第18話 光のむこうへ
「うおおおっ!」
おれと紫織は群がるゾンビ軍団を撃ち倒しながら展望台の外へ飛び出した。
二人だけだ。芝浦はいない。
二階のネクロスへむかうのではなく、下山ルートにむかって逃げる。
そう、おれ達は重傷の芝浦をおいて逃げるのだ。
「このヤロー!!」
タタタタタタタッ!
軽機関銃からはなたれる弾丸がゾンビの群れをなぎ払う。
そろそろ弾も残り少ない。ピンチだ。
しかし敵の数もずいぶん減っていた。
もう何体のゾンビを退治したのだろう。二十や三十ではきかない数を倒している。
芝浦のおっさんさえ無事だったらもっと―――などと思わずにはいられない。
目の前をふさぐ群れを倒しきったところで、頭上から男の声がふってきた。
「ああん? テメーら二人かあ? 芝浦のオヤジはどうしたよ?」
ネクロスだ。
ゾンビにばかり仕事をさせて自分は何もせず見ているだけ。
おれはギラリと野郎をにらみ上げ呪いの言葉をぶつける。
「お前は絶対に許さねえ。いつか必ずブッ殺してやる……!」
「は? もしかしてあのオヤジ死んだかあ? ギャハハハハ! そうか死んじまったかあ! 妻と子供に噛みつかれてぇ、三人仲良くゾンビになっちゃったかあ~」
「うるせええええ!!」
タタタタタタタッ!!
おれの銃が火を噴く。だがネクロスには当たらなかった。
「うおっあぶねえ!」
「ぜってえ殺してやるからな! ふるえてその瞬間を待っていろ!」
「このヤロウ! 追えゾンビども、そいつを逃がすな!」
ネクロスはゾンビの群れに号令をかけた。
展望台の内部にいた残りのやつらもゾロゾロと外に出てきて迫ってくる。
……引っかかった。
おれは、そして紫織もきっとおなじ感想をいだいただろう。
この山を登るまえに芝浦はネクロスのことを「根性なしのクソ野郎」だと、最低の評価を下した。
こいつは特殊な力を持っちゃいるが、精神は臆病で我慢のきかない雑魚なのだ。
そういう自分の弱い所を気にしている。劣等感を抱いているのだ。
だからいちいち目の前のことに過剰反応してくる。
弱い自分を受け入れたくないから。そして他人にも弱いと思われたくないから。
だけどそれがお前の弱点だ。
おれたちは一度だって言ってないぜ?
芝浦のおっさんが死んだなんてよ?
いま、ネクロスが立っている二階には一体もゾンビがいなかった。
敵がいなくなった単なる観光地、単なる展望台に、血まみれでフラフラの芝浦が姿を見せる。
衣服は鮮血に染まり、顔色は蒼白でまるで死人のよう。
だが漢の瞳と握りしめた日本刀は光をはなっていた。
ズズ、ズズ……。
負傷した片足を引きずる足音に、ネクロスは気づいた。
「ああ? 芝浦……?」
ネクロスは一瞬判断をまちがえた。
芝浦の外見はもはやゾンビと変わらない有様だったから。
警戒もせず突っ立っているネクロスにむかって芝浦は刀を振り上げ、そして万感の思いをこめて振り下ろした!
「ギャアアア!」
鮮血が飛び散る。
しかし傷はまだ浅い。
さすがの剣豪でも重傷の身では、一撃必殺というわけにもいかなかった。
だがネクロスにとって一度で死ねなかったことはむしろ不幸かもしれない。
「あ、あああ! 痛い、いたい!」
「この時を、ずっと、待ってたぜ……」
芝浦は二度目の刃を振り上げる。
ネクロスは叫んだ。
「ゾンビども戻れー! 俺様を守れー!」
命令を受けたゾンビどもはおれたちを追うのをやめてクルリとふり返り、展望台の中へ逆戻りしていく。
しかし。
「ざーんねん。そうは問屋が卸さねえよ」
俺と紫織の銃弾がゾンビどもの背中を次々と撃ち倒していく。
「こいつはおいしいボーナスステージだ。安全楽勝の狩り放題じゃねえか」
「あ、あああ……!!」
ネクロスは絶望の悲鳴をあげた。
敵の前で背中を見せたらこうなるのは当然。
頼みの綱であるゾンビ軍団をうしなって、やつにはもう打つ手がない。
とうとうネクロスは芝浦に命乞いをはじめた。
「た、たのむ許してくれ。そんなつもりじゃなかったんだ」
なにがどう「そんなつもり」なんだか。
調子のいい嘘つきってのは、保身のためならどんなムチャでも言う。
もちろん芝浦はそんな言葉に耳を貸さない。
おっさん自身の時間ももうわずかしか残されていないのだから。
「もう黙れ。てめえは俺がキッチリ地獄へ連れていく」
「ワアアアアー!」
芝浦の日本刀がネクロスの胸板を貫いた。
悪党は動かなくなり、念願の敵討ちは果たされたのだった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「おっさん!」
おれたちが展望台までたどり着いた時、芝浦はネクロスの死体の前で胡坐をかき、ひどい猫背の姿勢。
座っているのもやっと、という感じだった。
「おう……お前らも生きてたか」
彼の生気のない顔を見た瞬間、いやでも理解してしまう。
もう、助からない。
「さすがに、つかれちまった……」
朝日に溶けて消えてしまいそうな表情で、彼は最期の言葉をつむぐ。
「そうだお前、いつまでも名前がねえってのは不便だろう。一矢って名前は、どうだ……」
「カズヤか。なかなかだな」
しかしおれの返事はもう、芝浦には届いていないようだった。
幸せな夢を見ているような、おだやかな顔で虚空に語りかける。
「ああ一矢よう、はやく大きくなれよ。そしたら一緒に一杯やろうや……なあかず、や……」
芝浦軍治は、晴れやかな笑顔のまま動かなくなった。
「もしかしてカズヤって、さっきのお子さんの名前なんじゃ……」
紫織の言葉に無言でうなずくおれ。
笑顔の死顔を見ていると、奥さんと子供が彼を光のむこう側へ連れて行ってくれたんじゃないかという風に思えた。
「気にいったぜ親父。今日からおれの名前はカズヤだ」
こうして一つの事件が終わる。
戦いの悲しみと引き換えに、おれは名前を手にいれた。
読んでくださってありがとうございます。
投稿のはげみになりますのでぜひ☆やブックマーク、いいねをよろしくお願いします!




