一位精霊王の心
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メイが居なくなり、静まり返った薄暗い広間に彼女と入れ替わるように一体の精霊が現れた。
エルは立ちつくしたまま、気だるげに視線を気配の方へ向ける。
透き通るような白磁の肌。深緑と黒の入り混じった肩で切り揃えられた髪。上級精霊だと容姿と気配で知らしめる、体躯からあふれ出る魔力と、性別が判らない程整い過ぎたその美貌。
「……エンジュか」
名を呼ばれたエルの側近であるエンジュは、自分の主の前に膝を折り頭を垂れた。
「はい。―――我が主。歩く貴方を拝見し、安心しました」
エンジュは一言口上を述べると立ち上がり、完全回復とは言い難い青い顔をしている自身の主を見て、溜息をつくとやや眉を下げた。
「エル様……、歩けるほど回復してはいる様ですが、まだ真っ青な顔ですよ? もうしばらく玉座で根っこを生やしたように座って、椅子から魔力を貰ったらいかがです? 」
また倒れられても面倒なんですよね、と大きな溜息を数回と余計なひと言を付け加えた。
主を見ると、青い顔をしながら何故か一か所をずっと見ている。いつもと同じ無表情ながら、瞳は僅かに優しげに細まっている。
主を召喚士の元からこちらに連れてきて六日程が経った。
最初の三日程はどうしても起き上がれないらしく珍しく寝台に横になっていたが、体力は回復したらしく、後の三日は玉座で魔力の補填をしていた。
この玉座はとても優れた椅子である。ただの金の大きいだけの椅子に見えるが、この椅子に座ると何故か魔力が自身の体に満ちてくるという優れ物である。しかし、この椅子に座れ、かつその恩恵にあやかれるのは一位精霊王という称号を与えられた者のみ。
一位精霊王とは、この精霊界に於いて四人いる精霊王の内、一番魔力が高く強い者を指す。所謂人間で云う王にあたる。
精霊という者は人間と違い、時間が流れない。時が流れ始めるのはある条件を満たした時である。精霊王も例外なく、時が流れる事は無い。一番魔力が強い体躯で時が止まり、再び時間が流れ始めるまでその容姿のまま過ごす。
エンジュは、二百年という長い時間を一位精霊王として君臨し続けている自身の主を、二十年前に次期精霊王になるべく側近になった時からずっと傍で見ていた。いつも表情が変わらなく、喜怒哀楽がないのだとすら思っていた。
だが十年ほど前だろうか……。二位精霊王まで使役し、時間を流れさせ退位に追い込んだ女召喚士が死んでから主が感情を表すようになったのは。
十年前のあの日、精霊界に走った強い思念に呼び出されたのは我が主だった。呼び出された後帰還した主は怒り狂い、この城に住まう者達を手当たり次第、血溜まりに変えていった。このままでは精霊界の均衡が崩れると危惧した新しい精霊王達が止めに入った程だ。もの凄く嫌な記憶として、未だ脳裏に残っている。
数年経ち、落ち着きを取り戻した主は時間をみつけては一人の少女を見に行くようになった。時
折威圧的な気配が和らぎ、その瞳が細く柔和な物に変わる瞬間を一目見た時に察知した―――この小娘があの思念と飛ばし、エル様を呼びだした者だと。
それからさらに数年が経ち、主は何故か側近である私の表情や口調を真似て、あの小娘と話す様になった。私が、小娘が死んだ女召喚士の娘だと気付き、主に何度も「捕まりたくなければあの娘に関わってはいけない」と進言したが、聞きとってはもらえなかった。
主があの娘に捕らわれるのを望むのなら自分は後押しし、自分はなりたくない精霊王の名を冠そうと覚悟はしている。だが、主は自分がどうしたいのか判らないようだ。
主が最も禁忌とする、水に触れるという行為をしてまであの娘を助けたというのに……。
主は水に触れると魔力が一気に消費されるという、特異な体質を持っている。精霊は魔力で命を繋いでいる。つまり、命を掛けてまであの娘を守ったのだという事に本人は気付いていないのだろうか。
エンジュが言葉を発さない為、広間には沈黙が長い時間流れていた。その沈黙を破るように、エルが口を開く。
「俺は一時でもアレに心を動かされた。一度だけでは無く何度も……」
エンジュは、主が自分の気持ちに気付き始めているのに目を見張った。
普段から喜怒哀楽が表情に出ない主の顔が、今は眉間にしわを寄せ切なさを漂わせている。
「……っは! ―――貴方がそんな顔なさるなんて、意外ですよ。ああ、前にもありましたね。珍しく笑ってましたっけ? 」
めったに見れない表情を見て、乾いた笑いが口から出る。主に仕え出して早二十年が経ったが、先の十年位はこの無口で無表情な精霊王エアリエルに辟易としていた。だがいつしか女召喚士が現れ精霊王達の交代劇があり、その召喚士も死にその娘が目の前に現れた。そこからこの主は面白く変わりだした。感情が現れ出したのだ。
「―――ああ、すみませんね。話が逸れてますね……。私から見るに、エル様―――貴方は何時もあの娘が前に居ると心が動いてますよ。……見ていて面白いほどに動きまくりですね。今だから言えるんですが、他の精霊が娘の傍に侍れないように呪いを施した時なんかは、独占欲強すぎって陰で噴き出しましたよ。……ふふふ」
何年か前に主が娘の前に顔を見せた時の事が思い浮かび、思わず噴き出す。主は腕を組み顔をこちらに向けると、ポツリと呟いた。
「お前を振り回す者を生みだす者の元へ行く。……成程」
「―――はぁ? 何ですか、ソレは。勝手に納得しないでくれますか? 」
エルは何やら納得したようで、すっきりした顔つきをしている。エンジュを見ながら、企み事をするように妖艶に笑むと口を開いた。
「昔の事だ。前の精霊王二人がアイリスについた所以だ。―――それより、ヒュドラに、近いうちにお前が解いた一つの鎖の礼に行くと伝えてくれ」
絶対零度の微笑みともとれる笑みで告げられた一言に、背筋に少し寒気を覚えながらエンジュは元精霊王ヒュドラの元へ急いだ。
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