エル、嫉妬する?
目の前には、人外ではありえない美貌の青年の顔。ある程度見慣れている、とはいっても私はこれでも思春期の女性だ。美形が吐息のかかる距離にいたら誰だって驚く。
さっきまで総学院長の部屋の前に居たはずである。なのに、なぜか今はエルの腕の中に居る。エルの声が聞こえたと思ったら何やら辺りが木に囲まれた少し開いた場所につれてこられたのだ。
「どこ……? ここ」
この質問は本日二度目な気がする……。今日は連れ去られる日なのだろうか。せめて行き先を言ってから移動してほしいと思う。
エルから離れようとしても、がっちり腰に回された腕は外れそうもない。腕を外せと眼力を込めて睨んでも、妖艶な笑顔でかわされてしまった。
「『狭間の森』と私たちが呼んでいる場所です。メイさんの学校はあちらにありますよ。最近あなたに会いに行こうとすると、いつも結界に阻まれているので連れてきてしまいました」
私の右側を指さしながら「すみませんね」と言っても、そんな風に思ってない顔が目の前にある。
「何の用? これでも最近忙しいの。―――それよりも、離してくれない? 」
「絶対に嫌です! 久しぶりに愛しい妻に会えたのに、なぜ離さなくてはいけないんです? あっ! もしかして照れて―――」
口から出る言葉を全部言う前に、エルの美しい顔が少し歪んだ。彼の脛にはメイの長いとも短いともいえない少女独特の足があった。
「『妻』じゃないわ? 第一、私の事好きじゃないでしょ」
彼の黒曜石の様な瞳は私を見る時に愛情がこもっていない。目は口よりもモノを言う、といわれている。彼は口から愛しいと言葉を言ってもそうは思っていないのだ。黒い瞳は私を見ているようで、見ていない。
私の一言にも瞳に感情の色を入れる事なく、魅惑的な笑みで答える。
「あなたを見ていると離れたくない程、本当に飽きない。……好きですよ。―――とても、ね。だから妻に、と言っているんですよ? 」
エルの顔を見ずにこの言葉を聞いたら、彼が私の事を本気で好きだと思ったかもしれない。やはり、瞳には愛情が入っていない。私の姿を映すその黒い瞳には何故か負の感情が入っている。―――怖い、そう思った瞬間、頭の中に何かの映像が一瞬浮かんだ。どこかから覗く黒い双眸。夢の中に出てくる圧倒的な恐怖心をかきたてる瞳。それと磨かれた黒曜石の様に輝くエルの瞳と重なり、見る事ができずに顔を逸らした。恐怖心が自然と手で自分を抱きしめる様な体勢になる。
「……嘘。好きだったら、そんな瞳はしない」
―――そんな、エルの心を映して無い瞳はしない。
そんな意味を込めた言葉だった。しかしエルは、片手で片方の瞳を覆い艶然と笑む。
「この瞳は私が生まれ持った物です。しかし、メイさんが気に入らないのなら、今すぐに別のものと変えましょうか。そうですねぇ、オルガと言ったでしょうか、あの少年は。彼の瞳と交換しましょう。あなたは最近彼といつも一緒に居るようですし? 」
言葉に驚きエルを見ると、顔に翳された指の隙間から感情の無い黒い瞳が光る。
「彼と一緒に居る時に、私に邪魔されないように結界も張ってますよね? そんなに二人になりたいんですね。まあ、何をしているか聞いたりはしませんけど、せめて瞳位は傍に居させてくれますよね? 」
微笑みながらも本気でやるぞと、私を見る瞳が物語っている。
―――どうしてこんな事になってしまったんだろう。
この言葉を思うのも本日二度目である。
なんだか、話がすり替わっているような気がするけれど実行させてはいけない。それだけは判る。それになんだろう、この浮気を責められているような気持ちになるのは。いや、コイツと付き合ってないから浮気にはならないんだけど。
背中に冷や汗をかきながらこの窮地をどうしようかと考えているとポケットに入ったままの指輪の存在を思い出した。
指輪を取り出し、微妙に引きつった笑顔も一緒にエルに見せる。
「こ、これみて! 私、黒く輝くものが好きなの! うん、とってもね。だから媒介も黒い石なのよ。……エルの瞳も好きよ? 」
エルは目から手を下し、口から何とも言えない溜息を一つ吐くと両目を伏せた。
変な考えは諦めたのかしら?
無理やり作った笑顔は口の端が引きつってとても辛い。エルは両目を伏せたまま動かない。
もしかして、嘘が見抜かれた?黒い物が好きというのは嘘。時折見る夢のせいで、黒い物をジッと見ると怖くなるから苦手なのだ。
ああ、沈黙が辛い……。一秒が百秒に感じる。