波打つ感情
ご覧いただきありがとうございます!
今回は若干R15を含みます。(スプラッターな意味で)かなりぬるいですが……。
幼い娘―――…メイから天へ親への思慕を届ける代償としてもらった黒い指輪を手に、精霊界の王であるエアリエルは一人窓辺に佇んでいた。
メイの涙に触れた時の妙な感情と、その感情に満たされる事への苛立ちを抱えて。
その苛立ちを発散したかの様に、エアリエルの周囲には血臭を放つ精霊だったモノ達が千切れ飛んだ手足や臓腑を晒しながら散らばっている。
「はあ~っ。……エル様。向かった先で何があったのか聞きませんけどね、近づいた者達を片っ端からこんな状態にするのやめてくれます? 片づける者の身にもなってくださいね。……それに、こんな事を続けていたらこの居城で仕える者達が居なくなりますよ? 」
手巾で鼻と口を覆いながらエアリエルの側近であるエンジュは、空いている方の手を薙ぎ払い散らばる死体を転移魔法で死体を好んで食べる魔獣が棲む森へと飛ばした。
一息つき、エンジュは主人であるエアリエルの方を向くと、部屋をこんな惨状にした本人は視線だけで答えた。切れ長の瞳に合わせて整っている眉を顰めた。
「……なんですか? そんな簡単な事でグチグチ言うなって顔をしてますね。……はぁっ。一日にこれで何度めですか? 今朝、貴方が帰ってきて直ぐから数えて十回目ですよっ! これが夜の帳が下りる時間だったら、まだ我慢できますが未だ日は高い位置にありますよねっ? この居城に居る者達を全滅させるつもりですかっ?! 」
開け放った窓を見ながら太陽に指を指し、普段よりも血色を増した端正な顔に青筋を浮かべエンジュは主人に言い募った。それでも窓辺に佇み続け、手の中にある指輪を見つめるエアリエルは反応をあまり見せなかった……。
「~~っ! エル様っっ! 聞いてますよねっ? ずっとその指輪ばっかり見てるんじゃないですよっ! 何なんですかそれは! 貴方を狂わせる呪いの指輪ですか?! 」
エンジュの放った一言にエアリエルの肩が僅かに揺れ、聞き取れるかどうかの微かな声で呟いた。
「……呪いか。そうかもしれんな」
グラティスの胸元に輝いていた、彼の魔力の籠っている魔法媒介の石。
アイリスがグラティスから渡されたと言っていた、彼女の魔力の入る金に輝く指輪。
四精霊王の内、三精霊王を交代に追い込み、精霊界を混乱に陥れた二人の物が混じり合った産物なら『呪いの指輪』と言っても過言でもない。
エアリエルの言葉が聞こえなかったのか、エンジュは人の話を聞けとばかりになおも捲し立てている。
「はあっ?! 何かいいましたかっ? 大体ね、貴方は声が小さすぎるんですよ! 表情筋が固まってるんだから、声位ちゃんと出してくださいよっ。―――ああっ、話が逸れちゃったじゃないですかっ! 貴方の手の中にある指輪に呪いが掛かってるんなら捨ててくるんで渡してください!! 」
早く、と急かすエンジュの掌を風の矢で貫き、痛がる側近を横目に玉座まで歩き腰かける。瞳を閉じると、エンジュが何やら怒っているが全く気にしないエアリエルに背をむけ部屋を去って行った。
―――コレを見ていると、心が揺らぐ。だが、……手放さない。
* * * *
この指輪を見ていると理由も判らず、苛立つ。
苛立てば、傍に居る者を引き裂けば気分が幾分か落ち着く。そんな考えで何日が経過したのだろうか。最近は俺に殺されるのが怖いのか、誰も近づかない。―――エンジュでさえ……。
だが、珍しく誰かの気配がした。閉じていた瞳を開くと、自分と似た顔だが色が違う者が居た。
アイリスが現れるまで、俺の傍にいつも居た元水の精霊王ヒュドラ。
そここに散らばる精霊だったモノと部屋中に漂う血臭と腐臭に怒っているのか、ヒュドラは拳を握り肩を震わせている。
エアリエルは億劫そうに口を開いた。口を開くのも幾分振りだろうか、声はかすれていた。
「……何の用だ? 」
ヒュドラは普段は蒼い瞳を充血させて、玉座に気だるげに座るエアリエルに近づくとその胸倉を掴み、殴り付けた。
鈍い音がし、エアリエルの口元が切れたのか赤い血が筋を見せる。頬も赤くなったが、口もとの傷と同じで直ぐに何もなかったかの様に元に戻った。
「―――お前は何をやってるんだよっ!! 俺の後継が助けを求めてきた。……『一位の気が触れた』とな」
胸倉を掴んだまま、ヒュドラはエアリエルの掌の中にある指輪に目を留める。指輪から漂う今は亡き二人の魔力を感じ、合点がいくとばかりに彼の顔を見た。
「ついてこい」一言エアリエルに言うと、胸倉を掴んだまま移動魔法を使い精霊王の居城を後にした。
移動魔法の陣が王都から離れた田舎にある森の中に現れた。水の属性を多く含む陣は青く発色し、直ぐにかき消えた。
エアリエルはどこか懐かしい景色だ、と思い辺りを見回した。
「―――ここはスッツェだ。お前がアイリスと初めて会った場所だよ。まあまあ楽しい思い出の場所だろう? ……だけどな、此処に連れてきた理由は思い出話を語る為じゃない」
ヒュドラはエアリエルから離れると、「ついてこい」と言い歩き出した。
少し歩くと、学院の近くに出た。
たくさん生い茂る大樹の根元に、一人の幼女が丸まるように寝ていた。
「ああ~。こんな所で寝るなって言われてたのに……。クソッ、アイリスの命令が無かったら近くに行けるのに……」
ヒュドラは切なそうに瞳を揺るがせ、両手を握りながら幼女―――メイの傍に行くのを我慢する。
幼女の顔には涙が流れた跡があった。大樹の葉で柔らかくなった日差しを受け、泣き疲れて寝てしまったのだろう。
エアリエルは、幼女をこの前の子供だと認識すると、自身の指で掬った穢れの無い温かな雫を思い出し、胸の中にある感情が波打つのを感じた。
エアリエルの心の内を読んだヒュドラは苦笑した。
「お前は、自分の中にある得体のしれない感情が怖いんだな? 」
肯定も否定もしないエアリエルだったが、心の読めるヒュドラには彼の考えて居る事がよく判る。苦笑を切なげな表情に変えた。
「……俺もだった。アイリスに会って、よく判んない感情に支配されていくんだ。―――でもさ、時間はかかったけど、彼女を愛してるんだって認めたら楽になった。時も流れ始めたし? ま、グラティスに負けたけどさ……」
ヒュドラは拳を作り、一心にメイを見ているエアリエルの胸をついた。
「お前は長い間玉座に縛りつけられ、感情を持て余す不器用な奴だが、心は正直だ。……時間を掛けてもいい。まだ漠然として固まっていないその感情を認めろ。―――そうすれば楽になる」
ヒュドラの言葉が心に届いたのか、波だっていた感情が凪いだ。
快晴の青空の下、澄んだ空気を思いっきり吸い込んだかのような爽快な気分になり、目を閉じ頭を一度縦に振った……。
それからはメイの封印監視を兼ねて、誰にも見つからないように彼女を見るようになった。
何年経とうが、この感情の名前は判らないが、メイが笑う姿、親を想って無く姿、怒っている姿をみるとなぜか気持ちが落ち着いていった。
やがて彼女が精霊使いを目指すと知り、他の精霊が彼女の傍に侍るのを許せなくメイの前に姿を現してしまうのだった―――……。
お疲れ様です!
エルの『初めての感情』の揺らぎに恐怖するという、難しいテーマだったんですが、ヒュドラがうまく説明できていたでしょうか?文章力があまりないので伝わったか心配です^_^;
次回からは、やっとメイが主役に戻ります☆