メイ、考える
オルガの登場でウトウトし始めた意識が覚めてしまったので、なぜここに居るのか聞いてみた。
オルガ曰く、話が終った頃を見計らって私を迎えに総学院長の部屋に行ったら、もう私が帰った後だった。せっかくここまで来たんだし、その部屋で総学院長と話をしていたら、いきなりエルが現れオルガを私の居るこの場所に飛ばしたらしい。
「―――本当に何だよ!! あのクソ精霊はっ!! 気付いたらずぶ濡れのアイツが目の前に居て、何も言わずに此処にいきなり飛ばしたんだよ!? しかもメイは裸だし、その隣にはアイツそっくりな男が居るし!! ……ああ~~っ!! もうわけわかんないよっ」
オルガは床にしゃがみ込み、両手で少し癖のある赤毛をワシワシと掻いている。
自分が服を着ていないのはスースーするから判っていた。……たぶん隣に居る精霊が気を利かせて脱がしてくれたんだろう。でも、自分の羞恥心の問題であえて考えないようにしていた。このことは忘れよう。うん。
それにしてもエルがずぶ濡れ……? じゃあ、あの時手を握ってくれたのは……。
「……妄想じゃなかったんだ」
誰にも聞き取れない程小さな声でポツリとつぶやいた。
メイは握られた方の手を見て、微かに思い出せる手の感触と、あの泣きそうな表情を思い出し頬を緩める。
私が溺れているのを、すごく辛そうにしていた。しかし、水の中に落ちる前に見たいつもとどこか違う黒いオーラを纏ったエルを想い、瞳が揺らぐ……。
いつも甘い言葉を囁いているエル。そして、何の感情も見えない表情のエル。どちらが本当の彼なのだろう。いつものエルは私を助けようとしてくれている。でも、後者のエルは私を疎んでいる感じがする。
―――思えば、私はエルの事を知らなすぎる。彼を使役したいと思っていても、魔法が使えないとか、精霊が逃げていく事ばかり気にして、エルという精霊を自分で調べようとしていなかった。昔から黒い物を見ると怖くなるという理由をつけて、エルの黒い瞳から目を逸らし満足に彼を見ようとしてなかった。
『後悔』という感情と共に涙が沸き上がってくる。
次から次へと溢れ出る涙を優しく拭ってくれたのは、隣に居たエルそっくりな人。
「さっきから泣いてばかりだね、君は。……君がこんな状況にあるのは、アイツの所為なんだね。全く、何やってるんだか」
優しく微笑む彼は、どう見ても精霊だろう。しかも、エルにとても近い上級精霊。
月が映える夜の様な蒼い瞳をしている。そして瞳と同じ色の髪。彼はエルと違い怖くない。柔らかな雰囲気だからだろうか。
彼に見惚れていると、正面からオルガの咳ばらいが聞こえてきた。
「げふんっ! んんっ!! ……僕を忘れないでくれる? で? 蒼い精霊さん、あなたは何者なわけ? あのクソ精霊にそっくりなんだけど兄弟?? 」
蒼い精霊は弾丸のように質問するオルガを見ながら声を出して笑い、愉快な事を言うねと目を細めた。
「ああ、もちろん忘れてないよ。精霊に兄弟は居ない。俺たちは同じ女神の想いから発生したんだ。だから顔が一緒なだけ。……それにしても、君は大物だね。精霊に何者か? って聞くだなんて。答えるわけないじゃない、捕まるの嫌だし」
ははは、と笑顔を浮かべているけれど笑っていない。こんな顔はエルと共通するものを感じる。従えたかったら、実力でやれと……。
背筋に冷や汗が一筋流れる感じがした。
精霊は自然発生する場合と、神達の想いや願いから発生する場合がある。どうやらエルたちは後者の様だ。学校で読んだ本に書いてあったが、発生させた神の力に比例した精霊が生まれるらしい。
少し前にエルから言われた言葉が頭をよぎった。
『今のメイさんじゃ私を使役する力は一生ないです。』
言いきってもいい、と彼は私に言っていたはず。じゃあ、エルはかなり力の強い神から生まれた事になる。そんなエルを私は過去に呼び出して、名前を読んだのか……。そもそも、いつ呼び出したのか記憶にない。呼び出せるという事は、過去の私はエルを使役する力を持っていたという事になる。なんで今その力がないんだろう。
過去に想いを馳せると、小さなころから見ていた夢の黒い双眸とエルの黒曜石の様な瞳が重なる。あの瞳を見るといつも胸の奥に何か引っかかりを感じていたのだ。もしかしたら、その引っ掛かりが総学院長の言っていた『呪いに近い物』かもしれない。
オルガから目を逸らした蒼い精霊は、再び私に視線を戻すと問いかけた。
「泣き虫のお嬢さん、精霊使いが精霊を使役するってどういうことか分かるかな? 」
え?と隣の精霊を見る。
精霊を使役する事……。精霊使いになるには精霊を使役しなくてはいけないから?
いや、何だか違う気がする。
「……」
答えれない。精霊使いは精霊を使役しているのが当たり前の事で、考えた事が無かった。
「じゃあ、聞き方を変えよう。人間と精霊は対等? 精霊は精霊使いの下僕? 精霊にもきちんと感情が備わっている。愉快に思えば、不愉快に思う時もある。……楽しいと思う時もあれば、悲しいと思う時もあるんだ」
やや冷たい視線が私に突き刺さる。なんだか責められている様な感覚になり、隣を見る事ができなく俯いた。