解かれた一つの呪い・後
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怒りを鎮める為に、眉間に手を当ててしばらく目を閉じていた。しばらくすると落ち着いてきたので、深い息を一つ吐く。息を吐ききった所で、聞きなれた声がやや離れた所から聞こえてきた。
「……何故そんな場所で寝ている。おまえは、誰だ? 」
声が聞こえたと同時に見えない力で首を掴まれ、息が詰まった状態で立たされた。幽霊状態だというのに首は痛く、絞められているのか息ができない。手を首に回しても何も触れるものは無く、自分の手は空を切る。
見た事の無い薄暗く広い広間。広間に灯る等間隔の灯りでやっと見える程度の明るさ。立たされた状態でやっと此処は自分の部屋では無く、どこか別の場所だと知った……。
「―――くっ!……ぁ……」
目に見えないものが掴んでいる場所を加減しているのか、苦しくても気を失う事は無い。苦しさから生理的に溢れる涙。
揺らぐ瞳でかろうじて視線を彷徨わせた私の視界に入ったのは、遠目からでも判る程整った容姿……。
磨かれた黒曜石の様な二つの黒い双眸を持つ、私の知っている精霊。
―――首を絞められた私。
―――やや長い前髪から覗く、射殺さんばかりの黒い双眸。
以前に同じ事が起きた気がする……。そう思った瞬間、胸が痛いほどに脈打ち脳裏にいつも見る夢が横切った。
あれは何時の事だっただろう……。
―――ああ、そうだ。少しだけれど思いだした……。
なんで忘れていたんだろう。あれは夢じゃない。両親の亡くなった日の実際に遭った事だった。
あの時と同じ虹色に光る魔法陣は此処には無いが、同じ人は少し離れた所に気だるげに座っている。私だと気がついていないようだが……。
私は気付いてしまった。今自分の前に居るのはあの時の夢に出てくる男と同じ精霊―――エル、その人だと。
昔はすごく怖いと思った精霊。でも今は何故かエルだと思うと、怖くはない……。
この黒い双眸も、水の中で手を握ってくれた時のあの泣きそうな表情を思うと不思議と怖く思えない。
今、私の心の中に何か温かい物が生じた気がした。
「誰だ? 」と聞いても返事をしない私に業を煮やし、私の肢体を見えない力でエルの前へ引きずるように連れて行く。エルが座る豪華な金の椅子―――玉座を思わせる椅子に渡る階段下まで来たところで動きが止まり、正面を向くように首の向きを変えられた。
私の瞳が捕えたのは、信じられないとばかりに愕然と目を見開いて立ち上がるエル……。
「―――メイ…………さん」
呟きと共に首の力が解け、床に崩れ落ちる。体が欲していた酸素を一気に吸い込んだ所為か、気道が処理しきれずに苦しくせき込み胸が痛い。
「……何故……? 」
私の聞きたい事と同じ事が、エルの整った口から放たれた。生理的に流していた涙は、次第に自分でもよく判らない感情に支配され、とめどなく流れ続ける。
生理的な痛みと精神的に痛む胸を押さえ、膝を立てながら片手を床に付き、戸惑った表情のエルから視線を外すことなく、未だ止まらない涙を流しながら一気に口を開く。
「―――なんで? それはこっちの台詞じゃない!! なによっ! 協力してくれるって言ったのに、アンタが精霊を弾く呪いをかけてたなんてっ。それを知ってアンタを殴ってやろうと思ったら、いきなり首を絞められて挙句に知らない場所にいるし……! アンタ―――…エルは私が落ちて行く姿をただ見てるだけだったし、かと思えば助けてくれるしっ……! いきなり知らない人みたいな雰囲気をするしっ!! ―――ああっ……もう訳が判らない!! エル、アンタは私をどうしたいのよっ! 」
言いたい事がありすぎて、何を言ったらいいのか判らなくなり、混乱している頭の中を口から放ちそして、流れる涙をそのままに、エルを真っ直ぐに見据える。
部屋には私の吐く荒い息が空しく響く。
エルは靴音を立てながら階段を一歩ずつ降り、メイの前に立ちながら少し屈み込みその顔を覗いた。
「言いたい事は判るんですが……、何を聞きたいのか読みとりづらいですね」
端正に整った表情をやや歪めて微笑むと、綺麗に手入れされた指で溢れ出る私の涙を掬おうとした。けれど、エルの指先は私の目元を触ることなく、すり抜けた……。
眉をピクリとほんのわずか顰め、メイに触れる事が叶わなかった指を見た後、口が微かに動いた。
「―――魂だけ飛ばしたのか……? 」
無意識に呟いたのだろう。かろうじて聞き取れる声が耳に入った。
エルは自分の手をみて呟いた後、再びメイの顔を覗き込むと手を顎に当て、こちらを見ながら何やら考える仕草をした。
「……成程、ヒュドラか……。アイツの魔力の気配がする。……ああ、そうかそれで―――」
何かに納得した様子で、顎に当てた手のすぐ上にある唇が弧を描いて妖艶な笑みを作る。そして私と目線を合わせた。
「――――私の瞳を見ても怯えないんですね……。ねぇ、メイさん? 私との出会いを思い出しましたか? 」
その答えに何と返したらいいのだろう。
思い出した、といえばそうなんだろう。でも五つになる前の事だ。全部を事細かく思いだせる訳ではない。それに、過去に私が出会ったエルと現在のエルは何だか違う。どちらかが、彼自身が作っている人格だろう。
エルとこの部屋にある玉座を交互に見比べ、精霊界での階級を思い出した。
精霊界の地位はピラミッド。下級になるほど数が多く、上級になるほど数が少ない。そして、上級精霊でさらに上位の者は王という地位がついている。
今私の目の前に居るこの精霊は、精霊界で玉座に座れる者。―――おそらく精霊王と名前の付く……。
「……今のエルは、アンタが無理やり作っている『エル』なの? いつもの飄々としたアンタと、射殺す様な瞳を持つアンタとどっちが本当の『エル』なの? 」
フフフ、と妖しげに笑いながら「……さぁ? 」と首を傾げる。
「―――その答えはメイさん自身が知ってるでしょう? 初めて見えた時の私を……。ああ、時間のようですね」
彼の言葉を聞いていると、突然体が強い力で引っ張られた。きっと、この魂の状態が自分の体に引っ張られているのだろう。
エルは遠ざかって行く私を見ていた。
妖しく微笑みながらも、剣呑な視線を放ち。そして、誰に聞かせているのか判らない一つの言葉を呟き、私の心に残した……。
「―――お前は、俺の心を一時でも動かした」
お疲れ様でした!