1 嫌われマーカスと長男危機一髪?
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銃騎士隊二番隊副隊長マーカス・エニスは、銃騎士隊きっての嫌われ者である。
マーカスは強い癖のある黒髪を伸ばしているが整えもせずボサボサで、背は高い方ではあるがいつも猫背で覇気がない。「死神」というあだ名を付けられてしまうくらい、見るからに不健康そうで陰気の塊のような男だ。
誉れ高き銃騎士隊の一員であることを示すはずの隊服はいつもよれよれだし、マーカスしか常駐していない二番隊副隊長執務室の中はたいていぐちゃぐちゃだ。
名は体を表すを地で行くように、マーカスは中身も陰気で卑屈で嫉妬深かった。周囲は自分より劣る存在ばかりだと認識しているマーカスは、上官には内心で悪態をつき、階級が下の者たちには常に居丈高な態度で接し続けた。
銃騎士はそれだけでモテるはずなのに、マーカスは全くモテなくて、二十七歳の現在でも独身・恋人いない歴=年齢だ。
マーカスは仕事はかなり早く正確で、天才的なほどであったが、そのせいか以前は事務仕事が嫌いな二番隊長アークに全ての書類を押し付けられていて、副隊長執務室にほぼ住んでいた。
嫌われマーカスの副官に進んでなりたがる者もおらず、指名しても拒否される始末で、アークの長男ジュリアスが二番隊長代行になるまでは毎日が死線上だった。睡眠時間が確保できるようになった現在でも、激務の名残で未だ目の下のクマは消えていない。
四年ほど前に突如として現れた美しき救世主に、マーカスが惚れないわけがなかった。
ジュリアスは、本当に親子かというくらい自分勝手すぎるクソ上官とは違い、もちろん仕事を分担してくれてマーカスを助けてくれた。神が来た、とマーカスは泣いてこの巡り合わせに感謝した。
仕事のことだけではなく、ジュリアスは世話焼き長男気質を発揮して、油断すると汚部屋になる執務室を片付けてくれたり、きちんとした食事をしなければとマーカスのためにご飯を運んだりしてくれた。
ジュリアスはこちらを汚物扱いしてくる隊員たちと全く違って、まるで聖人のように温かく優しく接してくれた。
それまでマーカスに男色の気はたぶんなかったが、ジュリアスによって性癖を歪められたマーカスは、男性もいけるようになってしまった。
マーカスは、ジュリアスが彼の専属副官フィリップと関係があることを見抜いていた。
マーカスは、フィリップがジュリアスを見つめる瞳の中に「女」を発見していた。きっとフィリップが女役なのだろうと思った。
男もいけるのなら自分も抱いてくれとマーカスは思った。
両刀使いを自覚してからは、それまで忌々しかった隊の連中でもイケメンだけにはトキメキを覚えるようになっていて、マーカスはイケメンたちを、「抱きたい」か「抱かれたい」か、で分類する一人遊びを覚えていた。
ジュリアスに対しては絶対に「抱かれたい」だ。彼にはそうさせる何か――属性のようなもの――がある。ただ、まだ見ぬ彼の美しいだろう身体に自分の✕✕✕✕✕✕✕✕たくなかったのもあるが。
一昔前まで、マーカスが思う「抱きたい」隊員はダントツで麗しの貴公子ロレンツォ様だった。公爵家次男であるロレンツォは銃騎士隊副総隊長を務めており、隊の二番手だ。
ロレンツォは最近結婚してしまったが、彼が妻を抱けるのが不思議でならない。
マーカスが見る限りロレンツォは天性の素質を持っている。まだ男は知らないようだが、一度のめり込めば周囲の男全員をたらし込むほどの勢いで、めくるめく素晴らしき薔薇的世界を展開させるに違いない。
ジュリアスは自身の副官フィリップと、フィリップの妹であり婚約者でもあるフィオナの兄妹を、両方とも喰っている。鬼畜の血を引くそんな隠れ両刀使いジュリアスが、彼の親友ロレンツォにいつ手を出すのだろうと、マーカスはウキウキしながら動向をずっと探り続けているが、未だに為されていないらしきことは残念に思っている。
男所帯である銃騎士隊では密かに「銃騎士隊闇ランキング」という格付けが流行っていた。それは「抱かれたい銃騎士ランキング」と「抱きたい銃騎士ランキング」を含む――というかそれがメインである――人気投票だが、始めたのはマーカスだ。
最初はジュリアスの登場により仕事が落ち着いたことによる暇潰しと、もう半分は、自分を鼻摘み者にする銃騎士たちへの嫌がらせのつもりで、発起人が誰かわからないようにして、そのフザケたアンケートを全国の隊へ回した。
卑屈が突き抜けすぎていたせいで、軽めの加虐趣味と被虐趣味の合わせ技的性癖を持っていたマーカスは、気分を害した隊員たちが自分の仕業と見抜いて執務室へ怒鳴り込んでくることを期待していたが、予想は大きく外れてしまった。
なぜか回答が多数戻ってきたのだ。中には「推し」に対する熱いコメントが付いているものまであった。
隠れ好き者はそれなりに多いようだと、マーカスは一人陰気な笑みを浮かべたものだった。
マーカスは、アークが二番隊副隊長にと配置を希望するくらいには頭がいい。数々の令嬢が撃沈し続け難攻不落とも言われたジュリアスと、必ずや関係を持とうと画策した。
マーカスはジュリアスが隙を見せる瞬間を虎視眈々と狙い続けていた。一見完璧すぎて襲う隙間がないように見えるジュリアスにも、弱点はある。
それは彼が魔法使いであることだ。二番隊副隊長マーカスも隊の機密事項は当然知っている。
ジュリアスは助力の緊急要請があれば必ず駆け付け、魔法を使う。しかしその力は無限ではない。どうやら魔法を大量に使いすぎると、気絶して意識を失うらしいのだ。勝機はそこにあるとマーカスは機会を窺い続けた。
そしてその日は遂にやってきた。とある地方都市に大規模な獣人の襲撃が起こり、対処しきれないと助力要請があった。
ちょうど、貴族であるフィリップが里帰り休暇中とかで不在だったこともあり、副隊長マーカスは二番隊長代行ジュリアスに同行を申し出て、普段はあまり赴かない戦地へと向かった。
銃騎士隊養成学校の実技試験をいつも及第点でギリギリ通過していたひょろひょろマーカスは、獣人と戦うと死ぬので後方支援のみだったが、魔法の力もあって深刻な被害にはならずに獣人たちを退けることに成功した。
だが戦いが終わった後、間髪を容れずに別の助力要請が舞い込み、休む間もなく次の支援場所へと向かった。
その地での戦いは苛烈を極めた。数日に渡る攻防が終わり、獣人たちを退けられたことにマーカスが安堵していると、「隊長代行がお倒れになられた!」と騒ぐ隊員たちによってジュリアスが運ばれてきた。
「…………隊長代行は稀にこのようなことがあるが、しばらく寝ていれば元に戻るそうだ。休憩室へお連れしろ」
マーカスはニヤニヤが止まらなかった。馬鹿でも後処理ができるように指示を残してから、ジュリアスが休んでいる部屋に入って鍵をかけた。
「隊長代行の休息を邪魔するな」と人払いは済ませてある。抜かりはない。




