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30歳、果物屋雇われの私。王国騎士団長とS級冒険者に言い寄られていますが、営業スマイルが限界なので帰ってもらっていいですか?  作者: 寝不足魔王


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第1章:女の対応は一律

 お天道様おてんとさまの下で額に汗して働く。結構なことじゃありませんか。

 ですがね、それが「三十路、独身、雇われ店員」という三拍子揃った条件のもとで行われるとなると、話は少々、世知辛せちがらくなってくる。


 私の名前はアンナ。この王都の片隅にある『陽だまり果実店』で、今日も今日とてリンゴを磨き、客に愛想を振りまくのが仕事です。

「いらっしゃいませ! 今日はいい林檎が入ってますよ!」

 私の口から飛び出すのは、熟練の職人が研ぎ澄ませた包丁のような、一点の曇りもない営業用スマイル。

 本音? そんなもん、昨日の夕食の残りカスと一緒にゴミ箱に捨ててきましたよ。


 そんな私の平穏な(と言えば聞こえはいいが、単調な)日常をかき乱す、厄介な御仁ごじんが二人ほどおわすのです。


 まずお一人目。

 カツン、カツンと、石畳を叩く拍子抜けするほど綺麗な靴の音。

 見れば、そこには歩く光源体のような男が立っている。

 王国騎士団長、セドリック様。金髪はさらさら、瞳はサファイア、軍服の着こなしは一分の隙もない。

(うわ、出た。王国の至宝。直視したら網膜が焼ける!)

 私の脳内は警報が鳴り響いていますが、顔面はプロです。即座に「営業用スマイル・金ピカVer.」を起動します。


「これはこれは、セドリック様! 騎士団の皆様のおやつですか? 今日は特にこの『陽光の雫』がお勧めですよ。団長様の瞳のようにキラキラしておりますね!」

 ……自分で言ってて胃が焼けますが、これが商売。

 するとセドリック様は、白手袋のまった手で上品に口元を隠し、目を細めてクスクスと笑いました。

「ふふっ。アンナ、君はいつも元気で可愛らしいね。その笑顔を見ると、王宮の堅苦しい会議の疲れも吹き飛ぶようだよ。――そういえば、君を独り占めするような旦那様は、まだ現れていないのかな?」


 さらりと、えげつないことを聞いてくる。

「やだなぁ、団長様! 私に旦那なんて代物がいるように見えます? 30年間、リンゴと添い寝してる独り身ですよ!」

 私がガハハと笑い飛ばすと、彼は一瞬、虚を突かれたように目を見開き、それから愛おしそうに目を細めました。

「……そうでしたか、お独りだったのですね。それは、失礼をした。――では、今度どこか、お誘いしましょうかね。公務ではない、私個人の時間として」

(いいから早く買って帰れ! そのキラキラを市場に撒き散らすな!)

 心で絶叫しながら、私は最高の一個を袋に詰めました。


 さて、お二人目。

 こちらはドスンドスンと、地響きのような足音と共に現れる。

 S級冒険者、ザックス。黒髪短髪、顔には大きな古傷、そして左目の眼帯。

(ひぃ、死神のご帰還だ。返り血の匂いが漂ってきそう!)

 今度は「営業用スマイル・泥臭Ver.」の出番です。


「おう、ザックスの旦那! 今日も生きて帰ってきたね、景気がいいねぇ! ほら、この酸っぱい葡萄を食って、溜まった毒でも吐き出しなよ!」

 親しみやすさを演出しつつ、敬語を捨てて「ガサツな町娘」を演じきります。

 するとザックスは、飲んでいたエールを吹き出しそうになり、慌ててジョッキを置きました。

「独身……だったか。そうだよな、お前みたいなガサツな女、俺以外に……いや、そうか。……なら、俺が……」

 最後の方はボソボソと呟き、耳まで真っ赤にして「ガッハハ!」と豪快に笑い飛ばしました。

「おてんばな女だぜ、相変わらず! 俺を魔物扱いしねぇのは、この街でお前くらいなもんだ。気に入った、その葡萄を全部包め!」

(全部!? 在庫処分助かるけど、その笑顔で子供が泣いてるからね!?)


 夕暮れ時。

 店じまいをして、ボロアパートの狭いベッドに倒れ込む。

「……ああ、今日も疲れた」


 天井のシミを数えながら、独りごちる。

 さっきまでの営業スマイルのメッキが剥がれ落ちて、中から出てくるのは、くたびれた三十路の素顔です。

「……独身。……うん、自分で言ったんだけどさ。改めて確認されると、ちょっと傷つくわ」

 枕に顔を埋めて、足をバタバタさせる。


「セドリック様は『お独りだったのですね』なんて、まるで珍しい宝石でも見つけたみたいな顔するし。ザックスの旦那は『俺以外に』なんて、失礼極まりないわよね。……というか、二人とも何なのよ。顔の偏差値が国家予算級の男たちが、なんで果物屋の在庫確認みたいなノリで私の戸籍事情を洗ってくるわけ?」


 布団を被り、ぎゅっと目を閉じる。

「30歳、独身、果物屋。この肩書き、履歴書に書くのも虚しいわ。……あーあ、どっかに性格が並で、顔も並で、果物を安く卸してくれる男でも落ちてないかしら」


 そんな私の願いも虚しく。

 翌朝、店主が鼻息荒く私の元へ駆け込んできたのです。

「アンナ! 大変だ! 特大の注文が入ったぞ!」


 これが、私の「平穏」が音を立てて崩れ去る、始まりの合図だったのです。


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