蒼いエル!?
意識が途切れる寸前、地上へと伸ばした手を握られた気がして、閉じた瞼を僅かに開いた。
微かに見える視界に映ったのは、先ほどまで無表情で見下ろしていた精霊に見えた。今は何だか泣きそうな顔をしている……。
「エル。」
声を出す力も無く口だけで彼の名を呼び、重くなった瞼を閉じ、意識が落ちた……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
母様は歴代召喚士の中で最年少記録を生み出した人で、幼馴染だった父様は母様の強さに惹かれ、数年かけて猛アタックをした結果、メイを十七才で産んだらしい。メイを産んだすぐ後に父様と同じ宮廷召喚士になったため、いつも王様のいる王宮に居る。
そんな母様が今日はお休みの日で、メイは嬉しくて、朝からべったりとくっついて甘えながら、そここに居る精霊達の話をしていた。
「母様が、メイちゃんにとっておきの魔法を教えてあげるわ」
いつも居ない父様と母様の代わりに私と遊んでくれるのは、叔母さんと、父様と母様の力に惹かれて集まってくる精霊達。叔母さんが忙しい時はいつも精霊達が傍に居てくれる。でも、精霊達は気まぐれで、たまに仲間はずれという意地悪をするのだ。だから、もっと仲良くなれば意地悪をされないと思って相談してみた。
「魔法? 精霊と仲良くなる魔法をメイも使えるのっ?! 」
四歳であるメイが今使える魔法は、部屋の明かりを調節する魔法くらいだ。精霊と仲よくなる事ができる魔法があるなんて!
メイは嬉しくて両親から譲り受けた榛色の瞳を見開き、子供らしいぷっくりとした頬を桃色に染めた。
もちろん、と母様は未だ幼さの残る顔で柔和な笑顔を浮かべた。
「誰でも使えるわ。ただ、精霊達に心をこめてお話をするだけなの。言葉には力があるから」
「お話ならメイしてるよ。でも、意地悪するんだもん! 」
ぷうっと頬を膨らまし、眉間にしわを寄せたメイの頭を撫で微笑みながら母様は話を続ける。
「精霊たちは意地悪じゃなくて、メイちゃんができない事が判らないだけだと思うの。精霊たちの中には、メイちゃんと仲良くなりたい子もいるはずよ?だから、心をこめて仲良くなりたいって素直に言ってみたらどうかな。できる? 」
母様と話をした次の日に、仕事へ行く母様を送り出し早速精霊たちに実行してみた。やや緊張しながらも、微笑みながら心をこめて一言づつ口から紡いで話した。
「みんな、いつも遊んでくれてありがとう。メイはみんなの事大好き。だから、もっと仲良くしてください」
いきなりみんなと仲良くはなれなかったけれど、メイのできない事をする遊びはしなくなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
寒い。体の芯まで凍える寒さだ。無意識に、寒さで歯がガチガチと鳴っている。
意識が浮上してくると、近くに誰かいるのか人の動く気配がした。
「目が覚めたかな? ああ、動かないで」
聞こえてきたのはテノールの様な男性にしてはやや高い声。
この人が沈んだ私を助けてくれたのだろうか。
不意に額に触れた手の感触で、男性の手だと認識出来た。同時に、香ってきた匂いでエルでは無いのも認識出来た。エルが手を握ってくれたのは、自分の妄想だったのだろうか。
心の奥でチクリと針で刺された様な痛みが走った。
瞼を開けるのもおっくうな程、体が気だるいが薄く目を開けた。
自分の瞳に映ったのは、どこかの洞窟だろうか。少し薄暗く湿り気のある場所で焚き火にあてられ、寝ていた。そして、焚き火の灯りに照らされて私を覗き込む蒼い瞳。目の前に居るのはエルじゃない。そうは判っていてもその顔の造形は……。
「―――エル……」
エルの顔が目の前にあった。彼の名を呟くと、不意に涙が溢れた。
「……悪いね。似ているけど、俺はアイツじゃないよ。もう少し寝ると良い、熱が出てきたようだし」
エルに似ている彼は、エルではしないような優しげな笑みを浮かべながら、大きめの湿った布を私の額から目にかけて置いてくれた。その布に次から次へと溢れ出る雫を吸い取ってくれた。
頭が痛い。心は、もっと痛い……。
どれだけ泣いていたんだろう。ウトウトし始めた頭の中に、近くに大きなものが落ちる音と人の悲鳴が響いた。
「―――痛ってぇぇぇっ!! なんだよ、クソ精霊!! ……どこだよ、此処ぉぉぉっ!! 」
近くで響き渡った見知った声にメイが飛び起きた。
「オルガッ! 」
「ああっ! だから動くなって!! 」
オルガが声をした方を見ると、メイが一糸纏わぬ姿に布を掛けた状態で、上半身むき出しで座っていた。隣にはオルガをここに送り込んだクソ精霊の姿があった。
「―――クソ精霊っ! メイにナニしたんだよ! オマケに僕をこんな所に連れてきてっ……て、あれ? 」
オルガが男に詰め寄ろうとして、エルではない事に気付いた。クソ精霊は黒檀の様な黒い髪だったはずだ。その男は腰まである長い直毛で、青い髪を後ろで一本に束ねていた。
「何もしてないよ? 水にぬれてたから脱がしただけだ。―――君も俺をアイツに間違えたねぇ」
やれやれといった風で「だから動くなと言ったのに」とぶつぶつ言いながら、男がどこからか出てきた布をメイの肩にかけた。