観察眼
誤字がありましたので、直させていただきました。
内容は変わっておりません。
『時の牢』から戻った後、すぐに小娘の傍へ飛んだ。魔法を封印されている人間が無理に魔法を使うとどうなるのか少々気になったのだ。
どれだけ時間が経っていたのかは判らないが、メイは夕暮れ時の屋上に居た。
健康状態は問題ないようだ。
何やら小娘は人間のオルガという小僧の前で、地に座りながら額を地面に擦りつけているいわゆる土下座というものをやっていた。どうやら謝罪をしているようだ。
盗み聞きの趣味などない。だから帰ろうかと踵を返した時、小僧の気になる一言が聞こえてきた。
「あ、もしかして愛の告白? 」
最初小娘は困惑気味な顔をしていたが、小僧が何やら言葉を発すると小娘の顔が真っ赤になった。
―――気に食わない。アレにあんな顔をさせて良いのは自分だけ……。
ギリッと奥歯が鳴る。
二人の前に行こうと思うと同時に小娘の声が聞こえた。
「……どうしてもエルを使役したいの」
前に出かかった足が止まる。小娘の言葉を聞いた瞬間、自分の中に何とも言えない気持ちが生じた……嫌悪と歓喜が入り混じっている。この感情はなんという名前なのだろう。
人間になど使役されたくない。だが、小娘になら使役されてみたいと思う自分が居る。
盗み聞きなどはしていないが、メイはどうしても自分を使役したいらしい。それをオルガに協力してほしいと申し出たようだ。
先ほどまで泣きそうな顔をして土下座していた小娘が、今は笑って小僧と明日は『エル使役攻略対策会議』を開くと言いながら屋上を去っていく。
小娘が見えなくなったところで自分の口から呟きが漏れる。
「また、妙な事を始めるのか」
小娘は思いついたらすぐに妙な事を始める癖がある。
いつだったか、自分が魔法を使えないと判った時はどこかの国は滝に打たれて修行するとか言い出し、真冬の雪が降る中、本当に滝に打たれていた。あの時は「阿呆な娘だ」と呆れたものだ。
他にも魔法が使える薬という明らかに怪しい薬を貰い、飲んで腹を下していた時もあった。阿呆伝記でも書けそうなほどだ。
「―――エル様。そんな顔をするほど、あの娘が気になりますか? 」
ああ、コイツも居たんだったか。
側近のエンジュは憮然とした面持ちで自分を見ている。
横目で、どんな顔をしていたんだと視線で語る。
「……笑っておいでです。珍しいですね、あなたがそんな表情出来るとは思いませんでしたよ」
「そうか」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
小娘は小僧と『会議』を開くべく、いつも二人が使っている研究室へと入って行った。二人が入ると、すぐに結界が張られた。
―――聞かれないようにか、意外に頭が回る。
こんな結界は簡単に破れるが……まあいい。どんな事をしても今の小娘には自分を使役できない。今の小娘は、自分を怖がっている。……いや、怖いと思っているのは、この黒い瞳か。過去に小娘を殺そうとしたのが自分だという事は記憶になくても魂に刻まれている。その証拠に小娘は、無意識にだが、この黒い瞳を見ようとしない。
もし、恐怖心を破り自力で封印を解き記憶を取り戻し、それでも自分を望んだら……。
そうしたら自分はどうするだろうか。以前なら、また記憶を封じた。だが今はそうしたくない自分が居る。
明くる日、小娘は小僧に攫う様に連れて行かれた。行き先は『総学院長室』。二つの学校をまとめる人間の所だ。
この部屋の持ち主はたしか召喚士だ。五十年ほど前に一度だけ会った事がある。自分を呼び出せる人間はそういない。故に呼び出した人間は記憶に残る。
「オルガが世話になっとるね」
不意に聞こえてきた昔と違わない声に、声の持ち主の風貌を思い出す。膨大な魔力を餌に自分を呼び出した事と、まっすぐに見てきた琥珀色の瞳が印象に残っている。
―――そうか、小僧は召喚士の血縁者だったのか。
魔力が強く、制御出来ていない理由が分かる。アレの子供……いや、孫辺りか。
要らん事を考えている間に結界を張られたらしい。邪魔されたくないのだろう。昨日と言い、本気で自分を使役したいと考えているのが窺い知れる。
何をやっているのか少々気になる。だが、結界を張ってまでする話なんだろうか。
しばらく待つと、一人出てきた。小柄な後ろ姿―――メイである。
部屋をでて扉に書かれた名前を見て驚いている。自分の学校の偉い人間が判らんなど、本物の阿呆か?
メイが自分に気づく前に、いつものエルの仮面を被る。
―――エンジュの様な話し方と表情をする仮面を……。
面倒だがしょうがない。だが、反応が面白いからやめれない。
仮面を付け、メイに近づく。「とおーーっても会いたかったですよ」と言葉を放ちながら。
メイを連れて、精霊と人間の世界の狭間にある『狭間の森』へ飛んだ。学校の裏にある森だ。
ここで、この二日間何をしようとしていたのか聞こうとした。だが、何かを失敗した。人間の女が好む言葉を使ったのだが、どこをどう転んだのか今は好き嫌いを話している。
「好きだったらそんな瞳はしない」
そう言ったメイに、今すぐこの瞳を小僧の瞳と変えるという言葉を放ってみた。
一瞬で青ざめ、泣きそうになっている。
すぐに「冗談」と言うつもりだったが、メイの反応に少しイラついて意地悪な冷たい笑みを放つ。泣きそうな表情はさらに深くなった。
―――あの小僧の為に泣きそうな顔をするな。お前の思考にあっていいのは俺だけだ。
仮面が剥がれそうになり、何故だかそう言いそうになった。言う前にメイが自分の魔法媒介を取り出し、言葉を放ったのだ。
「こ、これみて! 私、黒く輝くものが好きなの! うん、とってもね。だから媒介も黒い石なのよ。……エルの瞳も好きよ? 」
取ってつけたような言葉だ。黒い物が好き? ……嘘だ。お前は黒い物に恐怖心を抱く筈だ。だが、最後の「エルの瞳も好きよ」は何故か心が温かくなった。泣きだしそうながらも、真剣な眼差しがこちらを見ている。
―――いつの間にか、監視していたはずが捕らわれ始めているのだろうか……。