第5話 かすかな希望
「すまない、本当にすまない……」
鉄男さんは顔をクシャクシャにゆがめて辛そうにしていた。
大きな身体の武道家が、力ではどうにもできない現実の前に打ちのめされている。
「気づいているんですね、自分の身体のこと」
おれの言葉に鉄男さんは力なく笑う。
「そりゃこっちのセリフだな。いつから気づいていたんだ?」
「この基地の入り口に簡易スキャンする機能があったみたいで。その時から……」
「そっか。初めからか」
そう言いながら彼は上着を脱いだ。
タンクトップのシャツを着ていたがそれでもわかる。背中に大きな引っかき傷があった。
「戦っている最中の傷でな。これのせいで住んでいた街にいられなくなった」
今いる基地から北へ数十キロメートルの所に小さな街があるらしい。
高いバリケードに囲まれた、生存者たちの街だ。
鉄男さんたちはそこで暮らしていた。
武道経験者でしかも身体の大きい鉄男さんは、街で一番強い男として活躍していたという。
しかしある日、仲間をかばって背中に傷を負ってしまったのだ。
それが不幸のはじまりだった。
ゾンビに傷つけられたら、そいつもゾンビになってしまう。
絶対にそうなるとも言い切れないのだが、それでも最強の男がゾンビになるかもしれないという恐怖に周囲の人々は耐えきれなかったのだ。
誰よりも強い男だったからこそ、ゾンビになってしまったら誰もかなわない。
だから街の人々はこれまで街を守ってくれていた恩人を追い出すことにした。
妹の紫織まで出ていくことはなかったのだが、紫織のほうから街を捨てた。
あんな恩知らずしかいない場所に住みつづけられるわけがなかった。
それからあてもない旅をつづけて今。
やっと安住の地を見つけたと思ったのに、肝心の身体がこれでは。
「殺してくれ」
おそろしく静かな声で鉄男さんは頼んできた。
「これまで騙し騙しやってきたが、もう限界だ。自分が自分でなくなるまえに……、たのむ」
「そんなお兄ちゃん!」
「来るな!」
駆け寄ろうとする妹を、兄は大声で止める。
「来るな、ときどき意識が飛んでしまうんだ。もう自分でもどうしようもないんだ。俺はもうほとんどゾンビなんだよ、ここで死ぬしかないんだよ!」
鉄男さんは泣いていた。
紫織もその涙を見てシクシクと泣き出してしまう。
どうしようもないのだ。
一緒に涙を流すことだけが、二人に残されたことだった。
「くそっ」
おれも床にむかってそんなことを吐き出すことしかできない。
なんて無力な主人公だ。
ノヴァは将来特効薬が作れるようになるかも、とか言っていたけど欲しいのは今なんだよ。
今この時じゃないと意味がないんだ。
それともこれは何か、いわゆる負けイベントなのか?
どうにもならねえ悲しいイベントなのか?
認めねえぞそんなの!
おれは乏しい知恵をしぼってどうにかならないものか悩んだ。
まだ解放されていない地下三階以降に行けばなんとかなるんじゃないか、とか。
急いでレベルアップすれば治療薬を作れるんじゃないか、とか。
しかしいずれも時間が足りないという結論になってしまう。
地下三階は核シェルターみたいな構造になっていて、よほど大火力の爆発物でもないかぎり入り口を突破できそうにない。
薬を作るというのはもっと非現実的だ。
自分は薬学のド素人である。いまから勉強を始めたって間に合うわけがない。
とにかく時間が足りないのだ、時間が。
「もっと時間が……、時間さえあったなら……」
正直絶望した。
おれも二人と一緒に泣くしかないのかと思った。
だが、たった一つだけ。
わずかな可能性が残されていることにおれは気づいたのだった。
「そうか、あれなら!」
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おれたち三人はいそいで地下におりた。
行き先はおれの『ゲーム』のスタート地点。
コールドスリープ用の大きなカプセルが安置されている部屋だ。
「これを使おう! 冷凍睡眠で時間をかせぐんだ!」
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