第12話 少女に忍びよる黒い影
その夜。
寝静まった廃ホテルの廊下をコソコソと進む小さな足音があった。
人数は複数。
足音を殺しながら紫織が泊まる部屋に近づいてくる。
部屋の鍵はもちろん閉じていたが、マスターキーでも使ったのだろうか、いともあっさりドアは開かれた。
侵入者は男三人。
大きな麻袋やロープなんかを用意していた。
男たちは部屋の奥へと進み―――。
「あれっ? いないぞあいつ?」
意外そうに声をあげた。
少女がいない。どこへ行った?
男たちがキョロキョロと部屋を見回している所へ、おれは声をかけた。
「こんなこったろうと思ったぜ」
言いながら手前にいた男の後頭部へ一撃。
あと二人。
「て、てめえどうしてコッチにいるんだ!?」
声を出したのは昼間おれに喧嘩を売ってきたやつだった。
「お前らが善人じゃねえってのは昼間のことで分かったからな。女を人質にするかも知れねえって予想してたのさ」
善人でもねえ連中がわざわざいい部屋を二つも用意してくれた。
ひょっとしたら寝ている隙に紫織を誘拐して、人質にしてくるかもしれないと思ったんだ。
そこでおれは入り口のすぐ横にあるユニットバスに潜んで待ちかまえていたってわけ。
襲撃犯のもう片方は奇襲失敗にビビッて身体が硬直してしまっている様子。
チャンスを見逃すほどお人よしではないおれは、遠慮なく動けないほうの股間を蹴りあげた。
あと一人。
「一度うしなわれた信用ってのは、そうそう取り戻せないものさ」
「チクショー!」
男はおれにつかみかかってきた。
そのままおれを壁に叩きつける。
筋肉質なだけあってなかなかの怪力。
だけど残念ながらこいつは力だけが取り柄のアホだった。
「えいっ!」
女の子の可愛いかけ声と同時のことだ。
後頭部を鉄パイプでガツン! と叩かれて筋肉男は気をうしなう。
クローゼットの中にかくれていた紫織がおれたちの乱闘にまぎれてそーっと忍びよっていたのである。
侵入者から身を隠すためクローゼットに閉じこもる。
こんなのは珍しくもなんともない事なので、三バカトリオも普通だったら気づいたはずである。
しかし気づく前におれが後ろから攻撃しはじめてしまったものだから、男たちは一度のバトルで二回も「後ろからの奇襲」を受けることになってしまったのだった。
「ナーイス紫織ちゃん」
「えへへ」
勝利の余韻もそこそこに、おれたちは男たちをロープで縛って麻袋に詰め込んだ。
紫織をさらうつもりで用意した道具を自分たちに使われるとは、本人たちも思ってなかったことだろう。
大量の洗濯ものを入れるデカい手押し台車まで用意してあったので、おれはそれを使って男たちを外へはこぶ。
さてあのジジイになんと言ってクレームをつけてやろうか……?
などと考えていると、さらにもう一人の男が近づいてくるではないか。
ザッ、ザッ、ザッ。
気配を隠そうともせず堂々と足音を立てて近づいてくるその男を見て、おれは全身に緊張がはしった。
白鞘の日本刀を帯びた和装のヤクザ。
芝浦軍治だ。
マズイ。武器もなしにこの男と戦うのは、さすがに厳しいぞ。
「……っ」
紫織が怖がっておれの背中に隠れてしまう。
怖いもの知らずに突っ込んでいくよりはずっといいが、だからっておれにどうしろというのだ。
芝浦はおれたちの手前数メートルの所で足を止めた。
「ウチの若けえのが迷惑かけたようだな」
そう言いながら芝浦は懐に手を入れると、小石くらいの何かを取り出した。
「返すぜ」
「おっと、と!?」
小石くらいのなにかをおれに投げて寄こす。
それは車の鍵だった。
「あんた……?」
「ついてきな、案内する」
短くそう言うと芝浦は車の隠し場所まで連れてきてくれた。
「こんなことになっちまって悪かったな。ウチの連中は想像以上に腐っちまってて、車の場所を吐かせるのに手間どっちまった」
……どうやらこの男だけは、人間らしい道理をわきまえていたようだ。
おれは取り戻した愛車のボディをなでているうちに、この街の状況を聞いてみる気持ちになった。
いわば『北風と太陽』ってやつかな。高圧的なやつの言うことなんか聞く耳持たないが、まともな対話のできそうなやつの意見は聞いておきたい。
「いったいこの街はどうなってんだい? 強がっているくせに弱っちいっていうか。弱いくせに虚勢をはって強く見せようとしているっていうか……」
芝浦は眉間にしわを寄せて苦笑する。
それも並の苦笑じゃない、痛恨の極みみたいな苦笑だった。
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