羞恥心でいっぱい
オルガと蒼い精霊との間に流れる空気は未だ緊張感が漂っていたが、その空気を破ったのは蒼い精霊の笑い声だった。
「はははっ! 本当に君は食わせ者だね。その言い方だと、俺の正体を知ってるんだよね? ―――それに、頭も悪くないようだ。……でもさぁ、精霊について勉強不足だね。高位精霊に正体知ってますなんて言うと、その精霊の名前を言わなくても精霊が怒って普通は存在を消されるよ? 俺なら君程度は瞬殺だね。まぁ、メイが居るから今はやらないけど? 命拾いしたね」
蒼い精霊はニヤリと口元を歪ませ、綺麗に整った人差し指を横に引き首を切る動作をした。そして、笑顔で恐ろしい事をさらりと言う蒼い精霊に気圧されて、冷や汗がオルガのこめかみを一筋流れた。恐怖感からか無意識に自身の纏っているローブに縫い付けてある魔法媒介の宝石を握りしめている。
「そんなに警戒しないでよ。今は殺さないって言ったよ? 君が居なくなると、彼女が悲しむだろうしね」
オルガから視線を外し、横たわるメイを慈愛に満ちた表情で見つめる蒼い精霊。クソ精霊と蒼い精霊の、メイとその他に対する態度の差は何だろう?オルガは疑問に思った。だが、さっき言われたように精霊に関しては専門外なせいか、勉強不足なため何が精霊の逆鱗に触れるのか判らなく、聞くに聞けれなかった。宝石を握る手を外し、勢いをつけて立ちあがると恐怖心をごまかす様に半ば叫ぶように口を開いた。
「帰る! メイを連れて、今すぐに。彼女の着てた服は? 」
蒼い精霊は少しすまなそうな顔をして、警戒心をむき出しに近づいてきたオルガを見上げた。薄暗い場所だが、メイの暖をとるために焚いてある火に照らされたオルガの真っ青な顔を見て、少し遊びすぎたと心の中で苦笑した。
「ごめんね。君で遊びすぎたようだ。君の心の中には彼女でいっぱいだったからさぁ。はははっ! ……お詫びに俺の能力の一つを教えてあげよう。―――俺さ、心の中が見えるんだ」
蒼い精霊の言葉を聞いた途端、オルガの頭の中が真っ白になった。そして一拍の間を置いて、持ち前の瞬発力で飛ぶように蒼い精霊から離れ、思考回路が羞恥心で埋まった。
「……っんな? えええっ? 」
先ほどまで真っ青だった顔は今は彼の髪の色のように燃えるような赤色になっている。
「いやぁ……。離れても心は見えるんだけどね? 」
蒼い精霊の呟いた言葉など今のオルガの耳に入らない程羞恥心でいっぱいだった。呻きながら両手で頭を抱え込み、その場にしゃがみこんだ。
―――知られた!! つい最近気付いたメイへの想いが知られたっ!! ……さっきまで何考えてたっけ? ああ、思い出せないっ!! 恥ずかしすぎるよコレは~~~!! っていうか、今も……?
ちらりと蒼い精霊をのぞき見ると、満面の笑みで頷いている。「もちろんさ」とでも聞こえてきそうだ。心の奥底から、この事を考えるのはよそうと決めた。いろいろ考えれば考える程恥ずかしい事になりそうだ。
「……いつか、心が隠せる道具を開発してやる」
ぼそりとそう呟いた。「まあ、頑張って? 」と聞こえてきたのは気にしないでおこう。
* * * *
帰ると言っても、メイの服を出してくれないからには帰る事は出来ない。素っ裸のメイを連れて帰ったら、何だか僕が犯罪者扱いになりそうだ。
「そもそも、何で服を着てないのわけ? 」
正直言って、かなり気になっていた。自分のをこの場所に飛ばしたクソ精霊は、水が服から滴り落ちてくる程ぬれていた。メイも同じような感じだったんだろうか。二人で服を着たまま泳いだとか? それとも、水の中に落ちた……? だったら、なんでアイツがメイの傍にいないんだ? ―――いや、そもそもアイツが僕をこの場所に連れてくるんじゃなくて、メイを寮の部屋に送って行けばよかったんじゃないのか?
「……ははっ。この時期に泳がないでしょ、普通は。君が思ってる通り彼女は川に落ちたんだ。アイツはすぐ傍に居て、落ちた彼女をしばらく見た後慌てて助けに行ってたよ。助ける気があるなら早く助けてあげればよかったのに何をやってるんだか、アイツは。もちろん、服を脱がしたのは俺に仕えてる精霊達。あのままだと低体温になりそうだったし? ―――ああ、彼女を置いて行ったのは連れていく程の力が無かったんだと思うよ? アイツは水の中に入ると能力が極端に減るからね。もしかすると君が居た場所で倒れてるかもね。」
口に出して聞いてない事まで喋ってくれたこの精霊にどう対応したらいいんだろう、そう心底思った。そして、この場所に飛ばされる前に居た場所の事を考えた。
『総学院長室』あそこには自分の祖父と聖獣が居たはずだ。そんな場所で力尽きているクソ精霊なんて想像したくないけど。……僕が此処から帰ってもあの部屋あるかな。