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『職業:悪役(たまに正義の相談役)』   作者: よしお


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第91話 「悪役、正義の会議に呼び出される」




病室の空気は、落ち着かなかった。


静かではある。

だが、落ち着く類の静けさじゃない。


アオトはベッドの縁に腰をかけ、

靴を履く気にもなれずに天井を見ていた。


「……本当に行くんですか?」


ミレイが、少し控えめに言う。


「逃げたら、もっと面倒になる。」


「それ、正義の人たちがよく言うやつですね。」


「悪役も、たまには現実を見る。」


ミレイは小さくうなずいた。


「じゃあ……帰りは連絡ください。

 閉店時間、守れないと困ります。」


「店長を何だと思ってる。」


「働きすぎる人です。」


否定できなかった。


ドアの前でレオンが立つ。


「行くぞ。」


ミレイは一歩下がる。


「……無理はしないでください。

 バイト、困りますから。」


「勝手な理由だな。」


「実利重視です。」


それ以上、言葉は続かない。

自然に、そこで別れる。


廊下に出ると、

病院特有の白い光が目に刺さった。


歩くたび、

身体の節々が鈍く痛む。


「……最悪だな。」


「座ってるよりはマシだ。」


「慰めになってねぇ。」


廊下の突き当たり。

簡易会議室の前に、

見覚えのある顔と、見覚えのない顔が並んでいた。


正義局。

ヒーロー管理部門。

委員会だの、監査だの。


全員、

殴れない種類の敵。


一人が口を開く。


「悪役アオト。

 本日はご協力ありがとうございます。」


「呼び出しといて、挨拶だけ丁寧だな。」


空気が一瞬、固まる。


レオンが一歩、横に立つ。


「簡潔にしろ。

 本人は回復途中だ。」


「承知しています。」


誰も席を譲らないまま、

会議は始まった。


アオトは椅子に腰を下ろし、

机に肘をつく。


「で?」


視線が一斉に集まる。


「巨大AI停止の経緯。」

「最終判断者。」

「独断か、連携か。」

「責任の所在。」


「再発防止策についても――」


「ちょっと待て。」


アオトが手を上げた。


「順番がおかしい。」


全員が黙る。


「まず一つだけ確認だ。」


視線を巡らせる。


「止めなきゃ、街が消えてた。

 ――合ってるか?」


沈黙。


否定するやつはいない。


「なら答えは簡単だ。」


アオトは淡々と言った。


「止めた。

 俺が殴った。

 以上。」


ざわ、と空気が揺れる。


「ですが――」


「独断だったのか?」


「連携は?」


「再現性は――」


アオトは、小さく息を吐いた。


「連携も、再現性もねぇよ。」


視線を上げる。


「今回はただ――

 俺が間に合った。それだけだ。」


一瞬、誰も言葉を出せなかった。


ペンが走り、

端末が光る。


「つまり……

 組織的判断ではないと?」


「つまり、

 次に同規模の脅威が来た場合――」


「同様の対応は、

 保証されない?」


アオトは、椅子にもたれた。


「保証?」


鼻で笑う。


「正義ってのは、

 いつから“保証書付き”になった。」


一人が顔をしかめる。


「感情論は結構です。」


「感情じゃねぇよ。」


机を軽く叩く。


「現実だ。」


レオンが低く言う。


「話がずれている。」


視線が集まる。


「結果は出た。

 街は残った。

 それ以上を、今ここで要求するな。」


「しかし――」


「責任の所在を明確にしたいだけだろ。」


アオトが口を挟む。


「なら簡単だ。」


肩をすくめる。


「押し付けろ。

 全部、俺に。」


一瞬、空気が止まった。


「悪役ってのはな。」


アオトは淡々と続ける。


「後片付け専門職だ。」


ペンの音が、再び響き出す。


「……では正式に。」


誰かが言った。


「今回の件に関する説明責任は、

 悪役アオトが担う、ということで――」


「はいはい。」


アオトは軽く手を振った。


「文句があるなら、

 次はもう少し早く来い。」


会議室に、

誰も笑わなかった。


アオトは前を向く。


「質問、続けろ。」


━━━━



会議室に、

しばらくペンの音だけが響いていた。


質問は続いたが、

中身は変わらない。


言い回しが違うだけで、

聞いていることは全部同じだ。


「記録として――」

「念のため――」

「万が一――」


アオトは途中から、

返事を最低限に切り替えた。


「知らねぇ。」

「やってねぇ。」

「分からん。」


それ以上でも以下でもない。


やがて、

一人が端末を伏せる。


「……以上です。」


空気が、少しだけ緩んだ。


「本日の聴取は、ここまでとします。」


「ご協力、ありがとうございました。」


形式だけは丁寧だ。


アオトは椅子から立ち上がった。


「終わりか?」


「はい。

 本日は――」


最後まで聞かずに、

背を向ける。


レオンが一歩前に出た。


「歩けるか。」


「見ての通りだ。」


「無理するな。」


「今さらだ。」


ドアに手をかけたところで、

背後から声が飛ぶ。


「悪役アオト。」


アオトは振り返らない。


「今回の件――

 感謝はしています。」


一瞬だけ、

空気が止まる。


アオトは、

ドアノブを握ったまま言った。


「礼なら、

 街が残ったことに言え。」


それだけ残して、

ドアを開けた。


廊下に出ると、

病院の白い光が戻ってくる。


会議室の重さが、

背中から剥がれていく。


「……疲れた。」


「当然だ。」


二人並んで歩き出す。


「なぁ、レオン。」


「なんだ。」


「正義ってのは、

 いつもこんなもんか?」


少し間があって、

レオンは答えた。


「もっとひどい時もある。」


「最悪だな。」


「だが、今回はまだマシだ。」


「どこがだ。」


「生きて出てきた。」


アオトは鼻で笑った。


「基準が低ぇよ。」


廊下の突き当たりで、

エレベーターを待つ。


沈黙。


扉が開く直前、

レオンが低く言った。


「……よくやった。」


アオトは視線を前に向けたまま、

短く返す。


「仕事だ。」


エレベーターの扉が閉まった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次回予告】


第92話


「悪役、世間に名前を返される」


――「殴ったあとは静かにしてくれ。

   ……それが一番難しい。」


ちょっと休憩。


「悪役、ヒーローの“引退理由”を預かる」


──やめる理由は、正義より重い。



夕方の【カフェ・ヴィラン】。


客は少ない。

豆を挽く音だけが、やけに大きく聞こえる時間帯だ。


カラン。


ドアを開けて入ってきたのは、

ヒーロースーツを脱いだままの男だった。


ボロボロ。

外傷より、顔色が終わってる。


「……座っていいか。」


「金払えるならな。」


男は黙って頷き、席に沈み込んだ。


ミレイが小声で言う。


「マスター、あの人……」


「分かってる。

 “やめに来た顔”だ。」



コーヒーを出すと、男はしばらく黙って湯気を見ていた。


「……俺、ヒーロー辞める。」


「そうか。」


「……引き止めないのか?」


「悪役が正義を引き止めるほど、落ちぶれちゃいねぇ。」


男は苦く笑った。


「管理局には、

 “家族の事情”って出すつもりだ。」


「嘘だな。」


「……ああ。」



ミレイがそっと言う。


「本当の理由、聞いてほしいんですよね?」


男は視線を伏せたまま、頷いた。


「俺……救えなかった。」


「一人?」


「三人。」


「多いな。」


「数の問題じゃない。」


……確かにな。



男は続ける。


「判断が、遅れた。

 規定を確認して、指示を待って……

 その間に、終わった。」


「マニュアル死だな。」


「……悪役なら、どうしてた?」


俺は少し考えてから答えた。


「迷わねぇ。」


「即断?」


「即断即決即後悔。」


ミレイが目を丸くする。


「後悔はするんですね。」


「するさ。

 でもな、死なせた後悔よりは軽い。」



男は震える息を吐いた。


「俺、向いてなかったんだと思う。」


「違ぇよ。」


「え?」


「向いてなかったのは、

 “今の正義”だ。」


男は顔を上げた。


「……それ、慰めか?」


「現実だ。」


俺はカップを置く。


「お前は真面目すぎる。

 だから壊れた。」



しばらく沈黙。


やがて男は立ち上がった。


「……この話、

 誰にも言わないでくれ。」


「悪役は守秘義務が得意でな。」


「……ありがとう。」


「勘違いすんな。」


俺は背中に言った。


「預かっただけだ。

 引退理由は、お前のもんだ。」



ドアが閉まる。


ミレイがぽつり。


「マスター、

 ヒーローに優しすぎません?」


「優しくねぇよ。」


俺は豆を補充する。


「正義は辞められても、

 後悔は一生付き合う。」



──引退理由は、表に出さなくていい。

悪役は、それを知っている。


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