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30歳、果物屋雇われの私。王国騎士団長とS級冒険者に言い寄られていますが、営業スマイルが限界なので帰ってもらっていいですか?  作者: 寝不足魔王


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第5章:思考停止の「お持ち帰り」

# 第5章:思考停止の「お持ち帰り」


「……あ、あの、地面を歩きたいです……」

「ダメだ。君は震えている。私の腕の中で守られ、王宮の癒やしの間へ連れて行くべきだ」

「ふざけんな。こいつは俺の腕の中にいた方が安心するんだよ。ほら、捕まってろ、アンナ!」


 右からは、王室御用達の極上の香水の匂い。

 左からは、戦場を駆け抜ける猛々しい野性の匂い。

 宙に浮いた私の体は、二人の英雄によって左右からがっちりとホールドされていました。


 本来なら「何よ、この羞恥プレイは!」と叫んで逃げ出すべきところ。

 ですが、さっきまでの死の恐怖(ギガント・ベアの爪先)と、この「至近距離のイケメン」という過剰な刺激の合わせ技――いわゆる超ド級の吊り橋効果によって、私の脳内メーカーは『結婚・愛・終身雇用』の三文字で埋め尽くされていました。


(……あぁ、もう、どっちでもいい。どっちもかっこいい。私、このままどっちかの国宝級の嫁になるんだ。あばよ、果物屋の在庫確認生活……!)


 街の人々の「え、あの三十路のアンナさんが、騎士団長とS級冒険者に奪い合われてる……?」という驚愕の視線も、今の私には祝福のフラワーシャワーにしか聞こえません。

 思考停止したまま、私は自分のボロアパートへと、二人の英雄を「お持ち帰り(というか運搬)」されていくのでした。


「……ここ、です。私の、アパート……」

「そうか、ここが君の。……ふふ、慎ましくて愛らしいね。さあ、中へ入ろうか」

「おう、さっさと鍵開けろ。俺たちがついてりゃ、もう魔物の一匹も寄せ付けねぇよ」


 私は夢遊病者のような手つきで、ポケットから鍵を取り出しました。

 ガチャリ、と重い音がして、ドアが開く。

 二人のイケメンが、私の肩を抱き寄せたまま、


 一歩、その「聖域」へと踏み込もうとした、その瞬間――。


 ――視界に飛び込んできたのは、脱ぎっぱなしの、左右で色の違う靴下でした。


 それだけじゃありません。

 昨日、面倒くさくて洗わなかったスープの皿。

 椅子にバサリと掛けられた、綻びのある部屋着。

 そして、染みのついた万年床。


「……あ」


 脳内で鳴り響いていたウェディング・ベルが、一瞬で「チーン」という仏壇の鐘の音に変わりました。

 沸騰していた脳みそが、氷水をぶっかけられたように急速冷却されていく。

 賢者タイム。

 そう、三十路の独身女が、自分の生活感の塊を、国宝級イケメン二人に晒そうとしているという事実に、私はついに気づいてしまったのです。


(無理無理無理無理!! 死ぬ! ギガント・ベアに食われるより確実に社会的・精神的に死ぬ!!)


「……アンナ? どうしたんだい、急に真っ赤になって……」

「おい、具合悪ぃのか? ほら、ベッドまで運んで――」


「お黙りなさいませええええええええ!!」


 私は三十年の人生で最高の瞬発力を発揮し、二人の胸板に全力の掌打しょうだを叩き込みました。

「おま、……はあ!? こっちは心配してやってんのによぉ!」

「……っ!? まさか、物理的に押し出されるとはね……」


 廊下に放り出された二人の顔を見る余裕もありません。

 私はドアを叩きつけ、鍵を三重にかけ、チェーンまで通して叫びました。


「帰って! 今すぐ! 一切の記憶を消して、存在ごと消滅してください! 営業終了です! 二度と来ないでええええ!!」


 扉一枚を隔てた廊下で、静寂が訪れました。

 やがて。


「……ふふっ。まさか、王国騎士団始まって以来の、鮮やかな拒絶を喰らうとはね。……これほど心が震えたのは、初めてだ」

 セドリック様が、上品に口元を押さえてクスクスと笑い出す。

「笑ってんじゃねぇよ、騎士団長さんよ! お前のせいで俺まで追い出されたじゃねぇか!」

「そうかな? 彼女、君に対しても『消滅しろ』と言っていたようだが」

「っ……! 振られてねぇし! あいつ、照れてんだよ!」

「……そうか、では私も振られていなかったみたいで良かった。――S級冒険者の方に、私の顔を覚えて貰えていたとは光栄だね」

「……はぁ、知らねぇよ。……チッ。おい、行くぞ。ここに居座って、あいつをさらに怖がらせるわけにもいかねぇ」


 遠ざかっていく、二つの足音。

 私はドアに背を預けたまま、ずるずると床に崩れ落ちました。


「……終わった。私の人生、別の意味で終わったわ……」

 静かになった部屋で、私は左右の違う靴下を見つめ、深いため息をつきました。


 翌朝。

 私はいつも通り、腫れた目で『陽だまり果実店』の店先に立っていました。

「いらっしゃいませ……。今日はいい林檎、入ってますよ……」

 声は枯れ、営業スマイルはもはや「ひきつり笑い」にしか見えません。


 そこへ。

 カツン、カツン、という優雅な足音と。

 ドスン、ドスン、という野性味あふれる足音が、同時に近づいてきました。


「おはよう、アンナ。昨日のリンゴがあまりに美味しかったから、また百個、注文したくてね」

「おう、アンナ。俺もだ。……今度は、俺の家まで納品に来い。……二人きり、じゃなくてもいいからよ」


 見上げれば、口元を押さえて上品に微笑む騎士団長と、耳まで赤くして豪快に笑うS級冒険者。


「……あー、もう! 注文承りましたよ! 代金は前払いで、お釣りは無しですからね!!」


 私の絶叫が、今日も王都の市場に響き渡ります。

 三十路、独身、雇われ店員。

 どうやら私の「営業スマイル」が本当の意味で休まる日は、まだまだ先になりそうです。


 第6章:帰って、お願い!

 お後がよろしいようで。

 <(_ _)>

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