オルガの協力
王国都市スッツェ。
王国都市と名前はいいが、ここは周囲を山に囲まれ都市を一歩出たら田や畑、牧場が広がっているという静かな田舎である。国王のおわす首都はここから馬車で一週間はかかるところにある。
スッツェは、二百年程前の精霊使いであった国王がこの田舎に来た時に『精霊や妖精、神気に満ちているこの地に魔道師、精霊使いを育てる機関を作る』との発言でできた都市である。
スッツェの町はずれには精霊使いの養成機関『国立精霊学院』と魔道師養成機関『国立魔道学院』が並んで建っている。この二校は創立時から魔術研究と精霊研究において連携をとる為に、各学院生徒はペアを組んでいるのである。
メイは自分のペアであるオルガが少し苦手だ。
ふ、と隣で黙々と魔道具製作をしているオルガを見てみる。
少し日に焼けた小麦色の肌、低すぎず高すぎず形のいい鼻筋、少し目にかかる無造作に伸びた赤い髪、くりくりっとした形の琥珀色の眼。いつもニコニコしている口元。出自は不明だが黒のローブに宝石をふんだんに使った装飾を見る限り、家柄がいいお坊ちゃんであろう。
「できたっ! 」
オルガは手に持った虹色の眼鏡をグイッと私に突き出している。
「試作品なんだけど、これは精霊の名前が判る眼鏡なんだ。これでメイも精霊を使役できるようになるよ。試しに僕の精霊の名前を読んでみて! 」
オルガが自分の隣に居る精霊を指さして、「この子を見てみて」とニッコリと微笑んでいる。
オルガは魔道師の生徒なのになぜか精霊をたくさん持っている。
勝手に精霊がくっついてくるらしい。
試しに、オルガの隣に立っている色白の見た目は十歳位の女の子を見てみる。女の子は私と目が合うと少し青ざめ、うっすら涙を浮かべている。
……はぁ、またこの反応。いつも精霊は私と目が合うと怯えだす。
眼鏡を掛け、女の子を見ると不思議な事に頭の中にこの精霊の名前と上級精霊という言葉が頭に浮かんだ。
「―――すごい!何この魔道具! 」
驚きと共に、かすかな嫉妬心が沸き起こる……。
オルガは自分が思いついた魔道具を作れるという才能を持っている。そして、私がずっと欲しいと思っている精霊まで何体も持っている。
オルガの隣にいるとどうしても自分がダメな人間に見えてくる。私がオルガが少し苦手な理由だ。
「メイ、その眼鏡で賭けをしたっていう精霊の名前を読み取っちゃえば?その精霊がまだ誰にも使役されてないんなら、君が名前で縛ればいいんだよ」
オルガには、この前の森での出来事を話してある。さすがに『賭け』の事は話して無いけど。
ニッコリと屈託なく笑うオルガは、早く精霊を呼んでよとせかしてくる。
「……う、うん……」
いいんだろうか?
道具を使って呼びだすのは聞いたことがあるけど、道具で名前を読んで精霊を縛るだなんて……。
―――はっきり言ってズルじゃない?
―――でも、コレ使わないとアイツの名前を知る機会がないんじゃない?
眼鏡を見ると、私の頭の中でブラックメイとホワイトメイが鬩ぎあいを始めた。
虹色の眼鏡を見つめてブラックメイの誘惑に負けそうになった時、甘い香りと共に肩にズシリとした重みがかかった。「会いたかったですよ、メイさん」と言いながら後ろから抱きついてくる。
エルは抱きついたまま片手で私の持っている眼鏡を手に取る。
「実は見ていたんです。いいですよ。コレ使っても」
はぁ?! 見てた?! いつから!!
エルは私の心の声が聞こえたのか、ニッコリ笑って私の頬にチュッと軽く口づけをした。
「言ったでしょう?呼ばれなくても常にあなたの傍にいますけどねって。まぁ……傍には居なくても常にメイさんがどこで何をしているのか判るようにはしてありますけど」
「!!!!!! 」
”ストーカー!?” そう思って固まった瞬間オルガも同じ事を考えたらしい。
「ぶぶぶっ!! ストーカーじゃん! 珍しい精霊ー!!!あははははっ!! 」
オルガは机をバンバン叩きながら笑い泣きをしている。どうやらツボに入ったみたいだ。
「なっ……、ストーカーとは失礼な! 私の妻になる人に変な虫がつかないようマーキングをしただけですよっ!! 」
「マーキング!! ……あははははっ! 動物みたいじゃん! それに『妻』! 精霊と人間が結婚できるわけないじゃん~。完璧ストーカー! もうダメおなか痛い、死にそう~!!はははははっ! 」
『妻』、『マーキング』この二つの言葉に固まって、二人のやり取りを聞いていた私の心のどこかで音がした。音で言えばブチッだろう。
その瞬間エルの手から眼鏡をはぎ取った。
「あ、メイさん」
勝手に人の私生活覗いてたってことでしょ?ふざけんじゃない。道具を使ってズルしようが、こいつ―――エルを使役してやる。使役してこき使ってやる!!
眼鏡を掛け、抱きついていたエルをはがし少し離れて睨んで見る。
長い睫毛に縁取られた黒曜石のような瞳。黒い少し跳ねた髪。女性のような容姿。この前あった時と全く変わらない姿。
「………」
おかしい、名前がわからない。さっきの精霊は判ったのに。
困惑しているとエルが両手で顔を挟み込むように持ち、眼鏡をスッと取る。じっと手の中の物を見たエルが黒曜石の双眸を少し細めると、手の中にあった眼鏡がバンッと音を立てて粉砕された。
粉砕された眼鏡を見てオルガは笑いが引っ込んだのか、クリクリッとした琥珀色の眼を見開き驚いている。自分が作った道具をいとも簡単に壊されれば驚くのも当然だろう。
エルはフフフと笑ってオルガに向き合った。顔は笑っていても冷たい瞳で。
「人間の子供ごときが作ったおもちゃなんかで、私の名前が判るわけないでしょう? 」
オルガを一瞥するとメイに向かって「こんなおもちゃを信じているメイさんも可愛いですね」と言ってメイの髪のひと房を持ち口づける。
「それじゃあ、私は帰ります。メイさん、寂しいからって浮気しないでくださいね」
メイの唇にチュッと音を立てて口づけると現れたと同じようにフッ、と消えた。
いきなり口づけされると思ってなく、いい具合にゆで上がったタコのようなメイと、作った魔道具をおもちゃ扱いされたオルガを残して。