第2章:ご指名百個、腰が死ぬ(冒険者編)
「……はぁ、はぁ。……次は、伏魔殿ね」
王城のキラキラした空気に中てられた後、私は引き返して二車目――今度はギルド行きの百個を積み込みました。
冒険者ギルド。
そこは、手足の一本や二本、どこかに置いてきたような荒くれ者たちが、昼間から安酒を煽っている修羅の国です。
ギルドの重い扉を蹴破る勢いで(実際には、台車をねじ込むので精一杯でしたが)、私は中へ。
「いらっしゃーい! 『陽だまり果実店』特製、ビタミンたっぷりの元気玉をお届けに上がりましたよ!」
私の「営業スマイル・泥臭Ver.」が炸裂します。
すると、奥の特等席にどっかと座り、巨大な剣を研いでいた男が顔を上げました。
「遅ぇぞ、アンナ。俺の獲物が届かねぇから、ギルドの連中が飢えた狼みたいになってただろうが」
ザックスです。彼は眼帯の奥の瞳をギラつかせ、不敵に笑いました。
(飢えた狼? ただの二日酔いの集団にしか見えないけど!?)
「旦那! 100個ですよ、100個! 一人で運ぶこっちの身にもなってくださいな!」
私が愚痴をこぼすと、彼はガッハハ! と地響きのような声で笑い、私の横に椅子を蹴り出しました。
「まぁ座れ。運び賃の代わりに、俺の横で一個、剥いてみせろ。……お前が剥いたやつじゃねぇと、どうも味がしねぇんだわ」
(……出た。S級特有の、意味不明なわがまま!)
早く帰って寝たい。その一心で、私は腰の道具袋から果物ナイフを取り出しました。
アンナ、三十路。果物屋での勤続年数は伊達じゃありません。
シュルシュルシュル……ッ!
コンマ数秒。リンゴの皮は一本の赤い帯となり、実の部分は瞬く間に均等な八等分へと姿を変えました。
「はい、お待たせ! 特製、爆速カッティング・リンゴです!」
あまりの速さに、周囲の冒険者たちからも「おぉ……」とどよめきが上がります。
しかし、ザックスは剥き身のリンゴを手に取り、感心したように私を見つめました。
「……丁寧な仕事じゃねぇか。俺のために、そんなに必死に……。お前、そこまで俺に尽くしたいのかよ」
(違う! 1秒でも早くここを立ち去りたいだけ!)
私の心の叫びを、彼は「深い献身」と受け取ったようです。
彼はリンゴを一口で噛み砕くと、真っ赤になった耳を隠すように顔を背けました。
「……独身だって聞いた時は、嘘だと思ったが。……まぁ、いい。これからは、他の男にそんな技術、見せて歩くんじゃねぇぞ。俺専属の剥き手(?)、考えておけ」
「旦那、それはもう『奥さん』って意味になりますけど!? 早く受領印、お願いします!」
逃げるようにギルドを後にした私は、空の台車を杖代わりに、夕暮れの街をフラフラと歩きました。
王国騎士団長からは「王宮の花より美しい」と言われ。
S級冒険者からは「俺に尽くしたいのか」と言われ。
「……あー、ダメだ。頭が働かない。あの二人、多分、暑さで頭がやられてるんだわ」
アパートに帰り着き、万年床にダイブした私の脳裏に、ふと、納品業者の親父さんの言葉がリフレインしました。
『最近、山の動物たちが殺気立ってて……』
不穏な予兆。
けれど、疲れ果てた私の意識は、それを「ただの季節の変わり目」として処理し、深い眠りへと落ちていくのでした。
「……おやすみなさい……。明日も、リンゴが売れますように……」




