった光を放ち、オルガは腕を伸ばし陣に翳す。風がふわりと吹き、オルガの袖口がめくれあがり、けがを隠す様に包帯の巻かれた腕を晒す。そして、彼は口を開いた。
「オルガレイド・フォン・イレウス・フィル・ブルーメの名に於いて命ずる。一位精霊王エアリエルよ、この場に王族の血は流れた。古の契約によりこの場に参じよ」
オルガの召喚律を聞き、我が耳を疑った。
「―――えっ? 」
初めて聞いた、オルガの本名。名前の最後に付く『ブルーメ』はこの国の名前。直系の王族にのみ許された名前。
「オルガ……レイド、……ブルーメ……」
知らずに私の口から漏れ出た言葉が聞こえたのか、オルガは光る陣を前にこちらを向いた。そして、苦笑が混じりつつ、ふわりと微笑んだ。
「そこまで名前を短縮して呼ばれたのは、初めてだよ。……黙っていて、ごめん。此処では、ただの『オルガ』で居たかったんだ」
「……うん。私は、オルガだから友達として好きになったの。オルガレイド……殿下だと、先入観もあって仲良くなるのも難しかったかも」
「殿下って言わないでよ」とオルガが困った顔を浮かべた後、お互いに笑いあい、再び陣に視線を移す。陣の赤と琥珀の入り混じった光は先ほどよりも輝きを増し、今は地面に描いた陣が判らない程だ。
見つめるのも難しい輝きの中に、だんだんと濃い魔力の気配が浮かび上がる。
その魔力は、ずっとメイが会いたいと想っていた精霊のものと同じ気配。そして、精霊の王城で―――玉座の前で対峙した精霊と同じ気配。
エル。
貴方に早く会いたい。
私の事を好きか判らない。でも、私は好きだから……だから、この想いをせめて伝えたい。
メイは早く会いたいと心が逸り、その精霊の名を呼んだ。
「―――エル」
やっとここまで来た、という感じです。
残り二話の予定なので、もう暫くの間お付き合いくださると嬉しいです☆
誤字脱字、感想等ありましたらお願いします(^_^)