6 妖精さん
ヒーローからの悪口、首絞め注意
R15注意
マーカスは睡眠中に突然息苦しさを感じて目を覚ました。
過労死寸前の仕事量のせいで、昨夜も机の上で突っ伏して寝落ちしていたマーカスは、背後から誰かに首を絞められていた。
「ぐ、ぐるじ……」
もがきながら何とか声を絞り出した瞬間、首に掛けられていた手がパッと離れた。
マーカスは肺に入り込む酸素を必死に吸い込みながら後ろを振り返ったが、カーテンの隙間から入る月光を頼りに部屋を見渡しても、室内には誰の姿もない。
(また来てくれた♡ 妖精さん♡)
寝ている最中に誰かに首を絞められるのはこれが初めてではない。
マーカスは、首を絞められながらもその苦痛を喜ぶ変態だが、しかし、正体不明の誰かにたびたび首絞めされるというのは、正直困惑する部分もある。できることなら犯人に正体を現してもらい、正々堂々と痛めつけてほしいと願っているが、マーカスが「妖精さん」と名付けた正体不明の人物は、いつも霧のように姿を消してしまう。
マーカスは妖精さんと仲良くなりたくて、決まって夜中に来る彼のために毎日、子供が好きそうなお菓子をソファ前のテーブルに置き、『妖精さん、姿を見せて♡ 大好きだよ♡』などと書いた手紙も添えていた。
マーカスが妖精さんを子供だと推測しているのは、首を絞めてくる時の手の大きさが子供サイズだからだ。しかし子供にしてはかなりの怪力なので、人間じゃなくて人外の「妖精」なのではと思っている。
呼吸を整えたマーカスは執務室の灯りをつけた。ジュリアスが二番隊から離れて以降、汚部屋に逆戻りするかと思われたマーカス専用執務室は、書類の山はありつつもそれなりに整理整頓されている。
(今日も妖精さんが片付けてくれた……♡)
寝落ちする前は床に書類が散在していて足の踏み場もないくらいだったが、妖精さんが出現した後はいつも綺麗になっているので、毎回彼が掃除してくれているようだった。
仕事も同時にやってくれないかな、と期待することもあるが、正体がたぶん子供である妖精さんは、書類仕事までは出来ない様子だった。
見るとテーブルの上に置いていた手紙とお菓子が消えていて、代わりに妖精さんの置き土産らしき、花柄の可愛らしい便箋が一枚置かれていた。
マーカスは便箋の趣味から「妖精さんは女の子では?」と思ったこともあったが、文献を調べたところ、「妖精に雌雄の区別はない」という記述を発見したため、妖精さんの性別はあまり気にしないことにした。
『キモ くさい きらい』
花柄の便箋に書かれていたのは短い罵倒の言葉だ。しかし、変人マーカスは否定の言葉を受けても精神的打撃はほぼない。むしろ、これは愛の手紙ではないのかと邪推していた。いわゆる「好き避け」に似たものだろう、と。
嫌いな相手の首を絞めるのはわかるが、嫌いな相手の部屋を片付けていくはずがない。それにマーカスにとって首絞めはある種ご褒美のようなものだったし、お菓子と、それからマーカスの手紙までも律儀に毎回ちゃんと持ち帰っているのは、こちらに気があるからではないのか? とマーカスは思っていた。
(妖精さん、いつか捕まえるからね♡)
妖精さんの出現と手紙のやりとりは、銃騎士隊の仕事に忙殺されるマーカスの心の支えだった。
姿が見えない妖精さんとの交流は数年にわたった。
『愛してる』
いつからか、『くさい ウザい 大っキライ』と否定の言葉ばかりが並んでいた妖精さんからの手紙に、愛の言葉が綴られるようになった。
妖精さんは、マーカスが置いたお菓子の代わりのように、『マーくんのために作ったよ』と美味なる手作り焼き菓子を置いていったり、『おはよう。今日も頑張ってね』と、執務室で一夜を明かしてしまった場合は必ず朝ごはんを用意してくれるようにもなった。
マーカスの中では、執務室にて姿の見えない妖精さんと同棲している感覚だった。
マーカスは、自らの中で既に恋人認定していた妖精さんのために、あんなに大好きだったセシルとの別れを決意した。
妖精さんの愛が、二股交際を「良し」と考えていたマーカスを変えた。マーカスは、「セシルは既婚者であり、不倫(プラトニック不倫だが)は良くない」と思うようになった。
妖精さんの存在によって、性悪だったマーカスは、やや真人間に近付いた。
セシルは忙しいのか、妖精さんが出現するようになって以降はめっきり会いに来なくなっていて、お別れは手紙のやりとりだけだったが、『妖精さんと幸せにね、ずっと応援してるよ』と、こちらから別れを切り出したにも関わらず、セシルからの手紙には温かい言葉が書いてあった。
時間の経過と共に妖精さんも子供から成長したようで、書類仕事も朝になったら片付いていることもあり、マーカスはゆっくりと睡眠時間が確保できるようになった。
ただし、寝ている間に首絞めではなくて、エッチなことばかりされるようになって、マーカスは妖精さんの技の虜になった。
執務机で仕事をしながらうっかり寝落ちしたマーカスは、夜中、妙な感触を感じて目覚めた。机の下では、子供から成長してきた手が、マーカス✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕ていた。
「妖精さん♡」
そのうちに妖精さんがしきりにマーカスの匂いを嗅ぎ始めた。
以前妖精さんはマーカスのことを『くさい』と手紙に書いて嫌っていたが、『子供の頃はマーくんの匂いが強烈すぎてわからなかっただけ。この世で一番大好きな匂いだよ』と嬉しい真相を教えてくれた。マーカスはおじさんになってしまった自分の体臭でも需要があると知り、誇らしく思った。
マーカスは椅子に座り机に突っ伏した状態から全く動けない。本当は、下をのぞき込んで妖精さんの顔を確認したいのに、妖精さんは不思議な術でマーカスの動きを封じているらしかった。
机に上半身を縫い留められた姿勢のマーカスは、いつも頭を空っぽにして喜びを感じた。
(愛してる♡ たとえ妖精さんが人外でも、俺は妖精さんのすべてを愛してる♡)
✕✕✕✕と妖精さんが✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕ながら、マーカスは自らの妖精さんへの愛が、絶対に揺るがない確固たるものであると感じていた。




